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冒険者カーソンとクリス
94 魔物
しおりを挟む翌朝、朝食を終えた2人は宿を引き払い、冒険者ギルドへと向かう。
ギルドでは受付の男が2人の事を待っていた。
男は2人を見付けると、奥へと手招きしながら話す。
「いやぁ、良く来てくれた。待ってたよ」
「おはよう」
「おはようございます」
「カーソンにクリス。実は君達に頼みたい仕事があるんだ。ほら、コイツだ」
受付の男は、2人に1枚の依頼書を見せた。
『ネスト・イサリ村間に出没した魔物の討伐』
条件 討伐
報酬 3000ゴールド
備考 失敗者多数、全て未帰還
依頼書を見ながら2人は受付に尋ねる。
「魔物…って、どんな魔物だ?」
「正体不明なんですか?」
「そうなんだ。これまでに3回、3組のパーティーが受注して討伐に向かったんだが、未だに誰ひとり帰って来ちゃいない」
「帰って来てないのか? 3回って事は……2ヶ月くらい前からか?」
「そんなに魔物って強いの?」
「少なくとも、この依頼対象は強いな。この辺じゃ結構名の知れた冒険者が討伐に向かったんだが、後は知っての通りだ」
「完了報告ないのか?」
「そんなに強いのに、3000ゴールドって安くないですか?」
クリスの問いかけに、受付の男は答えた。
「そこでだ。ギルドから賞金を追加して、契約金無しの10000ゴールドで依頼する。どうだ?」
「10000ゴールド! 引き受けようよ、カーソン!」
「これ、今他に受けてる奴居ないのか?」
「完了報告が無くて失敗扱いになったのが2日前なんだ。つまりこれは今のところ君達にしか見せてない依頼さ」
「じゃあ、俺達で受けるぞ」
「本当か!? そいつは有り難い!」
「任せて下さい! きっちり仕留めてきますから!」
カーソンとクリスは、魔物討伐を引き受けた。
受付の男は話す。
「魔物はこの街と南のイサリ村との間に居る。魔物を殺さないと、村との交流が上手く行かないんだ。頼んだよ?」
「うん、分かった」
「それじゃあ、早速これから行ってきます」
ギルドを出た2人は、そのまま市場へと向かった。
市場の売り物を見定めながら、クリスは話す。
「受付のおじさんが言うには、ネストとイサリの丁度真ん中辺りに出没するみたいね。行ってみてもすぐ会えるとは限らないから、食料の補充とかして、野宿の準備しなきゃね?」
「馬達のゴハンもな?」
「そうだね」
2人は足りないものを買い足し、リュックに詰め込むと馬番の元へと向かった。
リュックを背負いながらやって来た2人に、馬番は話しかけてくる。
「おや、もう街を発つのかい?」
「うん。ギルドの依頼で、魔物討伐してくる」
「はい、10ゴールドと預かり札」
「ほい、確かに。連れてくるから待っててくれ」
馬番は2人の馬を連れてくると、険しい表情をしながら話す。
「魔物討伐って、どっち方面に行くんだい?」
「イサリ村までの間に出るみたいだ」
「えっ!? あの化け物を退治してくるって? やめといたほうがいいんじゃないかい?」
「でも、もう引き受けちゃっちゃから、やんなくちゃないんです」
「おじさん、今あの化け物って言ったけど、何か知ってるのか?」
「ああ。一昨日そいつと出くわしたっていうお客さんから聞いたんだよ。何でも、牛の頭をした大男らしいよ」
「牛だったんじゃないのか?」
「今、おじさんが大男って言ったでしょ。多分牛じゃないよ」
「えーっと、何だったかなあ? ミ、ミノ……ミノなんちゃらって名前の化け物ってお客さんが言ってたよ?」
「ふーん。牛の姿をした化け物か」
「冒険者ギルドは、どんな魔物か知らないみたいでしたよ?」
「そうなのかい? もうてっきり誰かが伝えてるかと思ってたよ」
「おじさん、ありがとう」
「どんな外見してるか分かっただけでも助かりました」
「気を付けなよ?」
2人は馬を受け取り、荷物を積むとイサリ村へ向けて出発した。
昼過ぎ、街と村の中間辺りに着いた2人は風が運んでくる異臭を嗅ぎ付ける。
帰らない冒険者達、相手が魔物だという経緯から察した2人は異臭を頼りに街道から外れ、匂いの元を辿る。
小高い丘を乗り越えた先で周囲に散乱する骨らしきものを見付け、馬を止めた。
2人は馬から降り、骨と思われる物体に近寄りながら話す。
「見てこれ、人間の骨じゃない?」
「あ、ホントだ。何人分あるんだこれ?」
「どう見ても5人分くらいあるよね?」
「肉食った後あるな」
「この辺に出没するかも知れないわね?」
「じゃあ魔物、この辺に居るのか?」
「多分そうだね。今日はこの辺で様子みようか?」
2人は周囲に散らばる骨を詳しく調べた。
人間の骨と思われる残骸には腐りきった肉が残っており、おびただしいほどの虫が集っている。
近くには粉々に砕かれた人間の頭のようなものも、あちらこちらに転がっていた。
「何かで頭潰したのかな? かなりの馬鹿力持ってるみたいだね?」
「捕まったら危ないな……気を付けなきゃな?」
「この死体、冒険者達なんだろうねきっと。ほら、剣や盾も転がってるよ」
「鎧もあった。壊れてる」
「殺した後で壊して、食べたみたいだね?」
「ここで戦って、負けて殺されたのか」
「先に殺されてた死体を見付けて、ここで待ってたらまた殺されて……の繰り返しだったんだろね」
「じゃあ、俺達もここで待つか?」
「いや、流石にここじゃ臭すぎて気持ち悪いわ。少し離れたとこで野宿しよっか?」
「うん、分かった」
「2人で準備すると意識がそっちにいって危ないかもね? あたしが準備するから、あんたこの辺見回ってよ」
「クリスひとりで大丈夫か?」
「あんたも魔物見付けたらさ、ひとりで何とかしようと思わないでよ?」
「うん、すぐクリス呼ぶ」
2人は少し離れた場所に荷物を降ろし、野宿の準備をしながら予め街で買っておいた昼食を馬達と共に食べる。
食後、周囲を散策し魔物の痕跡を探すが人間や動物の食い散らかされた残骸ばかりで、これといった物的証拠は得られなかった。
やがて陽は落ち、辺りは暗闇に覆われ始める。
クリスは焚き火を起こし、食事の準備を始めた。
カーソンは周囲を警戒したり、風の目を使って遠くを見回った。
周囲にはクリスが作った食事のいい匂いが立ち込める。
馬達へ食事を与えていたカーソンに、クリスは話す。
「さ、ゴハン出来たよ。食べましょ?」
「おほー! ゴハンゴハン!」
2人は食事を始めた。
食事の最中の事である。
近くで休ませていた馬が、ピクリと耳を立て、ヒヒンと鳴いた。
夢中になって食べていたカーソンは手を止め、クリスに話す。
「クリス……馬が何か来たって言ってる」
「何か来たって……まさか魔物?」
「確かに変な気配がする。でも、暗くて何も見えないな」
「あ、それならちょっと待って。トーチライト使うから」
クリスは焚き火の炎に向かって念じ、3つの火の玉を作り出すと周辺を明るく照らした。
明るく照らした周囲を見回すクリス。
ゆっくりと見回し、何もないと思いつつカーソンを見た。
カーソンの背後で突然、何かが動く。
「カーソン後ろっ! 何か居る!」
「えっ!?」
クリスが叫び、カーソンは慌てて横に跳び跳ねた。
ドガァン
トーチライトに映し出された巨大な生物が、カーソンが座っていた場所へ何かを叩きつけ、土煙を上げた。
「うわっ!? 危なかった!」
「コイツね! 魔物は!」
2人の目の前には火の玉に照らされた、牛の頭をした魔物が立っていた。
手には棍棒のようなものを持ち、魔物は声にならない雄叫びを上げる。
2人は剣を抜き、魔物と向かい合う。
魔物は棍棒を振りかぶり、カーソンめがけて叩き付けた。
カーソンは横にステップを踏んでかわす。
続けて魔物はクリスめがけて棍棒を横に振り回す。
クリスはバックステップで棍棒をかわした。
「当たったらひとたまりもないわね! 気を付けて!」
「動き遅い! 大丈夫だ、よけれる!」
カーソンはサイファに刃を作り出し、魔物を斬りつけた。
オドで作り出された刃はバリバリと音を立て、魔物の身体に傷を付ける。
「えっ!? 浅いっ!?」
カーソンは確実に仕留めたと思っていた。
しかし、魔物はかすり傷程度しかダメージを受けていないようであった。
クリスは焚き火の上に剣をかざし念じる。
炎を纏わせた剣でクリスは魔物に斬りかかった。
魔物は炎の剣によって深い傷を負い、その傷口は炎で焼けただれていた。
深手を負った魔物は膝をつき、苦し紛れに棍棒を振り回す。
カーソンは棍棒を振り回す魔物の右腕めがけ、サイファを振り降ろした。
剣はバリバリと音を立て、魔物の右腕に傷を付ける。
「!? まただ! 斬れないっ!」
カーソンはサイファへオドを強めに送り、再び斬りかかる。
2度目の暫撃で、魔物の右腕はようやく切り落とされた。
声にならない悲鳴を上げる魔物。
クリスは剣を振りかぶり叫ぶ。
「とどめっ!」
クリスの剣は魔物の首を捉え、頭を空高くはね飛ばした。
魔物は左手で消えた頭を探し、頭のあった部分へ左手で空を切らせながら徘徊し、やがて倒れる。
周囲には2人の剣で焼かれた、魔物の肉の匂いが漂った。
クリスは剣を鞘に収めながらふぅっと息をつき、カーソンに話しかける。
「どうしたの? あんたらしくないね? 手加減でもした?」
「ううん、ちゃんと斬った。けど、斬れて無かった」
「? どういう事?」
「多分、魔物オド吸い取ったんだと思う。吸われた分、傷浅かった」
「えーっ! じゃあサイファって、魔物苦手なの!?」
「うん、多分。人間斬るよりオド、沢山使いそうだ」
「ちょっとあんた大丈夫? オド使いすぎちゃ駄目よ?」
「分かった、気を付ける」
人間を始めとする数多くの生命体には、その高熱の刃が触れただけで灰塵へと変えるサイファ。
しかし、サイファはオドを吸収する生命体、つまり翼の民・神の一族・羽を持つ者・魔物が相手では弱いという事実が発覚した。
今から街へ帰っても真夜中になると判断した2人は、2匹目が出てこないか警戒しながらその場で一晩を明かした。
翌朝荷物をまとめると、魔物の頭を持って馬に乗り、街へと帰る。
馬屋に馬を預け、馬番に魔物の頭を見せてから2人は冒険者ギルドへと向かった。
ギルドに入ると、クリスは元気な声で受付へ挨拶する。
「おはようございまーす。魔物、倒して来ましたー!」
受付の男は驚いた様子で聞き返してきた。
「何だってぇっ!? 昨日の今日だぞ!? 冗談だろ?」
カーソンは魔物の頭をカウンターへ置き、男へ話す。
「本当だぞ。これが魔物の首だ」
魔物の頭を見た受付の男は、呆然としながら呟く。
「…………ミノタウロスだ。こんな化け物殺して来るとは……君達凄いな」
魔物を倒したと聞きつけた他の冒険者達も確認しに、カウンターへと集まってきた。
ミノタウロスの頭を見た冒険者達は、口々に喋りだす。
「おいおい、これ牛の頭じゃねえのか?」
「牛殺してきて、魔物だったとか言ってねえよな?」
「牛の頭持って来るだけで金貰えんのか?」
「俺もやってみっかな?」
牛の頭ではないかと疑う冒険者達に、受付の男は魔物の口を開いて見せながら話す。
「この歯を見てみろ。牛はこんな歯並びなんぞしちゃいない。こいつは間違いなく魔物、ミノタウロスの頭だ」
「うお……人間みてえな歯並びだ」
「じゃあこれ、本物の……魔物かよ」
「……おっかねえ」
「頭がこのでかさって事は……相当でけえ魔物だったんだな……」
牛の頭だと疑っていた冒険者達は、この魔物が動く姿を想像し背筋を凍らせた。
クリスは受付の男へ話す。
「魔物が出没した周辺には、人の死体がありました。多分ですけど、先に依頼を受けた冒険者だと思います。気の毒だけど……」
「みんな食われて腐ってたぞ」
受付の男は2人の話を聞き、首を横に振りながら答えた。
「しょうがないさ。実力に合わない仕事しちまったって事だ」
「暗闇に乗じて奇襲かけられました。あわやあたしだけしか帰って来れないとこでしたよ」
「俺、馬が先に気付いて教えてくれて、クリスがこいつ見付けなかったら殺されてたぞ」
「そりゃ無事で何よりだったな?」
「うん」
「食事時を狙うなんて、魔物もそれなりの知恵があったみたいです」
「いや、本当に良くやってくれた。ありがとう、これが報酬だ」
「おーっ! 大金貨もう1枚増えた!」
「やったね!」
2人は受付の男から報酬10000ゴールドを手渡された。
冒険者達は、2人に惜しみ無い拍手を送る。
中には自分達と組まないかと勧誘する冒険者達も居る。
鳴り止まない拍手に2人は照れながら、勧誘する冒険者達をやんわりと断りつつギルドを後にした。
宿屋で部屋を借り、着替えてから2人は食事をしに街中へ出た。
カーソンは両手を伸ばし、伸びをしながらクリスに話しかける。
「なあクリス、冒険者って楽しいな?」
「そうだね、楽しいね。前にも同じ事言わなかった?」
「あれ? そうだっけ? よく覚えてない」
食べ物屋の並びを歩きながら、クリスは話す。
「今日はあたしがお店選ぶからね?」
「うん、任せた」
「任せなさい。あ! あのお店、美味しそう!」
「お! いい匂いしてるな!」
2人は店に入り、食事を楽しんだ。
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