記憶喪失で美醜反転の世界にやってきて救おうと奮闘する話。(多分)

松井すき焼き

文字の大きさ
171 / 172

第142話 同じだけ

しおりを挟む

アルは胸元で眠っている赤ん坊を、もう一度抱きしめなおした。アルベルムは命令すると、その赤子とアルは引き離されてしまった。
「その赤ん坊をどうするつもりですか?」
問い詰めるアルに、「赤ん坊を抱えたままだと、身動き取れないでしょう?」と、アルベルムは言ってほほ笑んだ。

エルフの人たちは、皆がりがりだ。食糧事情が悪いのだろう。エルフの赤ん坊や子供たちは大丈夫だろうか?アルは心配になる。
なんとか救いたいと、アルは覚悟を決めた。 


ジルは前を歩く、ゼノムの姿を見る。
ジルは大切な友人の顔を出して、足を止める。怪訝な様子で、ゼノムも足を止めた。

たぎるようなジルの胸のうちに、仄暗い炎がわきおこる。
大切な親友だった。なくしたくない。不細工なエルフであるジルに、初めてできた親友の狼獣人のソニア。
理不尽な容姿差別の中で、ソニアは唯一分かり合えた存在であった。お互い天涯孤独の身。ジルには母親が存在していたが、母親はソニアのことなど眼中にない。興味があるのはハイエルフである父親だけだ。
どれだけソニアという存在に、ジルは救われてきたことか・・・。

それなのに、ソニアの家に一人の美しい人間がやってきた。
それですべて変わってしまった・・。

「なんだ?さっさと行くぞ。立ち止まるな。お前には聞きたいことがたくさんあるんだからな」
ゼノムが立ち止まるジルの方へと、振り返る。
ジルは、目を光らせて口を開いていった。

「知っていますか?エルフの森を復活させる方法」

同じだけ不幸であったのに。
同じだけ分かり合えていたのに。

「力ある人間を殺して、生贄に捧げればいいんですよ。あの、アルとかいう人間がいいでしょう・・・」
ジルはそう静かに言った。

同じだけの不幸がなければ、許せない。同じ分だけの不幸でなければ、分かり合えないだろう。
ジルの心の影。
ジルの足元の影が、女の形を形作り、くすくすと笑っていた。

一方そのころアルは、体を洗う場だと案内された場が、小型の湖の汚水の真水だったため、悲鳴を上げていた。

アルベルムに案内された体を洗う場は、汚い濁った湖だった。しかも冷たい・・。湖で体を洗っていたエルフの女性は、アルを見て悲鳴を上げてこちらをガン見している。混浴!?

「あ、あの女性が体を洗っているようなんですが・・?」
アルが尋ねると、にこにこ微笑みながらアルベルムは「はは。ここはエルフ皆が使う体の洗い場ですからな」という。
「女性に悪いですよ。男の私が一緒に入るなんて」
「皆いつ時も、男女一緒に入っていますよ。アル様を襲わないように、私が見張っていますので、安心してお入りください。見なさい。皆アル様を歓迎して、こちらを見ていますよ」

体を洗っていたエルフが皆、皆一斉にアルを見ている。気まずい視線だ。アルはうろたえる。エルフの体の肌は皆真っ白だ。目のやり場に困るし、アルは目をそらしているのに四方から強い視線を感じて、また困る。

「アル様の衣服の着替えなら我が里にございますよ。アル様の胸から母乳が出たとお聞きしましたが、本当ですかな?」
 
「あ」
もう隠しきれないと、アルは観念した。それに、母乳出る今の状況がとても不安だ。誰かに相談したかった・・。

「む、胸から、母乳のようなものが出てしまいまして」

アルベルムは目が点になり、それからしたり顔で一つ頷いた。
「聞きしております、あなたの胸から母乳がでることは。美しいだけではなく、男性なのに胸から母乳を出すとは、なんと破廉恥な」

破廉恥って言葉、異世界にもあるんですね。よく考えてみると、この異世界、アルのいた世界の言語結構あるようなきがすると、アルは現実逃避半分に冷静に考えている。

「ぼ、母乳が出たからって、破廉恥って何ですか?赤ちゃんのためじゃないでしょうか?」

アルベルムには、アルの腹に龍の卵があることがわかっていた。
アルベルムは憐みの目を、アルに向けた。
龍や魔物に卵を植え付けられたものは、男ですら母乳が出ることがある。
龍の卵を植え付けられたもので、助かった者はいない。龍の子は生まれ出るとき、寄生主の腹を引き裂いて出てくるからだ。そんなことは、今は言うことはないだろうと、アルベルムは口を閉ざす。

「風邪ひいてしまいますよ。ほら、晴れ遠慮なされずに」
アルベルムは内心、下心を抱きながら、アルの体に目を向ける。

「あの、お湯はないんですか?」
結構冷たい水なので、お湯の方がいいとアルが聞くと、アルベルムは首をかしげる。
「身を清めるのは、水が当たり前です」
ときっぱりアルベルムは言う。

「温泉はないんですかね」
アルはがっかりする。
「温泉とはなんですかな?」
「お湯が沸きあがる場所のことなんですけど・・・」
「ああ、それならばありますよ。」
「あるんですか!?なぜそのお湯に入らないんですか!?」
「暖かい火の水が湧き出すのは少量ですし、身を清めると言ったら、聖なる湖の真水と我々には決まっておるのです、アル様」

そんなアルベルムの言葉に、どうしたもんかと、アルは頭を悩ませる。
エルフにはエルフの文化があるし、エルフにはエルフで神聖視するものがあるのだろう・・。しかしこのまま汚い真水に浸かっていると、風邪をひくかもしれないし、あまり健康にもよくない・・。

「あの、その小さな暖かい水の土を掘ってくと、どんどん暖かな水がわいてきて、そのお湯につかると、とても体にいいのです。掘って、一緒に入ってみませんか?」
とそうアルは言ったのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…

アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。 そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!

美醜逆転世界の学園に戻ったおっさんは気付かない

仙道
ファンタジー
柴田宏(しばたひろし)は学生時代から不細工といじめられ、ニートになった。 トラックにはねられ転移した先は美醜が逆転した現実世界。 しかも体は学生に戻っていたため、仕方なく学校に行くことに。 先輩、同級生、後輩でハーレムを作ってしまう。

【完結】男の美醜が逆転した世界で私は貴方に恋をした

梅干しおにぎり
恋愛
私の感覚は間違っていなかった。貴方の格好良さは私にしか分からない。 過去の作品の加筆修正版です。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

処理中です...