Silent Voice ~告白の行方~

マスカレード 

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トラブル

Silent Voice ~告白の行方~

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「ごめんなさい。私が間違っていました。スペルバーグ監督」

 なに? スペルバーグ監督だ? 
 祐樹がバッと後ろを振り向くと、世界に名を知らない者がいないのではないかと思われる映画監督が、成美に向かって分かればいいと頷いている。

 スティーブが被っているのは、商品名が【Big Shot大物】という変装用のマスクで、祐樹が監修して、スティーブの会社で製造販売したパーティーグッズだ。
 マスクには完全にかぶるものと、お面のように装着するものがあるが、この商品は後者で耳までを覆う。脱着が簡単なことや、まつげや眉毛の質感までも本物そっくりに作ってあることが消費者にうけ、結構高価なものであるにも関わらず、売れゆきは上々らしい。

 祐樹が手掛けるということで、セレブから顔を貸してあげると連絡をもらったこともあった。 
本人に成りすまして悪事を働かないよう、片頬に【Look‐alikeそっくりさん】と刻印されているはずなのだが、スティーブは特殊メイクの技術を学んでいるため、口が動くように加工して、刻印まで消してしまったようだ。

 お~い。スティーブ! 如月成美が騙されたって騒ぎ出したらどうするんだ? 

 祐樹が頭を抱えた時、席を外していた佐藤ディレクターがホールの先から戻ってくるのが見えた。祐樹たちと一緒にいるスペルバーグ監督に気が付き、小走りで近寄ってくる。
 よく見れば作りものと分かるはずなのに、佐藤もすっかり騙されてしまったようだ。

『スティーブ。引っ張るなよ』

 斜め後ろに立つスティーブに小声で言うと、スティーブが了解の印に親指を立てた。
 きっとマスクの下では笑っていることだろう。そうこうするうちに、佐藤がやってきて、片言の英語で挨拶をして握手を求めようとする。
 その手を制し、マスクを外したスティーブを見て、周囲から変装だったのかと驚きの声が上がった。

『これは僕がユウキに頼んで型を作ってもらった著名人のマスクです。ハロウィーンだけでなくパーティーでも大活躍するので、わが社では、年間を通して売れ行きが良いヒット商品なんです』

 意訳無しのミッシェルの日本語を、興味深げに聞いていた佐藤ディレクターは、躊躇いがちにマスクに手を伸ばした。

「ちょっと見せてもらってもいいですか。うわ~っ。よくできてるな。あとで装着したところをカメラで撮らせてください。真野祐樹さんは、本当にすごい技術をおもちなんですね」

「いや、俺は型を提供しただけですよ。マスクを製造したのはスティーブだから、褒めるのはそっち」

 シリコン製の高級マスクだけあって、肌に自然な艶があり、遠目でみれば本物に見えないこともないのだが、大量生産のマスクは所詮おもちゃだ。それをすごい技術と言われるのは、ちょっと違う。
 祐樹の心を見透かしたように、亮来が佐藤ディレクターに声をかけた。

「佐藤ディレクター。これを最高だと思っちゃだめですよ。俺は祐樹がこちらで活躍し始めたころから、記事や画像を集めている熱狂的なファンなんです」

「ああ、二人が大学の同級生だったことは山口から聞いてますよ。ファンでもあったのですね。それは長い間片思いされていましたね」

 多分、亮来と祐樹が仲たがいしていたことを、山口から聞かされているのだろう。だが、亮来の秘めた想いを知らない佐藤は、真理を突いているとも知らず、揶揄で盛り上げ、仲直りのチャンスを作ろうとする。
 どきりとした祐樹に対して亮来の方は、祐樹に受けいられた余裕からか、一瞬ニヤリと笑ってから佐藤に同意した。

「ええ、本当に長い片思いでした。祐樹の手掛けた作品が映画でアップになった時に、毛穴や皺までがまるで本物のように再現されているのを見て、本当に感嘆しました。見事すぎて、恥ずかしながら画像処理もされているのではないかと思っていたんです」

「普通は都合の悪い部分は映像処理するからね。何、違ったの?」

「それが昨日、祐樹のオフィスで生写真を見て、加工なしでも完璧なことが分かりました。もう、あまりにも美しい出来栄えに感動して、祐樹のことが誇らしくてたまらなくなりました。例え両想いにならなくても、一生追い続けるぞって決心したぐらい素晴らしい作品でした」

 亮来の言葉はどんどん熱を帯びていく。ファン心理だけではない愛情を、みんなの前で告げられて、祐樹の心臓がドクドクと脈打ち、耳から頬へと熱が広がっていく。
 煽るだけ煽って俺をその気にさせるくせに、過密スケジュールで抱き合うことも叶わないまま、明後日には離れ離れになるんだぞ。一体、どんな拷問だ? 
 ムスッとした顔で、亮来を睨んでやったら、佐藤のしどろもどろの声が割り込んだ。

「あ、あの真野さん。こんな風に熱いラブコールをされたら、真野さんの心も融けますよね?ねっ?」
 窺うようにこちらを見る佐藤に、祐樹が笑顔で頷くと、傍から見ても分かるぐらいに佐藤はほっとした表情になった。

「あっ、ちょうどクルーが来たようです。さぁ、移動しますか」

 撮影上の支障がなくなったと知って、佐藤が快活に場を仕切ろうとした時、沈黙を保っていた厄介成美ごとが再び口を開いた。

「あの、佐藤ディレクター。私も同行してはいけませんか?」

 その場にいた全員がさりげなく視線を交わす様子に、佐藤は困ったように腕を組んで小さく唸った。

「その……如月さんの事務所に問い合わせたのですが、マネージャーがこちらに向かわれるそうです。一度連絡をして頂けませんか?」

 あ~、やっぱり訳ありか。祐樹は亮来と視線を合わせ小さく頷き合う。
 正直、今は亮来との間を邪魔されたくはない。ようやく誤解が解けて、長い間凍結されていた亮来への気持ちが、熱く息を吹き返したところだ。
 演技する者の方が上だと思っている成美には、先輩面して間違った観念を亮来に吹き込んだり、粉をかけるようなことはして欲しくなかった。

 例え亮来にその気がないとしても、傍にいられない分、成美の自由さに警戒心と不快な感情が湧き上がる。
 自覚しないうちに表情がきつくなっていたのだろう。成美が祐樹を見てピクリと肩を震わせ、次の瞬間がガバッと上半身を折って頭を下げた。

「さっきはすみませんでした。思い上がっていました。私、今やっているドラマのヒロインのことで、SNSで批判的なことを書かれて、自分に自信がなくなってしまったんです。必死で対面を保とうとして大きな口を叩いてしまい、皆さんに嫌な思いをさせてしまいました。本当にごめんなさい」

 成美は日本人スタッフにも頭を下げた。
 慌てふためくスタッフから許しを得ると、また祐樹の方に向き直り、謝罪を繰り返す。
 こうなるとさすがの祐樹も、強い態度では臨めなかった。

「もう、いいよ。人気が出れば出る程、注目を浴びるし、作品や役だけじゃなくて、本人の性格や言動に興味を持たれるから気を付けて。本来裏方のはずの俺だって、常に好奇心の目を向けられるんだからね。役のイメージと結びつけられる役者なら尚更だ」

「肝に銘じます。ご指導をありがとうございました。本当は皆さんとご一緒したかったけれど、ご迷惑をかけるといけないので、我慢します。テレビで見るのを楽しみにしていますね」

 祐樹はホッとすると同時に、さっきは年下の女の子のわがままに対し、きつく言い過ぎたのではないかと少し反省した。
 だが、その気持ちは、成美が亮来にすり寄って、背伸びをしながら耳打ちする姿に揺らぎ、漏れ聞こえた内容で瞬殺された。

「ね、上手く切り抜けたと思わない? 自分が正しくても意見が通らないときは、引くことも大事なの。成り上がりやプライドが高そうな人の前では、謙虚に振舞うのが効果的なのよ。参考にしてね」

 食らった衝撃が強すぎて、祐樹と亮来は、じゃあねと手を振りながら成美が去っていくのを、銅像のように突っ立ったまま見送るしかなかった。
 日本人スタッフと佐藤は、少し離れていたために、今の言葉は聞こえなかったようだ。
 もう一人、かろうじて内緒話を聞き取ったミッシェルが、大きな目をさらに見開き、口笛を吹く真似をした。

『人魚姫の童話には、悪役令嬢は出てこないと思ったんだけど、人食いザメが潜んでたみたいだ』

 状況を訊ねるスティーブに、ミッシェルが苦笑いしながら語り始めたが、ふと思いついたように祐樹の方を振り返る。

「そういえば、ナリアガリって何?」
「うるさい! 俺のことじゃないから、知らなくていいの! ほら、クルーたちと合流してランチに行くぞ」

 どかどかと足を踏み鳴らしながら先を行く祐樹のあとを、みんなが追いかけていく。
 亮来だけが、考え深げに成美の去った方向を見ていたが、祐樹の呼びかけに応えて、その場をあとにした。


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