記憶喪失で美醜反転の世界にやってきて救おうと奮闘する話。(多分)

松井すき焼き

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第134話  意志、所在の在処

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ジルの魔法で、宙を飛んできたエルフは金髪に青い瞳の美しい人だった。
怯えるそのエルフは男か、女かわからなかった。
エルフって、男か女かわからない姿の人?が多いなと、アルは思う。

そのエルフは地面に下され、へたり込んでいる。

「ティタニア!?」
ゼノムの背後にいるエルフの青年が、そのエルフをみて声を上げる。
ゼノムは、声を上げたエルフの青年のフィノムを振り返ってみる。

「知り合いか?」

「は、はい。ティタニアは、おらの叔母の娘さんで、どうして、こんな・・・・」

愕然としてるフィノムというエルフ。

「あなたが、この赤子を捨てたんですか?」

ジルは、そのへたり込んでいるエルフに問いかける。

「何故、エルフの子を捨てたんだ!神への捧げものにすればよいのに!!」

ゼノムは激高し、へたり込んでいるエルフのティタニアに怒鳴りつける。

「も、申し訳ありません。無理やり人間に、エンゲージされてしまって」

へたりこんでいるティタニアは、とても悲しそうな悲痛な顔をしている。

「エンゲージ?」
エンゲージと言えば、アルの世界にも同じような言葉があった。この異世界にも同じ言葉があるのだろうかと、アルは首をかしげる。

「魔力が弱いが弱いエルフに対して、強いエルフや人間が強引に奴隷契約することですよ。それを人間の言葉で、エンゲージと呼ぶ。エンゲージというのは建前上の言葉で、まぁ、要はレイプされたということですよ」

ジルは感情を一切感じさせない平坦な口調で、そういう。
衝撃的なジルの言葉に、アルは目を見開く。

「はい。無理やり。そして無理やり結婚させられました。子供も育てたくありません。もう食べ物もろくにありません。どうかわたしを殺してください」
か細く震えているティタニアのことを、皆黙って見つめている。ゼノムも厳しい顔をしつつ、どういっていいか迷っているようだった。

ゼノムは、へたり込んでいるティタニアに向かって言い放つ。
「我らエルフは人間にとって、不細工だ。人間どもは我らの魔力にしか、興味がない。人間が、我らの肉体に興味があるわけないだろ?貴様、我らをたばかっているのではないだろうな?」

「本当です。人間どもに無理やり。これがそのしるしです」

ティタニアは腕の紋様を、ゼノムに向かって見せた。

そのティタニアの腕の紋を見て、「おや?」と、ジルは違和感に気づく。
ジルの視線に、ティタニアは慌てて腕の紋様を隠している。

しばらくして、エルフの青年のフィノムが、ゼノムに向かって土下座して見せた。

「どうか、ティタニアを許してやってください!卑劣な人間にティタニアは傷つけられただけなんです!!」

「だが勝手にエルフの子供を捨てることなど許されることではない。だが人間とエルフの穢れた血の子供は別だな。わが同胞のエルフが、人間になぞ傷つけられたのは、許しがたいことだ。
いいだろう。私から、父上にこの者の処分を軽くするように、言ってやろう」

ゼノムは高らかにそういう。

フィノムは内心、偉そうにと、まゆをひそめる。次期エルフの長の器ではないと思いつつ、フィノムはまた口を開く。

「ゼノム様、もう一つお願いがあります。この方のアル様の母乳が出ている間だけでも、エルフの里の子供たちに、アル様の母乳をあげてくださいませんか?
今はこのエルフの里は大飢饉で、もう何人ものエルフの子供が飢えて死にそうになってます。アル様の母乳さえあれば、何人も救える子供の命だって、あると思うのです。オネゲェします!」

フィノムの決死の土下座に、他のエルフも一斉に『お願ぇいします!!!』と声をあげて、土下座する。

いや、アル自身の意思はガン無視である。
どうしたもんかと、アルは赤ん坊をあやしていると、ティタニアの泣き声が聞こえてくる。

ティタニアは、「愛して・・・あげられなくて、ごめんね」と、そういって泣いていた。

その姿を見て、アルはなんだか悲しくなって、赤ん坊を抱きしめた。

「その赤子をよこせ。その赤子を処分する」
ゼノムがアルに向かって、手を差し伸べてくる。

アルは後ろに数歩下がる。アルの手の中には、暖かい命がある。

「この子には罪はありません」
アルは物悲し気に言う。
赤ん坊のことを、母親が愛せないのは当たり前だ。人をレイプしたものの、子供を愛せるわけがない。
アルが同じ立場なら、どうしていただろう?
けれどもう一度生まれてしまった命だ。この子に罪はない。

「お前は所詮神に捧げる供物だ。いつまでも赤子の面倒を見れるわけでもあるまい」

 冷たいゼノムの宣告に、アルは唇をかみしめる。

「それでもこの子を渡せません」
アルもいつまでもこの子の面倒を見ることができない状況で、こんなこと言うのは偽善だとわかっている。
それに、母親の気持ちを考えると。

「ではお前を殺す」

エルフ独特の白皙の美貌のゼノムの冷たい薄緑がかった水色の瞳が底光りする。
アルは命の危険を感じ、竦みあがる。

ツォレケルォはアルの腰を引き寄せると、母乳が流れている胸を、つまんで見せる。
「ゼノム殿。この人間はこの美貌で、男のロマンの母乳まで流している。貴殿がいらないというのならば、俺がこの人間をもらおうか?」

「ちょ、ちょっと、やめてください!」
ツォレケルォに勝手に胸を触られて、アルはすぐさま胸を隠したいが、赤ん坊を抱いているので、身動きが取れない。

赤ん坊はアルの急な動きに目を覚まして、「ほぎゃほぎゃ」泣き始めている。アルは慌てる。

「それにこの人間の母乳は、たいそううまいぞ」
ツォレケルォの舌が、これ見よがしにアルの胸の頂の上に滑る。

「ん!!?」びくりと、アルの体は反応してしまう。母乳を出しているせいか、じゅくじゅく胸は熟れたように熱くて、痛くて、敏感になっている。

それを見たエルフ達は皆顔を赤くして、ごくりと欲を飲み込んでいる。
「ゼノム殿も、飲んでみたらどうだ?」
ツォレケルォの視線が、ゼノムに向かう。

ゼノムは嘲るように息をつき、アルの乳を吸った。

そんなときでも側にいるジルは、止めてはくれなかった。
ジルはアルのことを、婚約者だと言っていたが、そのわりには冷たい。本当に婚約者だったのかと、アルは疑問に思う。

アルの記憶はなんだか霞がかかったように、所在ない。何か大切な記憶をなくしてしまっている。
いつもアルは目覚めると、大切な記憶を失っているような気がする。
眠っているときに、まるで夢の中に大切な記憶を置いてきてしまったようだ。
自分で何とかしないとと、アルは下唇を噛み締めた。

しかしなぜ男の自分の胸から、母乳が出てくるのか、何かの病気なのか、アルは不安で不安でたまらない。

ゼノムはといえば、何故自分の精霊魔法が、アルには通じなかったのか、不審に思いながら、不安そうな面持ちのアルのことを、盗み見ていた。
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