魔王な悪役令嬢はハッピーエンドに立ち向かう！

20 神子

　ダークスが放った黒い球体は、いくら躱してもその軌道を変えて対象ティアラへと迫り、十数秒の抵抗虚しく、魔法はティアラに命中した。

　……やっぱり避けきれなかったか。

　視覚、聴覚、嗅覚の遮断。そして魔力干渉による探知系魔法の妨害。
　自分以外の存在が消えてしまった様な無の世界にティアラは放り込まれた。

　作中じゃ《暗黒玉ダークスフィア》に限らず、切り札となる《心醒魔法マギア・ノヴァ》の大半が必中技だった。だからダークスがあの魔法を放った時点でこうなる事は鼻から決まっていたようなもの。
　それにしても、まさかこうも早く《心醒魔法マギア・ノヴァ》の一端に二度も触れる事になるとは思わなかったわ。騎士団長オルセル様の《雷撃》に、ダークスの《暗黒玉ダークスフィア》。それらがなぜ主人公を介さずに放たれているのかは謎だけれど、今は現状を打破する方が先決ね。

　何も視えないし、何も聴こえない。
　果てには気配さえ追えず、孤独感に苛まれ頭がおかしくなりそう。
　この魔法が5ターンで効果切れする事を知っていなければ、パニックに陥っていたかもしれないわね。

　……ゲームの5ターンが現実で何分になるかは知らないけど、それまで防御魔法で防ぎ続けるのが最善なのよね……実際、悪役令嬢ティアラもこの魔法を受けた場合は強固な結界を張って時間稼ぎをしていたし、でもーーーーー今のティアラは聖痕が無いから体外へ放出する魔法を使えない。というか、そもそもこの世界では聖痕を通さず自身の内でのみ完結するものを魔法とは呼ばない。だから《身体強化》だったり《自己治癒》の類は技能スキルと呼ばれる。それは《自己支配》も同様に。
　以前、テルミッド教官と試合した時も体外へ魔力を放出しない《自己支配》以外は不発だったし。

　……………これは彼らを侮った私の失態ね。これ以上目立つ事はしたくはなかったけれど、それでもーーーーー敗けるわけにはいかないのよ‼︎



　◇



「ーーーーーティアラ様⁉︎」

　訓練場の一角で静かにティアラを見守っていたキュニー=グリフォードが、魔法を受けた彼女を見て思わず声を上げた。

「落ち着きなさい。あれは相手の行動を制限する魔法のようだ。攻撃を受けたわけじゃない」
「……そうなのですね」

(だが、これで決着は着いただろう。いくら神童と呼ばれようと、魔法が使えるのと使えないのでは圧倒的な戦力差がそこにはある。幼き身でありながら騎士団長に力で勝まさり、引き分けへ持ち込んだティアラ嬢の魔力量には驚嘆するが、自惚うぬぼれが過ぎたようだ)

　キュニーの祖父、クロウ=グリフォード伯爵は心配そうな表情でティアラを見つめるキュニーの頭を優しく撫でた。

「後でティアラ嬢を慰めてやるといい。お友達としてな」
「……どうしてですか？」
「どうしてって、それはーーーーー⁉︎」

　突拍子もない不快感、嫌悪感、そして恐怖が場を呑み込む。
　クロウ伯爵を含めたその場の全ての大人が反射的に臨戦体勢をとったものの、誰一人としてそれ以上は動けなかった。身体の自由を奪われ、息をする事さえ慎重になる。

(……なんだ……⁉︎　なにが起きた……⁉︎　それにこの恐怖は、何処から……………まさか)



　ーーーーー聖痕が無いから魔法が使えないなんて、そんな一般概念を捻じ曲げろ‼︎

　神子は肉体と魔力の親和性が極めて高いから聖痕を介さず魔力を放出できる。
　反対に凡人は自身の肉体が障壁になり、魔力放出が実質不可能とされている。もし無理やり魔力を放出しようものなら、身体中に激痛が走り悶え苦しみ、最悪肉体が弾けて命を落とす事にもなりかねない。

　上等よ‼︎　幸せが簡単に掴めない事ぐらい、私は知っているわ‼︎

　スキル《自己支配》による肉体強化と痛覚の遮断。そして《精霊喰い》による常時魔力回復からの、魔力最大放出‼︎

　非効率極まりない自爆覚悟の魔力放出……その名も。

ーーーーー【神子姫ベース・オラクル】‼︎