そとづら悪魔とビビりな天使〜本音を隠す者たち〜

エツハシフラク

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磯貝 文仁(イソガイ フミヒト)

2:ひと目惚れと金髪

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「私、親にちゃんとお願いしたから」
「……ゴメン。何の話?」

 教室の掃除が終わり、隣同士の水道で雑巾を絞っているとなんの脈絡もなく清嶺地に話しかけられた。
 唐突な告白から一週間が経ち、気まずいながらも程よく距離感を保っていると思ったのに。

「文仁くんと同じ高校に行きたいってこと」
「主語言ってよ。どんな反応すればいいかわかんない」
「うふふ、ゴメンね。そういえばあのこと考えてくれた?」

 軽い謝罪のあとまた話題が飛び、困惑しつつ彼女を戒める。

「だから、その日の放課後言ったよね? バスケに集中したいから誰かと付き合うなんて無理だって」
「うん、知ってる。でも裏を返せば、文仁くんは誰とも付き合わないし、誰のことも好きにならない。私にもチャンスはあるってことでしょ?」
「だけど清嶺地さんを好きになる保証なんて……」
「大丈夫。好きにさせてみせるから」

 そう言ったあと俺の身体を引き寄せまた耳元で囁いた。教室内で男子がふざけあってうるさいのにハッキリと聞こえた。
 この女子はどれだけ俺をからかえば気が済むんだ。

「顔真っ赤よ? かわいい。じゃあ、またあとで」

 彼女は蛇口を捻り水を止めると、固く絞られた雑巾を片手に教室へと入っていった。
 成長期に突入して、親子くらい身長差があるのに格下に見られているようだ。このまま俺は恋愛にハマってしまうのだろうか。

 俺は濡れた手でワイシャツを掴まれたことを忘れるくらい動揺してしまった。



……


 中学生男子というのはダラダラ時間を忘れて話せる友だちと、クタクタになるまで身体を動かす部活があれば成立するものだと思っていた。少なくとも俺は。

 入学予定の高校の文化祭。夕焼けで真っ赤に染まった校舎。模擬店やイベント会場の片付けの賑わい。
 それらが全て混ざり合い俺の感情を最大限に高ぶらせる。

 園芸部が育てたであろう花壇一面に咲き誇る紫苑シオンの花。そのひとつひとつの花々を我が子のように愛おしく見つめる少女がいた。
 服装は中学校の制服なので俺と同じ入学予定者なのだろう。銀縁のメガネと長い髪をポニーテールに纏めている。
 モデルをやっている清嶺地とは違い、華やかさはないが日本人らしい素朴さにこの目を奪われた。

 しばらくしてスマホを取り出し時間を確認ような動作をすると、彼女は校門の方へ足早に歩いていった。

 これがひと目惚れ……

 入学したらまた会えるだろうか。君を想うときなんと呼ぼう。
 紫苑の花を見ていたから……『しおんさん』にしよう。

 部活の実力を伸ばすためこの高校を志願したのに、また別の楽しみができたようだ。

 俺は震える高揚感を大声に出さぬよう気持ちを抑えその場を後にした。



……


「なぁ、この高校って校則自由らしいぜ」
「そうなのか?」
「でも制服と指定品はちゃんと着なきゃいけないみてーだけど」
「ふーん……」

 そういえばピアス穴開けてる先輩いたな……結果が保証されてるから大目に見てもらっているのか?
 文化祭の後、試験をパスし入学式まで怒涛の数ヶ月が過ぎた。先輩との顔合わせが済み、放課後体育館で村井とストレッチをしていた。
 中学からの付き合いだが、下の名前の『康太こうた』ではなく苗字で呼ぶのは幼なじみに口うるさく言われるので嫌だからだそうだ。

「ところでさぁ、新歓の寸劇の台本読んだんだけどよー。俺が最初に啖呵切るって無茶振りにもほどがあるよな」
「あはは、だけど楽しそうじゃん? 気楽にいこうぜ」
「おい、そこ! 話してないで真面目にやれ!」
「すんませーん」

 先輩の注意に、村井は軽く返事をしてストレッチを再開する。名門らしく結構厳しいことで有名だから実績は残さないと……
 二週間後に行われる新入生歓迎会では、部員獲得のために推薦組が道場破りのように啖呵を切ったあと、試合時間分ほどのデモンストレーションをするらしい。そんなことをしたら逆効果のような気もするが、意外と好評なんだとか。
 入学してから俺、村井、その幼なじみの常長つねながさんが同じ五組となった。肝心の清嶺地は四組で、安心したようなガッカリしたような微妙な心境だ。もちろん本人はクラス発表の張り紙を見た途端に、俺をポコポコと両手で叩いていたが、どうにもできないのでなだめることに専念する。

 『しおんさん』には……出会えなかった。もしかして兄弟や親戚に誘われて参加しただけで、この高校に入学していないのか?
 いや、むしろあの子が高校一年という保証はどこにもないのだ。そうだとしたらこのやり場のない恋心はどこにぶつければいいのだろう。
 
 ボーッと突っ立ってないで声かければ良かったな……

 いつまでもクヨクヨ後悔していられない。現実を受け入れ前を向いて歩かなければ。

 清嶺地とクラスが離れてからも俺に対するからかいは続いていた。『お似合いだ』『付き合っているの?』などと周りから茶化されるほどに。結局同じ中学の出身は俺と彼女だけだったから、余計にそんなことを言われるんだろうけど。
 頼りなく見えても俺は男だ。いくらバスケで身体を鍛えているとはいえ、黒い短髪とメガネの組み合わせだからナメられるのか? だったら……

「なぁ」
「んー?」
「ちょっと手伝ってほしいんだけど」

 集合をかけられ先輩に駆け寄る際、村井に声をかける。バカにされてたまるかよ。



……


 とある週末、俺は村井の家にお邪魔して毛染めをしていた。初めてのことに悪戦苦闘していると村井の妹が尋ねてきた。

「ねぇ、お兄ちゃん何やってるの? なんであったかいのにストーブ出してるの?」
「今は文仁お兄ちゃんの変身を手伝っているところだ。お前らは向こうに行ってろ」
「ふーん、変なの。あいちゃん、アプリで遊ぼ!」
「うん!  あっついもんね」

 そう言うと千紘ちひろちゃんは俺の妹、藍と共に部屋のドアを閉め、二階から一階へ階段を降りていった。
  先輩に『髪を脱色したい』と相談すると『部屋を暖めると良い』と聞いたのでそうしているのだが、四月中盤の室内にストーブは暑すぎる。
 季節外れのファンヒーターの吹き口にラップを巻きつけた頭を密着させ、村井に目線を向けないまま話しかける。

「おい、変身って何言ってんだ。それよりもっとキツく巻けよ。ブリーチ液垂れてきたぞ」
「めちゃくちゃ難しかったんだぞ。文句言うならそのまま帰れ」
「悪かったって」

 俺と村井は小学五年生の妹のいる者同士で、仲良くなったのもこれが原因だったりする。
 上半身裸で首元にバスタオルというマヌケな格好だが仕方あるまい。
 『男が金髪にする心理』という記事をネットで読んだことがある。『自分を強く見せるため』『目立たせるため』だそうだ。まさにその通りで相手にナメられたくないのだ。『頭悪そう』だとか『チャラい』だの言う外野は放っておけば良い。実際は中学のころ、学年百二十人中二十番台をキープしていたので有無を言わせないよう努力しなければ。
 なかなか色が抜けなかったので、結局一時間近く放置しラップを取り外す。ヒーターを消し窓を開けると、鼻につく灯油とブリーチ液の匂いが除かれていく。

「サンキュー。洗面台借りるぞ」
「おう。手袋はしたままな」

 多めに買っておいたビニール製手袋を手渡され両手に装着する。中学のころから何度も村井の家に出入りしているので、洗面台の場所は把握している。
 少量のぬるま湯を溜め乳化させたあと洗髪していく。お湯の色が透明になれば完了だ。ドライヤーで髪の毛を乾燥させ、鏡で確認すると見事な金髪が完成した。
 早速村井にその姿を見せるため、自室に向かうとベッドに座りながらスマホをいじっていた。わざとらしく目の前で仁王立ちしてみる。

「じゃーん、どうだ」

 村井は一瞥したあと再びスマホへと目線を戻した。その行動にムカつき頭を軽く叩く。

「痛っ。なんだよ」
「俺が生まれ変わった瞬間を見ろ」
「慣れないことで疲れたんだ。休ませてくれよ」
「ま、そうだよな。手伝ってくれてサンキュー」

 服を着て周辺のゴミをビニール袋にまとめる。藍と千紘ちゃんを呼ぶと俺の髪色を見るなり『チャラくなったー』と部屋の中をふたりしてグルグルと回り出した。まぁ、小学生にとっては当然の反応だよな。
 村井に『夕食一緒にどうだ』と誘われたが丁重に断り帰路に着く。ブリーチ剤でやはり肌が傷んだようで、風が吹くたびに少しヒリヒリする。でも前髪が目に映るとなんだか強くなったような気分になる。

 自宅に到着すると、母は台所で夕食の準備をしていた。カレー独特のスパイシーな香りが漂う。

「ただいまー」
「ねぇねぇ、おかーさん! お兄ちゃんがチャラくなった! ヤバくない?」
「『ヤバくない?』はやめなさいって言ってるでしょ」
「はーい」

 藍の学校のクラスで流行っているらしい言葉をやめるよう母が促した。こういうのを『ませている』と表現するのだろうか。
 母は俺の髪の毛をひと目見ると、作業を中断して自分の化粧台からペン状のものを取り出した。

「これ塗りなさい。眉毛黒いままだと違和感あるからね」
「え……」
「根元すぐ黒くなるから、面倒でも二ヶ月に一回は染めなさいよ」
「う、うん……」

 呆気にとられていると母は俺の手に眉毛マスカラなるものを握らせた。息子がいきなり髪色変えても何も言わないのかよ……アドバイスしてくれたのは嬉しいけど。
 父さんとじーちゃんばーちゃんが帰宅すると、目を丸くして声にならないほど驚いていた。そうそう、そういう反応がほしかったのさ。
 ちなみに母の冷静な態度の理由として、学生時代ノリで染めたことがありプリン状態をかつてのクラスメイトに笑われたらしい。当時同じ部活の先輩に位置する父がこっそり教えてくれた。
 夕ご飯のとき暖かいのにストーブを出していたこと、ブリーチ液の匂いがキツかったことなど面白おかしく藍がネタにしていた。まぁ、間違ってはいないけど。

 翌日の待ちに待った登校日。案の定クラスのみんなは驚いてくれた。やはり周りから注目されることは嫌な気分じゃない。
 清嶺地も例外ではなく『黒いままが好きだったのにどうして!?』と俺のブレザーをグイグイと両手で引っ張ったが『気分転換』とテキトーに誤魔化した。だって『ナメられたくないから』なんて言えるわけないだろ?
 彼女は少しむくれたと思うと急に素っ気なくなった。まとわりつかれるよりはマシだけど、習慣化したものがなくなるとなんとなく寂しかったりする。

 そのまたさらに翌日に、まさか俺と同じ髪色をした彼女があいさつにくるなんて思いもしなかったんだ。
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