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磯貝 文仁(イソガイ フミヒト)
8:尊敬と決意
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ひと組ひとりずつ立候補した託児係が初めて顔を揃える。
まず五組の俺、四組の清嶺地エル、三組の野瀬繕さん、二組の幸倉志季さん。そして、片思い相手である一組の越方しおんさん。
託児係という性質上女子が多いことを想定していたが、男子が俺だけだとなんとなく気まずい。知らないとはいえ、越方さんの目の前でエルにまとわりつかれるのは避けたいところ。でもまた悲しんでいる顔をしてほしくなくてハッキリと断れないんだ。
台風のように過ぎ去った準備期間を終え、文化祭本番当日を迎えた。一年生は校内とその周辺の見回りと迷子の保護、二年生は託児、三年生は放送と親御さんの対応という役割だ。一年の俺たち五人は割り振られた場所を担当し、インカムを使って情報交換をする。
午前中は特に問題なかったものの、休憩が終わりエルの担当場所を通りかかると、案の定すぐに泣きつかれた。迷子を発見し、なだめようとしても邪険に扱われたらしい。いくら俺の隣にいたいからといっても、仕事の責任は果たしていただきたい。
代わりに俺が迷子の相手をしようにも、磁石のようにエルがくっついて離れない。仕方なく現在地から一番近くにいる越方さんに応援をお願いすることにした。前日に先輩からインカムの使い方を慣れておくよう言われていたが、片思い相手に発信だなんて手が震えてしまう。
数分後、彼女が指定した場所まで小走りで駆けつけてきた。普段あまり発言しないことが嘘のように、迷子の女児とコミュニケーションを取っていく。名前と親御さんの携帯番号の確認。お見事だった。
「連絡先もわかったし、このまま受付に連れてっちゃうよ」
「本当にありがとう」
「いえいえ。じゃあ、またね」
好きな人と普通に会話ができていることに驚いていた。彼女は女の子と手を握りながら、受付へと去っていった。姉妹を思わせるほど微笑ましい光景で、ますます俺は彼女に興味をもった。
…
……
あれから迷子が出現することもなく一日目は終了した。
二年生の託児ルームの一時預かりは、買い出しへ行く親御さんに好評だったようだ。三年生は少し暇だったようで、翌日何人かを二年生のフォローに追加する計画をしているらしい。
俺たち一年生は片付けのあと、軽い打ち合わせと二日目の準備を終えて帰り支度をする。
「このあとみんなで帰ろ?」
「良いね! もちろん文仁くんも!」
「強制しないでよ……別に良いけどさ」
初めての文化祭で興奮の冷めていない様子の野瀬さんが話しかけ、エルはそれにノリノリで反応する。どうせ男の俺が一番乗りに着替え終わるんだし、スマホでも見て待っていよう。
……遅い、遅すぎる。ほぼ同時に更衣室入り、着替えてもうすでに二十分以上待っている。いくら楽しかったことを含めても、人を待たせないようさっさと行動してほしいものである。
イヤホンを耳に取り付け、好きな音楽を聞きながら越方さんを思い出す。もしふたりきりで帰れることになったら俺は……
ガラッ
更衣室の扉が開く音と共に妄想をシャットアウトする。イヤホンを外しスマホをスラックスのポケットに押し込むと、制服姿の女子たちの姿があった。俺はエルに向かってため息をこぼす。
「やっと来た……待ちくたびれたよ」
「ゴメンね。でも女は準備に時間がかかるものなの!」
「それ理由になってないから」
女が男がと性別で言い訳なんでズル過ぎると思う。ちゃんと人間としての約束を守れよ。
「じゃ、帰ろう!」
エルは俺の背中をひとつ叩くと集団の先頭を歩く。本当に元気だなぁ、こいつは。
それぞれの組の下駄箱で上履きから下足に履き替え、校庭の中ほどまで歩いたころ、エルが突然ピタリと止まり俺たちの顔を一瞥した。教室に忘れ物をしたから学校に戻るとのことだ。それを聞いた幸倉さんと野瀬さんもそれぞれの理由で同行するという。
「俺らも一緒に行こうか?」
「大丈夫大丈夫! 私たちはそのあとゆっくり買い物するからふたりで帰ってて!」
俺の気遣いもエルの言葉で一蹴されてしまった。これってもしかして……
「明日も頑張ろうね。次は泣かないから!」
「うん」
エルは満面の笑顔で親指を突き立てると、今日の失態を繰り返さないことを宣言した。ちゃんと反省するべきところはわかっていると俺は安心した。
「また明日ねー!」
「バイバーイ!」
一足先に引き返していた幸倉さんと野瀬さんが少し声を張り上げて手を大きく振る。この言葉を最後にエルはふたりの背中を追いかけ、再び校舎に入って行った。
彼女たちがいなくなったガランとした校庭。気まずくて話題を探していると、意外にも彼女の方から沈黙を破ってきた。
「わ、私、駅まで歩きなの! 磯貝くんは?」
男の俺から提案するべきなのに、彼女に先回りをさせてしまって情けない。俺はバス通学だが、このあと特に用事もないので彼女を駅まで見送ることにした。
先月までの暑さとは打って変わり、セーターとブレザーを着込まないと凍えてしまいそうな秋の夕方。どこからか漂うキンモクセイの匂いが鼻腔を刺激し、一時的に心を癒してくれる。負けていられない、と俺は気持ちを引き締めた。
チャンスは今日しかないんだ。
都心だというのに、絶えず車やバイクが右往左往している。そんな背景とは対照的に、俺たちは無言で肩を並べて歩いていた。お互い話しかけないのは周りがうるさいからなのか、緊張しているからなのか。自分のペースで帰りたいはずなのに迷惑だったか? でもそれが嫌なら何かしら理由をつけて先に帰るはずだ。たとえ彼女の社交辞令だとしても嬉しかった。
十分ほど歩くと駅近くの公園に辿り着いた。あたりの喧騒が遠くなったところを見計らい、俺は意を決してずっと思っていた疑問を彼女に投げかけた。
「越方さんはどうして託児係をやろうと思ったの?」
「え?」
急に話しかけたからなのか彼女は驚いている。やっぱり本題をストレートに発言しないで、いくつか会話したあとの方が良かったか。しかし彼女は俺の問いかけを理解したようで順を追って説明し出した。
「えっと、元々保育士になるのが夢で。学校の資料で文化祭のその係を知って、入るならここかなぁって」
「なるほどね」
「それにあの高校は保育士を育成するのにチカラを入れているみたいでね。来年は希望者を集めて専門的な勉強をするんだって。大変だったけど入学して良かったよ」
今までの沈黙が嘘のように、彼女は目をキラキラと輝かせながら将来の夢を語った。彼女の言うシステム通り、近年の保育士不足を改善するべく幼稚園、保育園からの信頼も厚いらしい。
「ちょっとゴメン。寄り道するね」
「え? あぁ……うん。いいよ」
あるものを目にした彼女は公園の中へ一目散に駆け寄る。俺もそれに続くと、花壇一面に紫苑の花が満開に咲いていた。越方さんくらいの背丈の茎の先には薄紫色の花びら。風が吹くたびにその体を揺らしていた。
彼女は紫苑に目を向けたまま、朗らかな表情で俺に話す。その表情を独り占めしているだけで舞い上がってしまいそうだ。
その様子は去年の今ごろ見た文化祭でのひとコマを思い出させた。
「私、紫苑の花がとても好き。春に咲くハルジオンが一番有名だけど、れっきとした紫苑もかわいいでしょ。道端で見かけることは早々ないけどさ」
「越方さんの名前もその『紫苑』から取ってるの?」
『名前を知る前からそう自分が名付けていた』なんて口が裂けても言えるわけない。
俺のそんな思いと裏腹に彼女は笑みを保ったまま言葉を続けた。
「うん。うちの家系はずっと花好きでね。母も私に負けないくらいこの花がお気に入りなの。出産予定日がちょうど咲きごろの秋だったんだけど、早産で夏に生まれたものだからひらがなにしたんだって」
「そうなんだ。俺の家は花屋だから話合うかもね」
不意に彼女の目線が俺と交差する。今まで顔をマジマジ見ていなかったけれど、やっぱり彼女は俺の心を離さない。
「私ね、中学のころクラスの人と馴染めなくて孤立していたの。高校に入っても成績だけが取り柄だったし、夢を追いかけるだけの変わり映えしない三年間になるのかなって思ってた。だけど半年前の新入生歓迎会でそれが全てひっくり返った」
「うん……」
彼女から語られる過去に俺は頷くことしかできなかった。きっと成績上位ゆえに周りから反感を買っていたのだろう。
「磯貝くんたちのデモンストレーションとてもカッコよかった。いきなり先輩に啖呵切るからびっくりしちゃった」
「なんでも毎年恒例らしくて。学校側がノリノリなのも困るよな」
いきなり褒められ、赤面する顔を花に向けることで何気なく逸らす。彼女も見てくれてたんだ……良かった。
「試合中、軽やかにドリブルしたり先輩をブロックしたり。私にないものをたくさん持っているなぁって。『その明るい色の髪の毛みたいに、キラキラ輝けたらどんなに幸せになれるだろう』って想像したら私……」
「ちょっとストップ! 待って!」
彼女の予想外の言葉に、思わず両手を前に差し出して遮っていた。まさか……こんなことって……
「ゴ、ゴメン! 話長かった!? しつこかった!?」
「いや、違うんだ! こういうのは男の俺から言わなきゃなって」
「それってどういう……」
……なんだ、いろいろモヤモヤ考えていた自分がバカみたいじゃないか。そんなに早くから俺のことを想ってくれているなら、すぐにでもこの気持ちを伝えれば良かったんだ。
「去年の文化祭に越方さんいたよね? こんな風に紫苑の花を眺めてた」
「え? どうしてそれを?」
「俺、そのときあの場所にいたんだ。すぐどこかに行っちゃったけど」
彼女は信じられないという顔をしている。全身が熱い。夕焼けに照らされお互いの顔は真っ赤になっているのだろう。
「それから高校に入学してもこの通りヘタレだから話しかけられなかった。でも偶然が重なって、今回文化祭の同じ係でマトモにしゃべれたときは叫びたいくらい嬉しかった。今日迷子の女の子に対する話し方も冷静でカッコよかった。そのときから……いや、去年からずっと……」
思いの丈を彼女にぶつける。支離滅裂で自分でも何を言っているのかがわからない。でも一番伝えたいことははっきりと告げなければ。俺は大きく息を吸い込んで肺に酸素を充満させる。
「ずっとあなたが好きでした! 俺と付き合って下さい!」
言えた……やっと言えた……相手に自分の手を差し伸べるなんて、最近の恋愛映画でも観ないんじゃないか? しかし俺の右手に彼女の手が触れることはなかった。ここまで来ても思い上がりだったのか……
グルグルと考えが巡る中、嗚咽が聞こえ何かと思い目線を上げる。するとそこには大量の涙を必死に拭う彼女の姿があった。
「うん……! わ、私も……磯貝くんが……好き、だよ!」
胸に詰まった言葉をどうにかして紡ぐ様子がたまらなく愛おしくなり、俺は咄嗟に彼女を抱きしめていた。涙で制服が濡れることなんて構わない。恥ずかしさのあまり押しのけられそうになるものの、俺はチカラ任せに引き寄せる。
手遅れになる前に本音を言えて良かった。きっかけをくれたエルにも感謝しなきゃな。
この幸せを逃すことのないよう、時間の許す限りいつまでも彼女を抱きしめていた。
まず五組の俺、四組の清嶺地エル、三組の野瀬繕さん、二組の幸倉志季さん。そして、片思い相手である一組の越方しおんさん。
託児係という性質上女子が多いことを想定していたが、男子が俺だけだとなんとなく気まずい。知らないとはいえ、越方さんの目の前でエルにまとわりつかれるのは避けたいところ。でもまた悲しんでいる顔をしてほしくなくてハッキリと断れないんだ。
台風のように過ぎ去った準備期間を終え、文化祭本番当日を迎えた。一年生は校内とその周辺の見回りと迷子の保護、二年生は託児、三年生は放送と親御さんの対応という役割だ。一年の俺たち五人は割り振られた場所を担当し、インカムを使って情報交換をする。
午前中は特に問題なかったものの、休憩が終わりエルの担当場所を通りかかると、案の定すぐに泣きつかれた。迷子を発見し、なだめようとしても邪険に扱われたらしい。いくら俺の隣にいたいからといっても、仕事の責任は果たしていただきたい。
代わりに俺が迷子の相手をしようにも、磁石のようにエルがくっついて離れない。仕方なく現在地から一番近くにいる越方さんに応援をお願いすることにした。前日に先輩からインカムの使い方を慣れておくよう言われていたが、片思い相手に発信だなんて手が震えてしまう。
数分後、彼女が指定した場所まで小走りで駆けつけてきた。普段あまり発言しないことが嘘のように、迷子の女児とコミュニケーションを取っていく。名前と親御さんの携帯番号の確認。お見事だった。
「連絡先もわかったし、このまま受付に連れてっちゃうよ」
「本当にありがとう」
「いえいえ。じゃあ、またね」
好きな人と普通に会話ができていることに驚いていた。彼女は女の子と手を握りながら、受付へと去っていった。姉妹を思わせるほど微笑ましい光景で、ますます俺は彼女に興味をもった。
…
……
あれから迷子が出現することもなく一日目は終了した。
二年生の託児ルームの一時預かりは、買い出しへ行く親御さんに好評だったようだ。三年生は少し暇だったようで、翌日何人かを二年生のフォローに追加する計画をしているらしい。
俺たち一年生は片付けのあと、軽い打ち合わせと二日目の準備を終えて帰り支度をする。
「このあとみんなで帰ろ?」
「良いね! もちろん文仁くんも!」
「強制しないでよ……別に良いけどさ」
初めての文化祭で興奮の冷めていない様子の野瀬さんが話しかけ、エルはそれにノリノリで反応する。どうせ男の俺が一番乗りに着替え終わるんだし、スマホでも見て待っていよう。
……遅い、遅すぎる。ほぼ同時に更衣室入り、着替えてもうすでに二十分以上待っている。いくら楽しかったことを含めても、人を待たせないようさっさと行動してほしいものである。
イヤホンを耳に取り付け、好きな音楽を聞きながら越方さんを思い出す。もしふたりきりで帰れることになったら俺は……
ガラッ
更衣室の扉が開く音と共に妄想をシャットアウトする。イヤホンを外しスマホをスラックスのポケットに押し込むと、制服姿の女子たちの姿があった。俺はエルに向かってため息をこぼす。
「やっと来た……待ちくたびれたよ」
「ゴメンね。でも女は準備に時間がかかるものなの!」
「それ理由になってないから」
女が男がと性別で言い訳なんでズル過ぎると思う。ちゃんと人間としての約束を守れよ。
「じゃ、帰ろう!」
エルは俺の背中をひとつ叩くと集団の先頭を歩く。本当に元気だなぁ、こいつは。
それぞれの組の下駄箱で上履きから下足に履き替え、校庭の中ほどまで歩いたころ、エルが突然ピタリと止まり俺たちの顔を一瞥した。教室に忘れ物をしたから学校に戻るとのことだ。それを聞いた幸倉さんと野瀬さんもそれぞれの理由で同行するという。
「俺らも一緒に行こうか?」
「大丈夫大丈夫! 私たちはそのあとゆっくり買い物するからふたりで帰ってて!」
俺の気遣いもエルの言葉で一蹴されてしまった。これってもしかして……
「明日も頑張ろうね。次は泣かないから!」
「うん」
エルは満面の笑顔で親指を突き立てると、今日の失態を繰り返さないことを宣言した。ちゃんと反省するべきところはわかっていると俺は安心した。
「また明日ねー!」
「バイバーイ!」
一足先に引き返していた幸倉さんと野瀬さんが少し声を張り上げて手を大きく振る。この言葉を最後にエルはふたりの背中を追いかけ、再び校舎に入って行った。
彼女たちがいなくなったガランとした校庭。気まずくて話題を探していると、意外にも彼女の方から沈黙を破ってきた。
「わ、私、駅まで歩きなの! 磯貝くんは?」
男の俺から提案するべきなのに、彼女に先回りをさせてしまって情けない。俺はバス通学だが、このあと特に用事もないので彼女を駅まで見送ることにした。
先月までの暑さとは打って変わり、セーターとブレザーを着込まないと凍えてしまいそうな秋の夕方。どこからか漂うキンモクセイの匂いが鼻腔を刺激し、一時的に心を癒してくれる。負けていられない、と俺は気持ちを引き締めた。
チャンスは今日しかないんだ。
都心だというのに、絶えず車やバイクが右往左往している。そんな背景とは対照的に、俺たちは無言で肩を並べて歩いていた。お互い話しかけないのは周りがうるさいからなのか、緊張しているからなのか。自分のペースで帰りたいはずなのに迷惑だったか? でもそれが嫌なら何かしら理由をつけて先に帰るはずだ。たとえ彼女の社交辞令だとしても嬉しかった。
十分ほど歩くと駅近くの公園に辿り着いた。あたりの喧騒が遠くなったところを見計らい、俺は意を決してずっと思っていた疑問を彼女に投げかけた。
「越方さんはどうして託児係をやろうと思ったの?」
「え?」
急に話しかけたからなのか彼女は驚いている。やっぱり本題をストレートに発言しないで、いくつか会話したあとの方が良かったか。しかし彼女は俺の問いかけを理解したようで順を追って説明し出した。
「えっと、元々保育士になるのが夢で。学校の資料で文化祭のその係を知って、入るならここかなぁって」
「なるほどね」
「それにあの高校は保育士を育成するのにチカラを入れているみたいでね。来年は希望者を集めて専門的な勉強をするんだって。大変だったけど入学して良かったよ」
今までの沈黙が嘘のように、彼女は目をキラキラと輝かせながら将来の夢を語った。彼女の言うシステム通り、近年の保育士不足を改善するべく幼稚園、保育園からの信頼も厚いらしい。
「ちょっとゴメン。寄り道するね」
「え? あぁ……うん。いいよ」
あるものを目にした彼女は公園の中へ一目散に駆け寄る。俺もそれに続くと、花壇一面に紫苑の花が満開に咲いていた。越方さんくらいの背丈の茎の先には薄紫色の花びら。風が吹くたびにその体を揺らしていた。
彼女は紫苑に目を向けたまま、朗らかな表情で俺に話す。その表情を独り占めしているだけで舞い上がってしまいそうだ。
その様子は去年の今ごろ見た文化祭でのひとコマを思い出させた。
「私、紫苑の花がとても好き。春に咲くハルジオンが一番有名だけど、れっきとした紫苑もかわいいでしょ。道端で見かけることは早々ないけどさ」
「越方さんの名前もその『紫苑』から取ってるの?」
『名前を知る前からそう自分が名付けていた』なんて口が裂けても言えるわけない。
俺のそんな思いと裏腹に彼女は笑みを保ったまま言葉を続けた。
「うん。うちの家系はずっと花好きでね。母も私に負けないくらいこの花がお気に入りなの。出産予定日がちょうど咲きごろの秋だったんだけど、早産で夏に生まれたものだからひらがなにしたんだって」
「そうなんだ。俺の家は花屋だから話合うかもね」
不意に彼女の目線が俺と交差する。今まで顔をマジマジ見ていなかったけれど、やっぱり彼女は俺の心を離さない。
「私ね、中学のころクラスの人と馴染めなくて孤立していたの。高校に入っても成績だけが取り柄だったし、夢を追いかけるだけの変わり映えしない三年間になるのかなって思ってた。だけど半年前の新入生歓迎会でそれが全てひっくり返った」
「うん……」
彼女から語られる過去に俺は頷くことしかできなかった。きっと成績上位ゆえに周りから反感を買っていたのだろう。
「磯貝くんたちのデモンストレーションとてもカッコよかった。いきなり先輩に啖呵切るからびっくりしちゃった」
「なんでも毎年恒例らしくて。学校側がノリノリなのも困るよな」
いきなり褒められ、赤面する顔を花に向けることで何気なく逸らす。彼女も見てくれてたんだ……良かった。
「試合中、軽やかにドリブルしたり先輩をブロックしたり。私にないものをたくさん持っているなぁって。『その明るい色の髪の毛みたいに、キラキラ輝けたらどんなに幸せになれるだろう』って想像したら私……」
「ちょっとストップ! 待って!」
彼女の予想外の言葉に、思わず両手を前に差し出して遮っていた。まさか……こんなことって……
「ゴ、ゴメン! 話長かった!? しつこかった!?」
「いや、違うんだ! こういうのは男の俺から言わなきゃなって」
「それってどういう……」
……なんだ、いろいろモヤモヤ考えていた自分がバカみたいじゃないか。そんなに早くから俺のことを想ってくれているなら、すぐにでもこの気持ちを伝えれば良かったんだ。
「去年の文化祭に越方さんいたよね? こんな風に紫苑の花を眺めてた」
「え? どうしてそれを?」
「俺、そのときあの場所にいたんだ。すぐどこかに行っちゃったけど」
彼女は信じられないという顔をしている。全身が熱い。夕焼けに照らされお互いの顔は真っ赤になっているのだろう。
「それから高校に入学してもこの通りヘタレだから話しかけられなかった。でも偶然が重なって、今回文化祭の同じ係でマトモにしゃべれたときは叫びたいくらい嬉しかった。今日迷子の女の子に対する話し方も冷静でカッコよかった。そのときから……いや、去年からずっと……」
思いの丈を彼女にぶつける。支離滅裂で自分でも何を言っているのかがわからない。でも一番伝えたいことははっきりと告げなければ。俺は大きく息を吸い込んで肺に酸素を充満させる。
「ずっとあなたが好きでした! 俺と付き合って下さい!」
言えた……やっと言えた……相手に自分の手を差し伸べるなんて、最近の恋愛映画でも観ないんじゃないか? しかし俺の右手に彼女の手が触れることはなかった。ここまで来ても思い上がりだったのか……
グルグルと考えが巡る中、嗚咽が聞こえ何かと思い目線を上げる。するとそこには大量の涙を必死に拭う彼女の姿があった。
「うん……! わ、私も……磯貝くんが……好き、だよ!」
胸に詰まった言葉をどうにかして紡ぐ様子がたまらなく愛おしくなり、俺は咄嗟に彼女を抱きしめていた。涙で制服が濡れることなんて構わない。恥ずかしさのあまり押しのけられそうになるものの、俺はチカラ任せに引き寄せる。
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