仕掛けられた甘い罠に墜ちて

マスカレード 

文字の大きさ
8 / 22

駆け引きの応酬

しおりを挟む
「俺の顔を変えてくれ。二目と見られない顔にしてく…ぐっ」
 北斗が全て言い終わらないうちに、拓真の手が北斗の顔半分をふさいだ。
 鼻も口も大きな手で覆われた北斗が、息をするために拓真の手を外そうとしてもがき、本気で爪を立てたせいで拓真の腕に鋭い痛みが走る。手を緩めてやると、北斗はベッドに丸まって喘いだ。
「な、何するんだ!気でも狂ったか?」
「たかだか男に言い寄られたぐらいで、甘ったれるな!俺はな、形成外科にいたこともある。先天性の奇形や、怪我や火傷で、せめて見られる顔にして欲しいと願う患者の手術もした。お前の言う二目と見られない顔を持つ患者の気持ちが、美人のお前に分かるか?」
 北斗は拓真の真剣な怒りを浴びて、顔をこわばらせている。舐められてたまるかと拓真は自分の立場をはっきりと告げた。
「チャラチャラした美容整形外科医だと思って、簡単に丸め込めると踏んだなら大間違いだ。ここは、目を悪くして開業できなくなった伯父から買い取った病院だ。身内割引をしてもらった手前、引き継いだ患者がいなくなるまで美容整形外科は続けるるもりだったが、それもあと少しで終わる。今後は整形外科か形成外科に変えるつもりだ。俺はもっと自分の腕を必要としてくれる患者のために、尽くしたいと思っている」
 拓真の話をきくうちに、自分の浅はかな思いつきを恥じたのか、北斗がみるみるしおれていくのが目に映る。顔の美を自覚しているものにありがちな、自分の過ちを相手の情に訴えかけて、無くそうとする表情を作ったりしないのは意外だった。いきがって見せたのは、表面だけで判断しようとする相手に対する抵抗なのかもしれない。そんな風に推測していると、俯いていた北斗が神妙な顔を拓真に向けた。
「悪かった。そんなつもりで言ったんじゃない。でも、俺は七星を守りたいんだ。研吾が俺の顔に執着するなら、俺が別人の顔になれば、もともと似ている七星の顔だけを見てくれるんじゃないかと思ったんだ」
「それは無理だ。似ていても、表情がまるで違う。お前の挑戦する顔は、扇情的な色気があって人を惹きつける。七星さんには真似できない顔だ」
「なら、どうすればいい?わざと煽っているわけじゃない。ずっと無表情でいればいいってことか?どこかの表情筋にメスを入れれば、二度とそんな表情をしなくて済むのか?もしそうなら、やってくれよ。頼むから……」
 必死で追いすがる北斗は、抱きしめて安心させてやりたいほど無防備に見えた。拓真へ当てこするつもりで言ったのかと思った整形は、妹のためだと分かり、北斗に対する怒りや不信感が消え去った。
「俺が断ったら、どうする?他に行くつもりか?」
「当たり前だ。どうせ、腕に自信がないから、手術を渋っているだけなんだろ?そんな藪医者に任せられるか」
「二目と見られない顔になりたいなら、藪医者の方がいいんじゃないか?」
 拓真を挑発して、手術をさせようとした魂胆を見抜かれ、ぐっと言葉に詰まった北斗を見て、拓真が愉快そうに笑う。
 気が強そうな振りをして突っ張っていても、北斗の中身が熱くて柔らかいことは、会話をすれば誰でも分かる。外見だけでなく、真っすぐで美しい北斗の心を護ってやりたい気持ちが湧いた。
「手術を受けたいなら、俺からも条件がある」
「な、なんだ?」
 途端に希望に満ちた表情で飛びついた北斗に、拓真の口元が緩んだのは一瞬で、すぐに一文字に引き締め、素っ気ない口調で、北斗が思いもよらないであろう条件を出してやる。
「俺とつきあうこと。抱かれる時に俺が出した条件を三度クリアしたら、手術をしてやってもいい」
「うへっ、やっぱりそこに戻るのか!」
「当たり前だ。だいたいこうなったのは、お前たちに落ち度があったからで、お前が俺に条件を出せる立場じゃないのを覚えておけ」
 拓真にピシッと言われて、咄嗟に反論できず、北斗は目を泳がせた。そんな北斗の頭にポンと軽く手を置くと、拓真が立ち上がり、北斗に来いと声をかけてから、リビングの端にある強化ガラスを階段壁にした大理石調のステップを上り始める。
「どこに行くんだ?」
「寝室に決まってるだろう。早く上がって来い!」
 意を決したように、両手をグッと握りしめた北斗が、階段を上ってくるのを、拓真は満足そうに見下ろした。その時の拓真が心の中で、呟いた言葉を知っていれば、きっと北斗は一目散に逃げ出したことだろう。
『整形は絶対にさせない!クリアするのが無理な条件を出してやる』
 気迫が伝わったのか、堂々と階段の上に立ちながら北斗を待ち構える拓真を見上げ、怯んだように北斗が途中で立ち止まった。
「どうした?怖いのか?別にやめてもいいぞ。他の医者をあたればいいだけのことだ」
「できたらそうしたいよ。他の医者に表情筋を動かなくしてくれと頼んだところで、顔を損傷させるだけの手術を請け負ってくれるかどうかは分からないし、多分無理だろう」
「よくわかっているじゃないか。お前の考えでは、研吾がお前の顔に執着しなければ、七星さんと上手くいくと思っているんだろ?協力できるのは俺だけだ」
 北斗が真意を確かめるように、じっと拓真の顔を見つめる。
「本当に、条件をたった三回クリアするだけでいいんだな?」
「ああ、身体を傷つけたりするような条件は、一切出さないから安心しろ」
「分かった。二目と見れない顔にしてくれといったのを叱り飛ばしてくれた時のあんたは、正義感があったし、信頼できそうだ。やってみる」
 そういう殺し文句をいうんじゃないと、横を通り抜ける北斗を見ながら拓真は心の中で呟いた。
 妹思いの優しいところや、誰かを傷つけるくらいなら、自分を差し出す勇気や潔さにも感服する。
 拓真は自分の気持ちがいつになく熱く揺らめいているのを感じた。
 手加減してやりたいが、北斗を護るために嫌な男を演じなくてはいけないのが残念だ。
 寝室のドアを開けて、拓真が北斗を招き入れる。さすがに緊張するだろうと北斗に視線を向けた拓真は、北斗が顔を輝かせたのを見て、断る理由を思いついたのだろうかと思わず眉をしかめた。
 ところが……
「うわっ!かっこいい!何だこのシックで、アーバンで、和も入っているような部屋は」
「お前、本当にいい度胸しているな。いいから、先にシャワーを浴びてこい。終わったあとでじっくり見学すればいい。まぁ、その余裕が残っていればの話だが」
「怖いことを言われたような気がする」
 北斗がちらりと拓真を窺ったのを無視して、寝室の横の扉を開き、洗面所とシャワー室はこっちだと告げる。否定しないのとばかりに、まだこちらを見ている北斗を可愛いと思ったが、甘さを見せてはいけない。
「何だその目は?洗って欲しいのか?」
「なわけないだろ!あっち行ってろ。覗くなよ」
 精いっぱいの強がりを見せてこちらを睨みつける北斗を残し、拓真はこみ上げるおかしさを抑えきれずに、ククッと笑いながら洗面所の扉を閉めた。
 ドア越しにう~っと呻っている声が聞え、必死で笑い声を殺してベッドへと向かう。バカにしたと思われて、北斗が拗ねてしまえば計画が上手く運ばなくなる。
「どこまで余裕ぶっていられるかが問題だな」
 綺麗な人形の顔に引かれて、モデルがいるのかどうか好奇心を持っただけなのに、本物とこんな展開になるとは思ってもいなかった。
 出会いは最悪だったが、人形など霞んでしまうほど、真の意味で北斗は美しくて、心も純真だということを知ることができて、今は研吾があの事件を起こしてくれてよかったと思う。
 北斗の何もかも手に入れたい。自分を認めさせたい。
 北斗がシャワーを浴びる音を聞きながら、拓真はどうやってからめとるかと思いを馳せていった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

処理中です...