雪桜

松井すき焼き

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番外編 嘘

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本田太一と痴漢男の四宮綜一朗の出会いは、高校時代にさかのぼる。



 そのころ本田太一は悩みを抱えていた。人という情緒の欠陥だ。人の苦しみを目の前に見ても、なんら同情心がわかないのだ。

まるで父親の一郎と同じようで、太一はそんな自分が嫌だった。

本田太一の父親の本田一郎はサイコパスだ。良心のかけらもない。母親の本田流美に暴力や暴言を時々振るっているのをみると、なんだかぞっとした。暴言や暴力を振るったあと父親は、母親に異様に優しくなる。母親はだからなのか、父親と別れようとしない。

太一はそんな自分の父親に似てしまったようで、嫌だった。

だからなんとか弱い存在がひどい目にあったのを同情しようと、頑張っていたが無理だ。ひとりそっと、ため息を吐いた。



「おはよう!太一」

同級生の西田智之が元気にあいさつしてくる。太一はにっこり笑って、「おっす!」とあいさつする。

太一の世間的には野球青年的な爽やかな好青年に見えるらしい。だがそれは太一の内面とは乖離している。

太一はふと、窓側の席で教科書を見ている少年に目を向ける。最近うちの高校に転校してきた四宮綜一朗だ。四宮の方を複数の女子がうっとりとした視線を向けている。四宮はたいそうなイケメンで、女子にもてている。ちなみに太一もイケメンらしく、女子にもてている。だが太一が内心どう思っているか女子が知ったらドン引きだろうなと、四宮のもとへむかって歩み寄る。



「おはよう、四宮」

四宮綜一朗は嫌そうな顔で太一を見て、「おはようございます」という。太一は四宮のことを気に入っていた。四宮は不愛想で、一部のクラスの連中から目をつけられている。そんな誰にも愛想がない四宮のことを太一は気に入っていた。



そんなある日事件が起きた。四宮のことを快く思っていないクラスメイトのグループの連中が、四宮を呼び出し暴力を振るったのだ。

偶然通りかかった太一が、四宮のことを助けたのだが、四宮は心臓が悪かったらしく丁度発作を起こして、救急車で運ばれた。



なんとか一命をとりとめた四宮は、一応お見舞いに行った太一の方を見て、ぽつりとつぶやく。

「僕が心臓発作おこしても、君は平然としている。君は僕のことを同情の目で見ない。だから好きだ」

確かにそうだ。太一は四宮のことを同情の目で見ない。というか、見れない。同情心なんてものは太一の中にないからだ。

「そっか」

なんだか嬉しくなって、太一は笑う。

「いつか僕は死ぬ。泣かない奴がほしい」

「ふぅーん。なら俺にしておけば。俺は泣かないからさ」

そんなことをいって、太一は四宮の手に触れた。四宮はその手を振り払った。



それから随分長く太一と四宮は一緒にいるようになった。どうやら四宮は同性愛者というやつで、時々太一の体に触れた。太一は無性愛者に近い人間のようで、あんまり快感を感じることはなかったが。



あるとき仕事終わりに四宮が落ち込んだ様子で、ぽつりとつぶやく。

「いたいけな少年を痴漢してしまった」

「なんだ、それ、うける」

けらけら太一は笑う。

「笑い事じゃないんだ。心臓は爆発しそうだし。なんだか体もおかしい。このままでは死んでしまいそうだ」

「ふぅーん。それって恋じゃねぇの」

「彼氏に向かってそれをいうのか?」

 一応四宮と太一の間に肉体関係はあるが、恋人とは少し違うように見える。

「俺らって恋人なのか??」

お互い無言で顔を見つめあい、噴出した。

「とにかく協力してほしい」

四宮の手が太一の手をつかんだ。なんだか無性にムラムラして、太一は四宮の体を引き寄せた。



四宮の作戦はこうだ。強盗にあった青年を助けて、四宮はその青年とお近づきになるという陳腐な筋書きだ。

一応四宮は学校の成績もたいそうよかったはずだが、おそまつな筋書きだ。その強盗役を太一にやってほしいといいう。かなりの確率で太一は警察に捕まるのではないかとと思う。

恋は盲目というやつなのかと、顔を赤くしてうつむく四宮を見て太一は笑う。



 面白そうだということで太一は強盗役を引き受けて、忍という少年の後を追う。忍という少年は普通の少年で、別に美少年というわけでもない。どこがいいのかと、太一は首を傾げた。

太一はうまく忍に接近し、忍の首筋にナイフを突きつけた。

不愛想で、同性愛関係で難攻不落の四宮が血迷うだけあって、その忍という青年の怯え方を見て、無性に太一の中のいけない嗜虐心をかきたてられて、つい首筋をなめてしまった。



「ちんこたったな」

太一は苦笑いを浮かべる。

忍を強引に犯して四宮とサンピーで楽しむのもいいかもなと、太一がそういうと、四宮に頭を叩かれた。

まぁ、妙に潔癖な四宮はそうはしないだろうが。痴漢はしたくせに。



心臓が悪い四宮の病状は悪化している。ドナーを探して今度海外に行くらしい。手術のときにのばされた四宮の手を、太一は握りしめた。

 太一は泣かない。

まぁ、今でも誰に対しても同情心や共感の心はないが、だが悲しむ心はあることを、この男は知っているのだろうかと、四宮の手を強く握りしめた。
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