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soft-boiled egg(半熟卵)
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北斗はどうやって話をもっていったらいいのか焦っていた。
運転をしている拓真は、ひじょ~~~に機嫌が悪そうだ。
それはそうだろう。提示した金額の倍以上を払うほど、北斗の人形を気に入ってくれたのに、研吾の話ではエレベーターで、ラグビーよろしく拓真にタックルをかまし、ボール代わりに、人形の箱を奪って逃げたという。そのうえ、北斗がその犯人を、拓真の目の前で逃がしたのだから怒って当然だ。
七星が拓真だと知らずに階段で追い抜き、後から気づいて顔色を変えたことから、七星と拓真は一階分違う非常扉から入ってきたと考えられる。拓真は七星よりも先に階段に居て、一部始終を見ていたことになる。
もし、自分が拓真の立場だったら、人形を奪ったのは知らない奴だったと七星に言うのを聞いた時点で、カッとなって嘘を言うなと怒鳴りつけていたかもしれない。その点では冷静な判断をしてくれた拓真に感謝しなければいけないとは思う。
ちらりと運転席を横目で窺うと、拓真が気配を察したのかじろりと睨む。怖すぎる!北斗は竦み上がった。
紳士的で、穏やかな男だと思っていたら大間違いだ。こいつは中身が肉食獣だ。大型犬はめったに吠えないが、本気で怒らせたら、飛びかかってきて、大きな身体で押さえつけられ、がぶりと噛みつかれるのがおちだ。
何か良い言い訳はないだろうか?と北斗がぐるぐる考えている間に、成瀬美容整形外科クリニックに着く。ガレージのドアが自動で上がって、真っ暗な中に車が進むと、シーリングライトが付き、奥に住居への入り口があるのが見えた。
「降りろ」
相変わらずの命令口調にカチンときたが、今は相手を刺激するのは得策じゃないと堪え、喉まで出た文句を飲み込んで、車のドアを開けて外に出る。そのまま、拓真の後に続いて、住居へと入っていき、全面鏡のシューズボックスや収納扉の横で、スリッパに履き替えた時、北斗は拓真の美容整形外科医という仕事と、鏡に映った自分の顔を結び付け、ふとあることを思いついた。
謝罪した後、相手が許してくれそうな雰囲気であれば、訊ねてみるのもいいかもしれない。
北斗は建物の面積から、一階はほぼ病院の診察室と待合室に当てられているのだろうと考え、頭の中で図面を展開した。
ICという職業柄、初めて入る建物には興味が湧く。通路の先にあるドアが院内に通じていそうだと覗き込むと、拓真に階段を上がるように促されて、二階のリビングへ連れていかれた。
ハイセンスなリビングを目にした途端、北斗は目を見開いて、歓声をあげた。
広々とした白い模造大理石の床は、幅広い窓の外のルーフバルコニーへと繋がって、空間を大きく見せている。バルコニーに作られた庭に向かって、三人掛けと二人掛けの大きなダークグレーの革のソファーが角を作るように配置されていた。
サイドボードの幅に合わせて、天井から床まで、グレーベージュの色を基調とする表面に凹凸のある石調タイルが貼られていて、広い面積の壁に、品の良いアクセントを添えている。シックで贅沢な空間に、IC魂が刺激され、北斗は、当初の目的を忘れて見とれてしまった。
「すごい!何て大人リッチな空間!これぞ男の城だよな」
感嘆しながら、北斗はタイルに触れたり、作り付けのマントルピースを覗き込んだり、目をきらきらさせて、あちこちに移動する。
「お前、いい度胸だな。泥棒を逃がした上に、家主の前で早くも次のお宝探しか?」
背中から、不機嫌この上ない声を浴びせられて、北斗は背筋を伸ばし、気を付けの状態で回れ右をすると、そのまま垂直に身体を折り曲げ、すみませんでしたと謝った。
「謝って許されることではないと思います。人形は今から損傷がないか確かめます。その上で頂いた代金を全てお返ししますので、今回のことは公にしないで頂けませんか?」
「いやだと言ったらどうする?」
「へっ?」
「へっ?じゃない。どうもお前と話していると調子が狂う。二人になった途端に、妹の旦那を寝取ったように、色仕掛けで俺を黙らせようとするかと思って、懲らしめてやるつもりだったのに」
色仕掛け?と北斗は首を傾げ、意味が分かった途端に、持っていた箱を落としそうになり、慌てて抱え直すと、ソファー前のローテーブルに置いた。
「期待はずれで悪いけれど、俺にはそんな趣味はない。研吾とのことも誤解だ」
「だったら、どうしてあの男は、お前の人形を俺から奪った?お前の顔は特別だと言っていなかったか?」
痛いところを突かれて、北斗は答えに窮した。今まで本人から、はっきりと告白されたわけでなく、あの時に初めて言われた言葉を、どう説明すればいいのか迷う。
「俺にも分からないんです。あんなことをするなんて思ってもみなくて、俺も驚いたっていうか……」
「信じられないな。お前とあの男はできているんじゃないか?だから、七星さんに知られないように逃がしたんじゃないのか?」
「違う!そんな関係じゃない!」
拓真が本当かなと言いながら一歩近づくと、北斗が思わず後ろに下がる。ククッと喉で笑われ、負けるもんかと睨み返すと、再び拓真に顎をつかまれ上を向かされてしまった。
「その顔は、逆効果だ。怖くもなんともない。征服欲を掻き立てられるだけだ」
パシッと拓真の手を叩き落とし、北斗は拓真をもっときつく睨んで言った。
「俺に手を出したら、あんたがゲイだって患者たちに言いふらすぞ」
「そうしたら、誹謗中傷で訴えようか。警察が間に入って困るのはどっちだ?それと、言っておくが、俺は色仕掛けをする患者にはゲイだとにおわせているから、効果はないぞ」
北斗は、研吾とは何でも無いことを、どうやって証明すればいいのか必死で考えた。
だが、額に手を置きこめかみを揉んでも、上を向いても、下を向いても、いい案は浮かばない。目を左右にウロウロさせていると、北斗を眺めていた拓真が、百面相だなと言って、初めて本当の笑みを浮かべた。
北斗の渋面が、拓真の笑顔につられて解れていく。笑顔は人を惹きつけるが、敵対関係にあった男の笑みは格別で、顔の造りがいいだけに、北斗は妙な胸の疼きを覚えてうろたえた。
急に眼をそらした北斗を、観察するように眺めていた拓真が、思案気に腕を組み、片手で顎をなでながら提案する。
「お前が潔白だと確かめる方法が一つある」
「ど、どんな方法だ?」
警戒心もなしに、北斗が食いついたのを見て、拓真がまたクックッと喉で笑った。
「外見と中身が違い過ぎるな。口を利かなければ、お前は装飾されたファべルジェの卵みたいに、美しくて硬質に見えるのに、中身は加工もされていない半熟卵だ」
「う、うるさい!余計なことはいいから教えてくれ。どうすればいい?」
拓真がにやりと笑いながら、ゆったりとした仕草で三人掛けのソファーに腰かけ、自分の横をパンパンと軽く叩いて、北斗にここへ座るように態度で示す。
「人を犬みたいに呼ぶなよ」
むすっとしながら北斗が横に腰かけると、拓真がとんでもないことを言い出した。
「俺にキスをしてみろ」
「はぁ?」
「はぁ?じゃない。男とそういう関係じゃないかどうか、キスの仕方で分かる。言ってみればリトマス試験紙の代わりだ」
リトマス試験紙って懐かしい響きだなと北斗は思いながら、ちょっと待てよと言われたことを考えた。目の前に拓真の顔がある。男っぽい顔だ。視線を下に移動させ唇を見る。
途端に思考が停止した。というか、ここに、キ、キ、キス?と固まってしまったのだ。
「できるか!男にキスなんて、できるわけないだろ!」
「あの男に操を立てているのか?」
拓真が冷たい視線を向けるので、北斗はとんでもない言いがかりだと食ってかかった。
「よ~し、キスすりゃいいんだろ?それで、潔白だと分かったら、研吾のことを公にしないで許してくれるんだな?」
「ああ、人形も手元に置くし、代金も返してもらわなくてもいい」
「ううぅ……。くっそ。顔こっち向けろ」
「お前、恋人とキスをするときに、そんなに色気がないのか?」
「あんたは恋人じゃない。真実を証明するための実験キットだ」
そうは言ったものの、横に座った拓真がこちらに顔を向けているだけでは、キスなどできるわけがなく、仕方がないので、北斗は右手を拓真の後頭部へ伸ばして引き寄せた。
拓真の方が上背があるので、北斗が上向きになるが、今まで女性にキスをするときには自分の方が下を向いていたので、どうもポジションが気に入らない。
身体を拓真の方に伸ばして、首に縋りつくようにすると、一気に唇を合わせた。
「どうだ?」
すぐに唇を放して訊ねると、拓真が首を振る。
「こんなんじゃ分からないな」
やけになって、もう一度口づけけると、北斗の腰に拓真の腕が回って抱き寄せられた。
「んんっ……」
慌てて、身体を放そうとしたが、がっしりとホールドされて動けない。それならと首を逸らすが、拓真の唇が追ってくる。あまり仰ぎ過ぎて首がだるいと思った時、拓真の手が北斗の頭を支え、そのまま後ろに倒された。
あっと口を開いた隙に、拓真の舌が入ってきて、口蓋をなぞってくる。北斗は背中にぞくりとするものを覚え、慌てて拓真の背中をバンバン叩いて、放すように促した。
「何だ、もうギブアップか?」
「お、お前、男相手にベロちゅうするなよ!それに、な、何がギブアップだ!背中叩いただけだろう」
「じゃあ、まだ降参じゃないんだな?」
そう言って、拓真の唇がまた迫ってくる。北斗が急いで横を向くと、鼻で笑うのが聞こえ、いきなり耳をかじられた。びくんと北斗の肩が揺れる。
「うわっ!何するんだ!やめろよ」
北斗が耳を抑えながら正面を向くと、待ってましたとばかりに、拓真にくちびるをついばまれ、既に占領済みの領域に、遠慮なしに舌をこじ入れてくる。
「ん~っ」
歯をくいしばろうとしても、頤を掴まれて口を開かされ、唇と歯の間をくねるようになぶられ、息が苦しくて浮いた舌を拓真の舌で絡めとられて、ジュッと吸われた。
やばい、こいつキスが上手すぎる。
「…んっ…ぁ」
何で俺、こんな喘ぐような声出してんだ?それにこの体制は、女を絶対に落としてやろろうと決めたときのホールドだろ?逃げられないようにどろどろに感じさせて、抵抗する気力を失わせてようって思った時の‥‥‥
やばい。早く抜けださなくては!
めちゃくちゃ癪に障ったが、北斗は降参の意味を込めて、拓真の背中を力一杯バンバン叩いた。
痛いなと拓真が顔を放したのを狙って、拓真の顎を片手で押して上を向かせる。
「いつまでも舌入れてるんじゃねぇよ!で、結果はどうなんだよ?俺はノンケだってわかったろ?」
顎に当てられた手首を掴んで、拓真が北斗の頭の横に縫い留める。もう一方の手も捕まれて、顔の反対側に押さえつけられた。
キスの余韻で上気した頬と、息苦しさで目じりに涙が溜まった顔で見上げる北斗は、本人には分からないが、壮絶に色気があり、拓真が思わず喉を鳴らした。
「いや、お前はノンケじゃない。本当のノンケはゲイ相手にキスなんてしない」
「言いがかりだ!弱みを握られていたから従ったんだ。放せよ!俺はゲイじゃない」
足と腰の力を使って、拓真を振り落とそうとしたときに、拓真が北斗の足の間に膝を割り入れて、そのまま股の内側を這い上り、北斗を刺激した。
「あっ……や、やめろ」
北斗が身体を捻って逃げようとするが、余計に深い部分で拓真の脚を挟んでしまい、柔らかい部分を揺すられて、もろに振動を受けた。
一番弱い部分をやわやわと撫でまわすように揉みこまれ、絡みあった脚に引っ張られたパンツの前立てが、拓真の動きに合わせて、形を変えつつある部分を上下に擦った。
「やっ……やめてくれ……あ……」
掠れた声が自分のものとは思えず、恥ずかしさでカッと頬が熱くなる。悔し紛れに睨みつけたら、唇をがぶっと噛みつくように食まれた。
女を愛撫する時のように、優しさやムードのかけらもないのに、むき出しの雄の欲望に煽られて、北斗は自分を見失わないように頭を左右に振った。
拓真がチッと舌うちをして、両肘で北斗の顔を固定すると、いい加減に煽るのをやめろと、とんでもないことを言う。
拓真の顔は表情が削げて、恐ろしいほど真剣で硬くなっている。この顔は知っていると北斗は思った。
欲情を暴走させないように必死で自分を抑えている顔だ。抱き合うために入ったブティックホテルで、鏡に写った自分の怖いくらいの表情を思い出し、それが拓真の顔に重なった。
食われる!
戦慄を覚えると同時に、ずくんと腰が疼き、前がタイトになった。
今の状態を知られたくなくて、斜めに傾いだ身体をもっと捩じろうとすると、拓真に膝を掴まれて、横臥した身体を簡単にあおむけにされた。前立てを押し上げている欲望の証を、拓真が黙って視姦するのに耐えられず、北斗は必死でもがいた。
「み、見るな!」
「まだ、俺は直接触れてもいない。なのにどうしてこうなっている?」
するっと指を這わされて、北斗の腰が跳ね上がった。
「触んなよ!変態!俺は女じゃない。お前なんかに抱かれたくない!」
「じゃあ、俺を抱くか?」
「そういう問題じゃない。放せよ!お前なんか抱きたくない」
「俺は、お前を抱きたい」
行くてを全て塞がれて、身動きができなくなった気分だ。何で俺がこんな目に?研吾といい、こいつといい、人を性愛の対象にすんなよ!このまま好きにさせて堪るかと思った時に、ハッと閃いた。
ここに来た時に浮かんだアイディアを、こいつの欲望を利用して、実行させればいい。
「なぁ、俺のどこがいい?」
「第一印象は顔だな。ポーセレン人形を見て、人形だと分かっていても、こんなに美しい顔があるのかと感動したよ。実物を見てみたくて、購入を持ち掛けた」
「そういうことか。なら、あんたの母親が、あの人形を欲しいと言ったのは嘘だな?」
「ああ、さすがに、男の俺が欲しいと言ったら警戒されるだろう?おかげで、ハプニングはあったが、こうして本物に会えた」
拓真が目を細めて大切なものを慈しむように、そっと北斗の頬を撫でるのをやり過ごし、北斗は取引を持ち掛けた。
「抱かれてやってもいい。だが条件がある」
「偉そうに!聞けるかどうかは分からないが言ってみろ」
北斗が出した案を聞くうちに、拓真の顔色が変わった。
運転をしている拓真は、ひじょ~~~に機嫌が悪そうだ。
それはそうだろう。提示した金額の倍以上を払うほど、北斗の人形を気に入ってくれたのに、研吾の話ではエレベーターで、ラグビーよろしく拓真にタックルをかまし、ボール代わりに、人形の箱を奪って逃げたという。そのうえ、北斗がその犯人を、拓真の目の前で逃がしたのだから怒って当然だ。
七星が拓真だと知らずに階段で追い抜き、後から気づいて顔色を変えたことから、七星と拓真は一階分違う非常扉から入ってきたと考えられる。拓真は七星よりも先に階段に居て、一部始終を見ていたことになる。
もし、自分が拓真の立場だったら、人形を奪ったのは知らない奴だったと七星に言うのを聞いた時点で、カッとなって嘘を言うなと怒鳴りつけていたかもしれない。その点では冷静な判断をしてくれた拓真に感謝しなければいけないとは思う。
ちらりと運転席を横目で窺うと、拓真が気配を察したのかじろりと睨む。怖すぎる!北斗は竦み上がった。
紳士的で、穏やかな男だと思っていたら大間違いだ。こいつは中身が肉食獣だ。大型犬はめったに吠えないが、本気で怒らせたら、飛びかかってきて、大きな身体で押さえつけられ、がぶりと噛みつかれるのがおちだ。
何か良い言い訳はないだろうか?と北斗がぐるぐる考えている間に、成瀬美容整形外科クリニックに着く。ガレージのドアが自動で上がって、真っ暗な中に車が進むと、シーリングライトが付き、奥に住居への入り口があるのが見えた。
「降りろ」
相変わらずの命令口調にカチンときたが、今は相手を刺激するのは得策じゃないと堪え、喉まで出た文句を飲み込んで、車のドアを開けて外に出る。そのまま、拓真の後に続いて、住居へと入っていき、全面鏡のシューズボックスや収納扉の横で、スリッパに履き替えた時、北斗は拓真の美容整形外科医という仕事と、鏡に映った自分の顔を結び付け、ふとあることを思いついた。
謝罪した後、相手が許してくれそうな雰囲気であれば、訊ねてみるのもいいかもしれない。
北斗は建物の面積から、一階はほぼ病院の診察室と待合室に当てられているのだろうと考え、頭の中で図面を展開した。
ICという職業柄、初めて入る建物には興味が湧く。通路の先にあるドアが院内に通じていそうだと覗き込むと、拓真に階段を上がるように促されて、二階のリビングへ連れていかれた。
ハイセンスなリビングを目にした途端、北斗は目を見開いて、歓声をあげた。
広々とした白い模造大理石の床は、幅広い窓の外のルーフバルコニーへと繋がって、空間を大きく見せている。バルコニーに作られた庭に向かって、三人掛けと二人掛けの大きなダークグレーの革のソファーが角を作るように配置されていた。
サイドボードの幅に合わせて、天井から床まで、グレーベージュの色を基調とする表面に凹凸のある石調タイルが貼られていて、広い面積の壁に、品の良いアクセントを添えている。シックで贅沢な空間に、IC魂が刺激され、北斗は、当初の目的を忘れて見とれてしまった。
「すごい!何て大人リッチな空間!これぞ男の城だよな」
感嘆しながら、北斗はタイルに触れたり、作り付けのマントルピースを覗き込んだり、目をきらきらさせて、あちこちに移動する。
「お前、いい度胸だな。泥棒を逃がした上に、家主の前で早くも次のお宝探しか?」
背中から、不機嫌この上ない声を浴びせられて、北斗は背筋を伸ばし、気を付けの状態で回れ右をすると、そのまま垂直に身体を折り曲げ、すみませんでしたと謝った。
「謝って許されることではないと思います。人形は今から損傷がないか確かめます。その上で頂いた代金を全てお返ししますので、今回のことは公にしないで頂けませんか?」
「いやだと言ったらどうする?」
「へっ?」
「へっ?じゃない。どうもお前と話していると調子が狂う。二人になった途端に、妹の旦那を寝取ったように、色仕掛けで俺を黙らせようとするかと思って、懲らしめてやるつもりだったのに」
色仕掛け?と北斗は首を傾げ、意味が分かった途端に、持っていた箱を落としそうになり、慌てて抱え直すと、ソファー前のローテーブルに置いた。
「期待はずれで悪いけれど、俺にはそんな趣味はない。研吾とのことも誤解だ」
「だったら、どうしてあの男は、お前の人形を俺から奪った?お前の顔は特別だと言っていなかったか?」
痛いところを突かれて、北斗は答えに窮した。今まで本人から、はっきりと告白されたわけでなく、あの時に初めて言われた言葉を、どう説明すればいいのか迷う。
「俺にも分からないんです。あんなことをするなんて思ってもみなくて、俺も驚いたっていうか……」
「信じられないな。お前とあの男はできているんじゃないか?だから、七星さんに知られないように逃がしたんじゃないのか?」
「違う!そんな関係じゃない!」
拓真が本当かなと言いながら一歩近づくと、北斗が思わず後ろに下がる。ククッと喉で笑われ、負けるもんかと睨み返すと、再び拓真に顎をつかまれ上を向かされてしまった。
「その顔は、逆効果だ。怖くもなんともない。征服欲を掻き立てられるだけだ」
パシッと拓真の手を叩き落とし、北斗は拓真をもっときつく睨んで言った。
「俺に手を出したら、あんたがゲイだって患者たちに言いふらすぞ」
「そうしたら、誹謗中傷で訴えようか。警察が間に入って困るのはどっちだ?それと、言っておくが、俺は色仕掛けをする患者にはゲイだとにおわせているから、効果はないぞ」
北斗は、研吾とは何でも無いことを、どうやって証明すればいいのか必死で考えた。
だが、額に手を置きこめかみを揉んでも、上を向いても、下を向いても、いい案は浮かばない。目を左右にウロウロさせていると、北斗を眺めていた拓真が、百面相だなと言って、初めて本当の笑みを浮かべた。
北斗の渋面が、拓真の笑顔につられて解れていく。笑顔は人を惹きつけるが、敵対関係にあった男の笑みは格別で、顔の造りがいいだけに、北斗は妙な胸の疼きを覚えてうろたえた。
急に眼をそらした北斗を、観察するように眺めていた拓真が、思案気に腕を組み、片手で顎をなでながら提案する。
「お前が潔白だと確かめる方法が一つある」
「ど、どんな方法だ?」
警戒心もなしに、北斗が食いついたのを見て、拓真がまたクックッと喉で笑った。
「外見と中身が違い過ぎるな。口を利かなければ、お前は装飾されたファべルジェの卵みたいに、美しくて硬質に見えるのに、中身は加工もされていない半熟卵だ」
「う、うるさい!余計なことはいいから教えてくれ。どうすればいい?」
拓真がにやりと笑いながら、ゆったりとした仕草で三人掛けのソファーに腰かけ、自分の横をパンパンと軽く叩いて、北斗にここへ座るように態度で示す。
「人を犬みたいに呼ぶなよ」
むすっとしながら北斗が横に腰かけると、拓真がとんでもないことを言い出した。
「俺にキスをしてみろ」
「はぁ?」
「はぁ?じゃない。男とそういう関係じゃないかどうか、キスの仕方で分かる。言ってみればリトマス試験紙の代わりだ」
リトマス試験紙って懐かしい響きだなと北斗は思いながら、ちょっと待てよと言われたことを考えた。目の前に拓真の顔がある。男っぽい顔だ。視線を下に移動させ唇を見る。
途端に思考が停止した。というか、ここに、キ、キ、キス?と固まってしまったのだ。
「できるか!男にキスなんて、できるわけないだろ!」
「あの男に操を立てているのか?」
拓真が冷たい視線を向けるので、北斗はとんでもない言いがかりだと食ってかかった。
「よ~し、キスすりゃいいんだろ?それで、潔白だと分かったら、研吾のことを公にしないで許してくれるんだな?」
「ああ、人形も手元に置くし、代金も返してもらわなくてもいい」
「ううぅ……。くっそ。顔こっち向けろ」
「お前、恋人とキスをするときに、そんなに色気がないのか?」
「あんたは恋人じゃない。真実を証明するための実験キットだ」
そうは言ったものの、横に座った拓真がこちらに顔を向けているだけでは、キスなどできるわけがなく、仕方がないので、北斗は右手を拓真の後頭部へ伸ばして引き寄せた。
拓真の方が上背があるので、北斗が上向きになるが、今まで女性にキスをするときには自分の方が下を向いていたので、どうもポジションが気に入らない。
身体を拓真の方に伸ばして、首に縋りつくようにすると、一気に唇を合わせた。
「どうだ?」
すぐに唇を放して訊ねると、拓真が首を振る。
「こんなんじゃ分からないな」
やけになって、もう一度口づけけると、北斗の腰に拓真の腕が回って抱き寄せられた。
「んんっ……」
慌てて、身体を放そうとしたが、がっしりとホールドされて動けない。それならと首を逸らすが、拓真の唇が追ってくる。あまり仰ぎ過ぎて首がだるいと思った時、拓真の手が北斗の頭を支え、そのまま後ろに倒された。
あっと口を開いた隙に、拓真の舌が入ってきて、口蓋をなぞってくる。北斗は背中にぞくりとするものを覚え、慌てて拓真の背中をバンバン叩いて、放すように促した。
「何だ、もうギブアップか?」
「お、お前、男相手にベロちゅうするなよ!それに、な、何がギブアップだ!背中叩いただけだろう」
「じゃあ、まだ降参じゃないんだな?」
そう言って、拓真の唇がまた迫ってくる。北斗が急いで横を向くと、鼻で笑うのが聞こえ、いきなり耳をかじられた。びくんと北斗の肩が揺れる。
「うわっ!何するんだ!やめろよ」
北斗が耳を抑えながら正面を向くと、待ってましたとばかりに、拓真にくちびるをついばまれ、既に占領済みの領域に、遠慮なしに舌をこじ入れてくる。
「ん~っ」
歯をくいしばろうとしても、頤を掴まれて口を開かされ、唇と歯の間をくねるようになぶられ、息が苦しくて浮いた舌を拓真の舌で絡めとられて、ジュッと吸われた。
やばい、こいつキスが上手すぎる。
「…んっ…ぁ」
何で俺、こんな喘ぐような声出してんだ?それにこの体制は、女を絶対に落としてやろろうと決めたときのホールドだろ?逃げられないようにどろどろに感じさせて、抵抗する気力を失わせてようって思った時の‥‥‥
やばい。早く抜けださなくては!
めちゃくちゃ癪に障ったが、北斗は降参の意味を込めて、拓真の背中を力一杯バンバン叩いた。
痛いなと拓真が顔を放したのを狙って、拓真の顎を片手で押して上を向かせる。
「いつまでも舌入れてるんじゃねぇよ!で、結果はどうなんだよ?俺はノンケだってわかったろ?」
顎に当てられた手首を掴んで、拓真が北斗の頭の横に縫い留める。もう一方の手も捕まれて、顔の反対側に押さえつけられた。
キスの余韻で上気した頬と、息苦しさで目じりに涙が溜まった顔で見上げる北斗は、本人には分からないが、壮絶に色気があり、拓真が思わず喉を鳴らした。
「いや、お前はノンケじゃない。本当のノンケはゲイ相手にキスなんてしない」
「言いがかりだ!弱みを握られていたから従ったんだ。放せよ!俺はゲイじゃない」
足と腰の力を使って、拓真を振り落とそうとしたときに、拓真が北斗の足の間に膝を割り入れて、そのまま股の内側を這い上り、北斗を刺激した。
「あっ……や、やめろ」
北斗が身体を捻って逃げようとするが、余計に深い部分で拓真の脚を挟んでしまい、柔らかい部分を揺すられて、もろに振動を受けた。
一番弱い部分をやわやわと撫でまわすように揉みこまれ、絡みあった脚に引っ張られたパンツの前立てが、拓真の動きに合わせて、形を変えつつある部分を上下に擦った。
「やっ……やめてくれ……あ……」
掠れた声が自分のものとは思えず、恥ずかしさでカッと頬が熱くなる。悔し紛れに睨みつけたら、唇をがぶっと噛みつくように食まれた。
女を愛撫する時のように、優しさやムードのかけらもないのに、むき出しの雄の欲望に煽られて、北斗は自分を見失わないように頭を左右に振った。
拓真がチッと舌うちをして、両肘で北斗の顔を固定すると、いい加減に煽るのをやめろと、とんでもないことを言う。
拓真の顔は表情が削げて、恐ろしいほど真剣で硬くなっている。この顔は知っていると北斗は思った。
欲情を暴走させないように必死で自分を抑えている顔だ。抱き合うために入ったブティックホテルで、鏡に写った自分の怖いくらいの表情を思い出し、それが拓真の顔に重なった。
食われる!
戦慄を覚えると同時に、ずくんと腰が疼き、前がタイトになった。
今の状態を知られたくなくて、斜めに傾いだ身体をもっと捩じろうとすると、拓真に膝を掴まれて、横臥した身体を簡単にあおむけにされた。前立てを押し上げている欲望の証を、拓真が黙って視姦するのに耐えられず、北斗は必死でもがいた。
「み、見るな!」
「まだ、俺は直接触れてもいない。なのにどうしてこうなっている?」
するっと指を這わされて、北斗の腰が跳ね上がった。
「触んなよ!変態!俺は女じゃない。お前なんかに抱かれたくない!」
「じゃあ、俺を抱くか?」
「そういう問題じゃない。放せよ!お前なんか抱きたくない」
「俺は、お前を抱きたい」
行くてを全て塞がれて、身動きができなくなった気分だ。何で俺がこんな目に?研吾といい、こいつといい、人を性愛の対象にすんなよ!このまま好きにさせて堪るかと思った時に、ハッと閃いた。
ここに来た時に浮かんだアイディアを、こいつの欲望を利用して、実行させればいい。
「なぁ、俺のどこがいい?」
「第一印象は顔だな。ポーセレン人形を見て、人形だと分かっていても、こんなに美しい顔があるのかと感動したよ。実物を見てみたくて、購入を持ち掛けた」
「そういうことか。なら、あんたの母親が、あの人形を欲しいと言ったのは嘘だな?」
「ああ、さすがに、男の俺が欲しいと言ったら警戒されるだろう?おかげで、ハプニングはあったが、こうして本物に会えた」
拓真が目を細めて大切なものを慈しむように、そっと北斗の頬を撫でるのをやり過ごし、北斗は取引を持ち掛けた。
「抱かれてやってもいい。だが条件がある」
「偉そうに!聞けるかどうかは分からないが言ってみろ」
北斗が出した案を聞くうちに、拓真の顔色が変わった。
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榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
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憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
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