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陽 yo-heave-ho

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2.04.3.5-2.04.4.5 続・アジトでの日々

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 と或る日。
 砲弾庫では今日もキースとネロが肩を並べ作業していた。
 手を動かしながら口も動かす二人。因みにこの日はフランツも一緒で、彼は度々二人を窺っているようだったが、弟コンビのお喋りは御構い無しに続いている。
「結局何年軍に居たんだ?マジで12の時からなら、相当だよな??」
「俺の話はいいよ、碌なもんじゃねぇし」
 キースは自身の話題に気恥ずかしくなり、誤魔化しがてら火薬を掬い取り滲んだ汗を拭った。
「それよりティシアーノさん家は?ロムとの話、聞きてぇ」
 雑に拭ったせいでキースの顔は黒くなってしまって、ネロはつい笑いをもらす。素手で火薬を触っているせいなのだが、汚れなど気にも止めず作業する彼に好感が持てた。
「俺らも、本当の兄弟じゃねぇんだ。ガキの頃はテオディアに居て、その時に兄貴と会った」
「それからずっと一緒に?」
「そう。色々やったよ、二人で。もしかしたらキースと同じになってたかも」
「…軍兵なんざやらなくて正解だ」
 キースが溜息をもらす。此処でのヴァンの扱きも中々だが、今思えば子供時代からよくやっていたもので、これまで五体満足でいられたのは奇跡かもしれない。
 いつの間にか手が止まっていて、フランツの目が二人を捉える。
「知り合った漁師に誘われて、漁師見習いもやった。諸島のあちこち回ってさ」
「へぇ」
「海賊になるまでは、それが一番長い仕事だったなぁ」
「お前もロムも似合いそう」
「でさ、一味に会って大頭にも誘われて…兄貴だけ抜け駆けしようとしたんだ」
「抜け駆け?」
「俺のこと置いてけぼりで、海賊になろうとした」
 思わず目を丸くし呆ける。
 背後でフランツが働けと声を上げ、はっとしてまた手を動かす。だが続きが気になりネロに目配せする。
「…ロムが?見捨てたってことか?」
「ん…漁師の親父さんに、金と一緒に預けられそうになった。海賊は危ねぇからお前はダメだ…って」
「……過保護」
「だろっ?心配し過ぎ!もう今でも覚えてるよ。すげぇ怒ったし、泣いちまった」
 眉を寄せ当時のことを語るネロにキースは吹き出してしまい、慌てて笑いを堪える。ロムは思っていたよりも良い兄貴で、根っからの弟想いだったらしい。少し羨ましいとも思う。
「おいコラ、火薬守り二人!働けッ」
 またフランツが声を上げる。いつの間にかキースも火薬守り扱いだ。二人ははいだのへいだの返事をするが、
「なぁ、エフライムさん家は?二人の兄貴どんな奴だった?」
「…その姓は、大人になってから貰ったんだ。昔はただのキース」
「へぇ?誰がくれたの?」
「あぁ、っと…」
 また照れ臭くなり視線を逸らす。キースは困った様子で顔まで背けはじめ、ネロは何かあると確信し覗き込むのだが、
「は・た・ら・けッ!」
「ぐぇ」「ぐぁ」
 二人の頭にフランツの拳骨が降りかかる。揃ってウシガエルのような声をもらし、周りの仲間達にも笑われてしまう。
 火薬守りの弟コンビは漸く口を塞ぎ、作業に集中した。


 と或る日。
 スタンは北側の入江、修繕中のコバルト号にて作業をしていた。
 艦船隊とやり合い傷ついたコバルトの修繕は、一味で一番この船に愛着を持つリンが取り仕切っているのだが、
「…そこが終わったら、また材料上げろ」
「…へい、キャプテン」
 互いに目もくれず言葉を交わす。
 オーウェンやフランツや他の者達とは親しくなってきたが、スタンもキースも、未だ彼とは打ち解けられずにいた。出会った頃に握手したのが懐かしい…
 言われた通り木材を運ぶべく、スタンは一人船を降りる。と、近くで釣りをしていたレイチェルとヴァンが歓声を上げた。今日の二人は釣り当番で、その日の飯の為に釣りや素潜りをするのだが、この島は北の入江が名スポットらしい。
「なんだ?良いもん釣れたか?」
 気になり近寄ってみると、レイチェルが嬉々として振り返り、
「見て見て!美味しそう!」
「潜っても中々獲れねぇんだ!」
 釣り上げたウツボを笑顔で見せてきた。ウツボは活きがよくビチビチ跳ね動いていて、二人共嬉しそうだ。が、
「むりむりムリッ、マジ無理!近づけんな!」
「…えぇ」
「おっさん、魚嫌いなの?」
「いやッ、魚じゃねぇだろそれ!そういうウネウネグニャグニャするのムリ!キメぇ!!」
「「……」」
 顔を引攣らせ叫び後退りまでするスタンに、二人は唖然として顔を見合わせた。
「おい!遊んでんなッ、働け!!」
 スタンの声が聞こえ、甲板からリンが顔を覗かせ怒鳴りつける。
 そのまま船へ逃げ戻るスタンを眺めながら、レイチェルもヴァンも、今日の彼の飯はどうなることやらとほくそ笑んだ。


 と或る日。
 その日の夜は特別だった。水浴びではなく、温かい風呂の日。数日に一度だがラッカム一味の楽しみの一つだ。
 大きめの風呂(これまたしっかりとした作りの木風呂だ)に水を張り、薪を燃やし炊いて思い切り堪能する。陸修行の間はあまり入れなかったし、あの二人も水浴びばかりで、冬によくやれるなとビアンカは今更ながら思ってしまう。
「ねぇね、それで?」
「……もしかして、またあの話?」
「当たり前じゃん。どっちなの?」
 一緒に湯船に浸かっていたレイチェルとジュリーがビアンカの顔を覗き込む。
 戻ってからというもの、この質問は何十回目だろうか。二人が尋ねているのは、あの二人のことで…つまりビアンカが男を連れて戻って来たので、兎角女子二人は気になっていた。どちらが本命なのかと。
「もう、そんなんじゃ、」
「そうだよねぇ、友達っていうか運命共同体、だよねぇ」
「…なんかバカにしてる?」
「してないしてない。でもさ、どちらかというと?どっち?」
 これだ。幾ら説明しても聞く耳を持たない。二人はすっかり勘違いしている…自身が色恋などする筈ないのは、よく知っているだろうに。
「あたしのことより、二人は?オーウェンとスコットは??」
「あたし達はいいの」
「ビアンカが心配なんだよ」
「……」
 対抗すべく言ってみるが効果無し。因みにレイチェルとスコットは周りがハラハラするくらい両片想いなのだが、何故かこの時は平然と言い返してきて。ジュリーとオーウェンは…言わずもがな。
 ビアンカは鼻先まで湯船に浸かり隠れてみるが、二人はニヤニヤしながらさらに覗いてくる。のんびりできる風呂が溜息の場に変わり、どう逃げようかと頭を巡らせるが、
「なんで今まで入ってねぇんだよ?」
「いや、こんなのあるって知らねぇし」
「今までずっと水場?」
「充分だろ、暑ぃし」
「湯で・しっかり・洗えッ」
「もっと早く誘えばよかった…なんかごめん」
 木の板数枚の壁、の先。男湯(女湯も三人が出れば男湯に変わるのだが)が騒がしくなる。三人は即座に声の主がわかった。フランツとネロと、そしてあの二人だ。
「わ、すっげ、広ぇ!」
 キースにしては珍しい歓声が聞こえ、
「陸のがちゃんとしてんだろ?」
「バルハラは金持ち共しか持ってねぇよ。街の共用風呂は有料だし」
 すっかり仲良くなったフランツとスタンが言葉を交わし、
「そう言われると、俺らはタダ風呂だな…恵まれてんのか」
 ネロが冷静な呟きをもらした。
 女子二人の矛先が変わる。ビアンカも思わず板をチラ見し、聞き耳を立てるが、
「うーわ…デカ」
「あんたヤベぇな、それ」
「いやぁねぇ、あんまし見ないで♡」
「それ以上言うなよ…こいつ、所構わず勃たせるから」
「!ウソだろ?」「キース、塩過ぎっ」
「んな人を変態みてぇに、」
「ヘンタイだろ。これと暫く一緒にいたらな、麻痺する。塩もクソもねぇわ」
 話の内容に女子二人は一瞬固まってしまう。
 今だ──隙を突きビアンカが勢いよく湯船から飛び出し、駆けた。
「お先に!」
「あっ、コラぁ!」「…逃げられたか」
 ビアンカの逃げ足は速く、風のように脱衣場へ消えて行った。
 直後、隣に女子がいるとわかり、スタンが暴走しかけるのだが…早々にキースとフランツの拳を喰らい鎮まるのだった。


 と或る日。
 キースは一人、火薬庫で昼寝していた。
 連日早朝からの砲弾作り。夜も鍛冶場に付きっ切りで作業を進めていて、お陰で眠い。腹の足しよりも睡眠を選び、涼しいからとこんな所を選び、眠りこける。
 火薬庫で昼寝する彼に皆は目を丸くしたが、火薬守り長(いつの間にかそうなった)ネロは気持ち良さそうに寝る彼が猫のように見え、そのままにしていた…実際、アジトで暮らす猫達も入り込むようになってしまったのだが。
「……?」
「ビアンカ、起きちまう…」
「もうちょっと…」
 何やら首が擽ったい。誰かいる?ヒソヒソと笑い声まで聞こえ、キースはぼんやり目蓋を開けた。
「ヤベっ」「早く!」
 目に入ったのはビアンカとネロで、二人共満面の笑みで姿を消した。
 意識がハッキリしてきて何度か瞬きし、身体を起こす。
「?…んん…?」
 何かされたのかと思ったが、辺りを見回しても特に何もなく。服や身体にも異変はない。夢だったのか?と思い頭を掻いた瞬間、
「!……んだよこれ」
 一纏めにしていたはずの後ろ髪…それが解かれ左右で三つ編みになっていて、さらに飾り石や色紐や、散ったものを見れば花までも。所謂可愛いものや綺麗なものがいっぱい編み込まれており──キースは一瞬固まった後、怒鳴り声を上げた。
 火薬庫の外で寝起きを観察していたビアンカとネロは必死に笑いを堪え、ハイタッチして逃げ果せた。


 と或る日。
 昼餉の後、キースとリンは集会場の一角に呼び出されていた。呼び出した者は……
「もういいだろ、」「おいビアンカ、」
「動くな。ズレる」
 二人は並んで座らされ、ビアンカに髪を弄られていた。少しでも動けばバカだの何だの怒られ、苛立った弟が振り返ろうものなら姉は問答無用で拳骨を喰らわせ、そしてまた弄られる、の繰り返し。
 二人は髪をきめ細やかに編み込まれていた。昨日キースが悪戯された海賊流髪飾りだ。
 キースは全体的に髪が長いのでやりやすいが、リンは襟足だけ伸ばしてる程度でやや苦戦気味。今日は飾り石のみをふんだんに使い、本格的な仕上がりを目指している、とのこと。
「そっか…陸の時これでお金貰えば良かったのか。紐編んだ時みたく稼げそう」
「は?なに??」「髪結い屋かよ…」
 冷静に陸修行での日々を振り返る彼女に、二人は揃って眉を寄せた──何故この二人なのか?それは二人が一番感じていることで、それはビアンカの安易な思い付きによるものだ。
「んっ、いい!二人共似合ってるぞ♪」
「「……」」
「外すなよ、キャプテン命令」
「…キャプテンは俺だ」
「…クソ」
「似合ってる、だから、外すなよッ」
 ニッコリ笑ったかと思えば睨まれ念を押されて、二人はまた黙り込み顔を見合わせ…頬を痙攣らせる。互いの首元でお揃いに飾られた髪が揺れていた。
「上手くいきそうか…?」
 遠目で眺めていたネロにオーウェンが声をかける。二人が海賊流髪飾りの刑(少なくともオーウェンはそう思っていた)に処されたのは、要するにお揃いの髪飾りで親睦を深めようという、ビアンカなりの考えだったのだが、
「わかんねぇ…マズそうなのはわかる」
 雰囲気が、とネロは付け足し苦笑いした。
 結局、数刻後には二人共髪を解いてしまい、当然親睦が深まるわけもなく、発案者ビアンカは不愉快を顕にしたのだった。


 と或る日。
 深夜、リンとフランツは集会場にいた。戻って来た鳩達の返事を確かめるためだ。
 だが有力な情報は特に無く、短文でnotやdon'tが続く。東言語が苦手なフランツでもわかるスカ手紙だ。スカの文の特徴(なんともまぁ安易な話だが)を教えてくれたスタンのことも思い出し、溜息をもらしてしまう。
「…これ、ホントに役に立つのか?」
「…疑う暇あったらちゃんと読め」
 同じく溜息を吐いたリンに言い返す。彼は未だにスタンの作戦が気に入らないらしい。リンと組んで数年経つがこうも嫌悪を顕にするのは珍しく、フランツは半ば面白半分で様子を窺っていた。
「なぁ、今いい?」
「?どうした、こんな遅くに」
 姿を現したのはビアンカで、彼女はキャプテンコンビのもとへ駆け寄り、
「明日、船出せないかな?近くの無人島まででいいんだ」
「あ…?」「…なんで?」
「砲弾作り。製鉄上手くいってるみたいで、島の鉱石が減ってきてる。あと、いおーの石?黄色いやつらしいんだけど、それも足りないって。火山の島なら採れるらしいんだ。この辺みんなそうだろ?お願い」
「「……」」
 思わず顔を見合わせるキャプテンコンビ。
 どうやらビアンカはキースとネロの代弁らしく、リンはつい眉を寄せ舌打ちする。
「事情はわかった。で、なんでお前が言いに来んだ?あいつは?」
「行くって言ってたよ、二人共ね。けど休ませたいんだ。キースなんか今日も逆上せるくらい鍛冶場に居たし」
 リンはわざとあいつと言ったのだが、ビアンカも見透かしているのかムッとして言い返す。逆上せるなんて大袈裟だと思うが、
「確かに。あいつ非番も守ってねぇだろ」
「そう!ネロやオーウェンじゃないと言うこと聞かないんだ。そっちからも言ってもらえません?キャプテンコンビ」
「……」
 フランツが余計なことを言い、また舌打ちしてしまう。面白くねぇ。妹は帰って来てからあの二人の…茶髪の話ばっかりだ。
 フランツは一瞬リンをチラ見するが、ビアンカに視線を戻し口を開いた。
「わかった。とりあえずキースは強制非番だ。船出すかは、オーウェンにも相談してからな」
「!ありがとう!あ、あと炭と薪も少なくなってきて、」
「臨時で当番付けりゃいいんだろ。わーったよ!やってやるから、テメェは寝ろッ」
「ありがとっ!フランツ大好き!」
「…………」
 キャプテンらしく解答し怒鳴るフランツに、ビアンカは満面の笑みでこくこくと頷き返し、自身の部屋へ戻るべく駆けて行った。
 一瞬兄妹の目が合うが、可愛らしい笑みは消え…本当に一瞬だったが睨まれた。心が折れそう。兄であるはずのリンは妹が出て行ったほうを呆然と眺めていた。
「悪ぃなぁ、大好き貰っちまった」
「テメ、ざけんなよ…!」
 ニヤニヤと笑いぼやいたフランツに、リンは恨めしそうに唸り返した。


 と或る日。
 働き過ぎだと叱られ強制的に非番を言い渡されたキースは、暇を持て余し、煙草を求め訪ねて来たゼスに事情を話し、畑に来ていた。
 頭三人やビアンカにバレると煩いため(無理をしているつもりはないのだがかなり叱られた)、コソコソと頻りに辺りを窺う彼は滑稽で、ゼスやレスターは揶揄い笑っていたのだが、今日も率先して畑を切り盛りするヴァンは煩わしそうに睨みつけた。
「居んならちゃんと働けよ、新入り」
「わかってる…」
 すれ違いざまに小言を言われ、キースも睨み返す。少年は構わずに高い梯子を登り、たくさんの実がなるレモンの木で収穫を始めた。
「……」
「見事なもんだろ」
「…あぁ、」
「'畑王'様が手塩にかけて育ててっからな」
「…あいつが?」
「おう。俺だけじゃここまで出来んかった」
 大きなレモンの木に見惚れていたキースにゼスとレスターが声をかける。'畑王'という名は伊達ではないようで、一味に入ってまだ数年ながら、ヴァンの働きぶりは皆が認めていた。
「レスター!ちゃんと受け取って!」
「はいはい」
 頭上からヴァンが怒鳴り、レスターが背負う籠にレモンを落とし入れていく。木だけではなく実も立派で、どれも大きくしっかり色付いていて、先日スタンから聞いた売り物というのも大袈裟ではないのだと理解する。
「新入り、おい!働けよッ!」
「…はい」
 キースは感心しているのか素直に返事をし、新しい籠を持って行く…が、
「ッ、なんだ…!?」
 突然地面が動き、身体ごと揺れ驚いてしまう。
「地震だな」
「このくらい大したことねぇよ」
 然程大きくはない揺れにゼスもレスターも平然としており、他の者達も仕事を続け、陸では滅多に経験の無いキースだけが狼狽えていた。
「んなのにビビってんのか」
「…ビビってね、」
「ビビってんじゃん。弱虫軍兵!」
「違ぇッ」
 いつの間にか下りてきたヴァンに笑われてしまい、赤くなった顔で言い返す。
 揺れはすぐに収まって、後で聞いたところ'雷神島'に活火山があるらしく、その影響で時々地震が起こるのだそうだ。キースはアジトも火山島ではないかと不安になるのだが、教えてくれたネロにまで笑われたことで、気恥ずかしさのほうが勝り、抱いた不安はすっかり抜け落ちてしまった。


 と或る日。
 昼飯の時間──この日は皆朝からソワソワしていて、新入り二人は首を傾げたのだが…集会場から漂ってきた美味しそうな匂いで察知する。
 本日の炊事当番はゼス。彼が当番の昼は決まって皆沸き立ち、楽しみにしているのだ。ゼス特製カレーを。
「「うッめぇ!」」
「だろ!」
 声を揃えた新入り二人にネロは顔を綻ばせ、一緒にカレーを頬張った。
 具材は野菜と魚の身が少々だが、南方諸島から仕入れた香辛料が多種調合されており、コクと辛味が絶妙でただただ美味い(旨さの秘訣は秘密らしい)。一人二つまでの小さなパンが早々に無くなろうとも、これだけで充分なお味だ。
「やっぱゼスのカレー、一番かもっ!」
 ビアンカが満面の笑み(というか幸せそうな顔)で声を上げた。陸でも色々と美味しい物を食べたが、故郷の味であるこれに勝るものはなく。
 皿いっぱいだったカレーが瞬く間に無くなり、隣で食べていたヴァンが目を丸くする。ビアンカはお構い無しにお代わりを貰いにいくが、
「お前、ホント食うよな」
「キースこそ、二杯目?」
「お前ら揃って三杯目だ」
「「えっ」」
 大鍋の前で出会したキースと言葉を交わすが、ゼスの指摘に二人共顔を見合わせる。いつの間に…どんだけ食べるのか、と互いに思う。
「…大食い女」
「…食べても背伸びないぞ」
 口喧嘩に発展しはじめた二人を見物しながら、ゼスは三杯目の大盛りを装ってやる。カレーの時はお代わりが多いので多く作るのだが、この二人は四杯目も来そうな勢いで…さすがに次は止めようと一人決心する。
「キースって、結構食うんだ?」
「そのわりに華奢だけどなぁ」
「ビアンカも…食べたもの何処に行くんだか」
「陸でも大分食ってたぞぉ」
 同じく遠目に眺めていたスタンとネロとジュリーが苦笑いする。
「……やっぱ、あれだな」
「ん?」
 二人に、というかビアンカには聞こえないよう、ネロが耳打ちする…彼女には'食意地王'という名があるのだと。


 と或る日。
「じゃあそっちは、港の帰りに」
「ああ。頼む」
 居住区近くの飼育小屋にて、飼育当番のスコットがフランツと共に運ぶ荷物の確認をしていた。
 飼育小屋にはたくさんの生き物がいる。牛、ロバ、山羊、鶏に鴨、鳩、船に勝手に乗りやって来た猫達(猫に関しては自由奔放に暮らしている)…ミルクや卵、育てた後に肉にされる動物もいるが、ランランのように一味の為に荷物を運び、働いてくれる子もいる。
 スタンはフランツに付いて来ていたのだが、早々にランランを構い出し、今では顔中舐められている始末だ。
「遊んでんなよ、もう行くぞ」
 呆れた様子でフランツが声をかけ、傍らのスコットはクスクスと笑った。スタンはランランの鬣を撫で回していたが、ふと疑問に思い、
「なぁ、もし…畑の野菜とか、食うもんが足りなくなったら?」
「…それな」「…あぁ、うん」
「……マジかぁ」
 素朴な疑問に気まずそうになる二人。スタンは頭が冷え思わずランランから離れた。そりゃそうだ、目の前に食える肉があったら…食うわな。
「ランランとかロバは、最終候補だ」
「順番あるんかぁ…」
 溜息混じりにフランツが呟く。優先順位が決まっていることに、スタンはさらに頭が冷えていくのを感じた。
「この話、レイチェルには言わないで…皆のこと可愛がってるから…」
 前に泣いちゃってと、スコットが呟く。
 いつか食われるかもとはつゆ知らず、ランランはスタンにじゃれ付いていた。


 と或る日。
 居住区にて、ビアンカとレイチェルと新入り二人は洗濯物を干していた。この日はいつも以上に多く、キースとスタンは急遽持ち場を変えられ手伝っていた。
「…なぁ…あとどんだけだ?」
「あと三カゴ、かな」
「頑張れ相棒」
「めげない、めげない」
 やっと洗いが終わり、何度目かのやり取り。思わず溜息をもらすキース。重い物が苦手なわけではないが、水場から持ってきた籠は相当な重量で、一人さっさと運び往復までするビアンカが恐ろしく見えた。そしてこいつも。
「なんなんだよ…あんたの、その適応力の高さ」
 背後ではスタンが干しているのだが、早い。手際がいいというレベルではなく、片っ端から無駄なく丁寧に、皺も伸ばして干している。
「生活力と言ってくれ。嫁さんいねぇ独り身なんだから、こんなの普通だろ」
「スタン、料理も上手いもんな」
「スタンが??」
「おぅ、結構評判いいぜ。今度作ろうか?」
 ニヤりと笑い返すスタン。ビアンカがまた食べたいと言うものだから、レイチェルも唆られ気になってくる。
 キースはまた溜息を吐き、スタンの傍らで渋々干していく。すると、
「うぇっ、もう洗っちまったの!?」
 リンが駆けつけ悲痛な声を上げた。彼の腕の中には今朝出し忘れたのであろう衣服があって、それを見たビアンカが笑顔になる。
「はいおそーい!無理です終了♪自分で洗え弟君」
 さらにバぁカとまで付け足され、リンの眉根が思い切り寄る。新入り二人は思わず笑いを堪えるのだが…リンは何やらはっとし天を仰ぎ、
「……ひと雨くるぞ、取り込め」
「「はぁ?」」「「えっ」」
 思いがけない台詞に二人は揃って片眉を上げた。こんな晴れているのに雨?姉への負け惜しみか何かかと思うが、
「?…ちょ、おい、何して、」
「急いで!リンのは当たるんだッ」
「あ??晴れてんじゃ……へ?」
 干したばかりの洗濯物が女子二人によって取り込まれていく。慌てる二人の様子にスタンは目を丸くする…が、額に水滴が当たり思わず見上げれば、晴天にかかった一筋の雲から雨が勢いよく降ってきた。
「はぁあ?!」「ウソだろ!?」
 急過ぎる雨に驚き慌てて取り込む。これまでの成果が瞬く間に濡れ、取られ、ぐしゃぐしゃに籠へ戻されていった。
 籠を屋根の下に避難させ、自身らも逃げ込み空を見上げる。雨は勢いを増し遠くで雷まで鳴る始末。当分止みそうになく。
「今暇だろ。洗っとけ、妹よ」
 そう言って籠に衣服を突っ込み、リンは雨の中へ逃げて行った。
 不機嫌マックスになったビアンカ曰く、リンは天気読みの特技があるらしい。


 と或る日。
「大頭…ちょっと来てくれ」
 ラッカムはオーウェンに呼ばれ、嫌々ながらも集会場へ足を運んだ。
 今日この日が何を意味するかは忘れたわけじゃない。だがもうとっくの昔から数えるのが嫌になり、またこうして迎えたというだけ…ガキ共はただ騒ぎたいだけなのさ。ほら、今夜もまた──
「「「大頭!お誕生日おめでとう!」」」
 姿を現したラッカムに向かって花弁や葉が撒かれ、大歓声が起こる。
 そう今日は、ラッカムの何十回目かもわからぬ誕生日だ。
「「親父!!おめでと!!」」
「…………」
「ほらやっぱり!あたしの勝ちだ」
「またかよ、なんか言ってくれって!」
 ビアンカとリンが声をかけるが無反応。どうやらラッカムの反応を巡って賭けでもしていたらしい(実のところ毎年だ)。だがラッカムは睨んだりはせず苦笑いして、大人しく手を引かれ花で彩られた椅子に腰掛けた。
「毎年やってんのか?」
「当たり前だろ、大頭の誕生日だ」
「…そ、すか」
「皆のもやるよ」
「覚えてたらだけどな」
「あぁ、そ…」
 レスターとジュリーと一緒に夕飯の大皿を運びながら、キースは浮かれる仲間達を目の当たりにし思わず顰め面になった。
「作戦で忙しい時に、ちっとのん気じゃねぇ?」
 ちゃっかり先に呑んでいたスタンも混ざりぼやくが、
「こんな時だから!ほらっ、来て!」
「おいおい…」「マジかよ…」
 しっかり聞いていたビアンカがやって来て、二人の腕を引っ張り連れていく。誰が持ってきたのか楽器の音が聞こえ、さらにはリンも演奏に加わり、皆酒を片手に踊りはじめる。三人も混ざり笑い騒いで、主役はそっちのけだ。
「…あのっ、大頭」
「…どうした?」
 お祭り騒ぎを眺めていたラッカムのもとへヴァンがやって来る。付き添いなのかゼスもいて、ややビビり気味の少年の背を叩き一歩前に押し出す。
「これ…島のレモンで、つく、りました…今年は誕生日に間に合ったから…よ、よかったら」
 目を合わせず、それでも一生懸命伝えて差し出されたのは大きめの瓶で、中身はヴァン特製のレモン酒だ。
 ラッカムは笑みを深めると受け取って、
「今年はどうだ?上手くいってるか?」
「!…うん。ちゃんと育ってるし、大分採った。売り物にも出来そう」
「そうか…ありがとな。お前が頑張ってるから、こいつらも飯にありつける」
 わしゃわしゃと頭を撫で回してやると、ヴァンは顔を真っ赤にして、それでも嬉しそうな笑顔を返してきた。
「頑張ってんのは俺もだぞ、しかもこの歳で」
「テメェは当たり前だ、死ぬまで働け」
 ゼスが口を挟みラッカムが嫌味を言い、さらに周りに人が集まってくる。ラッカムに拾われ育てられた皆が、嬉々として親父の誕生日を祝った。
「…大頭って、結局いくつ…ですか?」
 最初の一杯を味わってもらうべく、ヴァンがグラスに注ぎながら問えば、
「覚えちゃいねぇさ…幾つに見える?」
 ニヤりと笑ったラッカムの問い返しに、ヴァンは困ってしまい、答えをどうするかでまたビビってしまうのであった。


 と或る日。
 キースは非番で暇になった時間を使い、港を囲う岩壁の中にいた。
「来るの初めてだっけ?」
「あぁ。すげぇな…」
 殆ど自然の産物とはいえ、岩壁内部にはちゃんとした道が出来ていて、窓代わりの穴の位置も絶妙だった。こんな物がある島を選ぶ一味(というかラッカム)の凄さを改めて実感する。
 同じく非番のネロと一緒に今は使っていない銃や大砲を調べていく。錆び付いた物ばかりだが、小銃なんかはまだ使えそうだった。さらにヴァンが興味本位で付いて来ていたが、少年はすっかり仲良しな二人が面白くないらしく、手持ち無沙汰に銃を掴み構えてみる。どうせ弾は入っていないだろうと、高を括って…引き鉄に指を掛けてみるが、
「ッ、バカ!!」「!?!」
 怒鳴り声とともに銃を引っ手繰られ、さらに銃声が続いた。岩壁の外側にいた海鳥達がけたたましく羽ばたき逃げ飛んで、一瞬固まる三人。
 なんと弾は入っていて、それを見抜いたキースが慌てて取り上げ軌道をズラし、危うく撃ち抜かれるところだったネロは間近の壁に空いた穴を凝視した。
「…な、にやってんだクソガキ!!テメッコラ!!危ねぇだろ!!」
「ッ……」
 キースがさらに怒鳴り、ヴァンは畏縮し目を逸らしてしまう。銃を扱ったことは今までもあるが、迂闊だったと自身でも思う。気がつけば手が震えていた。
「キース、怪我してねぇし大じょう、」
「そうじゃねぇ!…おい先輩、よく聞け」
 諭すネロに反論し、キースはしゃがみ込みじっとヴァンを見つめた。ヴァンは逃げたい気持ちを抑え、恐る恐る見つめ返す。
「銃はな、人を傷つけるもんだ。ナイフや剣なんかより、あっという間に傷つける。命も奪う…海賊なら解るよな?」
「……わかる」
「…よし。あと…この銃は弾込めたら、撃つまでは摘みを外すな。ここだ。ロックになってる。撃つ時に外して、引き鉄引け」
「!…解った」
「無闇に外したり、置き去りにしてったクソ野郎の真似はすんなよ!…怪我だけじゃ済まねぇかもしれねぇ」
「解った……キース、すげぇんだな」
 最後までしっかりと聴き、ヴァンは何度も頷いて、その顔から怯えはすっかり消えていた。
 軍兵呼びがいつの間にか直っていて、キースは意表を突かれ目を丸くする。ネロも再び彼の知識を目の当たりにし、自然と顔が綻ぶ。
「…今の、ごめん。悪かった…使い方もわかった。これからはもっと気をつける…この銃、貰っていい?」
「…懲りねぇなぁ、お前も」
「まぁまぁ」
「いいんすか?火薬守り長」
「いいよ、俺も勉強になったし。ヴァン、本当に気をつけてな」
 ヴァンは感化されたのか銃を抱きしめ、小さな瞳を輝かせていて、弟コンビは顔を見合わせ苦笑いした。

 さらにヴァンの好奇心(というか学びの意欲)が働き、急遽キースの銃講座が始まった。
 他の銃を掻き集め、それぞれの仕組みや構造を説明して、間違えることなく操作し引き鉄を引くとこまでやって見せるキース。ヴァンは食い入るように見ていて、ネロも改めて感心する。
 キースも初見の西世界の小型銃(東の小銃の半分程だ)を見つけ、今度は彼の分解欲求が刺激された。火薬守り長の許可のもと、西世界の銃はそのままキースの物となった。
「軍兵って呼んで、悪かった」
「いきなりどーした先輩」
「だって、こんなすげぇ奴だと思わなかった」
「銃なんざ…ちょっと弄りゃわかるだろ」
「いや、普通そこまでわかんねぇって」
「そう言われてもな…?」
「ブンカイ、ってのも初めて聞いた」
「マジで分解すんだよ、な?」
「……そこまで言うなら、見るか?」
 キースが試しに言ってみれば二人は揃って目を輝かせ、キースはつい笑ってしまう。貰ったばかりの銃は早速今夜、見物人付きで分解だ。
 ふと港のほうで声が聞こえ三人揃って窓の外を覗く。
「ちゃんと漕げ!バカ!」
「お前も漕げよ!」
「帆の調整してんのッ、見えないのか?」
「ヘタクソが何やってるって?」
「下手はお前の舵だ!」
 声の主はビアンカとリンで、二人は小舟に乗っており、港に戻って来たようだった。ピンときて顔を見合わせる弟コンビ。
「鉱石採れたのかも」
「休んでらんねぇな」
 ビアンカが代わりに申し出てくれた鉱石採りの許可が下り、昨夜から兄妹で船出したと聞いていた。小舟で行くとは思わなかったが、アズーロやヘルブラウを出すには人手もいるし、我儘は言えない。
 逸る気持ちを胸に二人は駆け出し、ヴァンも付いて行く。岩壁から港へ続く坂を下りていると、今度は悲鳴が聞こえ──もうすぐ桟橋というところで小舟が転覆していた。浅瀬だからいいものの、ビアンカもリンも、積んでいた木箱も、びしょ濡れになっていた。
「おい!…ったくもう!」
「アホ姉弟!なにやってんだぁ?」
 声に振り返ったビアンカは不機嫌そうで、ぷかぷかと浮かぶ麦わら帽子をひっ掴み、木箱を桟橋に上げていたリンの尻をそれで何度も叩いた。リンは痛ぇだの何だのと返すがされるがままで、どうも転覆の原因は彼に非があるらしい。
「あーあー、びっしょ濡れ」
「荷物も一緒に水浴びってさぁ」
「せっかく採れたのに、これかよ」
「「……」」
 桟橋の上から濡れ鼠な兄妹を見下ろす三人。足元の木箱には採れたであろう鉱石が入っていたが…一旦乾かす時間が必要そうだ。
 ビアンカもリンも反論出来ず、不貞腐れた様子で目を逸らしていたが、
「ほら。上がれよ」
 キースが苦笑いしながら手を差し伸べる。ビアンカはチラりと彼を見て、躊躇いながら手を出す…が、
「?!な"」「わっ…!」
 横からリンの手が伸びキースの手を捕まえ、勢いよく引っ張り、大きな水飛沫が上がった。突然のことでビアンカは避けられず、落ちてきたキース諸共また浅瀬に沈んで、再びのずぶ濡れとなる。
「…ッちょっと、リン!」
「ざまみろバァカ」
「おま、っ…待てコラぁ!!」
 怒鳴るビアンカを尻目にリンは桟橋に上がり、一人逃げ走る。ビアンカは完全にキレて浅瀬から浜まで必死に駆け、リンのバンダナの裾を掴むと強引に引っ張り、大きな身体を砂浜に転がした。タコ殴りに遭うのは必至で、リンは砂塗れになりながら抵抗し、ビアンカも負けじと押さえ付けようとする。次第にバカやアホやの言い合いが加わり、戯れ合いのような喧嘩に発展していった。
 取り残されてしまったネロとヴァンは、仲睦まじい姉弟喧嘩を眺めていたのだが…ふと海へ視線を戻し、
「「大丈夫か?」」
「…ッ…」
 落とされたまま海に腰を落ち着けているキースを見下ろせば、彼は顔に垂れ落ちた髪の隙間から殺意剥き出しの目で喧しい兄妹二人を睨みつけていて…当然、いつものだいじょばないは聞こえてこなかった。
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