翼の民

天秤座

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犯した過ち

137 クリスの正体

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 クロノスは話題を切り替え、今回の成果について語り出す。

「さて、先の話はもう良いだろう。今回の成果について話そうではないか」
「……うむ。あの子への修正、これでどう変わったのだ?」
「以前伝えた通り、ここで全く同じ事が起きた。仕事で薬草を取りに来ただけなのだが、本来ここで暮らしていた木こり夫婦に盗賊と間違えられ、誤って2人とも殺してしまう」
「3年前に木こり夫婦へゴールドを渡し、ここから退去させ私が身代わりをせねば……どうなったのだ?」
「必ず他の人間に目撃されてしまい、あの2人は犯罪者となってしまっていた」
「目撃されぬ分岐は無かったのか?」
「無いな。殺す時、死体を埋める時、家に侵入した時、滞在している時、森から出る時、必ず何処かで誰かに目撃されてしまう」
「……ふむ。どの分岐でも必ず目撃され、人間達より悪と見なされたという事か」
「そうだ。犯した過ちにカーソンあいつの心は挫かれ、二度と戦えぬ確率が20%、罪を償い自害する確率が12%、やって来る追手にわざと殺される確率が8%、残り60%で乗り越える事は出来たのだがな」
「……ふむ。我等が露骨な介入をしてまでも、ここだけは変えねばならぬ分岐だったのだな?」
「ああ。カーソンあいつは我等の修正が無ければ、例え死なずとも人間共から忌み嫌われ、今後の行動が制限されてしまうところであった」
「殺さぬように導くのでは、駄目であったのか?」
「ああ。カーソンあいつは自分が悪と思った人間を、情け容赦無く殺す。その為に必ず何処かで、これと同じ事をやってしまっていた」
「誤った判断で人間を殺すのは、必ずやってしまったという事か」
「そうだ。どの分岐でもカーソンあいつはこの出来事をきっかけに成長するのだが……同時に背負ってしまう代償が大きすぎたのだ」
「それで私を殺させ・・・・・、代償を背負う事無く歯止めをかけたのだな?」
「その通りだ。これでカーソンあいつは殺す事が本当に正しいのかどうかを考えるようになり、本来背負うはずであった代償無しに良い結果だけを得られる事が出来た」
「では、ブラフとライだけで良かったのでは無いか? 何故シンまで用意する必要があったのだ?」

 シウスは何故、シンを用意したのかをクロノスへ聞く。


 クロノスはシンの存在の重要性を、シウスへ答えた。

「理由は3つある。ひとつ目は、罪の無い人間が何故自分を襲って来たのかの動機としてだ。更にはその存在により、無関係な人間共がこの森に来なくなった」
「……ふむ。襲われる動機となる必然的な悪、不必要な人間達を近寄らせぬ存在が必要であったのか」
「2つ目は、この際ついでにネロスが付与した能力ちからを2段階目まで覚醒させておこうと思ったのだ」
「……ネロスの与えた、忌まわしき能力ちからか?」
「ああ。1段階目は、人間共が勝手に覚醒させた」
「ゴルドとか言ったか? あの地での出来事だな?」
「そうだ。あの時点では、マーシャが受けた苦しみに対しての怒りで覚醒する」
「早々に落ち着いたのは何故だ?」
「1段階という事もあり、カーソン母体カールソンの力で何とか制御し、抑え込む事が出来た」
「ふむ。それで2段階目に移行したのか?」
「制御出来るギリギリの時期であったのだ。今回以降に行えば、大規模な殺戮劇となっていた」
「ふむ。ではクリスとヘレナ、最大でもあの2人を殺すだけで済んだのだな」
「……実はな、カーソンあいつが自らの手でクリスを殺してしまえば、我等の敗北となっていた」
「何だと!?」
「あの女、我等も測り知れぬ程カーソンあいつと深い絆で結ばれている。もしカーソンあいつが誤ってクリスを殺してしまえば、確実に後を追って自害していた」
「貴様……危険な事をしたのか!?」
「問題無い。100%阻止出来た」
「それで私が納得するとでも思うか?」
「そう睨むなシウス。カーソン母体カールソンで制御出来ぬ場合を考え、ガーディアンにも指示しておいた」
「ガーディアンにだと?」
「止めきれぬ場合は、お前が強制的にオドを吸い尽くせとな」
「吸わせたのか?」
「ああ。ほんの僅か吸い取ると力尽きたそうだ」
「ふむ。今一歩の所で済んだのだな?」
「100%阻止出来るのは間違い無かったのだが、見ていて余り気分は良くなかったわ」
「全てを知るお前でも、万が一の不測の事態は恐れるか」
「まあな。それと、今の内に言っておこう。ネロス復活の引き金トリガーは、ガーディアンが引く」
「…………何だと!?」
「他にも候補は居るのだがな、33%の分岐はガーディアンが引くのだ」
「…………」
「阻止するなよ? 大事な分岐だからな?」
「……知らぬほうが良かったわ」
「そう言うな。お前は引いた後のガーディアンを執拗に責めず、命懸けでカーソンあいつを守り通せと言ってくれ」
「……責めぬほうが良いのか?」
「ああ。ガーディアンは復活させてしまった事に責任を感じ、それ以降良い仕事を続けてくれるからな」
「……うむ、承知した」

 シウスはガーディアンがネロス復活の張本人と知らされ、複雑な想いでクロノスの進言を受け止めた。



 クロノスは今回の大本命であった、3つ目の目的をシウスに打ち明ける。

「そして、最後の3つ目は……クリスだ」
「クリス? 何故あの女の為に動いたのだ?」
「あの女の正体、お前は気付いているのだろう?」
「うむ。あの女を見て、何故お前達が・・・・・・と驚愕したわ」
「シウスよ、あの女のコア母体ベースを教えてくれ」
コアはカールソンを愛しながらも、子孫を残せずに死んだ女達の母体ベースが融合した集合体、母体ベースは当時誤ってカールソンを殺してしまった人間の女、クリスだ」
コア母体ベースの集合体? コアとは母体ベースとなる為に、学習している存在では無かったのか?」
「そうだ。コアとは数多くの生命体の生死を経験し、経験豊富な母体ベースとなる為に学習を続ける意思の状態だ」
「複数の母体ベースが融合し、コアになれるものなのか?」
「理論上は可能だ。ひとつのコアになりたいという、それぞれの母体ベースが同じ目的の為に意思統一されていればな」
「しかし、それは自らの存在を他の存在と融合、つまり自らの意思を消滅させる事と同じでは無いのか?」
「ああ。それぞれが今までの存在を放棄してまで、コアとして融合するのは……それを願う母体ベースそれぞれに余程の信念と覚悟が無いと、到底出来ぬのだがな」
母体ベースとして存在していたお互いを受け入れ、新しいコアとなる……そうなりたいと、それぞれが強く願ったという事か」
「故に母体ベースが融合したコアは、遥かに強いコアとなる」
コアが強くなると、どうなるのだ?」
母体ベースの元へ辿り着けば、母体ベースは喜んで迎え入れる。強い肉体、精神となる事が確約されるようなものだからな」
「ふむ。母体ベースが最も望むコアか」
「本来ならば、コア母体ベースよりも遥かに未熟な存在だ。故に母体ベースと同等、もしくはそれ以上のコアであれば、その意思が自分と合わずとも受け入れる」
「では、クリスのコアは元々母体ベースである為に、充分な経験と知識を持っている。クリスの母体ベースはそれに惹かれて受け入れたと?」
「強いコアがやって来たのであれば、必然的にそうなる」
母体ベースそれぞれが蓄えた経験と知識を持ったまま融合……そう上手くは行かぬと認識していいか?」
「ああ。誰かが自分の存在をほんの少しでも主張すれば、決して融合は成功しない」
「前例はあるのか?」
「あるにはあるが……成し得たコアは実に久しい」
「カールソンと再び会いたい、ただその為だけに融合したのか?」
「それだけの為に融合したのであれば、母体ベース達の凄まじい執念なのだが……単純な目的であるが故に成功したのであろう」
「幾つの母体ベースが融合されたのか、分かるか?」
「……恐らく10人は余裕で超えておるな。余りに融合が完全で、私ですらその総数は到底把握出来ぬ」
「あの当時、カールソンを諦めきれなかった女達の集合体執念……か」
「うむ。いつの間にか勝手に融合しておったとは……全く気付いておらんかったわ」
「神の目を盗み、数多くの母体ベースが融合し、コアとなって地上へ肉体を得た個体か。クリスもなかなか面白いな」
「……うむ。この私を欺くとは、大したものだ」
「だがしかしシウスよ。クリスは今より168年前に産まれたのだが……何故150年後に産まれる、あいつカーソンの存在を知っていたのだ?」
「知らぬ。この私ですら驚いておるのだ」
「クリスのコアに、気取られる事は無かったのだな?」
「ああ。母体カールソンは私の手元から全く動かしていない」
「お前が新たに創造した、カーソンはどうだ?」
カーソン母体カールソン同様、お前が始まりを告げるまで手元に置き、しかも私は眠り続けていたのだ。先に産まれたクリスの魂あいつらが、知る筈も無い」
「クリスに宿す、母体ベースの予定はどうだったのだ?」
「そちらは予定通りだ。変更などしていない」
「これもまた、カールソンと因果のある母体ベースなのだが、お前が仕組んだのか?」
「いいや。あの母体ベースが望んだ通り、翼の民の肉体を得る機会を待つ順番であっただけだ」
「シウスよ、もしやあの母体ベースからコアが勘づいたのではないか?」
「むっ!? 成る程……そうかも知れぬな」
「カールソンとゆかりのある母体ベースが、翼の民の肉体を得ようとしている。もしやと察したのではないか?」
「……ふむ、可能性としてはそれが一番かも知れぬ。そして自分が赴けば、物理的な失敗でもせぬ限り確実に肉体を得るのであるしな」
「あのコアにとっては賭けであったのであろうが、結果的には正解だったと?」
「うむ、やりおるわ。この私ですら驚くような行動を引き起こし、現在あの子の一番身近な位置に居るとはな」
「だがシウスよ、それがお前の望む愛というものの、本質ではないのか?」
「そうかも知れぬ。時に尊く……時に予想外の行動をする」
「悠久の時を越え、今度こそ結ばれようとする女達の執念……か」
「うむ、実に微笑ましい」

 クリスに宿っているコアの正体を知ったシウスとクロノスは、その経緯に感心した。



 シウスはクロノスに話す。

「……それで、クリスの為にとはどういう事だ?」
「あの女、カーソンあいつを心から愛しているのだが……それを行動に移す事を躊躇ためらっていた」
「今度こそ結ばれようと賭けに出た女達が、今更何を躊躇ためらうのだ?」
「これは私の仮説なのだがな、母体ベースとなった人間の女クリスが邪魔をしていると思うのだ」
「何故そう思う?」
「あの女、死してから谷の女達の手によってカールソンとの赤子を取り出されたのは、覚えているか?」
「うむ。私の作ったことわりを無視した、驚くべき赤子であった」
「その子の子孫、つまりあの女の血筋がバルボアとミモザのどちらか、あるいは両方に受け継がれていたのではないかと思うのだ」
「……そうか、読めたぞ。母体あの女の意思が、自らの血筋と結ばれようとする女達の行動を阻害しているのだな?」
「お前なら私の仮説を確認出来ると思うのだが、どうだ?」
「血筋は、肉体を構成する要素のひとつに過ぎぬ。私はコア母体ベースを管理しているだけだ。肉体の構成については、私も把握出来ぬ」
「そうか。この仮説は実証出来ぬか」
「しかし、間違えてはおらぬと私も思う。過去に自身が使っていた肉体の名残を感じ取り、複雑な想いがあるのであろうな」
カーソンあいつに対して母の様な振る舞いをするのは、カーソンあいつの肉体は自らの子孫と感じている故の、近親感であろうよ」
「子孫であろうカーソンの肉体と、新たに得た自身の肉体とが結ばれる事に戸惑いがあるのだな?」
「故に、失意に苦しむカーソンあいつへ差し向け、慰めさせる事でその迷いを消してやりたかったのだ。過去に使った肉体の名残を感じた程度で、今の肉体と交わる事を拒絶する意味など無い……とな」
「……ふむ、目的は理解した。だが、何故そこまでする必要があったのだ?」
「クリスが傍に居ると、カーソンあいつは最大限の力を発揮出来るのだよ」

 クロノスはシウスへ、クリスはカーソンの力を最大限引き出す為に必要な存在だと伝える。 


 シウスは何故クロノスが、クリスへ手を差し伸べたのか理解しながら話す。

「そうか。では、クリスはネロスの消滅に欠かせぬ存在なのだな?」
「その通りだ。成功する分岐には、必ずクリスが必要なのだ」
「成る程な……」
「33%で成功する分岐ではな、クリスの胎内にはカーソンあいつとの赤子を宿している。赤子の存在も、確率に影響しているのだよ」
「ふむ。故に親密にさせておく必要があったのだな?」
「ああ。赤子が宿る確率はかなり高いが、より確実に作らせてやりたい」
「では仮に、この先クリスが死ぬと確率は何処まで落ちるのだ?」
「死ぬ分岐では最大でも16%だ。故に我等は、カーソンあいつ以上にクリスを死なせてしまってはならぬ」
「死ぬ確率は高いのか?」
「相当高い。私はクリスの生死も、監視しなくてはならぬのだ」
「そうか。私に出来る事は何でもするぞ? 今から赤子が授かる手助けをしてやる事も可能だが?」
「それはいかん。ある時期に宿す赤子が、一番高い確率を作ってくれる。今宿した赤子では、たった13%しか無い。クリスが死ぬ分岐よりも低くては、とても話にならん」
「……そうか。赤子を宿す、最善の時期があるのだな?」
「しかもだ。その赤子はお前が介入しただけでは、決して作られない」
「何? 私が関わるだけでは出来ぬのか?」
「ああ。お前の望む愛とやらが、我等の望む赤子を作るのだ」
「……ふむ」
「愛とは実に不可思議だ。寄り添う時間が長ければ長い程、その力は増幅される」
「増幅した愛の力で作られた赤子が、我等の望む赤子と言う事か」
「その通りだ。全く、お前という奴は……訳の解らぬ力を生命体に与えおって」
「……済まぬな。お前には迷惑をかける」
「構わん。我等の介入で成功する確率を上げる事に、苦労は惜しまんよ」
「頼むぞ、クロノスよ」
「任せておけ」

 シウスはふと、カーソンとクリスの子に思い当たる事があり、クロノスへ聞く。

「クロノスよ……その赤子の母体ベース、私には心当たりがあるのだが?」
「私もそうだと思っている。先程お前が言った通り、好きに選ばせているのならば恐らくは……本来カーソンあいつとなる予定であった、母体ベースだな」
「……ふふっ。コアは誰を選んだのであろうな?」
「さあな? 案外やって来たコアなら、誰でも良かったのかも知れんがな?」


 シウスとクロノスは、将来カーソンとクリスが作る赤子の母体ベースの正体を予想し、少し和んだ。

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