そとづら悪魔とビビりな天使〜本音を隠す者たち〜

エツハシフラク

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磯貝 文仁(イソガイ フミヒト)

6:リタッチと誠心誠意

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 清嶺地と約束した土曜の朝。付き合っていないのだから決して『デート』などというイベントではない。
   あの日の昼休みに彼女が教室を去ったあと、数人の男どもが俺に『うらやましい』だの『爆ぜろ』だの散々な罵声を浴びせてきた。こっちだって好んで誘われてるんじゃないんだ。でもはっきりと断れない自分にも責任はあるわけで……この性格をどうにか直したいと焦るばかりである。

   現在の時刻は十時六分。場所は学校の正門の前だ。もう約束の時間を過ぎているというのになかなか現れない。LINEを確認しても全く音沙汰ない。 もしかして、またからかわれたとか……あいつならやりかねないぞ。
   そう思うと妙に納得してしまい、出かける気分がシュルシュルとしぼんでしまった。六月の暑い時期なのに、わざわざ日陰のない場所を指定したところも彼女らしい。
   少しでも期待した自分がバカだったと反省し踵を返すと、カツカツとヒールの鳴り響く音と荒い息遣いが聞こえてくる。その音が近づき姿を認識すると、怒りや悲しみといったマイナスな感情は全て消え去り幸福で満たされた。
 俺はファッションに関して詳しくないが、身につけた白のノースリーブにデニムの膝下スカート、茶色のヒール靴がとても似合っている。黒のハンドバッグを振り回しているが貴重品は落としていないのだろうか。

「遅れ、て……ゴメン……い、つも、は……車だか、ら……ま、まいご、に……なっちゃって……」

   息を切らしながら、途切れ途切れに謝罪と言い訳をする彼女にほんの少しだけ気持ちが動いた。



……


 髪の毛の根元だけを染めることを『リタッチ』と呼ぶらしい。自分ひとりで染められなくはないものの、色ムラの心配と頭皮に負荷がかかるとのことで美容室を利用しているのだとか。
 お目当ての場所まで電車で移動しながら、清嶺地は得意げに知識をドヤ顔で披露する。威張ったところで切符の買い方を知らなかった事実は消えないだろうけど。
 掃除、炊事、買い物など身の回りのこと全てお手伝いさんに任せているらしく、包丁を一度も握った経験がないらしい。俺の親は『自分の部屋くらい掃除しろ!』とうるさく言うので嫌々従っている。そういう至れり尽くせりの生活を、一日で良いから体験してみたいと思う。

 恵比寿駅から徒歩一分という好立地に、清嶺地行きつけの美容室があった。二ヶ月に一回近所の千円カットで済ませる俺とは大違いの場所だ。ドアの前に立つと、イケメンスタッフが爽やかな笑顔を向けて招き入れた。程よく空調の効いている店内には俺たち以外誰も客がいない。
   
「エルちゃん、待ってたよ」
「今日はこの子をお願いしたいの」

   清嶺地は慣れた様子で、明らかに歳上の店員とタメ口で話す。そして棒立ちしている俺の腕を引っ張り客だとアピールした。

「はじめまして。担当の林です。よろしくね」
「どうも……」

   店員は笑顔を崩さないまま、品川の下町で生まれ育った庶民の俺にあいさつをした。その表情が眩し過ぎて上手く発言できない。

「じゃ、早速だけどこの椅子に座ってくれる?」
「あ、はい」

   林さんはセットチェアの背もたれの端を持つと、クルリと俺の真正面へと回転させた。千円カットでも同じことをされるが、店の内装と店員の雰囲気で全く別物に見える。メガネを外して荷物を備え付けのカゴに入れ腰を下ろすと、今までにない柔らかな座り心地に年甲斐もなく感動した。

「私は待ってるね。いってらっしゃい」

   清嶺地はスタスタと待合スペースに向かった。ただソファーに座り、ファッション雑誌をながめているだけなのに思わず見とれてしまう。その様子を見た林さんは俺に小声で話しかけた。

「エルちゃんが好きな相手って君?」
「え?」

   いきなり正解を言い当てられ鏡越しに目が合ってしまった。顔も真っ赤になってしまい、手で隠そうにもケープが邪魔をしてしまう。

「ずっと綺麗な黒髪だったのに、二ヶ月前いきなり『金に染めて!』って言うからビックリしてさ」
「そうなんですか……でもなんで俺だと?」
「俺、これでもこの店の副店長なんだ。君の生え際見たら二ヶ月くらい前に染めたってすぐわかるよ」

   さすがプロと言うべきか……自分の私生活を見られたようで恥ずかしいが不思議と嫌な気持ちはしない。

「それに彼女を中学のころから知ってるけど、ずっと君のことを話してるよ」
「いや、そんな……」
「あと君が彼女の想いに応えられないのもなんとなくね。断るときは慎重に」

   林さんは作業をする直前、先ほどよりさらに声を押し殺して囁いた。胸にグサッと刺さるアドバイスだ。そうだ、ハッキリさせないと。黒い丈夫そうなゴム手袋を装着した彼は俺の両肩を軽く掴んだ。

「じゃ、始めるね」
「よろしくお願いします」

   また鏡越しに目が合うものの、今度はしっかりと林さんの顔を見つめた。

   約一時間後。仕上げにドライヤーで乾かすと、根元まで綺麗な金髪が完成した。染める成分を調整したようで、前回と違い全く頭皮がヒリヒリしない。林さんにお礼を言うと待合スペースに向かい清嶺地に話しかける。

「お待たせ」
「おかえり。うん、綺麗になったね」

   彼女はソファーから立ち上がり、腕を組みながら真上に伸ばし軽くストレッチをした。

「お会計どうする?」
「カードで」

   彼女はレジへと移動し、そこで待機している林さんにクレジットカードを手渡す。高校生なのに持たせて大丈夫なのか……処理を終えると林さんはドアに手をかけ全開にした。外気の熱風が俺の肌を刺激する。

「ありがとう。また来てね」
「こちらこそ、ありがとうございました」

   改めて林さんにお礼を言うと店を後にした。歩き出して少し振り向くと笑顔で手を振ってくれた。俺も軽く手を振り返し彼女に目線を送る。

「ありがとう。本当に払ってもらって大丈夫?」
「私が誘ったんだしもちろんよ。見返りなんて期待していないわ」
「何だよそれ」

 本当にこれ目的で誘ったのか? 店の雰囲気から見て、どう少なく見積もっても高校生がポンと払える金額でないのは明白だ。だったら相応とはいかなくても何かお礼をしてあげたくなる。彼女の望むものといえば……

「これからタピオカミルクティーでも飲みに行く? それくらいなら自分で払えるから」
「いいね。ちょうど気になってるやつあったんだー」

 彼女は立ち止まり子どものような笑顔を俺に向ける。美容室の待合スペースで、タピオカの美味しい店をチェックしていたし、やっぱりこういうところが女の子らしい。
 
「さ、行こう!」

 その声を俺にかけると同時に彼女は小走りに歩を進める。急いでも店は逃げないっていうのに。普通のデートだったら、手を繋いだり腕を組んだりするのだろうか。
 俺はそんなことを考え、太陽に照らされキラキラ輝く金髪の彼女を追いかけた。



……


 ドリンクを店員から手渡されベンチに座り、清嶺地はスマホを自分に向けて写真を何枚か撮り始めた。疑問に思っているとその視線を察した彼女は笑顔で返答する。

「インスタとツイッターに投稿するのよ」
「読者モデルって大変なんだな」
「まぁねー。でも私はもっと有名になりたいの。人気もイマイチだし」

 スマホで検索してみるとフォロワーが五千人のアカウントを見つけた。五千人でイマイチなのか……

「だけどさ、そうやって自信持って好きなことやれるってすごいと思うぞ」
「そう? 応援してくれるの?」
「もちろん」

 なら、と彼女は付け加え、俺の目の前に立った。一時的に彼女を見上げ反応を待つ。

「私の気持ちもしっかりと受け止めてくれる?」
「え?」
「私は文仁くんのことが好き。大好きなの」

 幸い俺たちの今いる場所は店から死角の位置にあり、少し歩かないと人目に付かない。彼女はそれを狙ってわざわざこのベンチに座ったのか。

「あのさ……ずっと思ってたけど、なんで俺なんだ? 清嶺地さんってしょっちゅう告られてるでしょ? 一組の真黒や沢村みたいな、誰が見ても男前の奴に付きまとうならわかるけど」
「沢村くんはともかく、真黒くんって外づらだけな感じがして嫌なのよ」

 確かに、それはずっと俺も思っていたことだ。やっぱり一定数女子にも煙たがられているのか。

「あと人を好きになるとき理由はいらないの」
「それって前貸してくれた少女マンガのセリフ?」
「さぁ、どうかしら」

 わざといじわるっぽく返すとサラリと躱された。全くこの女子の本性がわからない。もしかしてさっきの告白も?
 話がなかなか進まないので苛立ったのか、彼女はその場にしゃがむと俺と目線を合わせる。

「で? どうなの? 応えてくれる?」
「えっと……俺、好きな人がいるから……ゴメン」
「そっか……それが正直な気持ちなら謝らないで」

 俺の返事を聞いた彼女はミルクティーのカップを持ちながら項垂れる。たとえ傷つけてしまったとしても、自分に嘘をつきたくないから。数秒その体制でいたあと、再び彼女は立ち上がった。

「その相手の名前は言わないで。嫉妬で攻撃するかもしれないもん」
「怖いって」

 彼女は吹っ切れたように、いつもの眩しい笑顔に戻り冗談をこぼした。本音か冗談かわからない微妙なラインの発言が俺を惑わせる。

「じゃ、私帰るから」
「え? まだお昼前だけど……」
「好きでもない女と一緒にぶらつきたくないでしょ?」

 そんな言い方ないだろう……でも越方さんとこんな風にデートできたらと想像すると、死んでもいいくらい舞い上がってしまう。

「あ、でも好きにさせてみせるのは変わらないよ。私は諦めとことん悪いからね」
「うん。知ってる」
「また月曜日に」

 彼女は踵を返し駅方面に歩き出した。今だ、今が言うときなんだ。

「エル! 好きって言ってくれてありがとな!」

 俺は思いの丈を彼女にぶつけた。美容室代の足元にも及ばないかもしれない。でも中学のころからの願いを叶えてあげたかった。
 背中越し伝えたこの思いをどう受け取ったのだろう。振り向くことなく、自分の運命を切り拓くかのように前進する彼女をずっと見つめた。
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