記憶喪失で美醜反転の世界にやってきて救おうと奮闘する話。(多分)

松井すき焼き

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幕間 狼は雪のなか ソニアの話 4

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洗浄作用のあるミルハの葉を、樽につぶしながらいれ、水を入れて、皿洗いを始める。皿洗いを始めたソニアの横で、アルは野菜の葉をナイフでみじん切りしている。
微かにアルの汗のにおいがする。
獣人の鼻は、人間の何万倍もの、匂いをかぎ取ってしまう。

ソニアはアルの匂いに、顔を赤くして顔を俯いた。

「ソニアさん、何か食べたいものがあったら言ってくださいね。この国の食べ物は詳しくは知らないんですけど、調べてみるんで」
にこにこアルは、ソニアの方を見る。

なぜアルはそこまでソニアに親切なのか?ソニアの中に猜疑心が生まれる。そうだ。浮かれてはいけない。こんな獣人のソニアに親切なわけがないと、自身を戒める。

「今のところはない。アルの作ったものでいい」


そういうソニアに、アルはため息をつくという。

「ソニアさんはいい人ですね。
ソニアさんはいつも忙しそうで、具合が悪そうでも、何も言わないので、心配です。
こないだソル君が、ソニアさんが具合悪そうな匂いがしているって、心配していました。無理しないでください。ソニアさん」

「ああ、わかっている」
ソニアは苦悶の表情を浮かべて、額に手を当てた。

わかっている。
側にアルの匂いがしている。
体臭も事細かに、嗅ぎ取ってしまう。
アルが思っているほど、ソニアはいい人でも何でもない。
「すまない」
ソニアは小声でそういうしか、できなかった。


その晩、ソニアは不思議な夢を見た。
暗闇の中、一人アルが泣いているのだ。
それがアルの肉体から離れた、アルの精神体だと、ソニアはすぐに気づいた。
肉体が生きたまま、精神体だけ離れてしまう場合がある。
そのまま肉体が死ぬと、彷徨える幽霊となる。
ソニアには亡くなった人の姿や、神と呼ばれるものの姿も目に見えた。

「何を泣いている?」
ソニアは泣いているアルの前で、屈んでみる。

『帰れない』
そう言って、アルがなく。

アルの体臭には、異物の匂いがしていた。異物の匂いは凄まじい何かの匂いだ。そしてアルの血の匂い。
なんだ?とソニアは臭覚を研ぎ澄ます。
ところが何もわからない。
地面から出てきた黒い手が、アルの両足を掴んだ。
「アル!!」
慌ててソニアはアルを引き寄せた。
ソニアは、実体をもたない精神体の幽霊でも何でも触れることができる。

ソニアはアルの腕をつかんでいる手に、強く力を籠める。
「どこにも行かなくていい。俺はここにいる」

ただアルを抱きしめることだけとなった。ソニアの耳と尻尾が垂れ下がった。

くすくすと、どこからか女の笑い声が聞こえてきていた。


ソニアは、アルのうめき声で目覚めた。
アルは布団の上で苦しそうに、呻いている。

「アル、大丈夫か?」
あの夢の中のアルの血の匂いが思い浮かぶ。

「いえ、なんだか、ジルさんの刻印のある場所が痛くて」
アルの手のひらを見ると、ジルの刻印が手のひらから腕の方へ広がっている。アルの腕から血がしたたり落ちている。

ジルのアルを目の敵にしている姿が、ソニアの脳裏に浮かぶ。
ジル、やりすぎだと、ソニアは眉をひそめる。

ソニアの脳裏に、冒険仲間のジルの姿を思い浮かべる。

エルフのジルはとても優しく、いつでもソニアの助けになってくれた。
不細工だと阻害されるソニアにたいして、ジルはいつも味方になってくれた。それなのにジルは、アルに対してはすごく意地が悪いことをする。
まるで、ジルはアルを敵のように、妙に意識しているように感じる。

痛みに震えているアルの腕に、ソニアは濡らした布を巻いてみた。
アルは手を伸ばし、ソニアの服をつかんで寄り掛かってくる。
心細いのだろう。
ソニアはアルの頭をなでた。
暖かいアルの体温。こんな場合ではないというのに、ソニアの尻尾は左右に揺れてしまっていた。


翌日ソニアはすぐにジルを呼び出した。
ソニアは、すぐにジルの刻印がアルに痛みと傷を与えていることをいうと、ジルは顔色を変えずにいう。
「あの刻印は敵意がある場合にも、持ち主を苦しめることになっています。アルとやらは、あなた達になんらかの悪意があるのでは?」
「アルにはそんな意志はない。アルを、苦しめるのはやめてくれ」
「随分あの人間にほだされているのですね。安易に人間を信用するなんて、危険です」
ジルの顔に敵意と、ほのかな嫉妬の表情が浮かぶ。
ジルの体臭から、緊張と敵意とストレスのホルモンの匂いがする。瞬時にソニアは臨戦態勢をとるが、ジルは仲間だ。すぐに平常に戻す。

「あの人間は殺すべきです」
ジルは優しく微笑んでそういった。

「ジル」
ジルからは、ほのかに嫉妬の表情がする。
ジル、お前は・・・・・どちら嫉妬をしている?

「あの人間の、あの美貌では、災いを引き寄せるでしょう。どんな人間が寄ってくるか、わかりませんよ」

「そう、だな」
アルに引き寄せられる邪な人間は、いくらでもいる。アルに身勝手な気持ちを押し付ける人間も。

「それでも、あの人間をかくまうのですか?」

「分かっている。・・・すまない」
アルが人間だということも・・。
ソニアはどうにもならない自身の気持ちに、俯いた。

ソニアの様子に、ジルはため息をついた。
「あの人間の顔、仮面か何かで隠していればいいんじゃないでしょうか?
あの程度の人間に煩わされるなんて、馬鹿らしいですね。私の刻印を一応確認しておきましょう。あの人間に敵意があるのならば、容赦はしませんがね」
そうジルは言って、ソニアに背を向けた。
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