君と1日夢の旅

宵月

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君との出会いは寝起き

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「ー…き………る……」


耳元で小さく聞こえる声。


夢か…。


「ー…る……き……き」


夢にしてはリアルだ。


肩を叩かれてる気がする。


心地いい。


「ー……る…き……ってば…」


ずっと呼ばれている。


呼ぶ人なんか居ないはずなのに。


「…ん…ぁ…なんだよ…」


多少覚醒した頭が回り出す。


「あっ、やっと起きたね!流生!」


体を起こして音の原因を見る。


それは、あのボロボロの、猫のぬいぐるみだった。


「いやぁ、良かったよ。気づいてくれなかったらどうしようかと思った。人を起こすのって大変なんだね。」


思わず2度見した。


人形が首を傾げている。


腕を組んでいる。


悩んでるようなポーズをしてる。


「…夢か。」


思わず僕はもう一度布団に潜り込んだ。


暖かい。


「ちょっと!せっかく起こしたのになんで寝ちゃうのさ!次は枕奪っちゃうよ?!」


ぽふぽふと柔らかい手が僕の頬に当たる。


いや、現実的に考えてぬいぐるみが話すはずもない。


しかもこれができた時のにはAIなんてものは存在しない。


ならなんだ。


ぬいぐるみが動いて喋って困ってる。


「流生さーん?ボクに構ってはくれないのかい?せっかく動けるのに?」


恐る恐るもう一度見てみるけどやっぱりあのぬいぐるみだ。


外れかけた耳も切れかけた腕も、やっぱり。


「…ぬいぐるみが動くなんて嘘でしょ…」


「うごいてるんだから仕方ないじゃんか。ほら、起きた起きた!」


その猫のぬいぐるみは僕の枕をズルズルと奪おうとする。


…こっちに引っ張ったらその腕が外れそうだな。


「わかった。起きる。起きるから枕引っ張らないで。」


そう言って僕は猫のぬいぐるみを撫でて止める。


さすがにぬいぐるみとはいえ腕がもげるところなんか寝起きに見たくはない。

何とか枕を引っ張るのを阻止して自分の体を起こし、ベッドに座る。


「分かってくれてよかったよ。君が起きてくれないと始まらなかったんだから。」


うんうん!と頷くぬいぐるみ…なんとも不思議な光景を信じられずそのまま座って何度も見直す。


しかし動いてるのはもちろんぬいぐるみだ。


「…確かにそうかも。」


夢なんだし、夢の中で寝てたらそりゃストーリーも始まらないよな。


なんならぬいぐるみも動かないよね。


妙に真面目に回る思考回路に驚くが。


しかしこうしてぬいぐるみは動いている。


頭が回っているのも夢の中のストーリーだから、というわけだろう。


ベッドから降りて横にある座椅子に座る。


「で…どうしたら起きれる?」


「え?もう起きてるじゃないか。いまさっきボクの頑張りで。」


「そういう事じゃなくて…夢から覚めるにはだよ。」


「まーだ夢だと思ってるの?!ボク泣いちゃうよ?ほらいいのー?こんなに可愛い子が泣いちゃうんだよ?」


…喋るぬいぐるみって結構ウザったらしいんだな。


可愛いとずっと思ってたのだが。


「…いや、夢なら少ししたら覚めるよ。うん。」


「そうだよ!ボクといれば夢じゃないって信じられるからほら、遊ぼう?」


うん、ぬいぐるみと遊ぶというのは不思議だが今なら遊べるんだ。


現実逃避だと思っていればいいさ。


夢で理性があるだなんてなかなかない経験だろう。


僕はプラスに考えることにした。


夢の中なら何してもいいだろうから。
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