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~序章~
プロローグ
しおりを挟むーーリベラル南東・竜の谷ーー
「竜の谷」文字通り、竜が住人として住む谷の名である。
あちこちの洞窟には飛竜と呼ばれる種類の竜が住み着いており、飛ぶスピードは竜の種類の中で最速。
口からは凄まじい温度の炎を吐き、一流の魔術師でもひとりで勝つことは難しい怪物。
むろん並の人間では勝つことはおろか逃げることすら出来ない。
また、谷は昼間でも暗く、木々が鬱蒼と生い茂る森の中心部に位置し、そこまでの道も険しく、わざわざそこへ行くメリットも全くない。
余程の事がなければ誰も近寄らない場所である。
ーー......ズズゥゥ....ゥ...ゥゥ...ン...ーー
...いや、近寄らない場所である「はず」と言ったほうが良いだろうか。
明らかに人為的な地鳴りが立て続けに起こり、谷底にまで響いた衝撃が、谷全体を揺らす。
その地鳴りに驚いたように、鳥たちが一斉に飛び立ち、獣たちは身の危険を感じて逃げ出す。そして、
「ピギャーー!!」
地鳴りの方角から現れたのは、この谷の覇者、飛竜たちであった。
誰しもが認めるこの谷の覇者。
そんな彼らが、地鳴りを起こしている者に脅えるかのように、必死にその場から離れようとする。
この谷の覇者であるはずの飛竜が、別の者の存在に恐怖し、逃げ惑っている。どう考えてもあり得ない光景。
その飛竜たちを追い回している張本人たちは、
「はぁぁぁぁぁあ!!」
「やぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ふたりの少年と少女であった。
木々が鬱蒼と茂る森の中、聞こえるのは何かの不気味な鳴き声と、飛竜たちの雄叫び。
時々遠くから響き渡る飛竜たちの雄叫び。すぐ近くからは何か危険な生物の気配を感じる。
そんな音が溢れる森の中を俺は剣を片手に、黙々と進んでいた。
(......どこだ?...)
お目当ての物を探し、ひたすら森の中を突き進む。
今回はターゲットの捕獲、または「あるもの」の採取。
「あるもの」を手に入れて来るだけでも、かなりの報酬が望めるが、ターゲットの捕獲に成功すれば、さらにその4倍の報酬を得ることができる。
すると、少し先から何かの動く音が、俺の耳に届いた。
「お?」
音のする方へ静かに近寄り、物陰からそっと姿を確認する。
「ハフ...ハフ...グルルルゥゥ...」
獰猛そうな声を上げる一頭の竜が、ライオンに似た猛獣の肉をむさぼっていた。
青に黒の混じった硬そうな鱗、今は折りたたまれている、片翼で2mはあるであろう巨大な翼。岩でも容赦無く噛み砕く強靭な顎と鋭い牙。睨まれただだけで死を覚悟する爛々と黄色にひかる眼。そして、その胸にひとつだけ埋め込まれている赤く光る鉱石。
間違いなく飛竜。飛行速度で並ぶものはいないと言われている空の覇者。口からは炎をはき、獲物を容赦無くしとめる旅人たちの天敵。
決して会いたくない、会ってはいけない相手である。それが、
「ビンゴ...!!」
それが、俺たちのターゲットだ。
竜なんているはずがない。世の中のほとんどがそう答えるだろう。
事実、それは当たっている。
竜とは空想上の生き物。鉄のような硬い鱗に覆われていたら身動きが取れないし、何より重すぎて飛ぶことも出来ない。
それでも飛ぼうとするのなら、とてつもなく大きな翼と笑えないほどの筋力が必要となることだろう。
それに、口からは炎を吐くなどということをタンパク質の塊から成る生物がやろうものなら、一度炎を吐いた瞬間、皆等しくあの世行きとなる。
生物に炎を吐く器官がないのが、正にその証拠である。
つまり、竜というものは古代の人々が勝手に想像した生き物であり、現実世界には100%確実に存在しない。
そこが地球であったなら、の話だが...
ここは科学ではなく魔術が発展した世界...アルトレイラル。
魔術を使える者と使えない者では圧倒的な差が出る弱肉強食の世界。
この世界では何が起こってもおかしくない。俺はそのことを、この2ヶ月で身をもって学んだ。
「..................」
抜き放った刀身を飛竜の方へ構え、気配を悟られぬよう、攻撃のチャンスをうかがう。
今回の依頼は、飛竜の生け捕り、または胸の鉱石の採取。
生け捕りの方が高い報酬を得ることができるので、当然そちらにするつもり。
そして、まだ飛竜は俺の存在に気が付いていない。
生け捕りにするには、最高の状況。
(やるなら...今!!)
腹に溜め込んだ息を力に変え、噴射するイメージ。身体に魔力強化を行い、大きく地面を蹴り、凄まじいスピードで飛竜へと接近する。
「っせいッ!!」
殺さぬように加減しながら、まるで除夜の鐘をつくが如く、剣の峰を飛竜の頭へ叩きつける。
その衝撃で飛竜の身体は吹っ飛ばされ、ゴムボールのように弾みながら地面を転がる。
同時に、とても生物の音とは言い難い、金属を叩いたような音が鳴り響いた。
「ガァ...ァ...ァァ...?」
「硬...」
突然の出来事に、飛竜は対応もできず、脳震盪を起こした身体をなんとか持ち上げた後、フラフラと左右にふらついた。
しかしさすが飛竜と言うべきか。意識を失うようなことは無く、適確とも言える状況判断で果敢に俺へと反撃を試みる。
飛竜の魔力が膨れ上がり、胸の鉱石が赤い光を放つが目に入った。
飛竜がブレスを撃つときに必ず行う予備動作だ。
「おぅ...」
仕留め損ねた。もう少し強く殴ってもよかったか...
次に来るであろうブレスを防ぐため、魔力強化を身体全体に行い、両腕をクロスさせて顔を守る。しかし、
「グァァァォオ!!」
俺を襲ったのは、全く予測もしていないものだった。
飛竜の吐いたブレスは俺に向かうことはなく、そのまま地面に吸い込まれる。
そして一瞬で固い地面を泥沼へと姿を変え、その中に俺を引きずり込んだ。
「ぬおぉぉっ!!??」
予想外の出来事に取り乱し、バランスを崩して泥沼に頭からダイブする。
「ピギャァァァー」
「あっ!ちょっ、待っ!!」
先ほどの一撃で、俺には敵わないことが分かったのだろう。俺がぬかるみに足を取られているその隙に、飛竜は自分たちのホームグラウンドである空へと退散する。
「マジか...」
俺はその姿を泥にはまったまま、しばし呆然と見つめるしかなかった。
「....なにやってんのよ」
そこに、木の上からひとりの少女がひらりと樹の側に降りてくる。
雨宮 薫
俺と共にこの世界へと飛ばされた幼馴染。俺の最も信用している相棒だ。
「手、貸す?」
そんな彼女が、憐れみに満ちた視線で俺を見つめてくる。
「..別に....」
そう言いながらうつむいた俺の目に、自分の姿がはっきりと映り、薫の言わんとすることが分かった。
先ほど泥沼に突っ込んだせいだろう。服はどこを見ても泥だらけで、みっともないことこの上ない。
おまけに足は膝下まで完全に埋まり、自力で抜け出すにはかなりの時間がかかりそうだ。
正直この状況から助けを請うのは、男として少し...否、かなり恥ずかしい。
「..................」
俺の中で、プライドと依頼が天秤にかけられる。そして、
「..いや....お願いします...」
「りょーかい。さ、肩貸して」
「はい...」
今回は、依頼の方に傾いた。二度とこんなヘマはしない。そう心にきめた瞬間だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「薫...」
「ん?」
「あいつの鉱石、『ダブルシンボル』だ」
薫に助けてもらった後、先ほど身をもって得た情報を彼女に伝える。
もともとドラゴンには、種類に関係なく、胸のあたりに『シンボル』と呼ばれる鉱石を持っている。
その鉱石には例外なく大量の魔力が込められており、様々な利用価値がある。
ある時はその中に溜め込まれている魔力を、暖房のように利用して部屋全体を暖める。またある時は、屋敷全体の照明をつけるのに用いる。まだ実験段階ではあるが、馬が引かなくても走る馬車の動力に。魔術師1000人分の魔力を使って発動する大魔術の媒体に。
例を挙げるならこんなところだろうか。
しかし、ドラゴンからしか取れないということと、1頭につきひとつだけということ、さらに加工が凄まじく難しいことから、必然的に値段は超高額となる。
値段は一応時価となっているが、だいたいの価格は一般家庭100以上が4年で使用する生活費よりも高いと言っておこう。
そのため現在では、シンボルを所有しているのは一部の相当裕福な貴族家庭か、国に限られている。
その中でも、ふたつの種類の魔力を取り込んでいる『ダブルシンボル』はさらに貴重で、通常の『シンボル』と比較しても、値段が更に4~5倍に跳ね上がる。
それを保有しているのは現在、3つの国だけである。
「...うそ~...すごくもったいないことしちゃった...」
「と、いう訳で」
「うん」
「追いかけるぞ」
「了解!」
こんなチャンスを逃すなんて勿体無い。
俺たちの意見は一致したようで、早速木々を飛び越え、凄まじい速度で飛竜の追跡を開始する。
既に大分引き離されてしまったが、俺たちなら決して追いつけない距離ではない。問題はどうやって仕留めるかだが、
「樹、どうする?」
「俺のミスで逃がしちまったからなぁ...俺がやる」
「サポートは?」
「いや、大丈夫だ」
そもそも自分の不始末で逃がしてしまった獲物。ここは男として何としても汚名返上させておきたい。そう思ってしまうのが、男の悲しい性だ。
「じゃあ、頑張って」
「おう!」
そして俺は、ひとり飛竜に向かって加速する。飛竜がはっきりと目視出来るところまで近づくと、剣を構える。
切っ先を飛竜の方へ向け、そのまま峰を下にし、顔の真横まで持ち上げる。そして剣に魔力を込める。
魔力が剣に伝わり、剣が青白い光を帯びる。
溢れ出した魔力が光の粒子となり、蛍のように舞いながら大気中へと溶け込んでいく。
「ギァァァァァッッ!」
当たったらヤバい。飛竜もそのことに気がついたようで、全速力で俺を振り切ろうとする。
普通の相手ならば、飛竜の持ち味であるスピードで振り切ることも容易にできただろう。
だが、幾らスピードを上げたからと言って、はっきり言って俺には全く通用しない。
「逃がすかぁぁぁぁぁッッ!!」
そのままその技を、飛竜に向けて打ち出した。
莫大な魔力がエネルギーに変換され、剣から放たれる。
当たるもの全てを蒸発させる力を持つエネルギーは、大気中を飛竜を超える凄まじい速度で直進する。
勝負は一瞬でついた。
飛竜が己の行動が過ちだったことに気づいた時には既に手遅れで、空の覇者である飛竜の身体は俺の魔法によって一瞬で蒸発。大気中の塵へと姿を変えた。
「.........やっべ...」
その様子を見て、俺の頬を冷や汗が伝う。
やり過ぎもやり過ぎ、完全なるオーバーキルだ。これで飛竜の捕獲は不可能となった。
おそらく、シンボルの回収も相当骨が折れるだろう。
「............」
「......やり過ぎ」
隣にやって来た薫に、ポカリと頭を叩かれる。
「わ...悪ぃ...」
汚名返上どころか、さらに泥を塗りつけることとなってしまった。
「もう、しょうがないんだから」
「スンマセン...」
もう謝るしかない。
「それじゃ、ダブルシンボル探しますか...」
「へ~い...」
そして俺たちは、飛竜の消滅とともにどこかへ落ちたであろう鉱石を探し始めた。
この世界に来ておよそ2ヶ月、前の俺たちであれば想像すら出来なかった生活。
それが俺、神谷 樹と、雨宮 薫の日常となりつつあった。
この世界へと来た経緯も、理由すらも分からぬまま。
「夜までかかるかなぁ...」
「その時は、灯りよろしく」
「.........はぁ......」
神谷 樹
雨宮 薫
職業
元高校二年生→現在、魔法使い...
~次回予告~
アルトレイラルで冒険者をする樹と薫。2人が冒険者になったのには、ある大きな目的があった。
冒険者ギルドで働く2人の魔法使い。彼らの召喚時の物語が、今語られる。
次回、異世界幻想曲、召喚編「起」
「日常の最終日」
次回は5月12日午後9時更新予定です。
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