そとづら悪魔とビビりな天使〜本音を隠す者たち〜

エツハシフラク

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真黒 燈(マクロ アカシ)

5:プレゼントとアクシデント

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 朝。目玉焼き、トースト、紅茶という簡単な食事を用意して新聞を読みながら食べる。

 九時前。待ち合わせの公園まで三十分ほど時間がかかるので余裕をもって自宅を出る。あいつに私服で会うのは初めてだが汚れていなければ問題ない。
 例により渋谷駅まで徒歩で移動し電車に乗る。休日なだけあって車内は空いていたがドア付近に立つ。

「ママー、このお兄ちゃんカッコいいね!」

 しばらく揺られていると、隣の座席に座っていた五歳くらいの少女が俺を指差ししながら、母親らしき女に話かけていた。

「コラッ。指を人に向けないの!  すみません……」
「大丈夫ですよ」

 母親は申し訳なさそうに謝罪するが、笑顔で切り返し再び窓の外を見る。
 ……まだ視線を感じるような。

「ねぇ、ママ。あみ、このお兄ちゃんと結婚したい!」

 少女のビッグボイスに、周りにいた十人ほどの乗客が一斉に吹き出した。母親が立ち上がり、顔を真っ赤にしながら平謝りを繰り返す。

「もう!  なんてこと言うのよ!  すみません、すみません!」
「いえいえ、本当に大丈夫です。お気になさらないで下さい」

 慣れてるから……なんて言えるわけがない。
 目的の駅に着き母親と少女に会釈して電車を降りる。
 子どもは自由で良いよなぁ。後先のことを考えずにすぐ『結婚』とか言えるだなんてある意味うらやましく思える。
 子どものころか……
 昔を振り返りそうになったがシャットアウトし待ち合わせ場所を目指す。



……


 約束した時間の十分前に着いた。あいつは……まだ来ていないのか。
 トイレ前のベンチに座り手持ち無沙汰に見上げると雲ひとつない澄み切った空。この青々とした空間に吸い込まれそうだ。こんな綺麗な心に俺はなれないだろうな。

「ワッ!!」

 いきなり後ろから大声がした。思いがけない衝撃に心臓が飛び出るんじゃないかと思うくらい驚いた。
 後ろを振り向くと案の定ビビりがいた。人の気も知らないで隣に座る。

「おはよ!  驚いた?」
「『驚いた?』じゃねぇよ!  寿命縮むぞ!」
「あはは!  ゴメンゴメン。でもアカシくんの反応面白過ぎ!  それじゃ、行こう!」

 ひょいと俺の目の前に立ち、満面の笑みで手を伸ばした。あいさつもそこそこに早速かよ。
 手を握るのは気が引けるので普通に立つ。ビビりは少し不満そうにしたがすぐ笑顔に戻り歩き始めた。
 またこいつに振り回される一日になりそうだ。



……


 改めて見ると小さいなぁ。俺の肩上くらいか?
 俺の視線に気づいたのか、数歩先を歩いていたビビりが振り向く。

「何?  どうしたの?」
「なぁ、お前身長いくつ?」
「んー?  中学校以来測っていないけど150cmくらいだと思う」
「小さっ!  せめてヒールのある靴履けよ」
「嫌だよ。これが一番楽なんだもーん」

 ビビりの足元の味気ないスニーカーを見て言うとスタスタと先を歩き始めた。
 『だもーん』じゃねぇよ。かわいくねぇ。
 七部丈のシャツにジーパン。斜めがけのバッグ。胸は……うん。しかもショートカットだからか遠目だと小学生のように見える。

「一応男と会うんだからお洒落のひとつくらいしろ」
「だから、これが楽なんだって」
「そんなんじゃ、男が寄ってこねーぞ」
「……いいの!  私が良ければそれで!」

 開き直ってどうするんだよ。
 しばらく歩いていると本屋を見つけた。新しい参考書がほしいな……
 そうビビりに話しかけようと口を開く。

「ねぇ、本屋寄っても良い?」
「お、おう……」

 お、めずらしく気が合うもんだな。
 だが俺も行きたかったと言うのはなんとなく負けた気がするので生返事をする。ついでに立ち読みでもするか。


 自動ドアが開き二人同時に入る。ここはCDショップと本屋が併設されている場所でそこそこ賑わっている。
 BGMに昨日カラオケで歌ったアニメの曲が流れていた。その歌手が新しくアルバムを発売すると宣伝していた。ビビりが鼻歌を歌っている。

「この曲好きなのか?」
「ん?  まぁねー」

 機嫌が良さそうな顔を尻目に、お目当てのコーナーに赴く。

「俺、参考書選んでるから好きに見てこいよ。それまでここにいるから」
「真面目だねー。じゃ、遠慮なく。ありがとね」

 そう言ってビビりは別の場所に行った。俺は参考書や志望大学の過去問題に目を通し始めた。

 しばらく時間が経ったころ、ビビりが俺の腕をつついてきた。

「ゴメンね。おまたせ」
「いや、大丈夫」

 参考書を閉じて彼女を見ると何冊か本を買ったようだ。

「ほしい本、見つかった?」
「少し高いけど、これだな」

 持っていた本を肘の高さまで挙げ、軽く振ると彼女は『見せて』と手を差し出すので渡した。

「じゃ、買ってくるね」
「何でだよ」
「誕生日プレゼント買うって言ったでしょ?気に入らないもの渡しても仕方ないし、あなたの好きなものを買う方がずっと良いと思うんだけど」

 あっけに取られている間にレジへと向かってしまった。
 店の外で待っていると、ビビりが本の入った紙袋を渡してきた。

「はい、どうぞ」
「……どうも」

 慣れていないことなので少したじろぐ。

「ちょっと、高かったんだからありがたく使ってよ?」

 だから高いって言ったろ?
 ついでにノートもねだれば良かった。そう言うと機嫌を損ねそうなので我慢する。

「さてと、次はご飯かな?」

 確かに昼どきだから良い具合に腹が減っている。

「安心して。クレープじゃないから」
「当たり前だ!」

 突っ込みながら本屋をあとにした。本当に何考えてるかわかんない女……



……


 昼食はお互いなんでも良いということになったので、比較的席が空いてそうな蕎麦屋にした。
 女だからとかそういう言葉は使いたくないが、もう少しかわいらしい食べ物を選んでも良いと思う。パスタとかオムライスとかピザとか。エビフライやハンバーグは……子どもっぽいか。まぁ、食べられるならそれでいいけども。
 店に入ると、カウンターとテーブル席を合わせても10席ほどのこじんまりした内装だった。客は俺たちの他に2人いるのみで落ち着いて食べられそうだ。
 テーブル席に案内されるとビビりはメニューを広げる。写真が無く、料理名のみのもの。

「ここの店は蕎麦屋だけど、カツ丼が有名なんだよ!  だから私はそれにするね」

 決めるの早いな。元々それ目当てだったのか。それにしてもまた男らしいものを……せっかく蕎麦屋来たのだから蕎麦にしよう。
 店員にカツ丼と盛り蕎麦を注文し、料理が来るのを待った。
 水を飲みながら、ビビりはおとといメールで書ききれなかった自己紹介を始めた。群馬県に実家があり現在はひとり暮らしをしていること。四歳下に弟がいて地元の高校に通っていること。
 俺のことも聞きたがるので少し話す。生まれてからずっと都内でマンションに住んでいること。三歳年上の姉がいて国立大学に通っていること。

「へー。お姉さん頭良いんだね!」

 高校卒業した途端、化粧がケバくなって服装も派手になったけどな。大学デビューというやつか。
 そんなことを話すうちに料理が運ばれてきたので食べ始める。ビビりは食べると静かになるらしい。静かでゴメンと謝罪するがありがたい。口の中に物が入っている状態で話してほしくなく不快だからだ。
 ほとんど会話がないまま食べ終わり割り勘で会計を済ませた。ビビりが『一緒でいいのに』とボヤいたが本を買ってもらって食事まで奢られるような男ではない。
 次はカツ丼にしてみても良いかもな。

 蕎麦の量が多かったので結構腹が一杯だ。ビビりも同じくらいの量を食べたにも関わらず、コンビニでアイス食べたいとあって驚く。食べる割りには細くて『痩せの大食い』というやつかもしれない。
 コンビニに着きすぐに戻ると言うので外で待っていた。
 五月中旬の日差しが暑く、半袖を着てこなかったことを後悔した。
 数分後、ビビりがソフトクリームを持ちながら店から出てきた。

「おまたせ。いただきます!  ……おいしい!」

 舌鼓をうつのを見ると『これでも女なんだなぁ』と感じる。

「何よ。ジロジロ見て。ニヤニヤ気持ち悪いなぁ」

 無意識に顔がほころんでいたらしい。


 俺、笑っていたのか?



……


 街中を歩いていると、二十代くらいのチャラチャラした女ふたり組がこちら側に向かって歩いてきた。女たちがこっちを見るなり騒ぐ。

「男の方マジイケメン!  アイドル?」
「声かけてみる?」
「隣にいるの女?  釣り合わなさすぎじゃね?」
「うちらの方がよっぽどいいって!  ギャハハ!」

 下品な笑いを繰り返していて不快になるが、ビビりをフォローする。

「気にすんな」
「大丈夫」

 すると、意外にも本人はシレッとしているので強がっていないのかと心配になった。

「調子乗んなよ」

 すれ違う直前女の片方が悪態をつきビビりとぶつかった。

「マジひでー!」
「へーきへーき!  これぐらいしないと!」

 女たちが歩き去る。
 ハッとして視点を変えると、洋服にベッタリとソフトクリームを付けたビビりがいた。本人もさすがに予想外のことだったようで放心している。
 頭に血がのぼり追いかけようとした瞬間腕を掴まれる。

「いいの!  やめて!」

 女たちが歩いていったのは駅方面だったために人混みに埋もれてしまった。
 怒りの冷めないまま彼女に尋ねる。

「本当にいいのか?」
「うん。じゃあ、行こ」
「行くってどこに?」
「着替えないとでしょ? 私のアパートこの近くなんだ。」

 ある意味、さっきぶつかってきた女たちよりも行動が読めない。
 休日と呼べない慌ただしい休日。でも心なしか悪くないと思ってしまう自分がいた。
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