獣人奴隷と魔女

wawakibi

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過去:アルフレッド

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 魔道士ルルアと獣人フィンとの戦いから逃れ、俺たちはアメリアの言う安全な場所へと向かっていた。すぐに着くかと思った場所は思いのほか遠く、1日で行けるものではなかった。足早に進むもアメリアの作る罠をばら撒きながら進むと何日かかるか分からなかった俺は2人を抱えて走って移動することをアメリアに強く提案した。
 進む距離がやはり遅いと理解していたアメリアは今度は素直に首を縦に振った。だけど走りながらも罠をばら撒くことを提案され、俺も素直に了承し2人を担ぎ上げた。

 傭兵時代の体格に筋肉を取り戻したが、やはり戦いにおいての勘はまだまだだったようで、何度も人間の兵士と遭遇してしまった。その度に2人を後ろに隠し、人の目では追いつけないほどのスピードを出し1人、また1人と仕留めていった。アメリアの言うように殺しに対しての躊躇いは最早昔に捨てていた。今更躊躇いを見せるなんて、何もかもが遅すぎと言う話なのだ。そして今の状況に対して躊躇う気持ちを見せるわけにもいかなかった。
 俺の心は昔のように、黒く荒んでいく。


 「おい、アルフ・・・・その、大丈夫か・・・・?」


 数人の兵士を殺し終わり息切れをする俺に対し、アメリアは心配するように声をかけてくれた。それだけで俺の心は救われるものよと思うも、頭で思うだけで心までは救われることはなかった。


 「大丈夫だ・・・・昔に戻っただけだ、行くぞ」


 何か言いたそうなアメリアの言葉を無視して、俺は先を急ごうとした、その時だった。全身を覆うほどに冷たい空気がどこからともなく流れてきたのを一瞬で感じ取ったのは。すぐに鼻や耳を遠くに集中させ目を凝らした。
 鼻を掠めるのは大量の血の匂いと人と、特別な騎士の匂い。一瞬で毛が逆立ち本能が逃げろと叫んでいた。


 「アメリア、まずい。今度は俺1人でどうにかなる人数と相手じゃない・・・・人間だけだったらまだ良かったが・・・・騎士がいる」
 「な、なにっ!?もう騎士まで動き出したのか!?おかしい・・・・この状況・・・・明らかにおかしすぎる」


俺の足で逃げれるものならすぐにそうしたいのものだが、雑魚とは言え連続での戦闘に久しぶりに戦いを歓喜した筋肉達は疲弊しきっていて、俺はどう2人だけを逃すかを考えた。答えは簡単で、それが一番最善にして最良の答えでしかなかった。俺が囮になる他なかった。


 「アメリア、ユウを連れて先へ行け。俺が食い止める。大丈夫、逃げる隙を見つけたら逃げ出してすぐに追いつくさ」


 こんな時に笑顔を見せておけばアメリアは安心して行動に移すだろうと思ったが、今の俺には笑顔を作る余裕と労力がすでに底を尽き掛けていた。


 (ユウの声が、笑い声が最後まで聴けなかったのは・・・・残念だ、な)


 すでに決意は固まり、ユウの元へ行きその白い頬に優しく触れれば、自分の手についた人間の血がユウの白い頬を赤く染めていた。すぐに手を引っ込め着ていた服の汚れていない部分で頬に着いた血を拭きとった。自分の手は真っ黒の毛で覆われて血が付いていることすらも見分けがつかなくなっている。


 「アルフっ!!1人で話を進めるんじゃない。私がいつ了承した?お前は『矛』だ、ユウ姉様から離れることは許されない」
 「そうだが・・・・だがこの人数にしかも騎士だ!どう凌ぐと言うんだ!?俺が今言った事が最善の方法だろうっ!?」


 そう言い切った途端、アメリアはまたも可笑しく笑っていた。近場にあった小さな洞穴を指差し足を進めるアメリア。俺は何も言えないままアメリアの後について行き洞穴へと身体を押し込んだ。なんとか3人が入れたがこんな所で身を隠すのには不十分すぎて、外からも見えすぎていた。
 そんな事を思っているとアメリアが持つ無限の鞄から出てきたのは、小さな小瓶に入った透明の液体だった。何重にも封をされていた小瓶の蓋をこじ開け、液体を洞窟の前に全てを垂らしきった。


 「これで当分は凌げるはずだ。アルフよ、勝手に物事を進めるんじゃない。確かにお前はユウ姉様の『矛』だ。全てを排除しろとお願いしたのもこの私だ。だけどな・・・・傷つけとは言ったことはないし、ユウ姉様もそれを望んではいないと思うぞ。目が覚めて私だけしかいないとなれば、ユウ姉様は悲しむ・・・・・・」


 アメリアの目には透明の膜が張りつめ、そこから大粒の涙がこぼれ落ちそうになっていた。こんなちっぽけな俺の為に涙を流してくれる人がいたと思うだけで、自分の思いつきが間違いであったと言う事がよく理解できた。


 「すまない・・・・」


 その一言しか言葉にできなかった俺に対して、アメリアは笑って許してくれた。その表情はやはり血を別けた姉妹と言うべきなのか、ユウの笑った顔によく似ていた。側で眠るユウの顔を見つめ俺は考えを改めようと真っ黒の泥沼を必死に掻き分け逃げ出そうとした。『自分を傷つけるな』前に同じことをユウにも言われたことを思い出し、俺は、もう一度だけアメリアに謝罪した。


 「もういいと言うのに。アルフよ、弱い私が言うのはなんだが今のうちによく休んでくれ」
 「だが・・・・あの液体を垂らしただけで大丈夫なのか?俺にはどうも・・・・」


 不安な気持ちをぶつけた瞬間、すぐそばから人の話し声が聞こえてきた。俺の体はすぐに戦闘態勢に入ったがすぐにアメリアは俺の目の前で片手をかざし口元に人差し指を立てて静かにしろと指示を出していた。


 「大丈夫・・・・向こうからは何も見えないし声も聞こえない・・・・」


 そう言ったそばから、洞穴を覗く兵士が目の前にいた。正直アメリアの言ったことを完全に信用していなかった俺の心臓は今にも爆発しそうなくらいに音を上げ騒いでいた。自然と呼吸が荒くなりいつでも逃げれるようユウを抱えアメリアの腕を握った。だけどどんなに目の前の兵士が目を凝らして洞穴を凝視しても、耳を澄ましていても、匂いを嗅いでも俺たち3人の姿を把握することはなかった。


 「アメリア・・・・これは一体?」
 「だから言ったろ?大丈夫だって。私が洞穴の入り口付近に巻いたのは上位クラスの秘薬中の秘薬、姿消しの薬だよ。どんなに強力な魔法をかけて探して暴こうも、見つけることは困難。人が目を凝らしても、鼻のいい獣を使っても絶対に発見することはない。だけど・・・・残り2瓶しかないから、大事に使わないとな」


 そう言って無限の鞄から2本の小瓶を手に持ち目の前でチラつかせていた。見た目はただの水が入った小瓶なのに、その中身は神秘的で強大な力を含み、全てから逃れることを許された特別な物だと言うのだ。
 攻撃ができない、相手を破壊する事ができない、全てを血に染める事ができない、アメリアは確かに弱い。攻撃魔法を使えないと言い張り、そのくせユウの事は全力で守ろうとする。『深紅の魔女』と呼ばれ全てから恐れられ、慕うものはほんの一部とも聞いた。そんな魔女を健気に守ろうとするアメリア。ユウとの間に姉妹と言う関係以外にも熱くて太い何かに繋がっているように見える。そんな関係を俺はなんと言うのか全く分からないし、言葉として理解はできても意味までは分からずにいるのだろう。ユウとアメリアの関係が羨ましいと思うのに時間はかからなかった。俺には無いものをユウやアメリアが与えてくれ、理解することを諦めていた俺は心の隅にゴミ箱を作る。そんな中途半端な物が俺の心に溜まりに溜まる。


 「アメリア・・・・ありがとう」


 目の前のアメリアは目を大きく見開き驚いていた。


 「アルフ・・・・お礼が言えるやつだったんだな」


 お礼ぐらい言えるといい返そうにも、確かにお礼を言った記憶がここ最近ないに等しいし、ユウに対してもお礼を言った記憶が思い出せる事がなかった。本当に俺自身には何もない状態で日々を過ごしていたことを改めて思い知らされる。
 静かな時間が流れる中、目の前には沢山の兵士が突然消えた俺たちの事を必死で探していた。何か小さな痕跡は残ってはいるのだろうが、そこから突然消えてしまっているのだ。そして俺はここで小さな疑問が心を突き刺した。ジワジワと広がりを見せるシミは次第に大きくなり、『不安』へと姿を変えて言った。


 「ユウ・・・・俺たちは突然消えたことになる。その秘薬を使ったってことが・・・・あいつらにバレてはいないのか?もしバレていたら・・・・あいつらはここを動かないぞ?」


 大きなシミは液状化し俺の喉を通り声となって外へと飛び出した。そんな俺とは対照に笑顔で目を閉じ完全に安心しきったアメリアがいたのだ。


 「そうだな・・・・でも大丈夫だ。言っただろ?上位クラスの秘薬中の秘薬だと。知っているものは数少ない。そこらの兵士や今来ている騎士はそこまで把握していない。だから秘薬を使ったと思いもしないし私は魔女だからな、空でも飛んで逃げたと思うだろうな」


 そう言われ納得すればすぐに兵士と騎士は洞穴付近から離れていった。姿が見えなくなった後でも少しの不安が胸を締め付け、自分の特性を生かし鼻で匂いを嗅ぎ、本当にここから離れた事を把握でき、俺はホッと胸を撫で下ろした。

 本当の静寂が森全体に広がり、目の前は暗くなった。アメリアとの会話もなくなり、少しすればアメリアの寝息だけが聞こえてくる始末だ。本当にこの秘薬がすごいと言う事が目に見て分かる。1人気を張って辺りに集中するも、森に潜む動物達が動く音だけで人が動く気配も音も聞こえては来なかった。そして逃げて戦っての1日を過ごした俺の体はピークを迎えていた。自然と重たくなる瞼に抗えるわけもなく、静かに深い闇へと落ちていく。
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