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クリスの受難
49 引き留め工作
しおりを挟む翌朝、フレイムアースの家では、グレイスが腕捲りをしてクリスの顔に、一生懸命化粧を施していた。
母の部屋の鏡台の椅子に座るクリスは、大変綺麗な花嫁衣裳を着てグレイスの化粧作業に全てを任せている。
きらびやかに光輝く花嫁衣装、幼い顔つきを妖艶な美人に変貌させる化粧。
クリスは美しい花嫁姿へと変わっていた。
グレイスは、化粧筆を鏡台の上にそっと置き、クリスに話す。
「……終わったよ」
「ありがとう、お母様」
「綺麗だよ、クリス」
「えへへ……」
「これで見初められなきゃその皇子様、よっぽどの馬鹿かクソガキだね」
「あたし、そんなに綺麗かな?」
「鏡見て分かんないのかい? その顔が、今のあんたの顔だよ?」
「……うん、綺麗だと思う」
「その花嫁衣装も素敵だよ。流石は両陛下だ、とってもお似合いだよ?」
「そう……かな? あたし、こんな派手なの似合わないと思うよ?」
「派手なんかじゃ無いよ。とっても落ち着いた、清楚な淑女に見えるよ?」
「あたしもお母様みたいに、皇子様をイチコロにしちゃうね?」
クリスは仕上がり具合に大変満足しながら、首をこきこきと鳴らす。
グレイスはクリスの仕草に小言を言う。
「こらっ! 花嫁がそんな事すんじゃないよ!」
「だってぇ、肩が凝ったんだもん」
「あんた間違っても、人前でやらかすんじゃ無いよ?」
「はーい、気を付けまーす」
「ほんとにもう……側は良くても中身はがさつなまんまだねぇ、あんたも」
「そりゃぁ、お母様の娘なんで」
「あたしのせいにすんじゃ無いよっ!」
「ごめんなさーい。ふふっ……」
「…………ねえ、クリス?」
「ん? なぁに?」
「ホントに……行っちまうのかい?」
「……うん」
「ホントに……思い留まる気は無いのかい?」
「無いよ」
「ティナちゃんがさ、行くなって言ってもかい?」
「大丈夫だよ。あいつがそんな事言いっこ無いもん」
「言ったらどうする?」
「んー……どうかな? ちょっとは考えるかな?」
「そうかい。こりゃティナちゃんに頑張って貰わなきゃ無いね」
「言いっこ無いよ。嫌いな女に行くななんてさ」
「あんたの思い込みだってのに……全然言う事聞かない子だねえ、全く」
「お母様。あたしが島に行った後でさ、ティナにごめんねって言ってくれない?」
「あんたの口から言いなさいよ」
「それが出来ないからお願いしてるの」
「……本当にティナちゃんに悪いと思ってんなら、自分の口から言いなさい」
「んー……駄目、言えない。全部あたしが悪いんだもん。余計な言い訳して、もっと嫌われちゃいそうだもん」
「……馬鹿だね、あんたも」
「本当に馬鹿だと思ってる…………ごめん」
クリスは鏡に映る自分の顔に言い聞かせるように、呟いた。
ごめんと謝った相手は果たしてグレイスだったのか、ティナだったのか、それはクリスにしか分からなかった。
家からグレイスと共に出たクリスは、女王達が待つ大木の麓へと歩きながら話す。
「何でお母様も来るの?」
「娘の旅立ちを、母親が見送っちゃいけないのかい?」
「別に、家の前で良かったんじゃない?」
「そうは行かないよ。母親として、きちんと見送ってあげなきゃ。歓送の儀礼すんだろ?」
「そうみたいだよ?」
「谷のみんなが総出で見送るってのに、あたしだけ居なかったらおかしいだろ?」
「えっ!? 谷のみんな、全員であたし見送るの!?」
「当たり前だろ? 歓送の儀礼を何だと思ってんだい」
「いや、恥ずかしいんだけど?」
「何が恥ずかしいんだよ?」
「だって……お妃様って言葉に釣られて、のこのこ島に行こうとしてる間抜けな女よ? あたし」
「そんな尻軽女でもね、谷のみんなはちゃんと見送ってあげんだよ。それが礼儀ってモンさ」
「何か……申し訳無い気分」
「みんなにきちんとお別れの挨拶、するんだよ?」
「うん」
「ティナちゃんにもね?」
「う……うん…」
そうだった、この先にはティナが居るんだったと気付いたクリスは、段々と足取りが重くなり始め、何て言おうかと憂鬱になった。
大木の麓にはイザベラとローラを始め、近衛兵隊、谷の女衆が一同に集まり、クリスの到着を首を長くして待っていた。
集団の隅には、グスタフが居心地悪そうに腕を組みながら立っている。
道の先にクリスとグレイスの姿を見付けた女衆達は、声を揃えて話し出す。
「あっ、来た来たっ!」
「わぁーっ! 綺麗!」
「いいなぁ! 私も早く結婚したーい!」
「花嫁姿、久々に見るねぇ?」
「今までで最後の花嫁は……ミモザだったかね?」
「うんうん。かれこれ100年近く前になんのかね?」
「はぁー、そんくらい今まで誰も結婚してなかったんだねぇ?」
「男はへたれ、女は意固地。そら中々結婚までこぎつけないさね」
「最近の若いモンは、意気地が無いねぇ?」
「早いとこ身ぃ固めて、孫作って欲しいんだけどねぇ?」
「翼の民が絶滅しちまうよ、全く」
クリスの花嫁姿を羨望の眼差しで見つめる若い女衆。
自分が花嫁だった頃を思い出し、感慨深げに見つめる母親衆。
死ぬ前にせめて孫の顔を拝みたいと切実に願う老婆衆。
谷の女衆はそれぞれの思いを込め、近付いて来る花嫁姿のクリスに歓声を上げ続けた。
クリスとグレイスはしずしずと歩き、観衆の囁き声をかき分けて、並び立っている2人の女王の前までやって来る。
グレイスは恭しく2人の女王に跪き、深々と頭を下げながら話す。
「不出来な花嫁、クリスを連れて参りました」
「ご苦労様」
「不出来だなんて、大変お美しいですわよ?」
「外見だけでございます。中身はまだまだ子供です」
「……クリスはどうしても、島へ嫁ぐと言っているの?」
「自分の気持ちを押し殺してまで、行かなくとも宜しいのですよ?」
「はい。168年間育てた母の助言など、全く聞く耳持ちやしません」
「そう……。クリス、私達も行かせたく無いのだけど?」
「島に義理などありません。行くのをお止めなさい?」
「女王陛下。花嫁の邪魔をしないで下され」
「グスタフ、貴様は黙っておれ」
「心揺れ動く谷の娘を容赦無く連れ帰るなど、厚顔無恥も甚だしい」
「……はぁ」
グスタフはイザベラとローラに邪魔するなと進言し、手痛い反撃を受けて首をすくめた。
クリスは深々と頭を下げ、イザベラとクリスに話す。
「クリス=フレイムアースは本日、島へと嫁ぎます。今までご加護を授けて下さり、誠にありがとうございました」
「……ふう、クリスも頑固者ね?」
「あなたが嫁ぐと、悲しみに暮れてしまう者がいらっしゃるのに」
「? あたしが嫁いで、悲しむ者など居ないハズですが?」
「では、右を向いてご覧なさい?」
「必死に止めたがっている、とっても可愛い子がいらっしゃいますわよ?」
「? …………ティナ」
イザベラとローラに促され、右を向いたクリス。
そこには近衛兵達が並んで立っていた。
歓送の儀礼で正装するハズの近衛は、ティナ以外全員が普段の軽装甲冑に帯刀という出で立ちだった。
唯一、ティナだけは異なる甲冑を着て、クリスを見つめている。
谷の象徴である水と風、その色を再現した紺碧と新緑が交互に絡み合う大変美しい正装甲冑。
ティナは、その正装甲冑を身に纏って立っていた。
両手で花束を大事そうに持ちながら。
クリスは視線をイザベラとローラに戻し、困惑した表情で話しかける。
「あ、あの……これは?」
「近衛はあなたを送り出す気が無いようね?」
「ティナは別の目的で正装なさっているのですよ?」
「あの……その……」
「いいわよ?」
「お行きなさい?」
「は、はい」
クリスはイザベラとローラに一礼し、ティナの前まで歩いて行く。
ティナは緊張しながら、目の前までやって来たクリスに話しかける。
「クリス……あの……これ」
「……お花……綺麗だね?」
「ううん。クリスのほう、もっと綺麗」
「ありがとう。どうしたの、これ?」
「えっと……クリスにあげたいから、お花採った」
「あたしに? ありがとう。でも、何で?」
「えっと、レイナがそうしろって」
「レイナに言われたの?」
「うん。お花採ってクリスにあげる、クリス喜ぶって言った」
「うん、嬉しいよ」
「俺、もっと沢山お花採りたかった。でも、沢山採ってもしょうがないって言われた」
「そっか?」
「クリス。お花、あげる」
「……ありがとう。枯らさないようにするね?」
「えっと……待って」
「? どうしたの?」
クリスに花束を受け渡したティナは、目を泳がせながら周囲をキョロキョロと見渡した。
視線を向けられたイザベラとローラ、近衛兵達はこくりと頷き、ティナに合図を送る。
合図を受け取ったティナはごくりと生唾を飲み込み、クリスに話しかける。
「あ、あの……クリス」
「なぁに?」
「えっと……その……うんと……」
「どうしたの? あ、そっか…あたしに言いたい事あるんだ?」
「う……うん」
「聞かせて?」
「……うん」
クリスは、しどろもどろになりながら自分に何かを言いたがっているティナを正視出来なくなり、そっと目を瞑る。
ティナは意を決し、昨日イザベラとローラから教えられた台詞を口に出す。
「えっと……俺、お前大好き。俺、お前とひとつになる」
「!?」
「だから、島に行くな。ずっと俺と、一緒に暮らそう」
「……ティナ?」
「俺、お前と離れるの絶対嫌。クリス、愛してる」
「………………」
クリスは目を開け、じっとティナの瞳を見つめる。
ティナは、全て失敗せずに言いきった、これでクリスは島に行かないとほっとしながら、クリスの瞳を見つめ返した。
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