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第92話 花の魔法は、チートの香り
しおりを挟むところがほかの奴隷の人は動こうとしない。
ポポムは不思議に思う。
「みんな奴隷商人から逃げないの」
するとやつれた女の人が、ポポムの方を見た。
「どこに逃げるっていうの?私の村はもう飢饉で食べるものさえないのに。私は自分が死なないために、赤ん坊を殺したの。もう逃げ場なんてないのよ」
虚無の女の人の目が、ポポムを見る。
ポポムは怯えて、後ろにあとづさる。
「あの、よかったらお花をどうぞ」
二本足のよくわからないアルが、女の人に花を手渡す。
「あ、あんた何!?怖い!見たことない生き物!」
「私はアルと言います。このお花はあなたと、亡くなったお子さんに」
「こんなものあったって、なんにもなんないのよ!あの子は戻ってこない」
アルの花を叩いて、そのまま女の人は座り込んで泣いてしまう。
アルは少しでも気がまぎれるように、たくさんの花を手から出した。花は風が舞い上げて、空から降るようになる。
女の人はいつの間にか、たくさんの花を抱きしめて泣いている。
「泣くならばいつでもできるな。だがもう時間がないぞ。我らの腕には、奴隷商人が刻んだ契約の紋がある。これをどうにかせねば、我らには自由はない。すぐさま奴隷商人に掴まるであろう」
鬼のギゾルが自らの腕を、見せて言う。
ギゾルの腕には赤い入れ墨のようなあざのような文様が刻まれている。
それはアルの腕と手にある、ジルの刻んだものと似ている。これが契約の紋なのか?
「その通りだよ。お間抜けどもさん。わざわざ縛らないのは、その契約の紋があるからだよ」
仮面をつけた男が一人皆の目の前に現れた。
男の耳には長い兎の耳が付いている。どうやら男は兎の獣人らしい。
「このままお前たちは、奴隷小屋に連れていく。逃げようとすると、その契約でお前たちの命はないよ。それにお前達が逃げたとしても、帰る場所はないってわかっているだろう?」
兎獣人の奴隷商人の仮面の男は言う。
「嘆かわしい。獣人のくせに、人間どもに味方するなど」
背の異様に高い筋肉質のギゾルが、怯える奴隷たちの前に立ちはだかる。
ギゾルの腕にはいつのまにか、木の棒が握られている。そしてその腕から大量の血が流れだしていた。
その腕から半分奴隷契約の入れ墨の文様が消えている。
それを見た兎耳の奴隷商人は、げらげら笑う。
「鬼は本当に力馬鹿だな。自分の皮膚をそぎ落としたからって、契約から逃れられるわけがないだろう?そもそもお前は借金を返せなくて、奴隷になったんだろうが。お前が逃げたら、家族は恋人はどうなると思う?」
にやりとまた兎耳の男は笑う。
「知らんな。俺にはやることができた。だから悪いが、ここから逃げさせてもらう」
ギゾルは兎耳の奴隷商人に向かって、棒を振り上げた。
それを兎耳の奴隷商人の男は、ステッキで受け止める。
「くっそ!鬼の馬鹿力め」
ぎりぎり兎耳の奴隷商人のステッキが、きしんでいく。
「そもそも俺は騙されて、借金を背負ったのだ。契約不履行だ。支払いは俺の元上司にしてもらおうか?」
「うるせぇ」
兎耳の奴隷商人のステッキが光り、ギゾルの体は後ろに跳ね飛ばされる。
二人が争っている様子を、アルはあわあわ焦りながら見ている。火事はまだ完全には消えていない。ここまで少し煙が来ている。
アルは手をかざし、ギゾルと兎耳奴隷商人の方へと大量の花を放出した。
「あ、争いはやめてください!!!」
大量の花は人々を押し流した。
兎耳の奴隷商人は突然現れたたくさんの花に、驚愕して隙ができる。猛烈なギゾルの木の棒での殴打が、兎耳の奴隷商人の体にあたり、吹っ飛ばされる。
あまりの大量の花に人間埋もれて、呼吸ができなくなる。ポポムの小さい体はたくさんの花に埋もれてしまう。
それを見たアルは慌てる。
勢いで花を出してしまったが、花をひっこめなければヤバイと、火事場の馬鹿力で念じる。
魔法は思いの力だと、誰かが言っていたような気がする。
アルは掃除機を思い出す。
「花を吸い取る!!!」
アルは腕を前に出す。するとアルの腕に花が、まるで掃除機で吸い取るように、吸い込まれていく。
だがそうもうまくいかない。
吸い取られた花は、また少量漏れ出してしまう。
漏れ出しては吸い込まれ、人々は花に押し流されていった。
たくさんの花に埋もれて、アルは目を覚ます。
「は!?大丈夫ですか!!ポポムさん」
アルは慌ててポポムたちの姿を探す。ポポムたちは、なんとか花に流されずにその場にたたずんでいる。
「大丈夫。びっくりしたな」
ポポムと皆は呆然とアルの方を見ている。
奴隷商人の男は、うつ伏せで倒れこんでいる。そばにはギゾルが血まみれの腕で立っていた。ギゾルはいぶかし気に、アルのことを見る。
「おぬしはなんだ?見たことがない生き物だが?いや、生き物なのか?」
「生き物っていうか、ぬいぐるみです」
「ぬいぐるみ?」
その時ポポムのお腹がぐぅーっとなった。
「お腹減った。」
そうポポムはつぶやくと、そのままアルが出して、落ちていた花を口に入れて、むしゃむしゃと食べた。
「え!?その花食べちゃって大丈夫ですか!?」
あわあわアルは、驚愕する。
ポポムは首をかしげながら、もぐもぐ口を動かし、こくりとアルに向かって頷いて見せる。
「うん。この花おいしいよ」
「なに?この花は食べられるものなのか?」
ギゾルはいぶかし気に首をかしげ、花をひょいっと、口に入れて食べた。
食べた!?
アルは驚愕する。
「ほのかに甘いな。食えなくもない」
ギゾルはその花を食べていると、腕の痛みが消えていたことに気づく。そして自らの腕を見ると、なんと傷口からの血が止まって、傷が薄れていた。
「なんだ?この花は?傷の痛みがひいたぞ。それに奴隷契約も消えている?」
確かにギゾルの腕からは奴隷の契約の紋が、完全に消えてはいないが薄れている。
それを見た他の奴隷の人たちは、恐る恐るアルの花を食べ始めた。
「ねぇ、この花を売れば、私たち奴隷なんかやらなくてもよくない?」
奴隷の誰かが呟く。
それに皆がはっとして、その発言主の奴隷の方を見る。
「確かにそうだな。奴隷の獣人よ。おぬし狸寝入りはやめろ。バレているぞ」
ギゾルは倒れているはずの、兎耳奴隷商人の方を見る。
うつ伏せで倒れてる兎耳の奴隷商人の体は、ぴくりと動く。そして起き上がる。
「はは。バレたか。厄介な相手だな。しかしその道の生物は何なんだい?見たことないな。高く売れそうだけど」
「馬鹿な奴だ。奴隷と蔑まれ人にそんなにこき使われたいのか?お主は?この花をつかって商売したほうがいいであろうが」
ギゾルは木の棒を、己の肩に乗せ叩く。
「俺の家族は病気でね。それで借金をして、奴隷商人の人質に取られているんだよ?俺が働かなくちゃ、家族は借金の肩に売り飛ばされてしまうんだよ」
「なるほどな。人間どもは本当に下種が多いことだ」
呆れた調子のギゾル。
「でもこの花があれば金になることは確かだね」
しみじみ言う兎耳の奴隷商人は、アルを見た。
「ありがとう。よくわからない未知の生物。僕の名前は兎獣人のディーノ。この花を売らせてもらうよ。これにこの花家族の病気にも効くのかな」
「私の名前はアルと言います。い、いえ、最近花をだしたので、よくわからないんです!!もしかしてただ少し傷をいやすぐらいかもしれません」
「はは。そっか。ありがとう。この花を売れば金になって、それで薬も買えるかもしれないなぁ」
ディーノはぼんやり空を見た。
「君たちを逃がしてあげるよ。そのかわり、アル。君は僕たちのために花を出し続けてほしい」
「だめ、アルは僕の!!」
そう叫んでポポムは、アルを抱き上げて、抱きしめる。
苦しい。
いや、ポポムさん、いつから私はあなたのぬいぐるみに。
呆然とするアル。
そして考える。
もしかしてアルの花は、ソニアの毒にも効くのではないだろうかと。
その後に明らかになるのだが、アルの花はそう万能でもないのだった。
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