記憶喪失で美醜反転の世界にやってきて救おうと奮闘する話。(多分)

松井すき焼き

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アルの記憶3

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それからしばらくして、玄関が開く音がして「ただいま」という母さんの声が聞こえてくる。
「アル、霞、ちょっときて!!」
慌てたようなお母さんの声に、アルは階段を下りて玄関に向かう。

「おかえりなさい。お母さん。その犬どうしたの?」
お母さんの腕には一匹の犬が抱きかかえられていた。
「それがね、宮君の家の奥さんが旅行に行きたいからって、内で預かってって言われたの。本当は迷惑だったんだけれど、宮君の家から頼まれたら、断るわけにはいかないでしょう?」
少しやつれた調子でいうお母さん。

そう柳の家はこの村では、顔役みたいな感じで、逆らうものは暗にはいない。柳とかかわるのは嫌だったが、犬好きとしては少しうれしいアルなのだった。

「なに、その犬?」
不思議そうに霞もやってきて、犬を見た。
「ああ、霞?悪いけど、アルと二人でこの犬面倒見てやって。柳の家のワンちゃんなのよ。私も手伝うから、お願い!」
お母さんは両手を合わせて霞を見た。
霞はアルと顔を合わせて、ため息をつく。

「今ご飯を作るから、待ってて」
お母さんは台所の方へ向かっていく。
「お母さん、僕、インスタントラーメン食べたから、いいよ」
アルは台所に向かう、母さんの背中を追う。

「野菜だけでも食べなさいよ!そうだ、霞。もうすぐ村の祭りでしょ?村の人がさ、女子供は全員祭に出ろって、聞かないの。嫌かもしれないけど、がんばってでて?お願いね」
母さんは台所から顔を出して、霞にそういった。

アルははっとして、霞のことを見る。霞は無表情で母さんの背中を見ている。
「姉さん、大丈夫?祭」
「分からない」
俯く霞に、アルは心配になる。

ため息をついた霞は屈むと、尻尾をふりつつアルを執拗に舐めている犬の頭に手を置く。
「この犬の名前はなんていうのだろうね?」
「わからない。柳君の犬だから」
「アルってさ、柳君のこと嫌いだよね?なんで」
不思議そうに姉はアルのことを見てくる。

アルは姉からやましい気持ちを感づかれないように、目をそらしつつ答える。
「柳君ってさ、子供のころ一緒に遊んでたのだけど、いつも虫を集めててさ、一緒に遊んでいた時に、人も針でさしたら虫みたいに、集められるのかな?って不思議そうに言ったんだよ。それ以来怖くてさ」
本当はアルが柳を嫌いな理由はそれだけではない。
一目見た時から嫌いだという、一目嫌いだ。そこには理由はない。生理的に無理という感じだ。
嫌いな思う理由はほかにもある。柳は顔もよくて、家もお金持ちで、友達も多いくせに、なにか一つでも手に入らないと、柳は駄々をこねる。アルにゆする。そんな甘やかされている柳が、アルは嫌いだ。
それに柳に姉の霞がとられそうで、嫌なのだ。

「ふぅーん。でもさ、柳君は寂しいんだと思うんだ。私」
微笑んで言う、霞。
そんなに優しそうに言う霞が、アルは嫌だった。

「この犬の名前、黒って呼ばない?黒い色しているから」
そういう霞に、アルは頷く。
遠くで笛の音が聞こえてくる。
「アル、私のこと忘れないでね」
霞がそういうので、そんなの当たり前だと言って、アルは笑った。
「急にどうしたの?姉さん」
「私アルのこと大好きだから、アルには忘れられたくないの」
「え、え?当たり前だよ!えへへ」
にやにやしてしまうアルなのだった。嬉しい気持ちが大きくて、何故霞が急にそんなことを言い出したのか、疑問を忘れてしまっていた。

村の祭りの日はいつもアルは一人お留守番だ。
母親は祭には全員子供には出ろって、言われたと言っていたくせに、アルは病気で留守番ということにしてしまう。
祭を死ぬほど嫌がっている霞が心配で、アルも祭に出ると言ってきかないのだが、父親も母親もアルには祭にはださせない。
アルの顔を見ると周囲の人が笑ったり馬鹿にするのが、母さんもお父さんも嫌なのだろうな?と、アルは寂しく思う。
けどアル自身も自分のこの顔で人前に出るなんて嫌なので、気持ちはわかる。
双子の全く自分に似ない霞だけが誇りだ。

ぼんやり一人アルは犬をなでていると、家のドアの呼び鈴が鳴った。
「はい?」
皆祭にいっている。来客なんて珍しいなと、アルは玄関に向かう。ドアを開けると、そこには柳が笑顔で「よお」といって立っていた。
「や、柳君?どうしたの?こんな日に」
嫌そうな顔をしないように、アルは気を付ける。
「いや、祭かったるいから、さぼって犬に会いに来たんだ。犬の名前知ってっか?ジョセフィーヌとかいうんだぜ。笑っちまうよな」
「はは。そうだね」
「家に上がっていいか?」
「いいよ」

家に上げるのは当然だとわかっている態度の柳。そんな柳の態度もやはりアルは嫌いだと思った。
いつか村を出たら、もう柳とかかわらなくても済むと、そんなことを思う。

「なぁ、アル。お前、なんで俺のこと嫌いなんだよ?」
「え」
「俺が気付かないとでも思ってたのか?」
犬と遊んでいた柳は突然立ち上がり、アルの胸に足を置いた。
「や、柳くん?」
「いつも宮って呼べって言ったよな?」
柳はアルの襟首をつかんで起こした。
「宮君」
「何で俺のことをそんなに嫌うんだよ!」

 どか!!
凄まじい衝撃がアルの頬に走る。
柳に思い切り殴られて、アルの意識は遠くなる。
柳はアルの上に馬乗りになると、何度も何度もアルを殴りつける。
「なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんで、お前はいつもそうなんだよ!!」

意識が遠くなって自分の鼻血がたれるのをかんじる。ここで死ぬのかなと、アルは思う。

「人のことを芋虫を見るみたいに見やがって」
「ご、ごめんなさい」
「でも許してやるよ。俺の大事な友達だからな」
にこにこ笑う柳は、血まみれのアルの唇を手で拭いて、口づけてくる。
その意味不明な行為に、アルは呆気にとられる。

「俺は霞と付き合っているんだ。アルは俺の弟になるんだからな」
そう柳が言ったとたん、アルの中に殺意が湧く。
そういった口で、柳はアルの服を脱がし始める。はぁはぁ獣のような柳の吐息。アルはそばに偶然にあった、おおきな鉛筆削りを柳の頭に向かって、思い切り振り下ろした。
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