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その二十六
しおりを挟むその日忍はぼんやり電車から外の風景を見ている。もうすぐ春だ。桜のピンクの花が咲き始めているのが見えた。
義嗣は病院に運ばれたが、いつ目覚めるかわからない状態で生死の境をさまよっている。
義嗣の父親からはいまだに養子縁組を進められている。義嗣と養子縁組をしたら、忍は義嗣の兄になるんだそう。義嗣は少しだけ忍よりも年上らしい。義嗣と兄弟になるのを忍は迷っている。
電車の揺れに身を任せていると、忍の右手を握る男が現れた。いつもの会う四十代くらいの渋い男の、なぜか忍の右手をいつも握ってくる男だ。
「右手握らないでください!」
きっぱり忍は言う。忍ははっきり言えるようになったのだ。
「断る。何故君の手を握ってはいけないんだ。私は君と触れ合いたい」
「嫌ですって」
「私も嫌だ。君と私は友達だろう?友達なら手を握るのは当たり前だ」
いつからこの人は忍の友達になったのだろう?忍は首をかしげる。
そんな言い合いをしていると、見覚えある男が忍の隣にやってきて、忍の左手を握った。
「痴漢はいけないぜ、おじさん」
そういったのは本田太一という男だ。たしか痴漢の綜一朗の彼氏だと名乗っていた男だ。
「君も彼の手を握っているじゃないか?説得力ないぞ」
手を握る痴漢男がそういうと、本田太一は「はは。確かにそうだな」と、軽くそういって微笑んだ。
「一宮さんは元気ですか?」
「あいつは入院したんだ。いつ退院できるかもわからないんだ」
「そうですか」
「そんな顔するなよ。心臓移植手術さえできればあいつも退院できるんだからさ」
「そうですか」
にっこり笑う忍に、太一は握っていた手を放す。そして開いた電車の扉の方へ向かい、去り際に言う。
「俺と綜一朗が恋人なんて、嘘なんだ」
「え?」
「ごめんな」
そう言い残しほろ苦く微笑む太一は去っていった。
一人残された忍は目を見開く。そのまま電車の扉は閉まり、走り出した。
無言で手をつなぐ時間が続き、忍は痴漢から手を放して一人歩きだす。
駅構内を出ると冷たい風が、忍の体を冷やしていく。
桜並木を見上げて忍は想う。
何度冬がきても、桜は必ず咲く。そんな人間であろうと。見上げる忍の瞳から涙が一筋零れ落ちた。それをぬぐい、微笑んでバイト先へと向かって歩き出した。
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