記憶喪失で美醜反転の世界にやってきて救おうと奮闘する話。(多分)

松井すき焼き

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第125話 ジルの家

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アルが動かなくなった後、奴隷たちがざわざわしていた。
兎獣人のディーノは、アルを逃がすまいと、ポポムが抱いているクマのぬいぐるみを凝視している。

「アル…、目覚めないね。どうしたんだろう?」
ポポムは不安そうに、反応がないアルを見ている。
心細いポポムは、少し涙ぐむが、大好きなドワーフの少女に見られているので、すぐさま涙をこらえる。

「………う…」
クマのぬいぐるみの姿のアルは、うめき声をあげて動き出す。
「アル!」
ポポムは嬉しくなるが、アルはなんだか動きが悪い。
ポポムはアルのことを抱きしめて、叫んだ。
「もう一人にしないで、アル!!」

「ポポム、さん、私の家で待っていて、私の家は、子供預かっているところに」
アルは指をさす。
そしてアルはそのままぐったりして、動かなくなってしまった。

「アル!!」
叫ぶポポムの肩を、鬼のギゾルは落ち着かせるように、軽くたたく。
「落ち着け。ポポム。アルの指さす方に、アルの住んでいる家があるのだろう。ふぅむ。子供を預かっているところと、アルは言いかけたのか?」

「分からない」
ふるふるポポムは顔を横に振る。

「それなら僕知っているぜ。この辺のスラムで珍しく、子供預かり所があるって有名だからな」
兎獣人のディーノが言う。

「そうか。ならばそこに行くしかないだろうな。泣くな、ポポム。そこで皆でアルをまとう」
ギゾルはそう言って、皆を見渡した。


穏やかな森が広がっているのが見える。色鮮やかな鳥の音も聞こえてくる。木々の間から漏れる木漏れ日が、綺麗だな。と、アルはぼんやり、窓の外を見る。

「アルさん、水を汲んできてください!」
遠くからジルの声が聞こえてくる。
「はい」
アルは返事をして、湧き水が流れてくる台所へと向かった。
湧き水が流れてくるのは、台所裏にある水場だ。洗濯用の水は外から汲んでくるらしいのだ。

結論から言うと、あれからアルは、ジルの家に来ていた。


たんてきにいうと、次にアルが目を覚ますと、見知らぬ部屋のベッドの上にいた。布団からは花とスパイスのような不思議な香りが、アルの鼻をつく。
 
扉が開いて、一人の女性が現れた。
女性は美しい金色の髪と紫の瞳をしている。そして耳の先は少しとがっていた。この女性もエルフなのか?

「あなたは誰だ?随分と綺麗な人間だが」

綺麗な女性に、綺麗と言われるアルの内心は複雑である。
「あの、ここはどこでしょうか?私はアルと申します。あなたは?」
聞くアルに、女性はにこりと微笑む。
「私はアリカ。ここは私の家だ。あなたはジルのなんだ?」

「ジルさんのご知り合いですか?私は、……ジルさんの知り合いです」

「そうだな。あなたのような綺麗な人が、ジルのような醜い物と恋人なわけないしな」
嘲るようにアリカはそういう。

ひどい言われようである。
アルはジルに対して色々思うことがあるが、ジルは、ジルは醜いなんて、アルは思ったことはない。

「ジルさんは醜くなんてないです」
気づいたらアルはそう言っていた。

「は?」
アリカが目を見開いて驚愕した瞬間、部屋のドアが開いてジルが入ってくる。

「何をしているのです?母上。人の部屋に勝手に入らないでください。この人間は私の知り合いのただの知り合いです。頭が悪いので、母上、あまり話さないほうがいいでしょう」
ひどいジルの言いようだ。アルはがっくりする。
このアリカというエルフ?は、どうやらジルの母親らしい。

アリカは顔色を悪くし、震える体を自分で抱きしめる。そして苛立ちを込めた目でアリカはジルのことを睨み、足を引きずりながら部屋を出ていった。

アリカさんは足の具合が悪いのだろうか?

アルは異様に冷たい目のジルに、恐る恐る聞く。
「あの、ここはどこなんでしょうか?」
このアルがいるこの家は、木々でできた不思議と温かみのある家だ。人の想いが滲んでいるような家。

「私の家ですよ」

「ジルさんの家なんですか?」

「さぁ、さっさと朝ごはんの用意をしてください。お腹がすきました」

「え?」

「お腹がすきました」
有無を言わせないジルの言葉に、アルは「は、はい」と頷いてしまう。

「台所はこちらです」
ジルに案内されて、アルは台所に向かう。
アルは台所にあるよくわからない食材で、ご飯を作り始める。
台所の窓からは、深い森が広がっているのがアルの目から見える。苔と木と不思議な光の玉が見える幻想的な深い深い森。
ここまで綺麗な森はそうはないと思う。
「綺麗な森ですね」
ぼんやりアルはその森を見て、呟く。

「この森は、この大陸の向こうにあるハイエルフとエルフが住んでいた原始の森『不帰の森』を、私が復活させたものです。不帰の森は、戦や開拓のために木々が焼かれて、焼失してしまいました。私は不帰の森の種を、この土地にまいて復活させることに成功したのです。ここでしか見られない光景です」
満足そうにジルはうなずく。「へぇー、そうなんですか」と、アルは相槌をうつ。
「あの、ハイエルフってなんでしょうか?」

「特別力が強いエルフの種族の名ですよ。ハイエルフのほとんどは荒野になった不帰の森に残り、そして絶滅したと言われています。何故絶滅したのかは、不明です。病気が流行したとか言われていますが。
荒野になった不帰の森から、この土地に逃れてきたエルフがこの近くに住んでいます。が、そのエルフたちは、私の土地だというのに、勝手に不法侵入してくるのですよ。厄介なことに。
森の向こうには野蛮なエルフたちが住んでいるので、近づかないようにしてください。あなたはただでさえトラブルメーカーなんですから」

「私はトラブルメーカーではありません」
そんなことをアルは言いながら、凄まじく散らかっている汚い皿をまとめていると、遠くで狼の遠吠えが聞こえてくる。
なんだかぼんやりアルはその声を聴く。
なんだか、大切なことを忘れているような気がする。ひどく頭が痛んで、めまいがする。

「どうかしました?」
ジルの手が、アルの腕をつかんだ。
ジルの澄んだ瞳が、不思議な底光りをする。不思議とジルの瞳から、アルは瞳をそらすことができない。そのままアルの瞳を射抜く。
ひどく腕の刻印が痛くなる。ジルがアルのことを怒っているのだろうか?
ジルの瞳を見ているうちに、なんだかそれまで考えていたことを忘れてしまっていた。

「さぁ、私はお腹が減りました。早く料理を作りましょう」
珍しくジルは微笑んだ。
その笑みは、なんだか不器用な笑みだった。

そうだ。ご飯を作らねばと、アルは思いなおす。

「そうだ。母上は私とご飯を食べないので。アル、あなたがご飯を、母上の部屋までもっていってもらえますか?」
そういって、ジルは台所出ていく。
残されたアルの前には、見知らぬ食材が広がっていた。

「…これ、……どうしよう?」
どんな献立にしようか、アルは頭を抱えた。
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