翼の民

天秤座

文字の大きさ
49 / 271
クリスの受難

48 打ち明けた本心

しおりを挟む

 イザベラとローラは険悪となってしまった場の雰囲気を何とかしようと、取り繕いながら話す。

「まぁまぁ、いいじゃないの。若いうちは毎日が勉強よ?」
「お姉様、年老いても毎日が勉強ですわよ?」
「あっ、そうね。ささ、とりあえず頂きましょうか?」
「そうですわね。では、皆さんご一緒に」
「頂きます」
「頂きまーす!」
「チェイニー、苦しくなったら私も食べてあげるわね?」
わたくしも、食べてみて宜しいですか?」
「陛下、チェイニーを甘やかしてはなりません。こいつのせっかち具合は限度を超えています」
「そうです。何度か痛い目に遭わないと、絶対直りません」
「神様から天罰を落とされればいいのです」
「パンの中にジャムなんて……信じられません」
「気付かず焼いてしまった私にも責任があります。チェイニーが食い倒れたら私も連帯責任で食べますので、どうか陛下はこんなゲテモノお召し上がりにならないで下さい」
「パンの中にジャム……俺、旨そうだと思うぞ?」

 周りがチェイニーのパンを否定する中、ティナだけはパンの山を物欲しそうに眺めていた。


 チェイニーはひとりで黙々と、パンを食べながらぶつぶつと呟く。
 
「モグモグ……んぐ。
 旨いと思うんだけどなぁ……。
 ジャムの甘さは変わんないし、むしろこっちのが美味しいよ。
 ソーセージのもサラダのも……不味くはないのになぁ。
 モグモグ……んぐ。
 はぁ、全然減らない……誰か助けて……」
「…………なあ、チェイニー。俺、そのパン食べたい」
「!? たっ、食べて食べてっ! もう何個でも食べてっ!」
「うん! 頂きまーす! あむっ、モグモグ…………」
「……ど、どう……かな? 美味しい?」
「モグモグ……んぐ」
「ジャム入りパン、別に変じゃない……よね?」
「…………」
「や、やっぱ……駄目? 不味い?」
「チェイニー……これ……」
「これ……何?」
「旨いっ! 美味しいっ!」
「えっ!?」
「俺、このパン好き! 旨いっ! 美味しいっ!」
「やっ……やったっ!」
「もっと食べたい! 食べていいか?」
「こっ、今度これ食べてみて! チーズ入れてみたの!」
「うん! モグモグ……んぐ。これも旨ぁーいっ!」
「やった……やったぁ! ありがとうティナぁー!」

 両手にパンを持ち、がつがつと食べるティナに感動したチェイニーは大喜びで万歳し、その勢いでティナに抱き付いた。


 近衛達は、どうせティナとチェイニーの茶番劇だろうと呆れて見ていたが、ふとティナの笑顔が変化している事に気付く。

 ティナの笑顔が作り笑顔では無く、あの子が本当に嬉しい時に見せる笑顔だ…と。

 チェイニーのスットコドッコイな失敗は、逆にティナの笑顔を元に戻す事に成功したのかと、近衛達は食事の手を止めて2人のはしゃぐ姿を見続けた。



 旨いと連呼するティナに感化され、イザベラとローラはチェイニーのパンを食べてみたくなり、大皿に手を伸ばす。

「ねえチェイニー。私も食べてみていいかしら?」
「ティナが美味しいとおっしゃるそのパン、とても興味がありますわ」
「あっ、いえ、その……はいっ!」
「ありがとう。どれどれ……はむっ」
「ではわたくしも。あむっ、モグモグ……」
「…………ふむ」
「チェイニー……あなた…………天才ですわ」
「は……はい?」
「とっても美味しいわよ!」
「パンの中にジャム、とっても美味しいですわ!」
「塗って食べるよりも美味しいわ!」
わたくし、大変気に入りましたわ!」
「どれどれ、次はソーセージのパンを……」
わたくしはサラダのパンを……」
「て、天才? このパン、成功……なの?」

 ティナに続き、イザベラとローラにもパンの出来を大絶賛されたチェイニーは、もしかして大成功だったのかと首をかしげた。


 美味しそうに食べているイザベラ達の姿を見た近衛達もようやく食指が動き、パンの皿に手を伸ばし始める。

「チェイニー、私にも1個くれ」
「あたしも」
「わたしも食べてみたい」
「一応、食べてから批判しなきゃね……」
「一口も食べないで文句言っても、しゃーないもんね」

 近衛達は次々とパンを手に取ってはみんなで分け合い、吟味した。


 無言で黙々と食べ続けるソニア達へ、チェイニーは恐る恐る感想を聞く。

「隊長……どうですか? このパン、やっぱ失敗……ですか?」
「……ふむ。チェイニー、すまん。これはありだ」
「……美味しい」
「これ……旨いわ」
「これは大発見だよ! チェイニー!」
「せっかちなあんたじゃなければ、こんな発想絶対産まれないわ」
「隊長、みんな……それってつまり?」
「大成功なんじゃないか?」
「これは凄い大発見だよ!」
「まさかパンの中に入れても、旨いなんてね」
「水っ気の多いやつは駄目みたいだね。パンが水っ気吸って美味しくない」
「パンがぐじゃぐじゃになっちゃうね。必ずしも全部が合うワケじゃ無さそう」

 近衛達はパンの味に満足している表情を見せながら、次々とパンへ手を伸ばしては食べ続ける。


 一通り食べたソニア達は、チェイニーに感想を話す。 

「チェイニー、全部で何種類作ったのだ?」
「ええっと……苺のジャム、オレンジのジャム、ブドウのジャム、ハチミツ、チーズ、ソーセージ、ジャガイモのサラダ、肉野菜鍋の具……8種類です」
「甘系のパンは旨いな。甘いもの好きな私には堪らん」
「ハチミツはちょっと、水っ気が多くて何か工夫しないとね」
「鍋の具材は駄目だわ。べちゃべちゃで不味い」
「ソーセージ、サラダもいいね。もう少し味付け濃くしてから使うと、もっといいかも」
「ねえ、みんなまだチーズ食べてないんだけど?」
「あらっ、ごめんなさい。チーズはローラとティナと3人で、全部食べちゃった」
「チーズ入りのパン、とっても美味しかったですわ」
「チーズのパン、凄く旨かった!」
「あちゃー……食べ損ねちゃった」

 近衛達は不味そうという先入観から初動が遅れ、どうやら一番旨かったと思われるチーズ入りのパンを食べ損ねてしまい、とても残念がった。


 最終的にチェイニーの作ったパンは全て食べてしまい、何も入れていなかったパンが残る結果となる。

 チェイニーはこの結果に大変満足し、今後色々な具材をパン生地に入れてみようと試行錯誤を繰り返し始める。

 
 せっかちな性格のチェイニーだったが故に思いついたこの発案をきっかけとして、谷にはパン生地の中に具材を入れてから焼くという、とても風変わりな食文化が誕生したのであった。




 食事を終えた女王と近衛達は、今日も美味しい食事であったと満足しながら後片付けを始める。

 ティナはイザベラとローラも片付けに参加している事に疑問を感じ、2人へ聞く。

「なあ? 何でイザベラもローラも、片付けるんだ?」
「え? 当たり前じゃない?」
「食後の後片付けは、当然の事ですわよ?」
「だって2人、谷の女王。偉いぞ?」
「ティナ? 偉かったら何もしなくても良い訳じゃ無いのよ?」
「そうですわよ? 何故そう思われたのですか?」
「だってソニア、隊長だから偉い。俺達近衛に命令する」
「そりゃまあ、近衛を統率してるから命令はするわね」
「ですがティナ、ソニアはあなたが嫌がるような命令、なさりますか?」
「ううん、しない」
「でしょ? 人に嫌な命令をする為に偉いんじゃ無いのよ?」
「誰かを守れる事が出来るから、偉いのです」
「誰か守れると、偉いのか?」
「ええ、そうよ。そして偉かったら後片付けしなくても良いなんて事は無いのよ?」
「ソニアは偉いですが、近衛達と一緒に後片付けをなさっているではありませんか?」
「偉いと片付けない、違うのか?」
「……ティナ? クリスに何か吹き込まれていたの?」
「クリス、お姉様。妹の俺より偉い。俺、いつも片付け命令されてた」
「まぁっ!? クリスったら……」
「ティナが偉いの意味を間違えてるじゃない、もうっ」
「ううん。俺、片付けるの嫌じゃ無い。俺、クリスから嫌な命令された事、無い」
「……本当に?」
「うん。俺、クリス大好き。だからクリスの言う事、聞く。クリス喜ぶと、俺も嬉しい」
「……健気だわ」
「何て素敵な……思いやりなのでしょう」
「でも……俺、クリスに嫌われた。頑張り、足りなかった」
「それは違うわよ?」
「あの子はあなたを嫌ってなどいませんよ?」
「俺、もう嫌われたくない。俺、みんな好き。嫌われる……やだ」
「誰もあなたを嫌いにならないわ。そんな心配しないで?」
「こんなに可愛いあなたを、誰が嫌いになるというのですか?」
「俺、嫌われる……やだ。みんなに谷から出てけ……言われるのやだ」
「そんな事、言う訳無いじゃない!」
「あなたは谷から追い出されなんてしませんよ?」
「みんな言わない。でも……みんな出てけって思ってる」
「……どうしてそう思うの?」
「そう思う理由、教えて頂けませんか?」
「俺……みんなと何か違う。翼一緒なだけ。俺、化け物」
「違うわよ? あなあは翼の民、バルボアとミモザが命を落としてまで守り抜いた、谷の子よ?」
「そしてあなたは、神に選ばれた子なのですよ?」
「俺……化け物って怖がられるの……やだ」
「あのね、それは違うのよ? みんな怖いって言ってるけどね、本当に怖いっては絶対に思って無いからね?」
「ティナが強くて、皆さんビックリなさっているだけですからね?」
「俺、いつもクリスに化け物言われるの、怖いって言ってた。
 クリス、絶対にみんなから俺守るって言ってくれてた。
 でも……クリス……俺捨てて……島行く。
 もうクリス……守ってくれない……。
 俺……みんなに嫌われて……谷出てかなきゃ……ない。
 それ……やだ…………ぐすっ……わぁぁぁーん………」

 ティナはイザベラとローラに、鬱積していた本心を打ち明け、ついに泣き出してしまう。


 イザベラとローラは、これが原因だったのかと覚った。

 身体は異常なまでに強靭でも、心はまだまだ幼い子供。

 こうも周囲から恐れられていては、自分に責任があると思い込んでしまう。

 クリスという心の拠り所を失いかけている今、ティナは自分という存在の恐怖に押し潰されてしまいそうであったのか…と。


 ティナの悲痛な訴えを聞いていた近衛達も、自分達がほぼ毎日のようにティナを化け物呼ばわりしていた事に心から反省する。

 ティナは化け物と呼ばれたく無かったのに、自分達は何も考えずにその心を踏みにじり続けていたのか…と。


 ティナの本心を聞けた事で、問題解決の糸口を掴んだイザベラとローラ。

 お互いの顔を見合わせ、こくりと頷きながら魔力を使い、誰にも聞かれないように話し合う。

(そうか……これが原因だったのね)
(ティナ……自分の身体をこんなに悩んで……)
(常人とは違いすぎる身体に、本人も恐怖していただなんてね)
(まだ子供ですもの……現実を受け入れられなかったのですね)
(これはクリスのせいじゃなく、私達谷の皆のせいだわ)
(ええ。敬愛を込めていたつもりでしょうが、この子には苦痛でしたのね……)
(クリスは人知れず、それを妨げていたのね……)
(この子の心を、守っていたのですね……)
(色々と反省する事は多い。けど、これでやっと)
(この子の心を癒してあげられますわね)
(後は慎重に説き伏せれば大丈夫)
(ええ。では、始めましょうか?)
(うん)


 イザベラとローラは、優しく微笑みながらティナへ語りかける。

「ねえティナ? クリスはあなたを、見捨ててなんかいないわよ?」
「あなたが島に連れて行かれてしまわない為に、クリスは身代わりに島へ行こうとしているのですよ?」
「ぐすっ…………え?」
「グスタフのハゲが、執拗にあなたを連れて行こうとしたじゃない?」
「クリスはあなたを島に連れて行かれたくなかったので、自分が身代わりになってでも、あなたを守りたかったのですわよ?」
「クリス……俺の為に……島に?」
「そうよ? だから、クリスが島に行くのを止められるのは、あなたしか居ないの」
「あなたが説得なさらなければ、クリスとはもう二度と会えなくなってしまいますわよ?」
「やだ! 俺、クリス行くなって言う! 島行かせない!」
「そう! その意気よ!」
「絶対に行かせてはなりませんよ?」
「……うん。でも俺……どう言えばいいか……分かんない」
「じゃあ、取って置きの言葉、教えてあげる」
「クリスは絶対に、島に行くのを踏み留まりますわよ?」
「それ、教えて! お願い! お願いします!」
「いい? こう言うのよ?」
「こほん……『俺はお前が大好きだ。お前とひとつになりたい』」
「『だから島に行くな。ずっと俺と一緒に暮らそう』」
「『俺はお前と離れたくない。クリス、愛してる』」
「えっと……俺、お前が大好き。お前とひとつに……どうやったらひとつになるんだ?」
「そこは詮索しちゃ駄目。勢いで言っちゃいなさい」
「うん。お前とひとつになりたい。だから、島行くな」
「そうそう。その調子ですわ」
「俺はお前と離れる、絶対に嫌。クリス、愛してる」
「良し良し、言えたわね」
「明日、クリスが来たら真っ先に伝えるのですよ?」
「うん! 歓送の儀礼、終わったら言う!」
「それは駄目。来たらすぐに言うの」
「だって……みんな練習した。着る鎧も綺麗にした」
「良いのですよ。本来島ごときに使う儀礼などではありませんもの」
「でも……」
「ソニア、ぶち壊してもいいわよね?」
「はい、陛下。ティナが言い出せなかったら、私がぶち壊して時間を稼ぎます」
「流石は近衛隊長。部下思いですわね?」
「時間稼ぎは私にお任せ下さい、陛下」

 イザベラ、ローラ、ソニアはティナとクリスを全面的に支援すると誓い合う。

 3人の会話を聞いていた近衛達も、絶対にクリスを行かせないと、円陣を組んで気合いを入れていた。



 ティナは明日クリスに言う台詞を何度もぶつぶつと呟き、必死に覚えようとしていた。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

処理中です...