翼の民

天秤座

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幼少~少年時代

13 事後

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 暫くした後、矛先を真っ赤に染めた槍を手に2人の女王の元へ戻って来たグスタフ。

 既に民達の騒動は終息し、全員傷だらけの顔でイザベラ達と共に一ヶ所に集まっていた。

 ローラが懸命に、民達の治療にあたっている。


 グスタフは女王2人へ血染めの槍を見せながら伝える。

「終わりましたぞ。これで世界の秩序は守られた」
「くっ……」
「しかし…よくもまあ谷の民総出でとんだ茶番をして下さいましたな?」
「お…おのれぇ……!」
「イザベラ殿、いかがでしたかな? 兵のイチモツは満足致しましたかな?」
「汚らしい貴様らに股など開きはせぬわっ!」
「おや、それは残念ですな。これで島の血が封印の守り手様に関われると期待しておりましたのに」
「おのれ……よくもいけしゃあしゃあとっ!」
「しかしイザベラ殿、これで終わりではありませんぞ。此度のような事が二度とあってはなりませぬ。谷の男共はこれより全員島で預かり受け、世界を破滅させる男が谷に産まれないように致しますぞ」
「何っ!?」
「当然でございましょう。毎度毎度こんな茶番をされたら困ります。騒ぎは元から絶たねば」


 イザベラは静かに、腹の底から湧き上がる怒りを押し留めてグスタフへ話す。
 
「……それは、我らに滅せよと言っておるのか?」
「なぁに、お告げが示す間に男が生まれなければ良いのです。10年、20年。次のお告げを頂くまでは、我等が陛下の指示に従って頂きましょう」
「女だけでは次の世代が生まれぬではないか!」
「大丈夫でございます。そんなすぐに女王が両方ともくたばる訳ではありますまいて」
「そんな事を問うたのでは無いわ!」
「おおっ、これは失礼いたしました。おい、誰か女王お2人に子種を仕込んで差し上げろ。上手く行けば次の守り手の父親になれるぞ?」
「貴様っ! どこまで我等を愚弄すれば気が済むのだっ!?」
「申し訳ございませぬ。では、わたくしめが直々に子種をお2人へと注ぎ込んで差し上げましょう。たっぷりと、溢れ出てくる程に」
「貴様に股を開くくらいならっ! この場で自害して封印を解くわぁっ!」
「それはいけませぬ。では、我々は自害なされてしまう前に帰りましょう。おおっ、女は怖い怖い」
「うぬぬぅ…っ!」


グスタフは谷の男達に大声で話す。

「男共よ! 食事も着替えも島で用意してやる! 少し時間をくれてやるから妻子に別れを告げよ!」
「くっ…くそっ!」
「あ…あんたぁ……」
「お父さん…」


 民達が悔しながら別れを告げている中、セルゲイが沈痛な面持ちででグレイスに話す。

「すまねぇ…俺のせいで…バルボア達死なせちまった」
「…そんな事無いよ。気にしちゃ駄目だよ」
「いや、折角イザベラ様が…みんなが頑張ったのに…俺があの2人に谷底へ行けって言ったせいだ」
「そんな事無いってば」
「俺が…俺が…全部ぶち壊し…うっ…ううっ…うぉぉぉーん!」

 セルゲイは崩れ落ち、両手で何度も地面を強く叩きつけながら大声で泣き出した。


 イザベラは魔力でセルゲイに話しかける。

(それは違うわセルゲイ。あなたの判断は正しかった)
(…イザベラ様……)
(私が悪いの。何の考えも無しにバルボア達に逃げてって言ってしまった私が悪いの)
(ですが…俺が谷底に逃げろって言わなかったら…)
(違うわ。あなたの判断は正しい。初手を打ち間違えた私に責任があるの)
(イザベラ様…)
(責任は全て私にあります。あなたが悔やむ事なんてひとつも無いわ)
(…………)
(今は受け入れられないかも知れない。でも、あなたには何の責任も無いって覚えておいて頂戴)
(…………)
(大丈夫、大丈夫よ。あなたは何も心配しないで島に…行って)
(イザベラ様…)
(グレイスもクリスも、谷の女達はずっと待ってるわ。あなた達が無事に戻って来る日を)
(……はい)

 男衆は失意に肩を落としながら、島へ持っていく荷物をまとめに家へと戻ってゆく。
 女衆も男衆の後を追い、家へと歩く。

 それぞれの家では、連れ去られてゆく男との別れを悲しみながら、別れる前のひとときを過ごした。



 数時間後、グスタフと9人の兵士達は谷の男衆全員を引き連れ、空の島へ帰っていった。

 取り残されたイザベラとローラ、谷の女衆はいつまでも島を睨み続けた。

 島が移動を始め、谷に再び月の光が差し込み始めても、遠くに島が見えなくなるまで、ずっと。


 イザベラは血が出るほど唇を噛み締め、ローラは両手で顔を覆い、メソメソと涙した。

「………無念…っ」
「……ああっ……口惜しや……」



 空の島へと戻ったグスタフは谷の男衆を兵士達に預け、ひとり宮殿へと向かう。

 謁見の間に辿りつくと、高い場所で椅子に腰かけながら見下ろしている男に報告をする。

「谷の子、この手で始末して参りました。谷の男衆も全員島へと引き上げて参りました、陛下」


 陛下と呼ばれた男はグスタフに話す。

「ご苦労であった。下がってよい」
「はっ。…では、失礼致します」
「ああ待てグスタフ。その赤子、名は付けられていたか?」
「はっ。確か……カーソンと名付けられておりました」
「ふむ、カーソンか。………カーソン?」
「? いかがなされましたか?」
「……いや、何でもない。世界の秩序を守る為に殺さねばならぬ子の名、せめて余の心に留めてやらねばなるまい」

 グスタフは立ち上がり、うやうやしく皇帝に頭を下げると、謁見の間から出て行った。


 皇帝と呼ばれた男は独り言を呟く。

「世界を救う子が産まれる…か。
 その子は……我が一族の子でなくてはならん。
 先に産まれては…ならぬのだ。
 間もなく産まれる我が子を……。
 もし女であった時の為にも、谷で産ませる訳にはいかぬ」


 皇帝の横にはひとりの女兵士が立っている。

 女は高身長で赤い髪を肩まで伸ばし、燃えるような真っ赤な瞳をしていた。
 
 全身にはまるで髪と瞳の色に合わせたような真っ赤な軽装甲冑を纏い、左腰にはやや短めの片手剣を差していた。
 
 どうやら皇帝直属の護衛兵士であると思われる。
 
 深夜にたったひとりで皇帝の護衛を行う女兵士。
 
 その剣呑な佇まいは、女兵士の実力を如実に現していた。


 皇帝は女兵士に話しかける。

「こんな夜更まで、余に付き合うとはご苦労であった、エルザよ」
「いついかなる時も陛下をお守りするのが私の務めでございます。時間など関係ございません」
「……では、もう少し余に付き合え」
「はっ!」
「それと…グスタフをあまり睨むな」
「……申し訳ございません」
「思う事はあるであろうが堪えよ。あやつも汚れ仕事をしたくは無かったであろう」
「……嬉々とした表情で陛下に赤子を手にかけた報告など…いえ、出過ぎた事を申してしまいました。申し訳ございません」
「良い。これから余は書庫へ行く。付き合え」
「はっ!」

 皇帝は椅子から立ち上がり、エルザと呼ばれた女兵士を引き連れ宮殿の書庫へと向かう。



 エルザは書庫の扉を開け、中に危険が無いかを見渡し、管理している司書に一言二言話すと皇帝に報告する。
 
「陛下、書庫には当直の司書ひとりしか居りませぬ。安全でございます」
「うむ」
「隠し部屋の前にて待機致します」
「よきにはからえ」
「はっ!」

 皇帝とエルザは書庫の中に入り、管理している司書に一瞥するとそのまま書庫の奥へと進む。


 最奥の突き当りの壁にやって来た皇帝は、エルザを背後に立たせ、壁に右手を当て念じる。
 壁は皇帝の念じによりすぅっと消え、壁の中には新たな部屋が姿を見せる。
 
 皇帝は部屋の中に入り、エルザは入口に背中を向けると部屋を守る。


 皇帝が入った部屋には特別な蔵書が保管されていた。
 そこは歴代の皇帝が記した手記が保管されている、皇帝のみしか立ち入る事の許されない部屋であった。

 当時の皇帝が何を想い、何をしてどうなったかが記され、後継者への導きの書として保管されている。


 皇帝は部屋の一番奥、初代皇帝ルドロスと書かれた書物を手に取り、ペラペラとページをめくる。

「……カーソン…確かこの書物で見た気がするが……」
「ローズヴェルクとの確執…妹の出奔……あった、ここだ」


 皇帝は島の初代皇帝、ルドロスの手記を読む。

『俺は大変な失敗をしてしまった。
 俺の薄っぺらい自尊心の為に、貴重な直系の血を持つ3人と袂を別ってしまった。

 アルフレッド。
 全ては俺の嫉妬だった、許してくれ。
 俺はお前にならヒルダをくれてやってもいいと思っていた。
 結果的にこうなるのなら、何故あの時俺は笑ってお前達を祝福してやれなかったのだろうか。すまない。

 ヒルダよ。
 愚かな兄を、どうか許してくれ。
 お前の幸せが俺の幸せだったのに。
 お前は封印の守り手をアルフレッドとの子達と共に未来永劫、受け継ぎ続けてくれ。

 そしてカールソン。
 どうせヒルダを失うのなら、お前だけは何としてでも要塞に引き留めなければならなかった。
 去り行くお前の後を追おうと、殆どの女が飛び降りようとした。
 男全員で必死に連れ戻したが、とても可哀そうな事をしてしまった。
 お前が帰って来ない事に絶望し、自害した女。
 現実に耐えきれず、気が狂ってしまった女。
 望みを失い、抜け殻となってしまった女。
 泣きながら、他の男と子供を作った女。
 ほぼ全ての女に、俺は一生恨まれ続けられてしまう事になってしまった。

 俺の子孫に頼みがある。
 どんなに時間をかけてもいい、カールソンの子孫を再び要塞に呼び戻してくれ。
 そうでないと、俺は死んでも女達の恨みから逃げ出せない。
 死しても尚、女達から恨まれ続ける事に、俺は耐えられないだろう。
 この罪は、いつか我が身に降りかかるだろう。
 俺は多分、女達の誰かに殺されると思う。
 それでも償えない罪を犯してしまったのだ、地獄へと突き落とされても、俺は構わない』


 皇帝はワナワナと書物を持つ手を震わせながら呟く。

「カールソン……初代皇帝が手放した事を一生後悔した男。
 初代皇帝ルドロス……余の名はルドルフ……。
 島を去ったカールソン…殺した子の名は……カーソン。
 初代皇帝よ、お許し下さい。
 余は…あなたの子孫は…同じ過ちを繰り返してしまったかも…知れませぬ」

 皇帝ルドルフは震える足を止められず、その場にへたり込むと初代皇帝に懺悔した。




 皇帝ルドルフが島の書庫で後悔をしていた同時刻。

 谷底は静寂としていた。
 物言わず、ピクリとも動かない遺体が3つ、横たわっている。

 既に事切れている母親の遺体の目から、一筋の涙がツゥッと流れた。

 暗闇だった谷底が少しずつ、明るくなって行くように感じられた。
 
 明るくというよりは赤黒く染まり始めたというべきか。

 やがて、赤黒い光は亡くなった赤子の周りへ徐々に集まり始める。

 赤子の周りを包む光は、壁に映し出されると、まるで大きな五本の指のように見えた。

 光は更に集まり、壁にはまるでモゾモゾと赤子を握り締めているように映し出されている。


 光は段々と薄れて行き、消えた。

 谷底は暗闇と静寂が続く。
 谷底には遺体が2つ、横たわっている。


 赤子の遺体は消え去っていた。


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