81 / 271
冒険者カーソンとクリス
80 トレヴァの街
しおりを挟む
2人がトレヴァの街に着いたのは真夜中だった。
街の入口で門番に止められたが、『若い男女がこんな遅くまで外をほっつき歩くんじゃない』と注意された程度で、街の中へはすんなりと入れた。
街の明かりは殆ど消え、シーンと静まり返っている。
2人は街中を歩き、通り沿いの一角に明かりのついている建物を見つける。
明かりを求めて建物の中を覗くと、ひとりの男が椅子に座りながらテーブルへ肘をかけていた。
男はこちらを見ている2人に気がつくと、椅子から立ち上がり近付いてゆき、話しかける。
「ようこそ旅人さん。ここは宿屋だよ。今から泊まるんなら半額の15ゴールドでいいよ。どうするね?」
「? 宿屋…って、何だ?」
「面白い事言うねぇ、旅人さん。ここはね、君みたいな人達に寝泊まりする場所を貸してる店だよ?」
「ふーん……」
「まだ寝泊まりする場所が決まってないなら、部屋貸したげるよ?」
「クリス、どうする?」
「お金あるし、泊まろっか? あの、泊まります」
「よしきた。で、1室かい? 2室かい?」
「2室でお願いします」
「2室で30ゴールドだよ? 悪いけど、前金でお願いしていいかな?」
「? 前金…って、何だ?」
「別に疑ってる訳ではないけどね、先にお金払って貰いたいんだ」
「分かった。……えっと、これでいいか?」
カーソンはソニアから貰ったお金の袋に右手を入れ、中のお金をひと掴みすると男へ手渡す。
お金を手渡された男は、渡された金額に驚きながら話す。
「ちょっとお兄さん、多すぎるよ。何日泊まろうとしてんだい?」
「? お金、多かったのか?」
「多いもなにも…………もしかしてお兄さん、まさかお金の価値知らないのかい?」
「? お金の価値…って何だ?」
「本当に知らないのかい? どうやってこのお金、手に入れたんだい?」
「えっと、ソニアから貰った」
「ソニア? ところで変な事聞くけど旅人さん達、どこから来なさった?」
「谷ーー」
カーソンが言いかけたところをクリスが咄嗟に口を塞ぎ、慌てて答えた。
「西の村です!」
「タニシの村? はて、そんな村なんてあったかなぁ?」
「あ、あたしたちお金使う文化が無くて……ソニアっていう叔母さんから貯めてたお金貰って、初めて村から旅に出て来たんです。だから、お金の価値……分かんないんです」
「お金を使う事が無い村かい? へぇ、珍しい村もあるもんだねぇ?」
「行商っていうのが来た時くらいしか、お金って使った事が無いんです」
「そうかいそうかい。じゃあ、教えてあげようか?」
「あ、それ助かります」
「うんうん。世の中ズル賢い奴ばっかりだからね、今みたいに渡しちゃいけないよ? 渡した相手が悪い事考えてたら、みんな取られちゃうからね?」
「はい、気を付けます」
「それじゃ教えてあげるから、2人ともそこに座って」
「はい」
「うん」
男は今まで座っていた椅子へ2人を案内し座らせると、カーソンから渡されたお金をテーブルに置く。
男はお金を種類別に分け、2人へ話す。
「いいかい?
この一番小さい銅貨が1ゴールド。
中くらいの銅貨、これが5ゴールド。
この大きい銅貨が10ゴールドだよ?
この小さい銀貨が50ゴールド。
中くらいの銀貨が100ゴールド。
この大きい銀貨が500ゴールド。
そしてこれが小金貨、1枚で1000ゴールドだよ?」
「へぇ、そうなんですか」
「なあ? この金貨ってやつにも、大きいのあるのか?」
「もちろんあるよ? 中金貨が5000ゴールド、大金貨は10000ゴールドも価値があるんだ」
「ふーん……じゃあ俺、おじさんに1869ゴールド渡したのか?」
「お兄さんは計算が出来るんだね? その通りだよ」
「おじさんがこのお金貰ったら、えっと……2人で30ゴールドだから……62日泊まれて、9ゴールド余ったのか?」
「お兄さん凄いね、スグ計算出来ちゃうんだね? 半額だからそうなるけど、定額なら2人で31日もうちに泊まれたんだよ?」
「そうか。俺、頭の中に数字がすぐ出てくるぞ」
「お姉さんも勘定出来たかい?」
「……まだぜんぜん出来てません」
クリスはテーブルの上に並んでいるお金を指で数えながら、難しい顔をしていた。
男は大きい銅貨を3枚取り、2人へ話す。
「じゃあ宿代の30ゴールド、貰うからね?」
「うん、分かった」
「お願いします」
「今、部屋の鍵準備するよ。ところで、お腹は減ってないかい?」
「うん。ちょっとだけ、腹減った」
「そうだね。食事代出しますので、お願いします」
「ああ、いいよ。夕食の残り物だから、無料にしてあげるよ」
「え、お金とらないのか?」
「無料って……そんな」
「どうせ処分するところだったんだ。食べてくれたほうがこっちも助かるよ。先に食事用意するから、座って待ってるんだよ?」
「うん」
「はい」
男は椅子から立ち上がり、調理場へ2人分の食事を用意しにいった。
暫くして、男は2人分の食事を持ってやってくる。
「はい、お待ちどうさま。スープはまだ温まってないから、もう少ししたら持ってくるよ」
「いただきまーす!」
「……おじさんこれ、ちゃんとしたゴハンじゃないですか」
「いいや、残り物だよ?」
「モグモグ…………んぐ。 ?」
「ん? お兄さん、どうしたんだい?」
「パン……固い」
「こらっ! 失礼な事言うな!」
「ああ、ごめんよ。焼いてからもう6時間は経ってるから」
「6時間? 3日くらい経ってないか?」
「…………ホントだ、3日経ってるくらい固い」
「君達、おかしな事言うね? パンは焼き上がってから半日ももたないじゃないか?」
「え? そうなのか?」
「6時間くらいなら、まだフワフワしてませんか?」
「いやいや、そんなパンどこにもないよ?」
「え、だってーー」
「おじさん! 美味しいですこのパン!」
「そ、そうかい? おっと、そろそろスープ温まったかな?」
男はスープを取りに、調理場へと向かった。
クリスは小声でカーソンに話す。
「カーソン、あんまり食べ物に文句言うのはやめようよ」
「? 何でだ?」
「ここは谷じゃなく、人間達の世界なんだよ? あたし達の食事と違うの、当たり前じゃない?」
「でも、人間っていつも、こんな固いパン食ってるのか?」
「谷のパンが柔らかすぎるのかも? んで、そんな事言ってるとあたし達、何かの拍子に翼の民ってバレちゃうかも知れないでしょ?」
「あ、そうか。谷で食ってたやつ、もしかして人間食ってないかも知れないのか?」
「そそ、そういう事。谷のゴハンと比べないようにしよう」
「うん、分かった。気を付ける」
カーソンとクリスは、うかつに谷の食事と人間の食事を比較し、自分達の素性を暴かれないように気を付けようと話し合った。
男が2人分のスープを持ってやってくる。
「はい、スープお待たせ」
「おじさんありがとう! スープうまそう!」
「ああ、こんな時間に暖かいもの食べれるなんて、幸せです」
「そうかいそうかい、そりゃ良かった」
「なあ? スープにパン、入れて食べてもいいか?」
「あたし達の村だと、あまりお行儀良くない食べ方なんですけど……」
「へぇ、本当に変わってる村だね? パンはスープに浸して食べるなんて、この辺じゃ当たり前だよ?」
「ふーん……そうなのか」
「あの、あたし達ホントに田舎者で。こんな大きな街初めてで……おかしな事やったり、言うかも知れませんのでごめんなさい」
「いいよいいよ。街ってのはね、そうやって外の人達と交流していかなきゃ、いつか滅んじゃうからね」
「え? 滅ぶのか? 何でだ?」
「そりゃぁね、人が沢山居すぎて大変だからさ」
「人が沢山居ると……大変なんですか?」
「まず第一に、食べるものが足りない。外から入手しないとね、街の人全員は食べていけないんだ」
「外から食べ物、取ってくるのか?」
「そうだよ。近くの村へ行って買ってきたり、街に売りにきた人から買い取るんだ」
「あ、そっか。お金と交換して手に入れるんですね?」
「うんうん。そうだよ」
「食べ物と交換するお金無かったら、どうするんだ?」
「そうなったらもう、街では暮らしていけないね。街から出て、村とかに住みながら自分でお金を作らなきゃないかな」
「何故それでもみんな、街に住むんですか?」
「街はね、安全に暮らして行けるところなんだ。高い壁に囲まれてるからね、魔物や盗賊が襲って来ることもないんだよ」
「魔物は分かるけど…盗賊って何だ?」
「簡単に人殺しする、泥棒かな」
「えっ!? 人間…いや、人が人を殺すんですか?」
「そういう危ない連中が入って来ないために、街はあるんだ」
「ふーん……」
「君達の村もそうだろ? 魔物とか盗賊に襲われてたんじゃないかい?」
「いえ、そう易々とは攻められません所でした」
「ほほう、治安のいい村だったんだね?」
「街って、みんなの命守ってるのか?」
「街というよりは、そうだなぁ……みんなで守りあって、街として機能してるっていったほうがいいかな?」
「でも……食べ物は外から入手しないと、駄目なんですね?」
「そう。村はいつ命を落としてもおかしくない所だけど、食べ物には困らない。街は命を滅多に落とさないけど、食べ物が足りないんだ」
「ふーん……人間って大変なんだな?」
「ははは! お兄さんも人間じゃないか」
「あ、いえ……村出身の人間って意味です!」
「うんうん、大丈夫。ちゃんとそういう意味で受け取ったよ」
「クリス……痛い痛い……」
クリスはテーブルの下でカーソンの足を踏みつけ、睨みつけながら余計な事を言うなと、目で合図を送っていた。
食事を終えた2人に部屋の鍵を渡しながら、男は尋ねた。
「ところで旅人さん? この街には何をしに来たんだい?」
「近かったから来た痛ってっ!?」
「とっ、特に何も予定してません」
「クリス……痛い……」
「余計な事言ったらまた叩くからね?」
「う、うん……ごめん」
「……何か人には言えない仕事かい?」
「いえいえ、違うんです。ホントに何の予定も無く来ました」
「え? クリス精霊探すっぷぇっ!?」
「ちょっと黙ってろ!」
「痛い……」
「すみません、ちょっとこいつ馬鹿なんです」
「そ、そうかい……。いや、もし仕事を探してるなら冒険者ギルドに行く事を勧めようかと思っただけなんだ。可愛そうだからお兄さんの事叩いちゃ駄目だよ?」
「ごめんなさい。ええっと……冒険者ギルド?」
「そうさ。この街以外にもあって、色んな仕事を斡旋しているよ。お金を稼ぎたいのなら、ギルドに入って仕事を貰うといいよ?」
「へー、面白そうですね?」
「明るくなったら行ってみるといいよ? 場所は教えてあげるから」
「ありがとうおじさん。それじゃ、おやすみなさい」
「あ、待った旅人さん。もしギルドに入っても、谷に関わる仕事は絶対にしちゃいけないよ?」
「!? 谷……ですか?」
「そうさ。翼の民の捕獲なんて仕事、いくら報酬が高くても引き受けちゃいけないよ?」
「それは……なぜです?」
「翼の民様はね、神様の御使い様なんだ。捕まえるなんてとんでもない話さ」
「分かりました。あたし達、そんな仕事絶対に受けませんから。大丈夫ですよ」
「それじゃ、いい夢を」
男は2人に手を振り、2階へと促した。
2階へ上がる途中、カーソンはクリスに話す。
「クリス。俺、良い人間初めて見た」
「あたしもよ」
「でも、何で部屋2つなんだ? ひとつで良かったんじゃないか?」
「あんたが良くても、あたしが駄目なのよっ!」
「何でだ?」
「あたしだってね、ひとりで寝たい時もあるのよっ!」
「ふーん……そうか。それじゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
(ごめんね、カーソン。
あなたのおちんちん、まだ怖いのよ。
心の準備が出来るまで、もう少し待っててよ。
準備が出来たら、一緒に……しようねっ?)
クリスは当面の恋敵が周囲から消え去り、気持ちに余裕が出来ていた。
何も今すぐカーソンに抱かれなくても、そのうち気分が高揚している時でいいだろう…と。
2人はそれぞれ別の部屋で眠る。
一方、谷にて。
イザベラはローラへ、そろそろ寝ようと話していた。
「さて…と。ローラ、そろそろ寝ない?」
「そうですわね」
「今頃あの2人、子作りに励んでるかしら?」
「……ところでお姉様、気になる事が」
「どうしたの?」
「お姉様、カーソンを送り出す時……封印を解きましたか?」
「………………」
「私、見ていませんでしたが?」
「…………ごめん」
イザベラは慌てて立ち上がり、北東に身体を向ける。
パチン
パチン
パチン
イザベラは指を3回鳴らし、カーソンに向けて封印解除の魔力を送る。
イザベラは振り返り、困惑した顔でローラへ話す。
「3回も送れば……どれかで解除されるわよね?」
「お姉様…………」
「ごめん……すっかり忘れてたわ」
「……クリスが泣いてしまいますわよ?」
「クリス……もし解除されてなかったら……ごめんね?」
イザベラは暫く北東を向いたまま立っていた。
街の入口で門番に止められたが、『若い男女がこんな遅くまで外をほっつき歩くんじゃない』と注意された程度で、街の中へはすんなりと入れた。
街の明かりは殆ど消え、シーンと静まり返っている。
2人は街中を歩き、通り沿いの一角に明かりのついている建物を見つける。
明かりを求めて建物の中を覗くと、ひとりの男が椅子に座りながらテーブルへ肘をかけていた。
男はこちらを見ている2人に気がつくと、椅子から立ち上がり近付いてゆき、話しかける。
「ようこそ旅人さん。ここは宿屋だよ。今から泊まるんなら半額の15ゴールドでいいよ。どうするね?」
「? 宿屋…って、何だ?」
「面白い事言うねぇ、旅人さん。ここはね、君みたいな人達に寝泊まりする場所を貸してる店だよ?」
「ふーん……」
「まだ寝泊まりする場所が決まってないなら、部屋貸したげるよ?」
「クリス、どうする?」
「お金あるし、泊まろっか? あの、泊まります」
「よしきた。で、1室かい? 2室かい?」
「2室でお願いします」
「2室で30ゴールドだよ? 悪いけど、前金でお願いしていいかな?」
「? 前金…って、何だ?」
「別に疑ってる訳ではないけどね、先にお金払って貰いたいんだ」
「分かった。……えっと、これでいいか?」
カーソンはソニアから貰ったお金の袋に右手を入れ、中のお金をひと掴みすると男へ手渡す。
お金を手渡された男は、渡された金額に驚きながら話す。
「ちょっとお兄さん、多すぎるよ。何日泊まろうとしてんだい?」
「? お金、多かったのか?」
「多いもなにも…………もしかしてお兄さん、まさかお金の価値知らないのかい?」
「? お金の価値…って何だ?」
「本当に知らないのかい? どうやってこのお金、手に入れたんだい?」
「えっと、ソニアから貰った」
「ソニア? ところで変な事聞くけど旅人さん達、どこから来なさった?」
「谷ーー」
カーソンが言いかけたところをクリスが咄嗟に口を塞ぎ、慌てて答えた。
「西の村です!」
「タニシの村? はて、そんな村なんてあったかなぁ?」
「あ、あたしたちお金使う文化が無くて……ソニアっていう叔母さんから貯めてたお金貰って、初めて村から旅に出て来たんです。だから、お金の価値……分かんないんです」
「お金を使う事が無い村かい? へぇ、珍しい村もあるもんだねぇ?」
「行商っていうのが来た時くらいしか、お金って使った事が無いんです」
「そうかいそうかい。じゃあ、教えてあげようか?」
「あ、それ助かります」
「うんうん。世の中ズル賢い奴ばっかりだからね、今みたいに渡しちゃいけないよ? 渡した相手が悪い事考えてたら、みんな取られちゃうからね?」
「はい、気を付けます」
「それじゃ教えてあげるから、2人ともそこに座って」
「はい」
「うん」
男は今まで座っていた椅子へ2人を案内し座らせると、カーソンから渡されたお金をテーブルに置く。
男はお金を種類別に分け、2人へ話す。
「いいかい?
この一番小さい銅貨が1ゴールド。
中くらいの銅貨、これが5ゴールド。
この大きい銅貨が10ゴールドだよ?
この小さい銀貨が50ゴールド。
中くらいの銀貨が100ゴールド。
この大きい銀貨が500ゴールド。
そしてこれが小金貨、1枚で1000ゴールドだよ?」
「へぇ、そうなんですか」
「なあ? この金貨ってやつにも、大きいのあるのか?」
「もちろんあるよ? 中金貨が5000ゴールド、大金貨は10000ゴールドも価値があるんだ」
「ふーん……じゃあ俺、おじさんに1869ゴールド渡したのか?」
「お兄さんは計算が出来るんだね? その通りだよ」
「おじさんがこのお金貰ったら、えっと……2人で30ゴールドだから……62日泊まれて、9ゴールド余ったのか?」
「お兄さん凄いね、スグ計算出来ちゃうんだね? 半額だからそうなるけど、定額なら2人で31日もうちに泊まれたんだよ?」
「そうか。俺、頭の中に数字がすぐ出てくるぞ」
「お姉さんも勘定出来たかい?」
「……まだぜんぜん出来てません」
クリスはテーブルの上に並んでいるお金を指で数えながら、難しい顔をしていた。
男は大きい銅貨を3枚取り、2人へ話す。
「じゃあ宿代の30ゴールド、貰うからね?」
「うん、分かった」
「お願いします」
「今、部屋の鍵準備するよ。ところで、お腹は減ってないかい?」
「うん。ちょっとだけ、腹減った」
「そうだね。食事代出しますので、お願いします」
「ああ、いいよ。夕食の残り物だから、無料にしてあげるよ」
「え、お金とらないのか?」
「無料って……そんな」
「どうせ処分するところだったんだ。食べてくれたほうがこっちも助かるよ。先に食事用意するから、座って待ってるんだよ?」
「うん」
「はい」
男は椅子から立ち上がり、調理場へ2人分の食事を用意しにいった。
暫くして、男は2人分の食事を持ってやってくる。
「はい、お待ちどうさま。スープはまだ温まってないから、もう少ししたら持ってくるよ」
「いただきまーす!」
「……おじさんこれ、ちゃんとしたゴハンじゃないですか」
「いいや、残り物だよ?」
「モグモグ…………んぐ。 ?」
「ん? お兄さん、どうしたんだい?」
「パン……固い」
「こらっ! 失礼な事言うな!」
「ああ、ごめんよ。焼いてからもう6時間は経ってるから」
「6時間? 3日くらい経ってないか?」
「…………ホントだ、3日経ってるくらい固い」
「君達、おかしな事言うね? パンは焼き上がってから半日ももたないじゃないか?」
「え? そうなのか?」
「6時間くらいなら、まだフワフワしてませんか?」
「いやいや、そんなパンどこにもないよ?」
「え、だってーー」
「おじさん! 美味しいですこのパン!」
「そ、そうかい? おっと、そろそろスープ温まったかな?」
男はスープを取りに、調理場へと向かった。
クリスは小声でカーソンに話す。
「カーソン、あんまり食べ物に文句言うのはやめようよ」
「? 何でだ?」
「ここは谷じゃなく、人間達の世界なんだよ? あたし達の食事と違うの、当たり前じゃない?」
「でも、人間っていつも、こんな固いパン食ってるのか?」
「谷のパンが柔らかすぎるのかも? んで、そんな事言ってるとあたし達、何かの拍子に翼の民ってバレちゃうかも知れないでしょ?」
「あ、そうか。谷で食ってたやつ、もしかして人間食ってないかも知れないのか?」
「そそ、そういう事。谷のゴハンと比べないようにしよう」
「うん、分かった。気を付ける」
カーソンとクリスは、うかつに谷の食事と人間の食事を比較し、自分達の素性を暴かれないように気を付けようと話し合った。
男が2人分のスープを持ってやってくる。
「はい、スープお待たせ」
「おじさんありがとう! スープうまそう!」
「ああ、こんな時間に暖かいもの食べれるなんて、幸せです」
「そうかいそうかい、そりゃ良かった」
「なあ? スープにパン、入れて食べてもいいか?」
「あたし達の村だと、あまりお行儀良くない食べ方なんですけど……」
「へぇ、本当に変わってる村だね? パンはスープに浸して食べるなんて、この辺じゃ当たり前だよ?」
「ふーん……そうなのか」
「あの、あたし達ホントに田舎者で。こんな大きな街初めてで……おかしな事やったり、言うかも知れませんのでごめんなさい」
「いいよいいよ。街ってのはね、そうやって外の人達と交流していかなきゃ、いつか滅んじゃうからね」
「え? 滅ぶのか? 何でだ?」
「そりゃぁね、人が沢山居すぎて大変だからさ」
「人が沢山居ると……大変なんですか?」
「まず第一に、食べるものが足りない。外から入手しないとね、街の人全員は食べていけないんだ」
「外から食べ物、取ってくるのか?」
「そうだよ。近くの村へ行って買ってきたり、街に売りにきた人から買い取るんだ」
「あ、そっか。お金と交換して手に入れるんですね?」
「うんうん。そうだよ」
「食べ物と交換するお金無かったら、どうするんだ?」
「そうなったらもう、街では暮らしていけないね。街から出て、村とかに住みながら自分でお金を作らなきゃないかな」
「何故それでもみんな、街に住むんですか?」
「街はね、安全に暮らして行けるところなんだ。高い壁に囲まれてるからね、魔物や盗賊が襲って来ることもないんだよ」
「魔物は分かるけど…盗賊って何だ?」
「簡単に人殺しする、泥棒かな」
「えっ!? 人間…いや、人が人を殺すんですか?」
「そういう危ない連中が入って来ないために、街はあるんだ」
「ふーん……」
「君達の村もそうだろ? 魔物とか盗賊に襲われてたんじゃないかい?」
「いえ、そう易々とは攻められません所でした」
「ほほう、治安のいい村だったんだね?」
「街って、みんなの命守ってるのか?」
「街というよりは、そうだなぁ……みんなで守りあって、街として機能してるっていったほうがいいかな?」
「でも……食べ物は外から入手しないと、駄目なんですね?」
「そう。村はいつ命を落としてもおかしくない所だけど、食べ物には困らない。街は命を滅多に落とさないけど、食べ物が足りないんだ」
「ふーん……人間って大変なんだな?」
「ははは! お兄さんも人間じゃないか」
「あ、いえ……村出身の人間って意味です!」
「うんうん、大丈夫。ちゃんとそういう意味で受け取ったよ」
「クリス……痛い痛い……」
クリスはテーブルの下でカーソンの足を踏みつけ、睨みつけながら余計な事を言うなと、目で合図を送っていた。
食事を終えた2人に部屋の鍵を渡しながら、男は尋ねた。
「ところで旅人さん? この街には何をしに来たんだい?」
「近かったから来た痛ってっ!?」
「とっ、特に何も予定してません」
「クリス……痛い……」
「余計な事言ったらまた叩くからね?」
「う、うん……ごめん」
「……何か人には言えない仕事かい?」
「いえいえ、違うんです。ホントに何の予定も無く来ました」
「え? クリス精霊探すっぷぇっ!?」
「ちょっと黙ってろ!」
「痛い……」
「すみません、ちょっとこいつ馬鹿なんです」
「そ、そうかい……。いや、もし仕事を探してるなら冒険者ギルドに行く事を勧めようかと思っただけなんだ。可愛そうだからお兄さんの事叩いちゃ駄目だよ?」
「ごめんなさい。ええっと……冒険者ギルド?」
「そうさ。この街以外にもあって、色んな仕事を斡旋しているよ。お金を稼ぎたいのなら、ギルドに入って仕事を貰うといいよ?」
「へー、面白そうですね?」
「明るくなったら行ってみるといいよ? 場所は教えてあげるから」
「ありがとうおじさん。それじゃ、おやすみなさい」
「あ、待った旅人さん。もしギルドに入っても、谷に関わる仕事は絶対にしちゃいけないよ?」
「!? 谷……ですか?」
「そうさ。翼の民の捕獲なんて仕事、いくら報酬が高くても引き受けちゃいけないよ?」
「それは……なぜです?」
「翼の民様はね、神様の御使い様なんだ。捕まえるなんてとんでもない話さ」
「分かりました。あたし達、そんな仕事絶対に受けませんから。大丈夫ですよ」
「それじゃ、いい夢を」
男は2人に手を振り、2階へと促した。
2階へ上がる途中、カーソンはクリスに話す。
「クリス。俺、良い人間初めて見た」
「あたしもよ」
「でも、何で部屋2つなんだ? ひとつで良かったんじゃないか?」
「あんたが良くても、あたしが駄目なのよっ!」
「何でだ?」
「あたしだってね、ひとりで寝たい時もあるのよっ!」
「ふーん……そうか。それじゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
(ごめんね、カーソン。
あなたのおちんちん、まだ怖いのよ。
心の準備が出来るまで、もう少し待っててよ。
準備が出来たら、一緒に……しようねっ?)
クリスは当面の恋敵が周囲から消え去り、気持ちに余裕が出来ていた。
何も今すぐカーソンに抱かれなくても、そのうち気分が高揚している時でいいだろう…と。
2人はそれぞれ別の部屋で眠る。
一方、谷にて。
イザベラはローラへ、そろそろ寝ようと話していた。
「さて…と。ローラ、そろそろ寝ない?」
「そうですわね」
「今頃あの2人、子作りに励んでるかしら?」
「……ところでお姉様、気になる事が」
「どうしたの?」
「お姉様、カーソンを送り出す時……封印を解きましたか?」
「………………」
「私、見ていませんでしたが?」
「…………ごめん」
イザベラは慌てて立ち上がり、北東に身体を向ける。
パチン
パチン
パチン
イザベラは指を3回鳴らし、カーソンに向けて封印解除の魔力を送る。
イザベラは振り返り、困惑した顔でローラへ話す。
「3回も送れば……どれかで解除されるわよね?」
「お姉様…………」
「ごめん……すっかり忘れてたわ」
「……クリスが泣いてしまいますわよ?」
「クリス……もし解除されてなかったら……ごめんね?」
イザベラは暫く北東を向いたまま立っていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる