/// Tres

陽 yo-heave-ho

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□海篇 The Pirates and Secret Treasure.

2.07.2 或る一味の崩壊

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 一夜明けて…南方諸島から西の沖合い。
 晴れた海原を或る船団が進んでいた。帆はあれど旗は無し。商船にしては小汚く、装備も多い。何より三隻ある大型船の二隻は所々損傷していて、一隻に至っては牽引されている状態だった。
 船団の正体はエルドレッド海賊団と、噂の的であるラッカム一味。
 嵐の中見事逃げ切った一味はそのまま風を味方にし、本来より数日短い航行で南方諸島まで辿り着き、何処へも寄港することなく航海を続けた。そして'魔法の鳥'でイザベラに助けを求め、偶然居合わせた(というか結局風流街へ戻っていた)エルドレッドも混ざり、昨夜無人島の海域で落ち合うことが出来たのだ。

 ヘルブラウ号、船長室。
 そこにはリンとフランツ、生き残った一味の仲間達と、様子を見に来たエルドレッドとイザベラの姿があった。やや広めの部屋はすっかり狭くなり、そして静かだった。
「……埒が明かねぇ、さっさと決めろ」
「…ひとごとかよ」
「そうじゃねぇ、こんなの、」
「止せって…集まった意味ねぇだろ」
 口論しかけるキャプテンコンビをネロが止める。二人共大人しく口を閉じるが、また話が止まってしまう。他に意見を言う者もなく、ネロの傍らで俯いたままのビアンカが小さく鼻を啜った。
 今彼らが話し合っているのは一味のことで…詰まるところ今後の身の振り方についてだ。一人の頭と半数以上の賛同者による裏切りは、ラッカム一味始まって以来最悪の事態を齎し、そして大頭ラッカムも捕まってしまった。残ったのは船二隻と二十人程の仲間で…皆意気消沈していた。
「やっぱり…このまま終われねぇ」
「もう一度やろうぜ…」
 誰かが口を開き続く者が現れる。だが二人のキャプテンは何も答えず、特にリンは仲間達から目を逸らしてしまう。
「あたしも、こんな終わりかた、」
「お前は黙ってろよ裏切り者」
「おい…!その話は止めろ、レイチェルは関係ねぇ!」
「関係ねぇって、ホントに言えんのか?そうやって裏切られたんじゃねぇのか!?」
 賛同しようとしたレイチェルの声を誰かが遮り、ネロが庇うように立ち上がる。だがレスターの一言でまた数人が口を開き、口論が始まる。
 レイチェルは何も言い返せず必死に涙を堪え、隣にいたビアンカが抱き寄せてやる。伝書鳩もおらず'三日月島'へも寄れず、彼女の父親とは連絡が取れぬまま。オーウェンに協力したとされるクロフ氏の娘は、この航海で何度も疑われ拘束されかけていた。
 イザベラは見ていられず首を振り出て行ってしまった。エルドレッドも呆れているようで、その視線は真っ直ぐにリンを捉えているのだが、
「……本当かどうか、わかんねぇだろ」
「あ…?お前、今なんて…」
 ボソりとリンが呟き、フランツの眉間の皺が増える。リンはぼんやりと遠くを見つめたままで何も返さず…ふと、甲板が騒がしくなり皆が視線を向ける。
 開けっ放しの扉の先、船を任せていたエルドレッドの船員達が騒いでいる。その渦中はどうやらスタンらしく、彼は止めようとする船員やイザベラと揉めていた。
「邪魔すんな」
「バカッ、ホントバカ!無理に決まってんでしょ!?」
「やってみなきゃわかんねぇ」
「そういうのをバカって言うのよ!!」
「なぁやめとけ!無茶過ぎる!」
「しつけぇなぁ…邪魔すんなッ」
 声を荒げるイザベラに対しスタンは落ち着き払っていて、だが徐々に乱暴になり遂には彼女を突き飛ばしてしまった。普段の彼なら想像もつかない行動にイザベラは驚き固まり、駆けつけたリンとフランツが割って入り止めようとする。
「なにしてんだ!?」
「船貸せよ、俺だけで行く」
「あ?!行くって、」
「連中のとこ、決まってんだろ」
「スタン!待てッ…一人じゃ無理だ!」
「あたし達も話し合ってるんだ!ねぇ、聞いてよ!」
「話し合ってねぇじゃん、なんも決めてねぇ、時間の無駄だろ…お前らはッ!」
 ネロやレイチェルも混ざりスタンを押さえるが、彼は力任せに振り払い畳んでいたヘルブラウの帆を勝手に広げた。外れたロープが風に煽られ宙を舞う。
「なぁッ、マジで…待ってくれ!」
「なんで、待つ必要なんざねぇ」
「待てよ!わかんねぇだろッ…兄貴やあいつらは!騙されてるだけかもしれねぇ!!わかんねぇから、待ってくれッ!」
 リンがスタンの胸倉を掴み怒鳴りつける。
 スタンも周りの者達も押し黙り、甲板が静かになる。耳を傾けてくれたと思った…が、皆からの視線が変わったことに気がつく。
「テメェ…今なんっつった?何言ってやがる?それが本心か??」
「…ぇ…?」
 今度はスタンが手を伸ばしリンの胸倉を捕まえる。物凄い力で一緒に掴まれた腕が軋み、殺意が込められた睨みに思わず怯む。
「仲間殺られて大頭捕られてッ、他人まで巻き込んどいて!それでも大好きな兄貴信じてぇってか!?ふざけんなクソキャプテンッ!クソッタレな本心晒しやがって!!」
「ッ」「スタン!」「止せ!」
「んでテメェなんか助けて!あいつがッ!俺の相棒キースが残んなきゃいけねぇんだ!!」
「やめてッ!もうやめてよ!!」
 間近に迫ったスタンの顔は怒りに震えていて、大きく開いた琥珀の瞳も自身を映し、震えていた。リンは何も言い返せずされるがままだった。フランツやネロの声など一切耳に届かず、涙を流すビアンカの顔が見え狼狽える。
 不意に横から手が伸び、二人の腕を捕まえ引き離した。手の主はエルドレッドで、彼は不愉快そうにリンを睨み、
「甘えるなよ'赤毛'」
「ッ…」
「今のお前よりこいつのがよっぽど船長らしい。酒泥棒、行きたければ好きにしろ。弾や火薬も好きなだけ持って行け」
 吐き捨てるように告げると、エルドレッドはテンペストへ戻って行ってしまった。
 彼の言葉を間に受けたスタンがまた一人で船を動かそうとするものだから、イザベラやフランツが捕まえ必死に止める。咽び泣き蹲ってしまったビアンカをレイチェルとヴァンが抱き起こしてやり、やり場のない怒りに苛まれるネロをゼスが宥め、皆その場を離れて行った……まるで散り散りになるように。
「…なん、で…」
 なんでこうなった?──
 リンは一人その場に膝を付き、無意識に首を振った。こんな筈じゃなかった。今頃あいつらを倒して、皆一緒にアジトに戻って…なのに、なんで?わかんねぇ、全然わかんねぇよ…!
 青色のバンダナごと頭を掻き毟る。リンは何かから逃れるように俯き、熱く潤む目を瞑った。


 二日経ち、夜…静かで真っ暗な海を進んでいく。
 フランツは舵取りをしながら溜息をもらした。働いている数人の仲間達も黙りで、あの日からずっと重い空気が漂っている。
「溜息は止めろ、余計重くなる。それに幸せが逃げるって言うぞ」
「…悪かったな、幸薄で」
「んなこた言ってねぇだろう」
 船尾で見張り(サボっているのに近いが)をしていたゼスが苦笑いし、また溜息を吐いてしまう。
 頭を過ぎるのは奇襲の時のこと…敗北となったあの日は忌々しい記憶でしかなく、思い出す度怒りが込み上げ胸に溜まっていく。
「あの野郎、'ごっこ'とか言ってたらしいな?'黒'にも言われてきたがよ…青色おれたちはそんなおかしかったか?」
「…納得出来ねぇ奴が多かったから、こうなったんだろうさ」
 落ち着いた声が返ってきて思わず視線を送る。一度甲板を窺い仲間達には届かぬだろう小声で囁き、手招きする。
「サボり場があったのは…?」
「気づいてた。けど、オーウェンに…任せちまってた…今思えば、」
「いいんだ。ラッカムも放置してた…出て行くならそれでいいって、昔本当に船までくれてやったことがある…」
 一味の最古参ゼスは操舵輪の端を掴み、ぽつりぽつりと語った。理想の姿を実現したかのようなラッカム一味、の、裏の姿を。
 一味のアジトに足を踏み入れた者なら誰もが思う、海賊らしからぬ生活。フランツ自身も最初、畑や掟を知った時は変だと思ったし、異端だと言う仲間もいた。時折嫌になる者達の為にサボり場も出来ていて、ラッカムもリンも、殆どの者が気づいてただろうに…誰も咎めたりせず少しだけならと見守っていた。それでずっと上手く回っていたのだ。
 アジトのお陰で衣食住には困らず、海へ出れば海賊や軍相手に暴れられたし、好きなだけ航海を楽しめた。諸島の親しい者達からは歓迎され、彼らの船の護衛をして稼いだこともある。それが青色なのだと身を持って知った。皆もそうだった。

 ──そして数年が経ち…異端だと言った仲間は、裏切り者の一人になっていた。

「だからって!…口で言やいいだろ、こんな…ここまでするかッ、実の親相手にやることか…!?」
「……」
 怒りに震えるフランツにゼスは首を振り……そしてまた口を開いた。
 思いもよらぬ言葉にフランツは唖然としてしまうのだが、
「すげぇ秘密、聞いちまったなぁ」
 甲板から続く階段から声が聞こえはっとする。気配を殺し盗み聞きしていたのはスタンで、二人はつい眉を寄せた。
「黙っててやっから手伝ってほしいんだ、キャプテン」
「…船は貸さねぇし、行かせ、」
「違ぇよ。あれは俺も…熱くなっちまって、悪かった」
 歩み寄りながら首を振るスタン。冷静さを取り戻した彼はさらに続けて、
「お前さんの相棒、言うほどバカじゃねぇだろ、って話」

 同じ頃…ビアンカは一人船倉にいた。
 船底に近いそこは磯臭く、真っ暗闇で怪しげな軋音がした。子供の頃は怖くて近づけなかったのだが、いつの間にか来れるようになり、気持ちが騒めいている時などはよく下りて来ていた。
 舷に寄りかかり船の揺れに身体を預ける。時折舷の隙間から波が入ってきて、心地よい音が聞こえ、徐々に心が落ち着いていく。身に覚えはないけれど、揺り籠というのはこういうものかもしれないと思う。しかし冷静になればなるほどあることが鮮明になっていき…気を紛らわせたく息を吐いていると、
「ビアンカ?いる?」
「!…マリア」
「その名前で呼ばないで。こんな時間にこんなとこで、どうしたの?」
 天井から声がし、梯子口から逆さまに顔を出したのはイザベラで、彼女は苦笑いしながら降りて来た。
「…ちょっと、落ち着かなくて。ここにいると楽なんだ」
「そう…辛い?」
「…ううん、平気」
「ホントに?」
「…ホント、大丈夫だよ。生きてればなんとかなるし」
 答えたビアンカは笑っていた。陸の時同様、無理な笑い方で。聞いた自身が悪いとイザベラはつい苛立ってしまう。
「…だいじょばない、でしょ、それ。無理しないでほしいの。こんなことになるなんて、あたしも思わなかった」
「…そうだね」
「そんな笑い方じゃなくて…あなたの可愛い笑顔、また見たい。笑顔じゃなくてもいい、怒ってたって、ご飯頬張ってたっていい。エドでもいいわよ」
 そう言うとイザベラは手を伸ばし、ビアンカの頭を撫でてやった。彼女は顔を綻ばせ先ほどよりも柔らかい表情を見せてくれた…が、
「ありがと……っ…ごめん、おかしいな…」
「……」
「うじうじ、したくないのに…ッ、どうして……」
 ビアンカの瞳からぽろりと涙が溢れ、堰を切ったように流れ落ちていく。
「泣かないで…ごめんなさい。今のあたしじゃ、力になれないわね」
「そんな、こどッ…ごめ…!ごめん、なさぃ"…!泣いたって、しょうがない、のに"…っ」
 ボロボロと泣き出してしまったビアンカは隠れるように両目を押さえつけた。
 思い出すのは曇天の早朝…キースに守られ、背中を押された。彼はそのまま軍の船に残り、その後のことはわからない。親父も…二人共無事なのか、何も判らない。
 無意識に胸元を弄りペンダントを握り締める。二人が捕まったのは自身のせいだ。これは間違いじゃない。この中身はデタラメなんかじゃなく、きっとホンモノで、だからオーウェンはあたしを狙って、
「どう、しよ…こんな…キーず、もッ、親父も!あ''たし…!っ…!!」
 イザベラはただ聞いてやるしか出来ず、ビアンカを抱き寄せまた頭を撫でた。
 彼女は知る由も無かった。ビアンカが泣いている理由が自責の念であることを…


 旗艦にて、15日目。昼。
 キースは豪華な船室に連れて来られていた。
 床には絨毯、窓にはレースのカーテン、無駄に凝った彫りや飾り物。甲板や他は普通なのに此処だけちゃんちゃら可笑しい…目の前の禿げ狸の為の場所だからだと納得し、苛立ちが増す。
「地図のことで何を知っている?答えろ」
「……」
「答えろ、'こそ泥'」
「……」
「答えろと言っとるんだ貴様ッ、聞こえんのか!?」
 目の前のソロウが怒鳴り声を上げ、それなりに離れているのに唾が飛んでくる。顰め面のキースは隠すことなく舌打ちし、頑丈になった手枷を引っ張った。
「…知らねーな。何のことっすか、そもそも地図なんて持ってねぇし」
 ガシャガシャと鎖が音を立てて、周囲の軍兵達がキースを押さえ止めさせようとする。しかし彼は構わずに主張を続け、
「持ってねぇもん知るわけねぇだろ、間抜け。将軍のくせにバカでアホとか、つかさぁ、あんた面と向かって見るとマジで面白ぇな。笑える!」
 足枷も使いガシャガシャガシャガシャ騒いでやる。ニヤニヤ顔のキースの台詞に兵達が顔を引攣らせ、ソロウは額に青筋を立てた。楽しい、ドウェインにも見せてやりてぇ。もっとやってやろ。
「皆に何て呼ばれてっか知ってっかぁ?禿げ狸!アホ面晒してねぇでさっさと陸に引っ込めや!まん丸見事な将軍ダヌキッ!」
 ガシャンッ!と今度は何かが割れる音がする。ソロウが自身のグラスを投げ割ったのだ。机や絨毯に中身のワインが飛び散り、兵達が青褪め固まる。
 キースは吹き出し笑っていたが、立ち上がり近寄って来るソロウの手には馬上鞭が握られていて…この後のことがわかり笑みを引っ込めた。
「二度と、そんな顔が出来ぬようッ、してやる!!」
「っ"」
「そんな態度でッ、私に歯向かって!タダで済むと思ったか?!」
 軍兵を押し退け思い切り鞭を振る。咄嗟に持ち上げた両手が打たれ、さらに続く。
 怒りのままに振るうソロウは軍兵から鎖を奪い乱暴に引っ張り、キースは抵抗も出来ず転んでしまい、床に蹲った。
「どうした!ええッ!?地図のことを!言えッ!忌々しい'こそ泥'がぁ!!」
「ッ、い…ぅ…!」
 傷だらけの背中に新しい傷が増えていく。腹の銃槍のために巻かれた包帯が千切れ、塞がったばかりの傷が開いてしまい思わず呻く。
(最悪…ッ…クソッタレが!)
 頭上で鞭を振り続けるソロウを睨む。恨めしげに殺意を込めて睨もうとも、鞭打ちは暫く続いた。

「……」
 旗艦甲板、船室前では、ジェラルドが一人待機していて中の様子に耳を傾けていた。
 ソロウの怒鳴り声と鞭打ちの音が続き、キースの声は聞こえなくなり…ジェラルドは表情一つ変えず握った拳に力を込めた。
(馬鹿野郎、煽るからだ…)
 自業自得だと思った。これまでの盗人としての行いも要因だ、仕方ない…仕方ないのだ。
 ギチギチと嫌な音がする。やり場のない感情は拳にいくばかりで、革手袋に爪が食い込み骨まで軋む。
 ジェラルドは何時止めに入るか考えながら、只管に耐えていた。

 キースへの尋問という名の拷問は、それから連日続くこととなる──
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