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犯した過ち
138 愛され続ける子
しおりを挟むシウスはクロノスに、愛について話す。
「しかしクロノスよ。作り上げた私が言うのも可笑しな話なのだがな……愛とは理解し難い力だな」
「愛を作ったお前自身が、そんな事を言うな。では、何の為に仕込んだのだ?」
「生きとし生ける者全てを慈しむ、自己犠牲の心を持たせてやりたかったのだ」
「他の生命体を尊い、敬う感情か。ではその愛というものが力を持ち、行動原理にまで影響を及ぼす事までは把握出来なかったのか?」
「……うむ。予想外である」
「そうか。神ですら予測出来ぬ力とはな……」
「クロノスよ。クリスがあの子を愛する余り、出現した個体である事は分かった。だが、実際にあの子はクリスを愛しておるのか?」
「現在イザベラが、カーソンの生殖能力を封印しているからな。生殖相手とは認識していないが、自分にとって最も必要な女だとは理解しているだろう」
「ふむ。未だ生殖可能な成体となっておらぬのか」
「ああ。生殖可能になるのは、今より20年前後先の話となる」
「ふむ。イザベラの仕業か?」
「その通りだ。イザベラが封印を解き、その時初めてクリスとの愛はこの世に現れる」
「ふむ、まだ先の事となるのか」
「ああ」
クロノスはシウスへ、2人が育む愛の力を語る。
「クリスと出会ってから現在5年、そしてこれから先の20年前後まで蓄積され続けた2人だけに作用する愛の力は、我等の想像を遥かに超えた力を生み出すぞ?」
「ほう? 蓄積され続けた愛の力か。見るのが実に楽しみだ」
「今でさえ、カーソンが内包している愛の力は尋常では無い。オドとは違い、無限に蓄積されながら周りに放っている」
「私は愛し、愛される力に上限など設けてはおらぬ」
「関わった全ての生命体が、カーソンの放つ愛の力に心を掴まれるのは母体であるカールソン以上だ」
「実に微笑ましい。私の望んだ個体だけの事はある」
「カーソンの愛が、なかなか通用しない生命体も居るがな」
「何だと? まさか……」
「ああ。ネロスが作った魔物と、病原体に冒された生命体だ」
「……当時捕らえた人間を、解析されてしまっていたか」
「ネロスにとって愛とは、お前が作った厄介なものだと認識していた様だな。抵抗性を持たされた」
「私の作った生命体も……病原体に愛を破壊されておるのか?」
「その様だ。だが此方は、周囲から受ける愛の力に何時までも抵抗は出来ない様で、逆に破壊されて元に戻る場合が多い」
「ほう? 愛にその様な力があったとはな」
「狂暴体を元へと戻す、有効的な力だな。お前が意図せずとも、病原体に対抗する力として生命体へ、既に与えていたという訳だ」
「ふむ、愛もその力を進化し続けておったのか……」
シウスは予想外の力を持っていた愛に対し、万能的な力を感じ取ると共に、この星が永遠に存在を続ける為に一番必要な力ではないかと実感した。
クロノスはカーソンの持っている愛の力の破壊力についてシウスに話す。
「病原体に感染仕掛けている程度の軽い奴なら、カーソンに接触すると治癒する。本当に大した特効薬だよ」
「……ふむ。あの子は自力で、そこまで愛の力を蓄積させたのか?」
「違うな。今までカーソンに関わった全ての生命体の愛を一身に浴び続け、己の力として蓄積したようだ」
「あの子に愛を与えた最初の生命体は、バルボアとミモザだとして……受け継いだのはあの母熊か?」
「そうだ。最愛の子を目の前で失い、絶望に支配されていたあの熊に助言してやった。お前の子は背中に翼を付けて生まれ変わったぞ、何者かに捕食されてしまう前に保護しろ……とな」
「お前、あの母熊を騙したのか?」
「騙してなどいない。熊は急いで巣から飛び出し、子を失った場所に駆け付けるとカーソンを見付けた。大切に巣へ連れ帰り、泣きながら喜んでいたぞ? お前も見ていただろう?」
「失った子の生まれ変わりとお前は言ったのか。あの母熊は、さぞや惜しみ無い愛を注ぎ、育て上げたであろうな?」
「ああ。いつまでも見ていて飽きない程の溺愛ぶりであったな?」
シウスとクロノスは、母親代わりとなってカーソンを育てた母熊の献身的な行動を思い出していた。
シウスはクロノスへ、その後も何かカーソンへ施していたのかを聞く。
「熊の死後も、お前はそんな根回しをしておったのか?」
「当然だ。あの森にはお前の作り出した奴等が大半を占めていたが、ネロスの作った生命体も少数ながら居た。予め手を打って置かねば、捕食されていたであろうよ」
「……ふむ。私の作った生命体は、役に立ってくれたか?」
「これ以上無い程、役に立ってくれた。カーソンはこの星を救う為に産まれた奴だ、生き続けさせてやってくれと頼んだら……快く応じてくれたぞ」
「ほう……それは喜ばしい事だ」
「猿は常に傍で見守り続け、寝食を共にした。
兎は自らの肉体を差し出し、衰弱していたカーソンに捕食させた。
狼も陰ながら見守りつつ、生きる厳しさを教える天敵の役を演じてくれた」
「種の違いをも超越したあの子への愛……実に美しく、素晴らしい力だ」
「お前もカーソンを助け、肉体を失った連中に施しをしてくれていたな?」
「愛に報いた者達には、それ相応の願いを叶えてやらねばなるまい。神としてな」
「死しても神が助けてくれると言った手前、心配していたのだが……ぬかりのない父で助かる」
「中には再びあの子を助けたい、可能ならば共に戦える力を持った肉体が欲しいと懇願する魂も居たぞ」
「ほう? ちなみに、どんな奴等だったのだ?」
「お前が今話した、あの子に補食させてやった兎だ。他にも数多く居る」
「カーソンの為に肉体を失ったのに、また助けたいとはな……」
「実に尊い。私は志願してきた魂を母体に昇華させ、望み通りにしてやった」
「ふむ。母親の役目を果たしたあの熊の魂も、その中に居そうだな?」
「居そうでは無い、居た」
「母体になれたか。では、その後人間にでもなったのか?」
「ああ。主に人間の肉体を得た者達は記憶が失われていても、そして我等の介入が無くとも、再び自力であの子へ巡り会うであろうと信じておる。クリスがそうであったようにな?」
「……そうだな。そいつらが恐らく、カーソンの前に突然現れる連中の正体だろう」
「ほう? 先の未来では、実際に巡り会っているのだな?」
「そいつらの行動原理が一致しているのも納得だ。何故出会った瞬間に、カーソンの全てを受け入れるのか謎であったのだが……納得した」
「全ての生命体から愛される、稀有な能力を持ったカールソン。あの子は見事、引き継いだのだな?」
「ああ。カールソンがお前の望んだ、理想の生命体だったと言うのも分かる。時を超え、再び地上に立ったカーソンはその能力を如何無く発揮している」
「愛され続けられている子だな」
「だが……敵と認識した奴には情け容赦無く死を与える所まで、全くカールソンと一緒だがな」
「ふむ、負の面まで全く同じとはな……」
クロノスはふと思い、シウスへ聞く。
「ところでシウスよ。カーソンに殺され、お前の元へと帰って来た連中の魂と母体は今、どうしているのだ?」
「悪意に染まり、穢れきっておったわ。浄化するしかない」
「穢れきった果てに、神からも見放され消滅……か。憐れだな」
「全てでは無い。魚に喰われる生命体からやり直せと、海へ叩き落とした者達もおる」
「いずれにせよ、暫くは人間としてやり直せる事は無い……か」
「魂は未熟故に仕方無いとしても、母体達が実に愚かな事を……」
「病原体に侵されてしまえば悪意に染まり、そうもなるであろうよ」
「奴め、余計なものを撒き散らしおって……」
「お前の気苦労は、私にも分からぬな。まあ、これからも頑張ってくれ」
「病原体を阻止出来なかったのは他の誰でも無い、私自身だからな……仕方あるまい」
「………………」
クロノスはシウスの心情を察し、黙り込んだ。
シウスもまた、クロノスがこれ以上余計な事を言いたくないのであろうと察し、話題を変える。
「クロノスよ、ひとつ聞きたい事がある」
「…………何だ?」
「奴があの子に与えた能力、本当に必要なのか?」
「必要だ。何故なのかは、いずれ分かる」
「……そうか」
「カーソンの怒りが自分自身で制御不能にならぬ限り、特に害は無い」
「3段階目の覚醒は、いつなのだ?」
「分岐次第だが、当面先になる事は間違いない」
「……そうか」
「怒りさえしなければ、常時母体だけで封じ込める事が出来るようだ」
「ふむ。母体は、奴が植え付けた異物を常に監視しておるのか」
「カーソンの中身がどのようになっているのか、外から見ている我等には測り知れぬがな」
「魂に母体、そしていつ暴れだすかも分からぬ異物……か」
「普段の言動は一番未熟な魂が受け持っている。その為今回のように犯してしまう過ちを、未然に防ぐ事が必要だ」
「……うむ。ネロスが消滅するその日まで、我等はあの子を見守り続けよう」
「時には我等も、直接の姿で手助けしてやらねばないのだが、いいか?」
「任せておけ。私もただ神と名乗っている訳では無いぞ?」
「実に頼もしいぞ、父よ」
「息子よ、私を勝利に導いてくれ」
「万事を尽くそう」
「我等の勝利の為に」
シウスとクロノスは、今後もカーソンとその仲間達を陰ながら見守り、ネロスとの決戦の日まで出来る限り助けてやろうと誓い合った。
話し合いを終えたシウスとクロノス。
3人の死体を元に戻そうと動き出したシウスに、クロノスは思案しつつ話しかける。
「……シウスよ。実はもうひとつ、報告がある」
「何だ? 言ってみろ」
「先程私はカーソンとクリス、2人だけにしか作用しない愛の力と言ったのを……覚えているか?」
「ああ。お前にしては、妙な言い回しをしたと思っておった」
「……まだ言うには早いのだが、もしかすると2人の愛の力で作られた赤子は……最大値33%の壁をぶち壊すかも知れん」
「……何だと? 33%以上になる可能性があると言うのか?」
「まだ薄らぼんやりとだが、時々見えるのだ。最大値80%を超えている分岐がな」
「何っ!? 80%だと?」
「実はな、イザベラがカーソンの生殖能力を封印した時に新しい分岐が発生した。私は今、この分岐がどの様にすれば明瞭に出て来るのか懸命に探し続けているのだ」
「何が何でも見付け出してくれ! クロノスよ!」
「無論、そのつもりだ。現れたからには、是非ともその分岐を進みたい」
「この先更に20年前後蓄積し続ける、あの子とクリスとの愛の力が作り出した、80%の分岐……か」
新しく現れた分岐に驚いているシウスへ、クロノスは話を続ける。
「そもそもイザベラが封印をする現在の分岐は、ほぼ可能性が無かったのだ。島が来たら風の上級精霊で隠れ、女に戻されたティナと2人、共に谷で封印が解けるその日まで過ごす予定だったのだ」
「むっ……では、今のように人間の世界へ出向く事は無かったのか?」
「いや。今やっている火、土、光、闇の精霊と契約に、谷を出る事はあった。予定では4年先だったのだがな」
「そうか。その時に、人間達の仲間を作る予定であったのか」
「今進んでいるこの分岐は……ほぼ確率が無かった為、私もロクに見ていなかったのだ」
「ふむ。現在の分岐はお前が無いと思い、詳しく見ていなかったのだな?」
「今の時点でもう既に……マッコイ、ドンガ、トンマ、フィピロニュクス、セリカ、長右衛門、詩音、ゴルド、ダンヒル、マーシャ、ゴードン、ヘレナの12人が予定外の役目をしながら分岐に現れ……カーソンに多大な影響を与えてくれた」
「あの12人は、お前の予定には無かったのか?」
「ああ。この先も更に予定外な者達が現れる。そして、80%の分岐には本人かその子孫達、その両方が見えている」
「……そうか。そして、私に再びあの子を助けたいと懇願してきた者達も……次々と現れるのだな」
「そうなるな。少なくともヘレナの子は、カーソンを助けたいと志願した者の誰かだと思う」
「ふむ、これは益々先が楽しみだ」
「……シウス、私を怒らんのか?」
「何故、怒らねばならぬのだ?」
「私が予想だにしていなかった分岐を今、辿っているのだぞ?」
「失敗する分岐ならば怒りもするが、80%もの可能性がある分岐ならば全く問題など無い」
「その分岐、必ず見付け出して見せる。期待していてくれ」
「任せるぞ。最高の息子、クロノスよ」
「ああ。では、私は監視に戻る。お前は元の状態に戻してから去ってくれ」
「承知した」
ブラフ、ライ、シンの死体は再び動き出し、元の位置へと戻って行った。
死体を元通りの位置に戻したシウスは、その肉体から離脱し光の玉へ姿を変えると、一直線に天へと帰って行った。
天へと帰ったシウスを見上げながら、クロノスは呟く。
「虚言……嘘……罪……か。
神も随分と粋な名を付けたものだな。
さて……私も戻り、あの分岐を探すとするか」
クロノスは振り返り、ダルカンの街へと歩きながら、その姿をすぅっと消した。
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