3×歳(アラフォー)、奔放。

まる

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本編

新月。

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十一月に入り、大陸は積雪の季節となった。
北国ほど深くはないが肌を刺す冷気と、纏わりつくような生温い瘴気の中、その日を待った。

不意に呼ばれたのは、鈍色の雲間に青空が覗く日のことだった。
庭に積もった白雪に、年甲斐もなくはしゃぎ足跡を残していた雪妃は怪訝と天を仰いだ。

「どうかしました?」

厚手のコートにマフラー手袋ニット帽と、完全防備に埋もれた雪妃を守ノ内は首を傾げ見る。僅かに地表に届く陽の光が世界を煌めかせていた。

「紫庵さまかなあ?何か声がする」
「へえ、何の用でしょうね」
「返事したらまた、強制送還されるアレかな…急にはやめて欲しいよね」
「ふふ。それは困ります」

ぎゅっと握った雪玉を重ねて小さな雪だるまを作る。
恵舞が見繕ってくれた衣服は暗色が多く、守ノ内も銀世界の中、長く伸びる影のように佇んでいた。

「攫われる前に行きましょうか」
「うむ。チーちゃんたちに一声かけておかないとか」
「構いませんよ。引き止められているうちに、連れ去られてはいけませんからね」

言うが早いか、守ノ内に抱えられ景色が流れる。
寒空に鳴き声が響いて、雪妃は雄々しくも旋回する棗らしき姿を認めた。

「おーいナツメちゃん、ちょっと紫庵さまの所に行ってくるよ」

届くか分からないが大きく手を振り、すぐに見えなくなる姿の方を暫く眺めた。

「弟さんのペットですか。斬り落としてやりたくなるな」
「こら、やめなさいよ」

くすりと笑って守ノ内は地面を蹴る。
迷いなく向かう先は、相変わらず瘴気もより濃く取り巻くような屋敷だった。
ぐにゃりと移動するばかりだった雪妃は、よく道が分かるものだと感心してしまう。

「気配もありますけど、お嬢さんを探してた時、あちこち駆け巡りましたからね」
「な、成る程。その節は大変お世話に」
「良いんです。退屈しませんね、本当に」

苦笑してトンと横広い屋敷のテラスに降りる。この辺りには雪も残っていないようだった。

「やあ、おかえり」

見計ったようにヒラヒラと手を振って紫庵が大きな窓から現れる。不敵な笑みを湛え、緩やかな動きで悠然と側の椅子へと腰かけた。

「ただいま。何か呼んでた?」
「うん。迎えは必要なかったね、わざわざ来てくれてありがとう」
「参っちゃうので、勝手に攫わないでくださいよ」
「フフ。勝永を困らせるのが楽しいのに。好きな子って、意地悪したくなるっていうでしょ?」
「それはどうも。同調はできませんけどね」

向かいに座ろうとする雪妃のモコモコした肩へと手を置いて、守ノ内はにこりと紫庵を見た。

「お話なら中でしませんか。お嬢さんが冷えてはいけませんし」
「そうだね、気が利かなくて悪いね」

カタリと立ち上がり、紫庵もにこりと返した。どちらも柔らかな笑みであるのに、何となく不穏な空気を感じてしまう。
雪妃は促されるままに屋敷の中へとブーツを踏み入れた。 


***


「もうさ、出ようと思うのだけれど。良いかな?」

暖炉の爆ぜる音も暖かな、綺麗に整った部屋だった。
従僕の入れてくれる紅茶に芯から温まり、ホッと一息ついていた雪妃には何の話か一瞬飲み込めなかった。

「おや、迎え撃つのは止めるんです?」
「うん。だってさ、やっぱり待つのはつまらないよ」
「ふふ。あちらは備えに余念がないですし、それでも良い奇襲にはなりますかね」
「え、もう攻めに行くってこと?」
「そうだよ。折角砦とかで固めてみたけどさ、中枢の天守を派手に壊す方が楽しいかなって」

小さくフォークに刺したシフォンケーキを笑んだ口に運ぶ。
唖然としつつもぱくりと頬張る手は止めない雪妃を、紫庵は目を細め見遣った。

「光の君も中枢から動けないしね。こっちから行ってあげようかなと思ったんだ」
「うむう…」
「哀れな女王も返してあげたのにさ、ユキちゃんを囲うだなんて許し難いね。そう思わない?」

ひと口食べただけで皿を引かせ、紫庵は丁寧に口元を拭った。勿体ない、とそれを眺めつつ、雪妃は甘ったるいクリームを掬い、フワフワした生地を大切に口に運んだ。

「という訳でさ、近々発つからね。君たちは智恩君たちと向かうのかな」
「どちらでも構いませんよ。それとももう今ここで、お終いにします?」
「あはは、勝永は怖いんだから。最後の一大イベントに水を差さないでよね。物事には順序というものがあるでしょ?」
「悉く乱してるのは紫庵さんだと思いますが。あなたのシナリオでは、あちらなんですね」
「うん。もう少し付き合ってよ」

たっぷりとした布地の華美な衣服を揺らし、紫庵はやはり笑んでいた。
出撃なのか、と雪妃は紅茶を飲み干す。未だ実感の湧かない戦が始まろうとしているのだ。こんなにも静かに談笑する中で、開幕を告げられるとは思いもしなかった。

「ユキちゃん、阿光は天守の天辺だろうし、僕もそこに居るからね」
「へ?う、うん」
「思うようにやってみてよ。せめて幕引きはさ、ユキちゃんの手でね。僕はいつもそう願ってるよ」

柔らかに髪に触れられ、雪妃は怪訝と紫庵を見上げた。
宵闇色を持つ双眸は笑んでいても、一抹の憂いを滲ませる。それが何に対してなのか分かるはずもなく、何でも話すと言うも不可解なままの儚げな美貌は、すぐにいつもの不敵な表情に戻った。

「出立はそうだな、次の朔の日にしようか」

従僕に合図し持たせた書類に、サラサラと筆が滑った。
言葉の出ない雪妃に苦笑を向けて、守ノ内は紅茶のカップへと静かに口を付けた。

「楽しみだね、今夜はこっちで休んでいきなよ。少し獣人たちを鼓舞しといて欲しいな」
「そうですか。少し減らしておいても良いんです?」
「フフ。ユキちゃんの前で出来るの?」
「周到な手回しです。お嬢さんには危険がないようにしてくださいよ」
「勿論さ。好きな子には意地悪もしたくなるけど、愛する人にはできないさ。勝永もまた、見失わないようにね」 

また夜に、と微笑み紫庵は陰りに消える。その先どこで何をしているのか。守ノ内は小さく息を吐き残滓を見遣った。

「どうします?残っても戻っても、どちらでも」
「うむ…みんなの顔も見たいし、取り敢えず行こっか」
「心得ました。あんな人の言う事、真に受けなくて良いですからね」

紫庵の言葉で辛うじて拾えたのは、愛が云々の辺りだけだった。雪妃は分かってるわいと肩を竦めて、守ノ内の前の皿までぺろりと平らげた。

従僕に礼を言って部屋を出ると、早速蒼念を捕まえる。
各砦の獣人たち、そして紫庵が穴と呼んでいた獣たちの生まれる奥深い場所へ。監視と護衛についてくれていたふたりにも挨拶しておきたい。
快く引き受けてくれた蒼念に運んでもらう事にして、厚手のコートに再び袖を通した。


***


北は玄武。どこか老人めいた雰囲気は、嗄れた声のせいなのかもしれない。
亀の甲羅を負い、巻きついた大蛇が毒々しい舌を覗かせる。その出で立ちに最初は緊張もしたものの、雪妃はやあやあと臆面なく歩み寄った。

「ゲンブちゃん、何か久しぶり」
「おお、聖女殿。お戻りでござったか」

不気味といえばその通りな玄武も、つぶらな瞳がパシパシと瞬く様は愛らしくも見える。

「戦を前に気楽なものでござるな。番と散歩でござるか」
「みんなに挨拶回りよ、急に発つとか言うからさあ」
「ホホ、宜しいな。紫庵様の庇護がなければ噛みちぎってやりたいそのお姿を見れば、皆もさぞ昂りましょうぞ」
「おいおい、喰わないでおくれやす」

カッカと笑う玄武は無遠慮にも眺め見る。造られまだ間もなくとも、この獣人の印象はただのセクハラオヤジだった。
ぬめるような手にまた尻を撫でられたくはない、と雪妃は距離をとって元気そうな姿を眺め返した。

「調子良さそうだね。あの、あんまり暴れず程々に」
「ぬるい事を申されるな。好きに喰らって良いと紫庵様から申し受けてござる」
「そうなの?平穏に、頼みたいでござるが」
「ホホ。うっかり気付かず聖女殿も、とならぬよう。ゆめゆめ油断めされるな」
「そこは気付いてよ、うっかりわたしもぶん殴るかもだからね」

祝福をと頭を下げるので、よく分からないままにつるりとした頭部を撫でる。ついでに触れた大蛇も、しっとりとした鱗を持ってうねっていた。

「お手は触れぬよう。私のですよ」
「ホホ。ご挨拶でござるよ、守ノ内殿」

がしりと掴まれたぬめる手は苦笑し臀部を諦める。いつの間に、と雪妃はじとりと玄武を見て一歩下がった。

「別に良いんだけどさ。急だとびっくりするから」
「私のです。良くはないです」
「あのね、拙者の尻。君のではござらぬ」
「フフ。次に行こうよ、まだ先は長いよ」

楽しそうに笑って蒼念が空間を歪ませる。やれやれと雪妃は玄武に手を振り、そちらへと滑り込んだ。

「聖女殿、ご武運を」

嗄れた声を遠くに聞いた。
移動は楽だが、この繰り返しだと胃にくるなあと、雪妃は目を伏せ船酔いに似た感覚に顔を顰めた。

続いて視界が開けると、先日中枢の元帥にちぎられ放題だった煌めく蒼緑色の鱗の姿が見えた。
セイリューちゃん、と玉座に鎮座する静かな青龍に声をかける。瞑目から顔を上げ、瞬いたつぶらな瞳が揺れていた。

「聖女殿、お戻りでしたか」
「やあやあ、元気?」
「は…先日は醜態を」
「いーのいーの、無事で何よりよ」

生真面目な獣人は未だ引きずっているのだろうか、握りしめる拳には硬く鋭い爪が食い込んで見えた。

「もうすぐ発つんだってね。えっと、無茶せずこう、穏便に、気合いで」
「聖女殿、情けなくもあれを滅するイメージが湧かず。ご助言を頂けませぬか」
「ええ…?パパだよね、あれはちょっと」

ちらと見上げた守ノ内は苦笑するばかりだった。雪妃はううむと唸って、さっぱり分からんと早々に諦めた。

「大軍率いても敵わなそうだもんね、容赦ないし」
「聖女殿を奪いにくるとの事。如何にお守りし退けるか」
「いやいや、大丈夫だよ。セイリューちゃんの身の安全を第一に、あんなの真っ向からは無理じゃない?」
「我らに無理という言葉はございませぬ。猛者とはいえ人間、持久戦が吉か」
「あれは放置して、他とやる方が良いですよ。あなた方では相手になりませんし」
「左様か。拘らず、仰る通りに」

やや渋くも答えた守ノ内へと、深々と青龍は頭を下げる。
祝福ね、と雪妃は艶やかな鱗を撫でた。

「紫庵さまと違うだろうけど、わたしはみんな無事であって欲しいから。無理はなくても無理しないでね」
「お心遣い痛み入ります。お二方の描く世界は違えど、終いは同じ。我らは違えず従います」
「お、おう。難しいね、兎も角無事で」

いつまでも硬く握られた拳に手を重ねて、雪妃はまたねと青龍の元を離れた。
龍の顔は表情も読み難いが、歪む景色の向こうに確かな決意を持って頷いたように見えた。

「大丈夫です?休憩を挟むか、跳んで移動でも良いですよ」

続いて南側へと開かれ、胃の辺りを摩る雪妃の背を守ノ内は支えた。
移動の負担もあるが、顔を見るだけと言いつつ幾許か気力も吸われているのだろう。

「そっか、この移動で疲れるんだっけ。気付かなくてごめんね、雪妃さん」
「大丈夫。気合いで慣れるさ」
「休んでからにしましょう。急ぎでもないんですし」

ふと顔を上げた守ノ内は、丁度良いのがと微笑んでみせた。

「良い休憩所がありましたね。疲れは取れないかもしれませんが」
「ん?こっち側、何かあったっけ」
「ああ、この岸向こうだったよね。じゃあ僕は、後で合流かな」
「砦は遠くないですし、穴とやらの移動だけ、また頼みますよ」
「了解です。済んだら呼んでください」

モコモコした雪妃を抱え、空色の髪が長く流れる様を蒼念は見送った。
中枢と大陸と、離れた印者と。それの随分と中間の、浮いた立ち位置になったものだと不思議にも思った。

「雪妃さんはどこについてるのかな、中立も大変だろうに」

ぽりと頬をかいて蒼念も光の残滓となる。待っている間に、少しでも仕事を片付けておこうと屋敷に向かった。まだ荒れたままの亜科乃の愚痴にも付き合ってやらねばだった。  

チラチラと雪が舞い始める。
ムカムカする胃に、冷たい風が心地良くも感じられた。


***


「もおおお、来てよ、すぐ来てよ!後回しにするなんて酷いんだからああ」

ぴょんと岸を越えた先、仮設小屋の扉を叩くとひとりで賑やかな童顔が現れた。
それと同時に響く黄色い歓声は、久しぶりにも感じる女性陣の反応だった。

「勝永が来るって、みんな張り切ってたのに来ないからさあ!もうね、ボクが悪いみたいで、悪くないのにい」
「すみません、用がなかったもので」
「なくても来るの!可愛いもっちがココに居るんだよ?それだけで十分な理由じゃないかあ」
「ふふ。そうですか、休みたいので静かにしてもらえると嬉しいんですが」

望月と部下の双子以外に居る存在に大概察しはついていたが、守ノ内は困ったように微笑んだ。
うっとりと見上げてくるのは五つもの顔だった。
綺麗なお姉さんだあ、と雪妃のテンションも上がるが、それより休憩をと隅に押し込まれる。暖房器具のない部屋は密集する皆の体温でなのか、ほんのりと暖かかった。

「あ、祐にはシーッだよ?仕事しないなら早く戻れってさあ、入れないんだから仕方ないじゃんねえ」
「おや、入れないんです?」
「すぐ具合悪くなっちゃうしい、お屋敷まで地味に遠いしい?砦から出てこないらしいけど、出てきたらめちゃ怖いじゃん!」
「うはは、もっちは何しにここに居るのかって感じなのね」
「そおなの!忍び込むのは得意なんだけどねえ、大陸は無理ムリ!何だっけ、ココに位置取るのがどうのって言っててさあ」
「ふふ。紫庵さん相手にどれほどのものかは知れませんが、プレッシャーというやつなんですかね」
「きっとそんな感じ!いやね、大陸の可愛いおねえさんと知り合えて良いんだけどさあ。何の成果もないって、祐とかルリさまとかが怒るでしょ?もお、帰るのも嫌になっちゃうんだもん」

ぷくと頬を膨らませ、望月は両脇の双子を抱え込んだ。美しい双子はペコリと同様に頭を下げる。

「リクちゃんレギちゃんも、こんな上司で難儀ですなあ」
「ふっふ、ボクたちは仲良しだもんねっ。でもさあ、ユキヒちゃんもあのバタバタした中でよく覚えてたねえ」 
「モチのロンよ。記憶さえあれば、かわいこちゃんズを早々忘れるものですか」
「ねーっ、ふたりとも可愛いんだあ。ユキヒちゃんも勿論可愛いよお」
「どうもどうも、この雪妃ちゃんは可愛いもんね」
「うんうん!休むって、疲れちゃってるの?癒やしのボクが添い寝してあげよっかあ?」
「わあい、かわいこちゃんと綺麗なお姉さんに囲まれた中で、安らかに眠れるのかあ」
「いけませんよお嬢さん。休むなら私の腕の中です」

とてもあれに横にはさせられないと、乱れたシーツを横目に守ノ内はにこりとする。
お布団が良いと唸る雪妃に脱いだコートを被せて、黒いシャツの袖をまくった。

「ねえねえ、今どうなってるの?」
「状況です?連絡はまだ来てませんかね」
「やあだあ、勝永とユキヒちゃんの話!ふたりとも戻って、またイチャコラ生活になってるの?」

窓を開けて換気をする守ノ内が満面の笑みとなる。何となく嫌な予感がして、雪妃は先に口を挟んでおいた。

「あのね、それよりアレよもっち。こちらの綺麗なお姉さま方は?」
「うんー?大陸のねえ、助けてくれるお姉さんだよお。みんな親切でねえ」
「おお、大陸のなんだ。魚屋のさっちゃんに続き、人徳だねえ」
「でしょお?もっと褒めてえ」

得意げな様子は愛らしいが、やっている事は褒められたものではない。そうとは知らずやんやと褒め称える雪妃に、守ノ内は苦笑を浮かべた。

「お邪魔はしましたが、巻き込まないでくださいよ。少し休んだら出ますから」
「えー?ゆっくりしていきなよお」
「そうもいかないんです。もっちさんもそろそろ、戻らないとでしょうし」
「ヤダヤダ!独り占めしないでさあ、ほら、お姉さんたちも勝永の事、待ちわびてたんだよお?」
「ふふ、無理を言いますね。私もね、もっちさんは斬りたくないんですが」
「げえ、やめてよ?勝永の冗談って笑えないんだからあ」

望月はふると震えて微笑む守ノ内の腰元を思わず見てしまった。幸い帯刀はしていないが、武器はなくとも、とよく知っている。
物騒な事を言っていても、構わず恍惚と見つめるばかりの女性陣も認め項垂れて、翡翠の髪がさらりと揺れた。

「お嬢さん、騒がしいですが回復するまでです」
「うむ…ちょっと目瞑ってても良い?」
「ええ。仮眠で戻りますかね」

隣に座り肩を抱くと、すぐに寝息も聞こえてくる。くすりと笑んで、守ノ内はその額に口付けた。
こもった空気も吹き込む風に大分緩和される。
朔の日まではもう暫くある。皆への挨拶とやらは止められないだろうし、せめて日を分けるべきかと、守ノ内は愛おしくも横顔を見つめた。

「守ノ内様、あの」

お手洗いだと言って望月と双子が揃って小屋を出ると、おずおずと綺麗どころが集まってくる。
首を傾げ見上げられ、ごくりと息を飲む音も響くようだった。

「お会いできて光栄です、その」
「光栄です、本当に」
「ご活躍は遠く大陸にも。写真よりもっと、ずっと素敵なんですね」
「こちらでお過ごしになりますの?精一杯、ご奉仕させて頂きますわ」
「どんなのがお好きなのかしら、不慣れですけど、ご希望に添えるか」

被せるように口々に言葉を紡ぐ女性陣へ守ノ内は目を瞬かせる。
にこりとする整った顔は口元に指を当て、寄りかかる隣にこつりと肩を寄せた。

「お静かに願います。愛しい人がお休み中なんです」

くらりと足元も揺らぐようだった。
頬を朱に染めた女性陣はニ、三歩後退りその場にへたりと座り込む。
熱い視線はそのままに、静かにはなった。守ノ内は雪妃の肩にかけたコートをかき寄せ目を伏せた。

勝手な真似に出る周りには辟易としてしまうが、甘んじて受け入れ何とかしようとする姿が常に見られた。
そこは尊重しつつ、もしも道を見失ってしまった時の支えになれればと思っていた。煩わせるような存在の排除も含めて。守ノ内は改めてそう反芻した。

少しして雪妃は仮眠から目覚める。
やや離れた位置でほわんと夢心地で居る女性陣と、無邪気にもくっついて眠る白服の三人の姿があった。
守ノ内も寝てしまったのだろうか。俯く長い髪の中を覗き込むと、空色の双眸は優しく細まった。

「おはようお嬢さん、大丈夫そうです?」
「おはよう。大丈夫よ、ありがとね。続き、行こっか」

ぐぐと伸びをして雪妃は笑んだ。
出会った頃から変わらない、それでもずっと惹きつけて止まない笑顔だった。
他人のそれぞれにぼんやりと見える色みは、雪妃は相変わらず無色であった。しかしそれを中心に、世界は鮮やかに色付いて見える。あの日から眩しくて、急に己も息を吹き返したように感じられたのだ。

「ええ。どこまでもお供しますよ」
「いや、続きだからね。どこまでもは行かないよ」
「ふふ。そういう心構えなんです」

かけていた暗色のコートを肩に返され、守ノ内は微笑み雪妃を抱きしめた。
漸く手応えを感じるようになったが、この如何ともし難い想いは、どうやったら全て伝わるのだろうか。

「愛してますよ、雪妃」
「うむうむ。有難き幸せ」
「違いますよ、そろそろちゃんと聞かせてくれるんじゃないです?」

ツンと鼻先をつつく指に、雪妃は守ノ内の頬を両手で思いきり潰してやった。

「あのね、今ここで?」
「愛を示すのに、時と場所なんて関係ありませんよ」
「TPOなんて言葉もありましてですね」
「そうですか。それで、どうなんです?」

頬の手を取り唇を寄せて、守ノ内は笑みを深める。うぐうと詰まる雪妃がとさりと胸に倒れ込んできた。

「強情なお嬢さんです。少し溶かしてやらないと、素直に出てきませんかね」
「いえいえ、勘弁してください」
「ふふ。あちらだととても素直なのに」
「君ね、またそういう事を」

べしりと殴った後に、雪妃はきゅっと回した手で守ノ内の背を握った。
恍惚と見つめるお姉さま方には申し訳なく思いつつも、この男の温もりが一番、精神的な疲れに効くようだった。

「勝永さんよ、もう蒼ちゃん来るの?」
「ええ。そのうち来るはずです」
「そっか。宜しい、それまでもう少し、このまま」

胸に埋もれる雪妃を守ノ内は愛おしく抱きしめる。良い所で邪魔が入るのはいつもの事だが、ひとつずつ片付けていけば良い。そう思って顎を掬い、唇を重ねた。

小窓から入る風が足元を冷やす。
やめんかと抗う雪妃と、にこりとして迫る守ノ内と。白服三人は未だスヤスヤと眠っていた。
入って良いのかどうなのか、呼ばれ来て外から様子を伺う蒼念もまた、困ったように苦く笑うしかなかった。
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