魔王な悪役令嬢はハッピーエンドに立ち向かう！

12 攻略難度

　何処からともなく立ち込めた黒雲が空を覆い、雷鳴が轟いた。

　あれは……《心醒魔法マギア・ノヴァ》⁉︎

　《心醒魔法マギア・ノヴァ》。作中において主人公と親密度の高い攻略対象者一人とで力を合わせて紡がれる魔法であり、悪役令嬢ティアラ=ヴィドフニルを倒す切り札ともなるものだった。
　ゆえに本来単独で放たれたアレに対して《心醒魔法マギア・ノヴァ》と呼称するのは誤りなのだが、それでもあの魔法が主人公アンナ=レイヴァテインと魔法属性《雷》を有すリグル=アンデュークが放つ《心醒魔法マギア・ノヴァ》の演出に酷似していた。

　……一人でアレを撃つだなんて……オルセル騎士も十分にチートじゃない⁉︎
　今の私じゃ精霊を喰らうだけじゃあの魔法を防げそうにもないし……。

「ーーーーー《雷撃ライゲキ》」



　◇



「あーもう‼︎　なんなの⁉︎　ほんとあり得ないでしょ⁉︎　お父様なんか大っ嫌い‼︎」
「いつまで引き摺っているのですか？　もう1週間も前のことですよ」
「まだ1週間よ⁉︎　1週間前なんて1時間前と大差ないでしょ⁉︎」

　あの後の顛末。それを簡潔に述べるなら『決着はつかなかった』、その一文で事足りる。
　もう少し言葉を添えるとするなら、『お父様に邪魔されて』となる。

　オルセル騎士の放った《心醒魔法マギア・ノヴァ》、もとい《雷撃》はヴィドフニル領全体を覆うほどに広範囲に展開されていた。お父様は領民や使用人、そして家族の身を危険に晒す事はできないと、オルセル騎士の魔法を見事に綺麗さっぱりと消し去ったのだった。
　そんなお父様の行動を咎める事など出来はしないし、むしろ褒められて然るべきと思っている。それでも盛り上がっていた所に水を差され、やりきれない想いが胸に残り、今に至る。

「旦那様よりお聞きしたのでしょう？　アンデューク様のあの魔法は本来禁術であったと。あれは王都に危機が迫った場合、それこそドラゴンの襲撃を受けるような事態にのみ発動を許されたものであったと」

　……盛り上がっていたから、では済まされないレベルのやらかしだ。それに関してはまったく擁護できないが、それでも今回、そこはお父様のおかげと言えばいいのか、魔法発動まで至らず、オルセル騎士はしばしの謹慎を言い渡されただけで済んだみたい。

「分かってるわよ、それぐらい。お父様が悪くないって事も……でも、でも……」
「……本当に分かっておられますか？　あの魔法はドラゴン討伐用の魔法なのですよ？　そんなものがお嬢様に向けられていただなんて……考えるだけでも恐ろしいです」

　フリージアの言いたいことも分かっているつもりだ。あまりの凄まじい威力から禁術とされた魔法を受けて、無事でいられるはずなんてないのだからーーーーー魔王な悪役令嬢ティアラ=ヴィドフニルを除いては。

　決して強がりからではない。
　悪役令嬢ティアラならば、常人の理解を意図も容易く超える事が出来る。精霊を喰らった後、二日ほど熱に侵されるような多少のリスクはあるものの、悪役令嬢ティアラなら、あの場面において奇跡でも偶然でもなく、当然のように無傷でいられた。

　……まぁ、いいわ。
　オルセル騎士との手合わせ自体は有益だったし、なにより最後は剣術ではなく魔術だったわけだから、私としても目的は果たせたと言っていいでしょう。
　本来魔術のみで戦闘を行なう悪役令嬢ティアラが、剣術で闘うことも覚えた。それはきっと主人公アンナ達との闘いにも活きてくるはずよ！

　待ってなさい！　アンナ=レイヴァテイン！　今回のゲーム難易度は強制【Nightmare攻略不可】よ！　覚悟なさい！