翼の民

天秤座

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首都トラスト

211 活動再開

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 夕食後、カーソン達は風呂へと入る。

 ライラ達も一緒にと誘ったが、流石にそこまでは甘えられないと固辞された。


 ライラの宿の風呂は、最大10人程で入れる大きな浴場がひとつだけ。

 入り口の札を『男性使用中』『女性使用中』『混浴中』の3つで用途を変えられる。

 内側から鍵をかけられる為、見知らぬ相手との入浴も拒める仕組みとなっている。

 ドラツェンの宿の個室仕様では無く、ネストやオストの宿で利用していた仕様の風呂だった。



 浴室の採光窓越しに、外で湯を沸かすライラが話しかけてくる。

「お湯加減いかがですかぁ?」
「いい湯ですよぉ!」
「ライラさん、風呂まで管理するんですか?」
「ええ! お食事が終わればこうして付きっきりでぇ!」
「食事の後片付けは?」
「今、ソシエさん達にやって頂いてますぅ!」
「いや、あの……ライラさん?」
「はいぃ?」
「食事作りから風呂の番……帳簿付けから掃除まで。
 何から何まで、ホントに全部やろうとしてたんですか?」
「はいぃ!」
「ゴハン前にお風呂入りたいって時もあるじゃないですか?」
「すぐ傍が厨房ですので、両方対応出来ますよぉ!
 調理工程どうにかして、やりくりするつもりでしたぁ!」
「それはいくら何でも、働きすぎじゃないの?」
「ひとりでは流石に、無理があったと思いますわよ?」
「やってみて駄目だったら、人雇おうと思ってましたぁ!」
「……で? いざやってみて、出来そうだと今でも思うか?」
「あははは! これは無理そうでしたねぇ!」
「…………やっぱり、そうですよねぇ?」
「実際やってみて、無理ならば雇おうと思ってましたけどぉ!
 本当、最初っからソシエさん達居てくれて助かりましたぁ!」
「ライラさんって……結構無茶な事平気でする人なのかな?」

 まずはひとりでやってみて、駄目だったら人を雇ったと話すライラ。

 カーソン達は、何故やる前から無理だと思わなかったのだろうと呆れた。



 パカン

 パコォン

 外で薪を割る音が、風呂場へ聞こえてくる。


 カーソンは心配になり、ライラへ声をかけた。

「ライラさん。もしかして今、薪割ってんの?」
「はーい! ちょっと足りないかなぁーってぇ!」
「いや待って! 俺手伝いに行きますよ!」
「いえいえ! どうぞお気になさら――」

 ガゴンッ

 斧の落とし所が悪く、薪割りに失敗した音が聞こえてきた。

「大丈夫ですかぁーっ!?」
「大丈夫でぇーっす!」
「やっぱ俺、手伝い行ってくる」
「いえカーソン様、わたしが行ってきますっ」
「じゃあ、2人で行くか?」
「はいっ!」
「ライラさーん! ここの扉って、そっちに繋がってます?」
「はーい! 勝手口になってまーす!」
「ちょっと服着てくるんで、鍵開けといてくださーい!」
「いえ本当に大丈夫ですよー!」
「怪我されて旨い料理が作れなくなったら、俺が困るぅー!」
「今からお手伝いに、そちらへ行きますねーっ!」
「すっ、すみませぇーんっ! 助かりますぅー!」

 カーソンとティコは脱衣場へと戻り、服を着て薪割りの手伝いへと向かった。


 浴室の勝手口から外へ出てきたカーソンとティコ。

 薪を割るライラと、その奥に天高く山積みとなっている木の廃材を見て驚く。

「うわっ! すんげえ木の山!」
「改装した時に沢山出てきた、家の廃材なんです」
「なるほど。薪にしちゃおうと処分しなかったんですね?」
「ええ。ちょっとした補修材にも使えるかなって思いまして」
「え? そんな事もすんの?」
「何でもしますよぉ!」
「いやいや。出来るからってやりすぎると、身体壊しますよ?」
「ソシエさんやセラン達にも、お仕事残してあげてくださいっ」
「あははは! でも、自分の認識不足を痛感しました。
 本来ならば、まだ食器類は洗ってないままだったんですから。
 本当、ソシエさん達がウチで働いてくれる事になって助かります」
「俺達も助かりました。ずっとそういう宿を探してましたから」

 カーソンは偶然に巡り会えたライラへ感謝した。

 ティコは手刀で薪を割りながら、しみじみと話す。

「カーソン様って、そんな力があるんですよね」
「何だそりゃ? どんな力だよ?」
「他人の不幸を吸い寄せて、幸せに変えて下さる不思議な力です。
 わたしもカーソン様にお会いして、こうして助けて頂きました」
「俺は関係ないぞ? 幸せになれるかどうかってのは、本人次第だろ?」
「カーソン様は、頑張って生きようっていう力を授けて下さるんです。
 わたしみたいな弱者を生き地獄から救って下さった、尊い御方なんです」
「今、目の前に居る素手で薪を割れるような奴のドコが弱者なんだよ?」
「あのぅ……どう頑張れば、私も素手で薪割り出来るようになりますか?」
「俺は素手割りこんなの出来るようになった事に、一切関与してませんよ?」 

 ティコから尊大な扱いを受けたカーソンは、感心して聞いていたライラへ否定した。



 薪割りをティコに任せ、カーソンとライラは出来た薪を拾い集めて積み上げる。

 風呂の中からイザベラ達が話しかけてきた。

「ねえ? そろそろ熱くなってきたわ」
「もう、火勢を下げても大丈夫ですわよ?」
「薄めるには、この横にある水槽から水を汲めばいいのか?」
「あっ、その近くの壁からハンドルが出ています!
 そのハンドルを右回りに回してみて下さーいっ!」
「……ふむ? これの事か?」

 ソニアは浴槽の壁に取り付けられている、金属製で柄だけが木製のハンドルを右にクルクルと回す。

 湯の温度を下げようと、イザベラとローラが隣の水槽より手桶で水汲みをしていた真上から、冷水がダバダバと落ちてきた。

「キャーッ!? 冷たいっ!」
「ヒィィーッ!? 上から水がっ!」
「もっ、申し訳ございません! 私がやりました!」

 給水装置のハンドルをソニアが回した為、イザベラとローラは頭から冷水を被った。


 悲鳴を上げながらその場から逃げ出し、浴槽中央の壁際で身体を沈めるイザベラとローラ。

「アレを回すと、上から水が出てくるのね……」
「そうとは知らず、真下へ居てしまいわしたわ」
「あぁ冷たかった」
「寝耳に水とは、正にこの事ですわね」

 クリスは給水ハンドルの近くに、別のハンドルを見つけた。

 給水用のハンドルには青い印がつけられているが、そのハンドルには赤い印がつけられている。

「……ん? こっちのハンドルは何だろ?」

 興味本位でクルクルと回すと、外の貯湯槽からイザベラとローラの真上へ熱水がダバダバと落ちてきた。

「キャーッ!? 熱いっ!」
「ヒィィーッ!? 上からお湯がっ!」
「もっ、申し訳ございません! あたしがやりました!」

 給湯装置のハンドルをクリスが回した為、イザベラとローラは頭から熱水を被った。


 冷水に続き、熱水まで頭にかけられたイザベラとローラは憤慨する。

「ちょっとあなた達っ! 私達に何か不満でもあるのっ!?」
「いっ、いえございません! クリスはともかく私には全く!」
「ちょっ!? 隊長ひどいっ! あたしも多分・・ありません!」
「ソニアもクリスもっ! ちょっと此方へいらっしゃい!」
「はっ、はいっ!」
「わざとじゃないんですぅ……」

 イザベラとローラに、給水槽の真逆へと連れられたソニアとクリス。

 そこはやや浅く作られ、何故か浴槽と一体化した椅子が2つ設置されていた。

 それぞれ椅子の隣には緑色の印がついたハンドルがあり、給水や給湯のように回せば何かが起こりそうな雰囲気があった。
 

 イザベラとローラは2人を腰かけさせ、仕返しとばかりにそれぞれハンドルを回す。

 浴槽の湯がハンドルで汲み上げられ、ソニアとクリスの肩へダバダバと落ちる。

「……おぉぅ……これは……気持ちいい……」
「お湯が肩を刺激して……ああ……いいわこれ」
「何よこれ! 熱くも冷たくもないじゃないのっ!」
「ただのお湯……何なのですかこの装置はっ!?」

 この装置はライラが絶対に浴槽内へ設置したいと手配した、『打たせ湯』と呼ばれる装置。

 ハンドルを自分で回し、浴槽から汲み上げた湯を高所から肩へと落とし、その刺激で肩を揉みほぐす画期的な装置であった。

 ソニアとクリスへの仕返しであったつもりが、逆に2人へ労いをかけたような状況となった。


 イザベラとローラは2人から椅子の座を奪い、自分達も試してみる。

「ちょっと代わって…………ああぁいいわぁこれぇぇ」
「おぉあぁぁ…………とってもいいですわぁ……」
「そ、それは何よりでございます」
「き、気持ちよさそうで何よりです」
「あなた達、ちょっとハンドル回しててちょうだい」
「それで先程の件は帳消しに致しますわ」
「寛大なご配慮、有り難うございます」
「謹んで、クルクルと……」
「あぁー……」
「うぅー……」

 イザベラとローラは、暫くの間打たせ湯で言葉にならない恍惚のうめき声を上げ続けた。

 外ではカーソンとティコが風呂場で何が起きたのか分からず、悲鳴を上げたイザベラとローラが今度はうめき声を上げている事に首をかしげていた。



 打たせ湯がすっかり気に入ったイザベラとローラ。

 薪割りを終えて戻ってきたカーソンとティコが再び入浴している間も、自分でハンドルを回しながら楽しんでいた。



 風呂から上がり、ライラから鍵を預かり部屋へと向かう。

 部屋はクリスが指定した通り、6人用の大部屋だった。

「すごーい、素敵なお部屋。全員分の鎧かけに、剣立てもあるよ。
 これに朝晩美味しい食事も付いて、1泊100ゴールドって安いよね」
「ちょっと遠いっていっても、歩くだけで済むしな?」
「ちゃんと冒険者向けに、話し合い用の椅子とテーブルもある。
 ホント、何で今までお客さんゼンゼン来なかったんだろね?」
「今まで誰も見向きもしなかっただなんて、勿体無いよなぁ?」
「ねぇカーソン様? カーソン様はどこのベッドで寝ますか?」
「そうだな……入り口近いし、ここにしようかな?」
「それじゃあ、わたしもここにしますねっ」
「あんたねぇ……」
「わたしはカーソン様の所有物です。離れて寝ちゃいけないんです」
「……その理屈、おかしい」
「おかしくありませんっ。一緒に寝るんですっ、ずっと」
「トイレにまでついて行きそうな勢いね?」
「それはいつも断られてしまいます」
「本当に行こうとしているのですか!?」
「こいつお手伝いとか言って、チンチン掴んでくるから断ってます」
「なっ、何を…手伝うつもりなのだ?」
「それはもちろん、終わった後にこうしておしゃぶり掃除を……」
「おいコラっ! 身振り手振りで再現すんじゃねぇっ!」

 カーソンの為なら、周囲から奇行と思われても辞さないティコ。

 クリスもイザベラも、ソニアやローラまでも腕を組んで溜め息をついた。




 翌朝。

 ライラの作った食事は、朝から色とりどりであった。

 出来たてのパンに、茹でたソーセージ。

 フワフワに仕上げた卵料理に、シャキッとした野菜サラダ。

 トウモロコシの甘い香りが漂う、熱々でトロッとしたスープ。

 新鮮なオレンジジュースと牛乳。

 好きなだけ食べられるようにと、大皿や鍋で用意されていた。


 我先にと貪り喰らう食欲の権化カーソンそのお供ティコを見ながら、クリスはライラへ話す。

「朝食もこんなに豪華だなんて。これで100ゴールドは安過ぎません?」
「いいえ、大丈夫ですよ? 充分モトは取れていますから」
「ほっときゃアイツとコイツ、2人だけで全部食べちゃいますよ?」
「足りなくなりましたら、すぐに追加で作りますよぉ」
「このハラペコ共の食事代、追加で出しましょうか?」
「いえいえ、沢山お召し上がりになられても大丈夫ですよぉ。
 むしろ料理人冥利に尽きるお召し上がりっぷりで、嬉しいです。
 食材の仕入れは市場に知り合いが居るので、安く手に入ります。
 ソシエさん達のお給料も、ちゃんとお出し出来ます。
 あ、そうそう。もしご希望でしたら、お昼もお出ししますよ?」
「え、お昼も?」
「お昼はここをレストランとして営業しようって考えているもので。
 ご利用の際には、宿代とは別に昼食のお代は頂戴致しますけれども」
「お昼もって……いつ休む気してるんですか?」
「休める時間にはきっちりと休みますよ。ご心配なく」
「女将さん、働き過ぎて身体壊さないで下さいね?」
「生まれつき頑丈なのが取り柄ですから、大丈夫っ!」

 ライラは胸を張りカーソン達へ、右の二の腕に力拳ちからこぶしを作って見せた。


 イザベラは給仕をしているソシエをこっそりと呼びつける。

 やってきたソシエへ、『あの手の輩は無茶しやすいので、身体を壊させないように貴女が御しなさい』と耳元で囁いていた。



 カーソン達は朝食を終えると、冒険者ギルドへ向かう事にする。

「ふう。ごちそうさま」
「女将さん、あたし達これから冒険者ギルドに行って来ますね」
「はい、行ってらっしゃいませ」
「あ、待った。先に馬屋から俺達の荷物持って来ないと」
「おっと、そうだったね。預けてたまんまだったの忘れてた」
「ちょっと失敗したな」
「ん? 何が?」
「氷室の食材、そのままだった」
「ああ、予定より早く着いたから結構残ってたもんね」
「昨日のうちに、馬屋さんで食べて下さいって言えばよかった」
「氷種で冷やしてるんだから、1日くらいじゃ腐んないでしょ?」
「気分の問題だよ。ああ、昨日のうちに気付いときゃよかった。
 ほったらかしてた食材をあげるって言うのも、何だかなぁ……」
「大丈夫だよ。食べるか捨てるかは、馬屋さんに任せればいいんだよ」
「……そうか、それもそうだな。よし、行くか」
「ほいほい」

 馬屋へ預けている馬車に置いたままの荷物を思い出したカーソン。

 ライラへ今日の宿泊代600ゴールドを前金で支払い、馬屋へ荷物を引き取りに向かった。



 馬屋へ到着すると、カーソンは昨日対応してくれた馬番に話しかける。

「すみませんカーソンです。昨日から預けてた荷物を引き取りに来ました」
「おっ、いらっしゃい。いい宿は見つかったかい?」
「おかげさまで。ライラの宿ってとこです」
「へぇ? 初めて聞く宿だね?」
「ちょっと遠いけど、いい宿ですよ」
「そうかい。じゃあうちも来るお客さんに、その宿薦めてみようかね」
「それは助かります。出来たばっかりの新しい宿ですよ」
「ほうほう。場所なんかが分かる地図みたいなもんあるかい?」
「これ、宿のチラシです」

 カーソンは昨日ライラへ返しそびれ、折り畳んで胸のポケットへしまっていたチラシを馬番へ手渡した。


 馬番に案内され、預けていた馬車へとやってきたカーソン達。

 クリスは御者席の座席を持ち上げ、氷室を馬番へ見せながら話す。

「おじさん。ここの氷室にある食材、全部お譲りします。
 皆さんで食べるか廃棄処分するかは、お任せしていいですか?」
「おおっ、この食材全部ウチで頂けるのかい!? そりゃ有難い! 
 ……へぇ、流石は伝説の冒険者さんだ。いいモン調達してんだねぇ」
「やっすいお肉買うと、そこのカーソン肉食動物が文句言うんですよ」
「がははは! いやぁ、こりゃいい肉だ。ご馳走になります」
「どうぞどうぞ。じゃあ、あたし達は荷物持って行きますね」
「はいはい。では行く時に、この受領証へ記入をお願いします」
「はい、分かりました」

 それぞれ自分の荷物を担ぎ、受領の記入をしてカーソン達は宿へと戻って行った。



 宿へ戻ると、セラン達3人がホールの清掃をしていた。

「あっ、お帰りなさーい」
「ただいま。あれ? ライラさんとソシエさんは?」
「えっと、ライラさんは食材の仕入れに市場へ行きました。
 お母さんはチラシを持って、宿の売り込みに出かけてます」
「3人とも、朝ゴハンは食べた?」
「はいっ!」
「どお? お仕事大変?」
「ううん! とっても楽しいです!」
「ゴハンも美味しいし、ドラツェンよりすごくいいです!」
「お母さん、いつもすっごく悲しそうだったんですけど……。
 ここに来てから楽しそうにお仕事してて、私達も嬉しいです!」
「そっかぁ、そりゃ良かった」
「あっ、お荷物は私達がお部屋に運んでおきます!」
「皆さんそのまま出かけても大丈夫でぇす!」
「じゃあ、お願いしちゃおっかな?」
「はーいっ!」

 ホールに荷物を置き、セラン達へ任せてカーソン達は再び宿を出た。


 冒険者ギルドへと向かいながら、カーソン達は話す。

「セラン達って、ソシエさんの顔色ちゃんと見てたんだな?」
「まだ子供なのに、しっかりと観察してたんだね」
「母親の顔色窺っていたなんて、あの娘達も辛かったでしょうね」
「養ってゆく為に、母がその身体を売っていたのですものね……」
「いきなり働く事になり心配したが、聞く限り大丈夫そうだな?」
「セラン達なら大丈夫ですっ。わたしよりちゃんとしてますもん」
「あんたもさ、もうちょっとカーソンこいつから独立したら?」
「カーソン様の所有物に、そんな権限なんてありませんっ!」
「……相手に依存しすぎるのも、困ったものねぇ」
「……ええ、そうですわね……お姉様」
「全く……お前も少しはセラン達を見習え」

 ティコはカーソンの左腕にしがみつきながら歩いている。



 イザベラ達は、カーソンにベタベタと甘えるティコへ呆れ果てていた。




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