記憶喪失で美醜反転の世界にやってきて救おうと奮闘する話。(多分)

松井すき焼き

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アルの記憶 その1

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遠くで誰かが嘲る声が聞こえてきて、アルは我に返る。

「おい豚。上履きとってこいよ!」
アルの同級生の長谷川芳樹が、そう言ってアルの顔面に向かって、上履きを投げつけた。思い切り投げつけられた上履きは、たいそう痛い物だった。
このまま上履きを取りに行かないと、しこたま殴られるのかな?とアルは怯えて、恐る恐る上履きを取りに行こうとする。
アルの背後からはげらげら笑う長谷川グループたちの笑い声がする。

「お前ら何してんだよ!」
アルの目の前に現れたのは、同級生の柳宮だった。

柳が現れたのを見ると、長谷川たちは舌打ちをして去っていく。
柳はクラスの女子から一番人気だし、父親は有名な政治家の息子だった。しかも趣味が格闘技なので、クラスの男子たちは柳には逆らわない。
柳はアルの幼馴染だった。

柳は「大丈夫か?」とアルの肩に手をかける。
アルは柳の侮蔑に似た、アルのことを下に見ている視線に気づいていた。

「アル!大丈夫?」
澄んだ少女の声。
そこにはアルの双子の姉の霞が立っていた。
不細工なアルとは違い、霞は美人で有名だ。アルの自慢の姉だ。

「姉さん」
アルは心底ほっとして、柳の手を振り払い、霞のもとへと走る。
「今度宮君に格闘技教えてもらえば?」
霞はアルの傷ついた頬をなでる。
柳の視線を感じて、アルはびくりと肩を揺らす。

「俺はいいけど。アルに俺最近嫌われてんだよな?」
「そうなの?アル」
「そうじゃない、けど」
「じゃぁ、今度教えてやるよ!」
柳はアルの肩を抱いて、笑顔になる。

アルは柳のことが嫌いだった。何故嫌いなのか?そう問われても嫌いなものは嫌いなのだから、仕方がない。
別に柳はアルにたいして下に見ているような侮蔑に似た視線を送ることがあるが、べつに長谷川たちのように、露骨にいじめられたことはない。
けれど、言葉にできないものすべてで、アルは柳のことが嫌いだった。
それに姉の霞は、きっと柳のことが好きだ。
アルは姉の霞を柳にとられるようで、いやだった。

次は体育の授業だ。傷だらけの体で、人前で制服を脱ぐわけにはいかない。それにアルは男性のことが好きなので、あまり男子の体を見るのは気まずいし、なんか嫌な気分になる。
アルは男性が性の対象だが、それ以上に自分も人も大嫌いだった。

霞が「またあとでね」と去った後、二人きりになった時柳はアルに言った。
「お前のことを助けてやる。だから俺の言うことは何でも聞けよ」
にこにこ笑う柳に、アルはぞっとした。
柳の指がアルの頬をなでた。まるでペットの犬のように。
アルは柳を突き飛ばして、その場から逃げ出した。
柳はこの権力者で、どこにも逃げ出す場所がなくなるような気がして、アルは怯えた。


 赤ん坊の泣き声がする。
夜泣きの赤ん坊の泣き声だ。
アルは起きると、目から涙をこぼしていることに気づく。

「アル?寝れないのか」
ソニアの手が、アルの頬に触れる。
「ソニアさん。少し昔のことを夢に見て。最近記憶が少し戻ったみたいです」
その言葉に、ソニアを目を見開く。
「本当か?」
「はい」
その間赤ん坊が泣いている。少し赤ん坊を見てきますと、アルは立ち上がって赤ん坊のいる部屋に向かう。
健やかに寝ているスノーリーの鼻をつまんで、みる。「ふが!」と声を上げて、スノーリーは起きた。
「何すんだ!」
「赤ちゃんが、長い時間泣いてますよ。一応様子を見てください」
「け!わかっているんだよ、そんなもん!」

スノーリーが赤ん坊を抱いているのを見計らって、アルは別の部屋に戻る。そこにはソニアが起き上がって座っていた。
「アル、お茶飲むか?」
「いいですよ。もう夜遅いですし」
「俺が飲みたいから、茶を入れてくる」
「じゃぁ、よろしくお願いします」

ソニアは立ち上がると、台所に向かう。
しばらくして、ソニアが湯気立つお茶をもってかえってくる。

「ありがとうございます」
そういえばアルは男性が好きだったのだなと、何気に動揺する。内心動揺するアルに、ソニアは落ち着かせるように、アルの頭をなでた。
「アル、記憶の話良ければ、聞かせてくれないか?無理にとは言わないが」
「……そうですね。ほとんどまだ思い出せないんですけど。別にすごい話でもない、日常の話なんですが……」
ぽつりぽつりと、アルは記憶をなくす前の話をはなし始めた。
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