記憶喪失で美醜反転の世界にやってきて救おうと奮闘する話。(多分)

松井すき焼き

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第130話 聖なる木と、月の女神

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ジルは遠くか見える聖なる木を見ながら、昔のことを思い出す。

エルフは聖なる木エルドランジュと、月の女神のルクディアを崇拝している。
もうすぐ月の満ち欠けに備えて、祭が開かれる。
聖なる木と月の女神に捧げものをし、願いをかなえてもらうという祭だ。ジルもその祭のことをよく知っている。
ジルは祭のこの時期を狙って、アルを連れてきたのだから。

子供のころジルも願いをかなえてもらおうと、祭の日一人聖なる木の元へと歩いていた。
聖なる木は、偉大なる湖ルクディアの中央に立っている。

どうしてだか今はもう思い出せないが、その湖のなかに子供のジルは落ちた。
死ぬのかと思っていると、湖の底から女性がやってきて、ジルを抱えて水底から、地上へと連れ出してくれた。
にこにこ微笑む不思議な薄黄緑色瞳と髪の色の女性は、ジルの頭をなでてくれた。

『大丈夫?』

「お姉さんありがとう。お姉さんは?僕はジルと言います。お姉さんは神様ですか?」

お姉さんは困ったように、微笑んだ。
『神様?』

「お姉さんが神様なら、お願いがあります」

『なぁに?』
にっこりお姉さんは微笑む。

「あ、あの、お姉さん、僕と友達になってくれる?」
そう言ったのを、ジルは憶えている。
人見知りで引っ込み思案のジルには、友達がいなかった。

『いいよ』
そうお姉さんは言ったのに、その日を最後にお姉さんは、ジルの目の前には現れなかった。
代わりに、妖精のラルが現れてくれた。

今思うと、あの日湖の底からやってきてくれたのは、月の女神だったのだろうと思う。
それからいつもいじめられたり辛いときは、その湖にいった。もう一度あの人に、出会うために。
だがそれから一度も会えていない。

その後ジルは月の女神と呼ばれるその方が、もともとエルフの女性で、生贄としてその湖に沈められたということを知った。
 それから湖で溺れる人を助けて願いを叶えてくれるようになり、水面に映る月をなぞらえ、その人は月の女神と呼ばれるようになったそうだ。          

もうすぐ祭だ。ジルの本当の願いをかなえる。そのためにはアルは利用させてもらう。
感傷をふりきり、ジルは家に帰る。

家の中、………そこには、アルの姿も見る影もなかった。

「やってくれましたね」
ジルには不法侵入者が誰だか、魔力の痕跡が残っているので、魔力追跡で隠そうがすぐにわかる。


 朦朧とする意識の中、ただアルはぼんやり思う。
親から性的虐待を受けたジル。
集団で狼獣人からレイプされたアル。
境遇は違うかもしれないが、似たような部分がある人同士話し合えば、何か少しでも楽になれるのではないかと、アルはそう思う。
少しでもジルが境遇を話せて、苦しい身の内を分けちあえたらと思う。

しかし今ここはどこだろう?なんだかぼんやりして、意識がまとまらない。
ぼんやりしているアルは、なんとか今現在の自身の置かれた状況を、過去にさかのぼり考える。
そう、アルは確かエルフたちに誘拐されたのだ。


アルを誘拐したエルフたちは、アルを川辺に連れてくると、エルフさんたちはなぜか、アルの目の前で土下座した。

『すみませんでした!!』と、エルフさんは一斉に、アルに向けて謝罪してくる。


「お前達、誇り高いエルフの私たちが、人間なんぞに頭を下げるな!」
 リーダー格っぽいエルフが一人、土下座しているエルフに怒鳴りつけている。
「しかし、ゼノム様、おいらたちみたいな不細工が、こんなまぶい人間に接近できるなんて、そうはないことですぜ」
卑屈な美形エルフさんである。
ギャップがすごいと、アルは目を丸くする。

リーダーっぽいエルフは、ゼノムというらしい。

緊張した面持ちで、四人のエルフさんたちは顔を見合わせ、ごくりと息を飲み込むと、もう一度深々と土下座して、一斉に叫んだ。

『どうか、俺たちとエッチしてください!!』

「馬鹿者がっ!そこは私たちの村を救ってくださいだろうが!!」
ゼノム(仮)がそう怒鳴ったのだった。

「お前達、今私たちの村の人々が、薬草をとれずに苦しんでいるというのに!馬鹿者!そんなくだらんことを言いおって!!」
ゼノムの叫びは届き、土下座しているエルフたちはシュンっと、している。

『でも』

「でももくそもあるか!こいつを聖なる木と月の女神に生贄として捧げたら、たいそう神も喜びになるだろう」
静かにゼノムはアルを見て言う。

「ち、ちょっと待ってください!生贄って、まさか、私、殺されてしまうんじゃないですよね?私人を癒せる花を出せるのに」
焦り言い募るアル。
ところが、アルの体が金縛りにあったように、動けなくなる。

「もう貴様の言うことはきかん。変わった花をだせるというのならば、貴様を殺して神に捧げれば、さぞや、神もお喜びになるだろう。生贄を気に入れば、神は我々を皆助けて下さる」
ゼノムはアルの目の前で手をかざす。
そんな馬鹿なとアルは思うが、言葉が出ない。
突然アルは眠くなる。

「すぐには殺さん。ジルからエルフの森の木の秘密を聞き出すまでは、な」

なんかエルフさんたちが文句をゼノムに言っているのが、アルの耳に聞こえてくる。

「こいつが寝てる間に、お前達が好きにすればいいだろう!」とか何かよくわからない、不安な言葉をゼノムが叫んだのが最後に、アルの意識は完全に闇に飲み込まれた。

その様子をジルは林から、隠れてみていた。






次はたぶん番外編が入ります。違ったらすみません。
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