そとづら悪魔とビビりな天使〜本音を隠す者たち〜

エツハシフラク

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磯貝 文仁(イソガイ フミヒト)

3:眼差しと胸のしこり

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「おはよ。文仁くん」
「どうしたの? その金髪……」

   登校し自分の席に着くなりバスケ雑誌をながめていると、俺に向かって仁王立ちした清嶺地が話しかけてくる。昨日まで漆黒の艶やかだった髪の毛が金色に輝き、俺は朝のあいさつも忘れ目を丸くした。

「ん? 文仁くんと同じだよ? 気分転換」
「だからって……」

 彼女が自らツインテールを片手で持ち上げる。俺が購入したドラッグストアのブリーチ材より、色ムラがなく発色も綺麗だし触らなくても指通り良さそうだ。金持ちのお嬢様だからお抱えの美容師さんでもいたりして。

「よっ! カップルさん、お似合いだね!」
「結婚式には呼んでー」

 休み時間に廊下や教室内で、以前より増してからかいの声を男女関係なく浴びせられる。そりゃ、異性同士が同じ髪色なら俺だって多少チラ見くらいするけど、ここまでうるさく言わないと思う。

「すっかり有名人ね、私たち」
「誰のせいだと思ってるの?」

 清嶺地は満更でもない様子で俺の隣を歩く。まぁ、向こうが勝手についてきてるだけなんだけど。流石に男子トイレの個室にまで入ってこようとしたときは大声で怒鳴りつけてしまった。
 せっかく断腸の思いで金色に髪の毛を染め上げたというのに余計目立ってしまったではないか。

 昼休み。俺の前の席にいた男子を半ば強引に離席させ、椅子だけ机のそばまで寄せると弁当を鞄から取り出した。重箱にはお手伝いさんの用意してくれたであろう豪勢な食事がバランス良く盛り付けられている。
 つい見とれていると『あーん』攻撃をされるので必死で目を逸らす。向こうのペースに丸め込まれたら終わりだ。

「あ、そうそう」
「何?」

 コンビニで買った焼きそばパンを頬張っていると、机を軽くバンバンと叩きながらニコニコと笑っている。金髪が似合う日本人は芸能人くらいしかいないと勝手に思っているが、彼女はきっと『似合う部類』に当てはまるだろう。白く透き通る肌と合間って、アニメキャラがそのまま目の前に現れたようだ。
 『見とれている』なんて思われたくなくて強めに返事をしてしまう。でも彼女は表情を崩すことなく身を乗り出した。

「明日の新入生歓迎会楽しみだね! 部活動紹介でもちろんバスケ部も参加するんでしょ?」
「ちょっと、近いから離れてよ。ちゃんと聞こえてるから」

 両手を彼女側にかざし、興奮をどうにかしずませる。教室内にいる村井を含めたクラスメイトは呆れた顔でこちらを見ている。昼休みになるたびに毎回繰り返されることだから恒例行事とすら思ってそうだ。

「バスケ部も一応紹介するよ。だけど……」
「ん?」
「いや、当日のお楽しみってことで」
「何それ。変なの」

 危ない危ない。ついネタバレをしてしまうところだったがどうにか誤魔化せたようだ。万が一バレてしまったら先輩から丸坊主にされてしまうらしい。せっかく染めたのにそれだけは勘弁だ。
 穴が開くほど台本を読み込んだが上手くいくか正直不安だ。けれども軽く試合できるみたいだしそれは楽しみだ。オーディエンスの歓声を想像するだけでゾクゾクが止まらない。



……


「エツカタさん!? エツカタさん!」

 三文芝居のあとデモンストレーションがスタートし、村井の放ったシュートが見事決まり気分が最高潮になったころ。村井と余裕たっぷりにハイタッチなんかしていると、生徒たちのただならぬ騒々しい声が体育館に響いた。
 一大事だということで試合は中止。どうやら生徒が倒れたらしく、混乱を避けるため教師陣が必死に宥めている。
 ボールを片付けながらチラリとその様子をながめてみると、髪の毛をポニーテールに纏めたメガネ少女がいた。

 まさか……彼女は……

 ---ドクンッ

 大きく高鳴った胸の鼓動と共にその場に立ち止まる。

 ずっと探していた『しおんさん』に会えた……やっぱりこの高校に入学していたんだ……

「おい。片付けくらいちゃんとしようぜ」
「うん……」

 村井に声をかけられ我に返る。そうだ、片付けの途中だったんだ。腕まくりしたワイシャツを元に戻しネクタイを取り出す。いちいちネクタイを締めなければいけないが仕方ない。

「大丈夫ですか!? 僕が保健室に連れて行きます!」

 俺がブレザーを着込んでいる間、少年が一際大きく声を張り上げている。キャーキャーと女子の歓声が嫌でも耳に入るので、嫉みを含んだ眼差しを送る。
   ……なんだよ、この美形。テレビに出演していてもおかしくないんじゃないか。
   そういえば、緊張で吐きそうになるのを堪えつつ歓迎会に参加した。そのとき新入生代表として壇上に上がったのがこの男だったような。

「真黒くんが連れていくことないよー。担架とかあるでしょ?」
「いや、こういうのは早い方が良いだろうからさ」

   これまた人目を引く女。ただ元々の素材ではなく化粧や装飾品に対してだけども。ありえないだろ、藍が昔遊んでたビニール人形みたいな髪色しやがって。
   彼は歓声に全く咎める気もない様子で、倒れた少女の膝下に右腕を差し込み軽々と抱き抱えた。俗に言う『お姫様抱っこ』というやつだ。

   ---チクリ

   見えない針が俺の心を刺す。やめろ、『しおんさん』触るな。たとえ、それが善意だとしても。
 言葉がのどまで迫り上がるが、周りの喧騒の波にのまれその想いは遮断された。
 俺は煮え切らないまま身支度を整え、先輩と顧問の指示に従い体育館をあとにした。



……


 自宅へたどり着いても、苛立ちと胸のしこりが取れずにいた。親に聞くことはおろか、村井になんて相談したら笑われるのがオチだ。常にバスケとメシのことしか考えていないからうらやましいとすら思う。
 習慣の宿題が手付かずになってしまい、気分転換にとマンガ部屋を探索する。少年マンガをあらかた読み尽くしてしまったので少女マンガを物色することにした。
 マンガ部屋の使用許可がおりてから六年の月日が経過した。あのころ幼稚園に通っていた藍も小学校高学年となり、年相応のマンガ雑誌を千紘ちゃんをはじめとした友だちと貸し借りしているらしい。
 それで今手に取っているのが、数年前人気となったウェブ小説のコミカライズだ。俺はマンガ以外の活字を読まないがなんでも当時の中高生にとって脳を揺さぶるほどの作品だったとのこと。
 『そんなバカな』と鼻で笑いたくなるが清嶺地も『絶対読まないと人生の半分を損している』だのと言いながら渡されたので、それなら読んでみようじゃないかとつい意地を張ってしまった。わずか十数年しか生きていない高校生が人生の何を知っているんだ、という疑問はあえて突っ込まないでおこう。
 肝心の内容は王道中の王道で、メガネをかけた地味な女の子が王子様的なポジションの男子に一目置かれる話だ。こんなこと実際あるものなのかねぇ。フィクションだからこそ楽しめるのかも知れないけれど。

『恋に理由はいらないし、いつどんなときに訪れるかわからない』

 主人公の友だちの姉がこんなことを口にする。『そんなあなたは恋したことあるの?』と主人公が尋ねると『まぁ、それなりにね』と笑みを含ませながら返答する。
 その言葉が本当だとするならば俺の感情はやはり……改めて彼女のことを考えてみる。

 そういえば試合のときたくさんの視線を感じていたけれど、一際強い眼差しが刺さった。もし、もしも、それが彼女の俺に対する視線だとしたら……

ーーードクンッ

 再び悲鳴を上げる心臓。自意識過剰だと笑われても構わない。でもそれが本当だったらこの上ない喜びだろう。
 メガネをかけているけれど読書が趣味なんだろうか。彼女の好きな食べ物とか色とか趣味とかいろいろ知りたい。
 俺はマンガの中にいる女主人公のように相手へ想いを馳せるのだった。
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