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第二章

第46話 サービス回

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 露天風呂、いわゆる大浴場であるが、どうだろう貸し切り状態だ、他のお客さんがいない、施設も最近作ったばかりなのか新しい。

 人がいないのはオープンしたばかりで、しかも、まったく新しい露天風呂という文化、つまり屋外に風呂というのが原因じゃないかと思う。

 外で裸になるのはさすがにこの世界の価値観では問題なのだろう。

 しかし日本人の俺としては最高じゃないかと思う、しかも洗い場は完璧だ、石鹸にシャンプー、温水シャワーがあるのだ。ローゼさんは言う。

「たしかに、初めて見たわ、こんなところで見ず知らずの人とお風呂に入る施設なんてありえないと思ってたけど、これだけの施設なら悪くないかも」

 うむ、そうだ、知らない人と裸の付き合いは日本独自の文化といえるだろう。しかし、これだけの施設ならそれはそれで有りになるのだ。

 しかも、いろんなお風呂がある、スーパー銭湯みたいに様々な種類のお風呂にサウナもある。

「カール氏のやつ、俺の温泉の知識を会話の端でしっかりとすくい取るとは侮れない。これは、まごうことなきA級の温泉宿だ、正直おどろいた。彼の評価を改めざるを得ない」

「え? カールが? 彼はそんなこと言ってなかった、一緒に温泉に行こうって、てっきりいやらしいことを考えてるのだと思ってた」

 ふう、カール氏よ、こんなに素晴らしい露天風呂をプロデュースしたんだから、それを全面に押せばいいのに、まったく不器用な男だ。

 まあ、付き合ってもいない男が温泉旅行に女の子を誘うのは無理があるといえばそうなんだが……。

「ローゼさん、カールだって反省してるんだし、たぶんあなたへの気持ちは本物よ、ほら、あれ、滝みたい、一緒に浴びましょうよ」

 シルビアさんとローゼさんは大きな打たせ湯がある温泉の一つに向かうが、俺は日本人だ。それは認めない。

「お二人とも、気持ちは分かるが、まずは体を洗ってから湯船につかりなさい」

「もう、アールったらおばあちゃんみたいなことを」

 お風呂のマナーだからしょうがない、この辺の文化の違いはカール氏に言っておくか。俺としても和風の温泉宿の普及に尽力したいと思うのだから。


 洗い場に集まる三人、早く温泉に入りたい気持ちを抑えつつ温水シャワーに各々感動の声を上げていると。ガラガラと脱衣所からの扉が開かれた。
  

「ふう、やあ、皆さん先に入っていましたか。まったく疲れるものだよ。嫉妬深い男はこまったものだ。しかし、これはこれで温泉がはかどる、疲れる甲斐があるというものだ」

 ユーギが浴場に入ってくる。皆さん絶句する。男が女湯に堂々と、俺が言えた立場ではないが、そこは許してほしい。

 しかも、やつは堂々と全裸で、タオルを肩にかけて、江戸っ子スタイルで入ってきたのだ。

 ……あれ? ついてない。……あれ? スレンダー、でも俺の身体よりは起伏に富んでいる。モデルさんみたいだ。

 ……女の子だった。どうやらユーギ・モガミは男装してただけのようだった。どうりで制服の着こなしがだぼだぼだったのは性別を隠すためか。


 ローゼさんもシルビアさんも見とれていた、悔しいが神が作った造形のような芸術的な裸体がそこにあったのだ。

 俺の造形はしょせんオタク向けの美少女ボディにすぎない。デッサン力の差なのか、こんなことなら美術の授業をまじめに受けるべきだった。

 俺の嫉妬の感情を無視してユーギはつかつかと歩いてきて、俺たちの身体をまじまじと見た。

「さてと洗いっこは女湯の定番イベントだ、どれどれ、まずはローゼちゃん、君は結構な着やせするタイプだね、僕より一回り大きいんじゃないかい?」

 ユーギは自分のそれを両手でわしづかみしながらローゼさんに近寄る。

「ひ、一人で洗えます、って、や、やめてください……」

 なんだよ、これはサービス回なのか? どこからかやってきた謎のイケメンが実は女の子でした的な意味不明な展開じゃないか。

 あとで聞いたが、ユーギは編入生ということで一年生の女子寮に入っているそうだ。曰くモテモテらしい。

 そりゃな。『イケメン転校生の先輩は男装女子』そんなタイトルになりそうなやつがいたらそうなるだろうよ。

 お風呂イベントだなーっと暖かく見守りながら、俺はシルビアさんを誘い湯船につかる。

「アール、ローゼが大変なことに、……でもそうね、ユーギさんの誘いに乗ったのはローゼ本人だし、うふふ、ユーギさんが女の子だったなんてカールが知ったらどう思うかしら」 

 シルビアさんと俺は打たせ湯に向かう、あれは肩に浴びせると気持ちいい。シルビアさんは年齢の割に肩こりをお持ちのようなので効果は抜群だろう。


 その直後、脱衣所の扉が開く。今度は男だ。ついている。カール氏だ。見てしまった。俺はシルビアさんの目を隠す、なぜそうしたのか、よくわからないが。 

(ふふふ、マスター、複雑な気持ちがあるようですね。安心してください、シルビアはマスターにそれを求めていないと結論しまs――)
 
 うるさいよ、俺が気にしてることを言いやがって。……しかし、カール氏よ、女湯に登場とはもう救えないぞ! どういうつもりだ。


「おい、ユーギ・モガミ! さっきの話だが俺はまだ納得いってないぞ、男どうし、腹を割って話そうじゃ……えっ!」

 カール氏が女湯に入ってきた。外に女湯って書いてあったのだが……ユーギしか見てないのでそのまま侵入し今に至るということだった、そんなことあるか普通……。

「ひっ! ご、強姦魔!」

 カールの目の前に、ユーギによってタオルをひん剥かれたローゼさんのあられのないすがたが、彼のレンズに写し出された。

「おやおや、御曹司君はラッキースケベなようだ。どうだい? 好きな女の子の裸をみれたご感想は? 今夜ははかどりそうだね? 心のシャッターはおしたかな?
 それとも心の動画保存かな? きっと4K画質なんだろうね。あははは」

 ローゼさんはとっさに身体をタオルで隠したが、ユーギは隠さずに堂々と腰に手を当てて仁王立ちのまま笑っていた。


 硬直するカール氏、文字通り全身がである、流石にピンポイントでは硬直しない。情報量過多である。

 男湯だと思って入ったら女湯でしかも同級生の女子と好きな子が入ってる、しかも恋敵が実は女の子で全裸で対峙しているのだ。情報量過多だろう。



「おっと、がん見だね、逆にすがすがしいよ。でも僕はおかずにしないでおくれよ?
 男として仕方のないこととはいえ女子にとってはそれでも浮気にカウントされるんだよ、憶えておくといい」

「ユーギ君、前、前をかくして!」

 隣にいて身体を縮こませているローゼさんが必死にユーギの前を隠す。

「別にいいよ、減るもんじゃないし、ところで御曹司君、どうだい? 僕は君の家の財力に興味があるし既成事実の一つでも作るのは悪くないな、ちなみに僕は側室でも構わないよ、ね、ローゼちゃん」

 ぺろりと舌なめずりをするユーギ。

「ひっ! ごめんなさい、あと誤解だからローゼ」

「おやおや、裸を見られたのに振られるとは見られ損だな、しかも、僕に対しての謝罪より彼女の名前を喋るとは、まったく……だから君はダメなんだよ」


 ユーギという男、いや女か、ここまで頭がおかしいとは思わなかった。

 しかし聞き捨てならないのは、この世界に存在しない単語を話していることだ。

 やはり地球人かもしれない。異世界転生者がいるってことはやはり別の神がいるのか。


 しかし、カール氏は逃げたな、普通なら桶か石鹸でボコボコにするところだが、ユーギのせいでその気が失せてしまった。ユーギ・モガミ、何者なんだ?
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