/// Tres

陽 yo-heave-ho

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□反逆と復讐篇 No pain No gain.

3.07.6 死闘(2)

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「ジェラルド」

 …………かあ、さん

「ジェラルド…これで楽になれるぞ。今まで辛かっただろう、もういい。終わりだ坊や、捨てろ。楽になれ」

 …おれ…シんだのか?
 ぜんぶ、おわった…?

「そうだ。お前が弱く、未熟だから」
「……」
「何も守れず何も掴めず、お前の全てが終わり、無に帰す」
「…そんな、」
「弱いお前のせいだ」
「母さ「!!あ"あ"ああッッ!!」


「あ"ぁがぁッ…ッ"!う"ぅう!」
 左腕を折られたキースは激痛に叫びのたうち回った。
 あり得ぬ方向へ曲げられた腕が痛み以上のものを齎し、肘から飛び出てしまった骨から血肉が零れ、心まで苦痛に侵されていく。
「んフ…クク。ィ、ィ・声♪ソれタ"、きヒヒッ」
 愉快とばかりに嗤うクラウディアに見下ろされ、無様な姿を晒しながら必死に這いナイフを掴もうとするが、
「ゔ、あ…!?」
 手ごとナイフを足蹴にされ届かぬところまで飛ばされてしまう。クラウディアはキースに跨り捕まえると寝技のように脚を絡め取り、
「やめ…?!?がァ"ッ、うぅあぁあッ!!」
 左耳がガリッと音を立て齧られる。
 どんなに暴れ捥がいても、右手で頭を引っ掻き回そうとも食い付かれたまま振り払えず。かつて彼女が付けた傷もイヤーカフも、ドクドクと流れる血とともに噛まれ吸われ…捕食されていく。

「臆病者、わかるか?聞こえるだろう」
「…キース…」
「声も音も、まるで獣。酷いものだな…可哀想に、恐怖の中で朽ちていく」
「…だめ、だ」
「何を言う。あれはお前のせいだぞ、お前の」
「…おれが…よわい、から」
「そう。弱くて、脆くて、愚かで、浅ましい……私の可愛い坊や」
「…………」






「おいおい、もう諦めんのか?」


 ──違う

 諦める…?まさか…
 弱ぇ、とか…臆病とか、好き勝手言いやがって、
「早く剣を取れ、かかって来い。それとも死にたいか?」
「なん、で…なんでこんなこと!?」
「キャサリン・ピアース、後に'青色'と呼ばれる海賊達の先駆け…なんて。すげぇわ最高じゃん!」
 思い出した。全部、思い出せた。
「"怖れに挑め、強きを越えろ"」
「何それ?」
「母さんに教わりました」
 俺も大概抜けてる…
「其の母にして此の子あり、ってか。その傷も…獣の子落としだろ?」
「喧しい臆病者めッ、次は外さん!首を跳ねてやる!」
 このクソババァ…
 本気で斬りやがって。デコの傷、お陰で今も消えやしねぇ…!
「俺なんかよりずっと立派な目標ヒトだ。お前ならきっと…いや絶対、お袋さんを越えられるさ」
(マジで…狂ってた…俺の、憧れの人母さん

 闇が変わる。晴れていく。
 ついさっきまで怖れていた禍々しいものではなく、ただの目蓋の裏側だと解り、可笑しくなる。
「お前は弱い」
(黙れ、クソ)
「何も出来ないし、守れやしない。無様で哀れな、」
「大丈夫か?立てる?頑張れ、ほら」
「…ぅ、せ…」
 指先から足の神経まで全ての感覚が戻り、途端に尋常ではない痛みと鉄臭さに襲われる。それでも動く。
「まだやれるよな、ジェラルド君…あいつを頼む」
 一歩一歩、雨音に紛れた友の悲鳴を拾い、進む。強きは越えるもので、立ち向かうものだから。
「ならばやって見せろ……越えてみせろッ、ジェラルド!!」


「ぐ…そ、クソ!!がえ"せ!!」
 一方、キースはクラウディアに蹂躙され続けていた。
 噛まれグチャグチャになった耳は水が入ったように何も聞こえず、懐に隠していた<ジュアンの羅針盤>も奪われ、唯一動く右手を必死に伸ばし止めろ返せと喚くばかり。
「ォま"、声。コ"エは・ぃぃ…ナ"っ♪」
「が…ッ、い"!でぇ!ぉ"のグソアマ"…!!」
 勝手に革袋を漁り、鍵開けで使う針金を掴むと腹や脚にグサグサと刺し反応を愉しむ。キースが声を上げる度クラウディアは満足気に嗤った。さらに、
「!?ぁ"」
 唐突に腰を振り、自身の股間をキースのに擦りつける。まるで情事、いやもっと醜い、肉欲を充たすだけの…わけのわからぬ事態に身も心もパニックに陥り、思考がぐちゃぐちゃになる。只々逃げたい、生きたいと、本能が涙となって溢れ出す…
「あぐ!ぁ…きめ、ゃ"だ…!」
「アひゃっ♡ハァ・アッ♪きーぃス?キー・えふュ、らム…あはァ♡」
「っ!ッ"~!…やめ……ぅあ"!ア"ァ"ぁあ!!」
「ン''フ"ぅ♪ンンンっ♪♪もッと・も・とォ、鳴"ケ"!ウ"ひひヒヒッィイ♡」
 恐怖こそ、彼女の糧。悦び酔いしれ血が滾る。
 全てが絶望に呑まれていく……悍しい笑いと雷鳴が重なり、稲光りがゆっくり動く影を大きくした。

「なぁ坊や、私が怖いか?」
「坊やじゃねぇ!怖くねぇ!!」
 あぁそうとも…お前なんか、怖くねぇ。
「…バげ、モ"ノお"ッ!」
 激痛を堪え左手をホルスターに伸ばす。指先が銃把を掴もうとするが、気づいたクラウディアの笑みが深まり、
「ジェラルド」
 いける。うごける。まだやれる。
「ぉ・シシシシ♡♡ま…シぃ~ね"」
 血塗れの狂った笑顔が迫り、最期は喉を噛み切られるのだと悟った。
 友を侵す恐怖が伝わってくる…それでも、やる。もう大丈夫…


「ジェラルド…よく頑張ったな。お前は、勇敢で…」
 ありがとう、母さん──目が醒めたよ


(「私の自慢の子クソガキだ」)
「!」「?!。"、」
 恐怖に歪んでいたキースの表情が変わり、クラウディアも背後の気配に気がつき振り返る。重たい拳が背中を捉え、宙に浮いた身体が無慈悲に蹴り飛ばされた。
「ッ"…じぇ、!!?」
 声を上げる間もなくまた衝撃が走り、口奥から熱が込み上げ嘔吐してしまう。ゾクゾクと初めての感覚が芽生える…振られた刃を寸でで掴み止めてみせるが、ジェラルドは剣ごとクラウディアを足蹴にし、砕けた刃の破片がさらに彼女を傷つけた。
 クラウディアの眼に映るのは愛シい男ではなく、自身と同じ人の形をしたバケモノ。先ほど斬った顔は涙のように血を滴らせ、雷で一瞬照らされた瞳が煌めく──まるでお伽話に出てきそうな……
 生きていた友の姿を目にしキースも冷静さを取り戻していく。震える脚でなんとか立ち上がり、獣染みた闘いを目で追い、無意識の内に右手が革袋に伸び、
「ッ…木偶の坊!」
「!」「ゃ"ぁ"ぁ"!」
 ジェラルドが声に反応した直後、破裂音とともに黒煙が広がり、クラウディアに伸し掛かっていた身体が離れて行った。
「、ぅ"ぅ……ト"。こ…いィ?」
 耳も鼻も上手く働かず、一つ残った眼も煙にやられ二つの気配を見失う。それでも床を這い自身の剣を拾い、息を整える。
 まタ"、終ワりし"ゃ…ナ。<し"ユ、んノの羅シッ!盤>。ぅは"イに、来ル……必ず。


 煙に紛れ通路に隠れ、並んで座り込む。
 一旦危機を脱したことで全身の痛みが蘇り、もう二度と立ち上がれないくらい重くなる。
「……、…腕は?」
「…平き。おまぇ"っ…こそ、腹…」
「どの口が、言って…カガミ、見てこぃ…」
「?…あぁ。お前、その面……やば」
 減らず口を叩いてはいるが、互いに満身創痍。
 キースはだいじょばないと言わないあたり大分辛そうで、グチャグチャに噛まれた左耳は聴こえないのか苦笑いするだけ。左腕も相当酷く目を背けたくなる程だ。
 ジェラルドも斬り裂かれた顔を拭い、血が溢れ続ける身体を押さえた。真っ白だったシャツは裂かれ穴が空き、真っ黒。明るいところで見れば鮮やかな赤シャツだろう……本当二人共、まだ生きているのが不思議である。

 右半身だけ上着を脱がせ、袖伝いに左腕を巻き固定する。剥き出しの骨はなんとか覆えたが、尋常ではない痛みに堪え切れず声がもれ、遠くの気配が動くのがわかった。
 それでもキースは震える左手に回転式銃リボルバーを握らせようとしていて、それもバンダナで巻き止めてやる。
「ッ…わり…<羅針盤>、とられた」
「いぃ。取り返せば…剣、知らねぇか?」
「さっき…あいつの、近く」
「わか、た。それも、取らねぇとな…」
 息を潜めたくとも上手く呼吸出来ず、咳を我慢すると激痛に苛まれ、込み上げてくる血反吐を何度も呑み下し、閉じそうになる目蓋を必死に持ち上げる。
 ジェラルドは一人でも出て行こうとし、まだ煙が充満する廊下を窺うが、キースに袖を引っ張られ肩越しに振り返ると、
「キアの、言ってた通り…"二人じゃねぇと、ダメ"」
「!…二人でも、これだぞ」
「いや、お前……俺じゃムリ。止めらんね…さっきも…ありがと、な。さすが剣聖様…ハっ」
「……」
 こんな時に殊勝な台詞。ありがとう??止めろまったく。雨を雪に変える気か、死に際じゃあるまいし…
 キースもらしくないと自覚はあるようで、しかし煙草を取り出すと言葉を続け、
9おとり
「!」
「俺が…へへ。お前の真似…、要るだろ」
 血塗れの顔が驚きに変わる。それでも憑物が落ちたような、最近見た中じゃ一番マシ。もうビビってはなさそうで昔よく見た優しいものに近い…と、咥えてから気づく。片手でどう火を点けたものか。
「…なら俺もだ」
 片耳がダメになり聞き間違えかと思ったが、そうではなく。互いに顔を見合わせる。
「…正気かよ?」
「正気じゃ、殺られる。<羅針盤>…お前も…"二人じゃないとダメ"、だろ?」
 ジェラルドがキースのポケットを探り燐寸を擦ってやる。深く吸い込めば落ち着く香りが広がり、身体中しんどいってのにやけに美味い…最高。
「確かに…じゃ、0暴れろ
「おい、この状況で…酷だな」
 左手の銃をチラ見する。階段で馬鹿みたく落としたせいで、残り7発。三連のほうはカラ。隣の木偶の坊に至っては手ぶら。ヤベーの極みか…
「んだよ…どうせ死ぬなら、道連れだ」
「誰が死ぬって?」
「…お前…ぷっ、ふ」
「お前もな…はは…」
 雨音に消される小さな笑い声。生意気なチビから煙草を取り上げ、自身もゆっくり味わう。咳き込んでしまったことでまた気配が動く……そろそろ行かなければ。
(「絶体絶命?んなの恐るるに足らず!覆しゃいい。窮鼠猫を噛む、だ。」)
(「勝利の秘訣はただ一つ。生きることを諦めるな…それに尽きる」)
 思い出が鼓舞してくれる。もしヘリオットもこの場に居たらきっと笑ってた。そんな彼に恥じぬように。
「前言、撤回…生きて終わらせるぞ」
 もう怖れない。立ち向かう勇気を思い出させてくれた母のように。強く、生きる。
「カッコつけんな…死んだら、殺す」
 煙草を握り潰し足を踏ん張る。頭が熱くなり身体中が沸き立つ。でも怒りや憎しみじゃない、言うならば、前を見ろ、だ。

 一つだけ残った煙玉を手にキースが廊下へ飛び出し、ジェラルドも通路を進んだ──


「!」
 新たな煙が起こり、振り返り神経を研ぎ澄ませる。向かって来る気配は一つ。ジェラルドではないと解るが音とともに銃弾が肩を掠め、身を低くし辺りを窺う。
 銃撃はこれまでとは打って変わり狙いが悪く、最初の一発以外当たらず、四発目も棚に穴を空けただけ。段々と煙が晴れ…不意に通路の先に気配を感じ来た道を戻る。棚の向こうに走って行く愛シ!姿を捉え、先ほどまでの興奮が蘇る。
「♡シ"ェえラ"…ッッ!」
 滑る足で床を蹴り全速力で追いかける。ジェラルドも気がつき一瞬目がこちらを向くが、彼の意識は別にあるのかすぐに逸らされ…ナニか・ちカ"う、そう。なんタ?
「こっちだ!!」
 背後から空っぽの三連銃が飛来し、避けた頭を掠め棚にぶつかる。避けることも解っていたのか、逸らしたはずの脚に銃弾が当たってしまう。生意キ・きッ、ツまラぬキぃいスのふ"サ"ァ"い、デ!
「っ・くゥ"・キ"ぃ…!」
 崩れた脚をそのまま転ばせ、受け身から四足で走り目当ての男を追う。あと少シぃーシ♡ぃヒ°きス"つ・殺れは"…!
 廊下に飛び出しまた気がつく。少し先にいるジェラルドの気配。チか"ウ、変わッた……さきの・なン…??それにイマ彼カ"拾ツた・ハ、
「だぁあッ!」「ふ"ィ"!?」
 追いついたキースに飛び掛かられ一緒に転げ回る。同時にジェラルドがまた走り、縺れ合う二人を跳び越えていく。彼が手に握っているのはキースが落としたナイフだった。
 必死に追いかけようとするクラウディアを脚まで使い押さえ込もうとするキース。両脚を斬りつけられてもしつこく、左手に巻き付けた銃が彼女の眉間に向き、しかし引き鉄が引かれる寸前軌道を逸らされまた一発無駄に終わる。
「と"、ト°!ケ"ゃ"ァッ!」
「、…ぐぁ"ああ!!」
 意地悪くボロボロな左腕を握ってやれば彼は仰け反り叫んで、一瞬離れた身体を突き飛ばし起き上がる……が。
「テメ、の…マ"けだ…ッ!」「…ナ…」
 蹲ったキースが右手を掲げ、顔を歪めながらもニヤりと笑う。
 その手に収まっているのは<ジュアンの羅針盤>で──たった今の、猫の取っ組み合いのような最中。タイセツなに隠してた、それを!ト・盗"らレッ・た"!?
「オ"ォ"ま"え"ェ"ァア!!」
 すぐさま奪い返すべく床を蹴り、動けずにいる盗人目掛け跳躍する。跳んだ瞬間目に映ったのは、自身の剣を見つけ滑るようにして戻って来たジェラルドで、
「ア"ア"ッッ!!」「?!!?」
 クラウディアの懐に二本の刃が食い込み、斬られるのではなく力任せに振るわれ、身体が跳ね返される。
 キースのナイフとヘリオットの剣。二刀流に戻ったジェラルドは止まらず、鬼神の如し猛撃がはじまった。

(「あー、ほら。また力んだ。もっと抜いて」)
(「簡単に言わないでください…」)
(「そりゃそうだ、こいつは難しいからな」)
(「……」)
(「あははっ、その顔!どうする?もう止めっか?」)
 必死に剣を構え迫る刃を打ち流すが、剣戟は速さも激しさも増し防ぐのが精一杯。否、防げていない。
 極端に長さの違う二刀で隙が出来るかと思いきや、大柄な体躯は巧みにバランスを変え反撃を許さず、目まぐるしく繰り出される剣先でそれをやられるものだから、堪りかね後ろ後ろへと逃れてしまう。
「ち"、や"!ッ"!」
 甲高い音とともに火花が散り剣を弾かれ、また突き飛ばされた身体が浮き大窓にぶつかった。派手に割れた窓硝子が土砂降りの外へ散り、一瞬雨音とは別の何かが聞こえたが、乱暴な腕が首を掴み引っ張り、今度は通路に投げ飛ばされる。
 中から窓が割れたことで、それまで雨宿りを続けていた見張り兵達がやっと異変に気がつくのだが…逃げたい一心のクラウディアも追撃の手を緩めぬジェラルドも、そんなこと知る由もなかった。
(「見えたものに反発すんじゃなくて、感じたものに委ねるんだ。そうだなぁ、身を任せて利用する…"流れる水の如く"」)
「ッッ」
(「剣まで堅物になるなよ、"柔軟であれ"、ジェラルド君」)
 何処からともなく声が聴こえる。教えは血脈のように身体中に伝わり、指の先まで無意識の内に動き、クラウディアの動きの先へ先へといく。
 母とは違う剣を教えてくれた、自身を強くしてくれた大切な人。ヘリオットも'魔女'も目の前のバケモノすらもとっくに凌駕しているというのに、ジェラルドは一心不乱だった。
「ぅ"・あ"っ!ひ"ぃ"」
 対してクラウディアはすっかり狼狽えていた。
 ずっとずっと、出逢った時から感じていたモノが無い。真き"ャく、匂いモチ・ちか"ウ・マす"ぃ匂イ。先ほど垣間見た獣が再び目の前に現れる。
「く°ッ"ぅ"!く"ゃ、あ!」
 獣なんかし"やナイ、ぃイヌても。黒なノニ・光、シッ黒!目醒メてシシま、た……お伽は"なしの・悪魔ノ使イ魔狼…──
 滾っていたはずの血が冷え、身体中強張り震え出す。単に血を流し過ぎただけではないそれを、何と呼ぶのかわからない。初メて、与えクク喰ぃ続けてきた、
「!!」「つ"ぁ"ぁ"あ"あ"!?!」
 歪んで見えるほど疾い二刀で斬り上げられ、反射的に出した腕が断たれ飛び、血が吹き出す。夢中で振った剣が追撃とぶつかり、また火花が散る…その一瞬微かに聞こえた息遣いに希望を抱く。
「…ぉ"!お""ぉ""お"ぉ"ッ"!」「!」
 ジェラルドも限界なのだとわかった途端、クラウディアが速さを取り戻し突っ込んでくる。自身の突き技のようなそれに、しかしジェラルドは一歩も引かず、
「……っ……ゔぅ…!」
 弾かれたナイフの音とともに身体が止まり、脚の痛みに呻き顔を歪めてしまう。
 互いに突きを繰り出した二人。寸前で軌道を逸らされたことでクラウディアの剣はジェラルドの脚に刺さり、彼の剣はしっかりと彼女の胸を貫き、剣先が棚まで届いたことで串刺し状態となった。
 …それでもバケモノはまだ息をし、動こうとする。
「…し"え。ぁ"…る、と"…」
「ッく、そ…!」
 貫いた剣を伝いにじり寄る。ボトりと音を立て臓物が流れ落ちる。震える腕に必死に力を込め押し留めようとするが、止まらず。刺さったままの剣で脚を抉られ、立っているのもやっとで、手詰まり。
「し"ぇ"…ら"♡る"…と"ぉ"ぉ"ぉぉ……。?」
 迫りくる顔だったモノ。
 それが飛び込んで来た影によって歪んだ。
「ッ、ぁ…け""ぉ""…!あ"ぁ"っ"あ"ぁ"あ"!!」
 失った腕側に寄り掛かるようにしてキースが縋り付き、脇から刺したナイフが肺にまで至り踠き苦しむ。
「ぁとい、ぱ…あとッ、一発ッ"!」「…、」
 震える声の意味が解り、剣から手を離す。
 痛々しい左腕を掴み上げ喉元へ銃口を当てた途端引き鉄が引かれ、
「b"g?j°e!"z」
 ──銃声と哭声が混ざり、静かになる。
 バケモノは糸が切れた人形のように脱力し、ジェラルドが剣を引き抜いたことで床に伏し、それ切りとなった。


「…キース」
 棚に身体を預け座り込む。足元ではキースがクラウディアだった塊をひっくり返し、右手で必死に首を絞めていた。
 綺麗だった顔は見る影もなく。顎から脳天を撃ち抜かれ、眼も鼻も口も耳も、穴という穴から血を流し、飛び出た腑が花のように散り…マコトミゴトな汚物だと思った。
「止せ、キース…も…、死んでる」
「……」
「死んだんだ……終わった…」
 未だに絞めつけている手を握り宥めると、友は漸く仇の死を理解したようで、荒かった息が落ち着き険しい表情が消えていく。呆然としたままのキースを見つめながらジェラルドもゆっくりと息を吐き、蹲った。
 張り詰めていた糸が切れ今度は全身の痛みと闘う。どこもかしこも血が止まらず、頑張り過ぎたせいで限界…嘘だ、とっくに限界だった。生きて終わらすなんて、どの口が言ったのか。
「!…やべ…なぁ、行こ」
 一階の物音が聞こえはっとする。警笛と見張り兵達の声。今更騒ぎ始めた彼らの声に焦り、なんとか立ち上がりジェラルドを起こそうとする。
「ぉ"ぃ、なぁ…逃げねぇと…立てるか?」
「…お前…今度こそ。一人で、行け」
「…ぇ」
「行けよ。俺は…軍兵、だから、幾らでも…ッごまか、せる…」
 ジェラルドは片腕で一生懸命支えようとするキースに苦笑いし首を振った。
 喋るのもやっとのような声にキースの視線が変わる。既に真っ赤でなおも出血し続けるジェラルドの身体。咳き込んだ拍子に血痰が飛び、自身の顔にまで跳ねかかる。
「きん書、しっ"…真んな"かの、窓…壊れてて、一つだけ開く。まだ、直してねぇ、はず。狭いが…チビなら出れ、だろ」
「…待てよ、ジェラル、」
「い"けッ」
 突き飛ばされ簡単に転んでしまう。ジェラルドはまた血を吐き出し、仕切りに行けと告げた。
 一気に頭が冷えていく。先ほどまでの恐怖とは別のもの。6年前のような、これまで何度も何度も味わってきた大嫌いなものが、友の隣に居る……違う。こんなはずじゃなかった…
「ハや"く、しろ…!キース…!」
 錠が開けられる音がし、騒がしい声が大きくなる。ダメだ、でも、
「……」
「大じょぶ…な?」
「……まだ、終わってね…ルミディウス、そうだろ?なぁッ…死ぬんじゃねぇぞ!」
「アホ、誰が。じなね…から…上手くやる…」
 見覚えのある顔。泣き虫キース。
 珍しい笑顔を目の当たりにし、キースはまた躊躇いそうになるが…縺れる足で通路を出、逃げて行った。

 幾つもの足音が大階段を上り、蠢くランプの光が壁や天井に映る。
 傍らの真っ赤な塊に視線を落とし深呼吸を繰り返す。息をしろ、身体を落ち着かせて、出来る限り傷を押さえて。シぬ…いやまさか。死なない、まだ、死ねない…さっきのは約束、だから、生きろ……
「…おにあぃ、だ…」
 乾いた笑いとともに塊を蹴っ飛ばしたのと同時、目の前が灯りで照らされた。


 明け方になっても雨は止まず、道は川のように水溜まり続きで何度も足を滑らせ転んでしまう。
 図書館の騒ぎを嗅ぎつけた騎兵達を木立に逃れやり過ごし、街道ではなく細い道に入り一歩一歩進む。サーシャもライプニッツも置いて来てしまった、けど戻るどころか歩く力も残っていない。冷たく激しい雨に打たれ全身を染めていた血が洗い流されていく。寒い、痛い。それよりも苦しく辛いものが胸を締め付ける。
「…ぃ、…ッ!ぁ"ぁ…!」
 また転び、遂に起き上がれなくなる。
 水溜まりに蹲り壊れた左腕を抱え、くっ付いたままの回転式銃リボルバーにすり寄る。泥水とは違う味が口の中に広がった。
(ゃ、と…やっと、仇…とれたのに…)
 6年分の想いを果たした。ずっと抱き、願い、探し求め掴んだ。のに…晴れない。
(まだ、だ…まだッ…なのに…っ……なんで…!)
 まだ一人、残っている。だから。あいつは、死なない。だから……なのに……


 止まらぬ虚しさが新たな闇に変わる──また、囚われてしまう。


「……うそっ、ちょっと、まさか!キース??」
「ッ」
「ねぇちょっと!待って待って!」
 影が落ち声が聞こえ、慌てて起き上がろうとするがまたもや転び、声の主は逃げようと這い蹲るキースを捕まえ自身の外套を掛けた。
「や"め"、」「落ち着いて、大丈夫だから」
「カミーリャ!どうする気だ!?」
「どうもこうも決まってんでしょ…!」
 さらにもう一つ影が、アッカーが現れ、呻き踠くキースを引っ張るカミーリャに顔を顰めたものの、手伝って!と怒鳴る彼女へ手を貸しキースの身体を支えてやった。
 二人は暴れ続けるキースをなんとか荷馬車に押し込めると、馬を走らせ雨幕の中へ消えて行った。
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