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第二章

第63話 勇者様感謝祭

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 年末の勇者様感謝祭。

 去年は度肝を抜かれたが、今年は違う。
 サンタドレスを発注したという生徒たちがじわじわ増えてるのだ。
 何色ともいえない勇者カラーから、赤色がぽつぽつと増えているのは良い兆候だ。

 それでも勇者様感謝祭には違いない。神様なのか勇者なのかはっきりしてほしいものだ。神の怒りに触れると思っていたが。ユーギのやつは大笑いで俺をからかってきた。

「あははは、勇者様感謝祭って……ぶふっ、勇者様ついに神になるのかー」

 俺たちはパーティーの準備に忙しい、今年は生徒会のお手伝いをしているのだ。シルビアさんは来年から生徒会長になるそうなのでみんなでお手伝いをしようという話になった。

 もちろん、事務的な手伝いはできないから会場の設営準備をしている。去年は何もしなかったけど、学年が上がると生徒会でなくても学院の行事を手伝う生徒は多いそうだ。 

 そんな中、俺たちは衣装合わせでカール氏の服飾店へ集合していた。今年は手作りというわけにはいかない、それにお店で作れるのだからお店に任せた方がクオリティは段違いだ。

「おやおや、君は勇者様だというのにその衣装、サンタクロースかな? あははは、笑っちゃうね、じゃあ僕はトナカイにでもなろうじゃないか」

「おい、今から発注しても間に合わないんじゃないか?」

「ああ、大丈夫、ドレスじゃないから、トナカイだよ、デザインはもう頭にあるから、カール君、ペンと紙をくれないか? ――――ここをこんな感じで、出来るよね?」

「え? ……う、うん、出来るけど……大丈夫?」

「大丈夫だ問題ない、他の人なら無理だろうけど僕になら許されるのさ、なぜなら僕は完璧だから」

 謎のポーズを取るユーギ、またやらかすつもりだな? なにを発注するつもりなんだ。

「ほら、次はアールの番よ?」

 試着室が空いたため、俺はユーギのたくらみを阻止することが出来なかった。まあいっか、今は衣装合わせの方が大切だ。他の皆を待たせるわけにもいかない。


 今年も終わりが近い、一年生とは基本的には交流はないが、図書館に来る子は数人いた。まあ、管理人の先生が居ないのが功を奏したのだろうか。

 それに、いつの間にか訳ありカップルが密かに会議室を利用するなど、別の目的での来館が増えつつある。これはよくない、いずれ規制をしないと風紀が乱れてしまうだろう。

 いや、いっそのことそういう風な場所に改装してしまうか、いやいや、さすがにそれは嫌すぎる。それに俺の仕事が増えるじゃないか。今のほぼ無人の感じが丁度よいのだ。


 いつの間にかユーギも図書委員になっていた、騒がしくなるので嫌だと断ったが、担当の先生が決まらないので、せめてもう一人増やすという配慮らしい。

 おいおい、学校側の人間が責任者に居ないとダメなんじゃないかと思ったが。まあ皆さん別の担当があるので忙しいそうだ。そういわれると俺も強く言えない。

 先生の責任を増やすのはろくなことにならない。ブラック教員ってのは事件の温床になりかねないしな。


 問題はユーギと二人きりになることで俺のストレスがたまるのかと思ったが。ユーギは図書館では大人しい。それどころか暇な時はずっと本を読んでいる。つまりほとんど静かなのだ。

 意外だった。そういえば歴史が趣味だと言ってた気がする。特に自分が不在だったころの歴史はやつにとっては最高のエンタメなようだ。


 ――勇者様感謝祭当日


「ぶーぶー、また私のポジションがユーギ君に奪われてしまったですー」

 いや、デュラハンよ、トナカイの衣装を着てるのはディーだ、それに、その組み合わせは完璧だと思う、もっと胸を張れ。

 サンタドレスのデュラハンはトナカイの着ぐるみ衣装を着たディーを抱っこしている格好だ。ほら、そのメルヘンすぎる格好は周りの女子にとても人気があるじゃないか。

「デュラハンさん、とってもかわいいー、そのぬいぐるみも……よくわからないけどとても可愛いわ! なんの動物になってるのかしら、タヌキかしら」

『ボクハ、タヌキジャナイゾ! ネコガタロボッ――』

「おっと、ディーよ、それ以上はやめておけ、それにデュラハン、俺自身ユーギよりも、お前の方が断然可愛いと思うぞ、それにユーギの……あの格好は真似してはいけない」


 ユーギよ、お前は地球で、いや日本で何を学んだ……その衣装はなんだ! 下着と変らないぞ、ユーギの衣装は灰色のもこもこのビキニだった。結構きわどいラインの。

 頭には角が付いたカチューシャを、首には赤いリボンと鈴が付いたチョーカーをつけている。赤色の丸い宝石の付いたイヤリングで真っ赤なお鼻を再現しているのだろうか。

 おい、それは規制されろ? 行き過ぎのコスプレだ、日本では結構な社会問題になってたぞ。

 しかし、我が祖国、日本発祥であるため強く言えない。君の祖国の伝統衣装だと言われたら恥ずかしすぎる。

「いやー、サンタクロースといったらトナカイだよ、ほらアール君も懐かしいんじゃないかい? 君の故郷の伝統衣装だよ」

 言いやがったな。俺は顔をそらす。皆さんの視線が痛い。

「おい、カール氏! なぜこれを許可した、こんなのはだめだろうが!」

「だって、そんなこと言われても、お客様のオーダーだからしょうがないじゃないか、……それにユーギさんはライセンス料なしで来年から作っていいって言われたし、正直売れると思ったんだ」

 ち、たしかにな、周りの男子の目線は釘付けだ。カメラがあったら、コスプレ会場さながらの状況になるだろうよ。

 それに男子だけではない、女子もユーギの完璧なボディーラインにもはや嫉妬を忘れて憧れの眼差しを送っている。完成された美からは自然といやらしさが消えるのだろうか。

 裸婦画は芸術作品として子供でも閲覧できるが、グラビアアイドルの写真が袋とじなのは納得ができる気がした。……知らんけど。

「ユーギ先輩、素敵です。男装のユーギ先輩も素敵ですけど今夜のお召し物は先輩にしか着られない、その……まるで女神様のようです、……えっと……その、よろしければ私たちと少しだけご一緒していただけますでしょうか?」

 お、一年生の女子かな、なるほど自称じゃなくて本当にモテモテのようだ。

「おやおや、女神だなんて、ほんとのこと言ってくれるじゃないか。いいですとも、君たちと今夜を過ごそうじゃないか、もちろんこのパーティーの間だけね。その先は君達にはまだ早い」

 後輩の誘いをウィンクで返すユーギ。なるほど、イケメンだ、声を掛けてきた後輩とその後ろの女子達も歓声を上げユーギに順番に挨拶を交わした。順番の列がすごい、コスプレ会場さながらの状況になっていた。

「おや? そこで僕達を見ている一年生の男子たち! 君たちもおいでー、でないとこの子たちを一人残らずさらっちゃうぞー」

 一年生の男子は隅っこで固まっていた、男子全員、女子のパートナーが一人もいないのだ、憧れの先輩に夢中な女子達にドン引きして男子は男子で団結しているようにも見える。

 男子たちも、完璧な先輩に口出しできないというか、どちらかというと先輩狙いの男子がほとんどだったが、自分と比べて高嶺の花であるユーギ先輩に声を掛ける男子などいなかった。

 それゆえ、男子と女子の交流はキャンプなどの強制的なイベントを除いて皆無に等しかったのである。

「ユーギ先輩、男子をこの神聖な場所に誘う必要なんてないですよ、私たちは先輩さえいれば……」

「あははは、そうは言ってもね、僕は神なんだ、だから男子にも平等にチャンスを与えないとね」

 後輩の女子の頭をなで、そのまま頬に手を当てながらささやくユーギ。

「あ、……ユーギ先輩がそうおっしゃるなら、……男子たちも仲間に入れても構いませんわ」

「ところで君たちはこの間のキャンプで仲良くなった男の子はいるのかな? うーん、まずは僕と同じ部屋ということでアンジェちゃんから聞こうか、どうだい? 気になる男の子はいるのかな?」

 どうやら、声を掛けてきたユーギのルームメイトはアンジェというらしい、初対面だが気の強そうなお嬢様だ、金髪のツインドリルにやや釣り目の、悪役令嬢ポジションだったのだろうが今はユーギの信者になってる。

 いや、外見で判断するのはどうかと思うけど。ユーギが一年生の女子寮でなにかやらかしたのだろう、きっとなんかドラマがあったに違いない。本当はあの子が頂点に立つはずだったのだろうか。まあそれは別の話だ。



「すごい人気ね、来年は私もあれを着ようかしら」

 アンネさんがつぶやく、まったく、この天然さんは……

「アンネさんや、ドルフ君がいるのにそれはさすがに不義理というものだよ、それに君が着る服は準備しているのだ、あんなお腹を冷やす衣装はだめだぞ、なあドルフ君」

「うん、あれはちょっと……。ところでアンネ、僕達もそろそろ踊ろうか、今年は最初に僕と踊ってほしい」

 さすがだ、ドルフ君、貴族的な作法をすっかり身に着けた肉体派男子の破壊力よ。手を差し出しただけで絵になる。アンネさんとドルフ君はダンス会場に消えていった。


 この二人はなにも問題ない、問題はこの二人……。

「ローゼ、あ、あの、僕は、好きだ、ローゼ、僕と踊ってくれないか?」

「…………。」

 ローゼさんは沈黙している。カール氏よ、お前はさっきのドルフ君を見て学ばなかったのか? なんだそのへなちょこなセリフは。 

「……馬鹿、また去年と同じこと言って、学習しないんだから、その前も同じこと言ったじゃない、なんで気の利いたセリフが言えないのよ」

「だ、だって、ローゼが好きだから、他の言葉が浮かばない、昔から好きだった、今も変わらないから。セリフが思いつかなくて、ごめん」

 ローゼさんは目に涙をためながらカールをにらみつける。

「私が好きなの? 本当に? あの時みたいにいきなり別れ話とかしない? ほんとに? 嘘だったらあなたを眷属にして死んでもこき使うわよ?」

 セリフが物騒になってきた、やはりネクロマンサーとしての、……いやこれはローゼさんのキャラだな。バンデル先生はそんなこと言わない。

「そ、それは、…………すぅー。
 大丈夫だ! 問題ない! 僕は服飾店と温泉宿のオーナーになった。収益も右肩上がりだ! もはや僕は家同士の政略結婚に巻き込まれないんだ。
 数年で僕はグスタフソン家から独立するつもりだ。僕は自立したんだ、だから、君を二度と裏切らない、それでも君が嫌なら眷属になってもいいよ。だからローゼ、僕と結婚を前提に――」

 よくいった。隣にいたシルビアが泣いていた。俺も泣きそうになるくらい感動した、そうかカール氏は頑張ったのだ。彼の実業家としてのスキルは全てローゼさんの為に行ったことだったのか。

 俺はシルビアにハンカチを渡して少し二人から距離を取ることにした。二人は……ややぎこちない感じだったが腕を組んでダンス会場に入っていった。

 振り返ったローゼさんは満面の笑顔そのものだった。
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