翼の民

天秤座

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只今謹慎中

254 アフタートゥモロー

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 酒宴が始まってから数時間後。

 テーブルの上には、空瓶となった2本のオーガキラー。

 椅子にはイザベラとクリスとティコが座り、残りのジュースをチビチビと飲んでいる。

 ベッドに移動し、ふちに座ったローラとソニアに挟み込まれている、カーソンの行く末をハラハラしながら見守っていた。


 飲み過ぎて酔っ払ったローラはカーソンの左腕を掴み、睨みつけながら話す。

「おぅおぅカーソンよぅ? わたくしの愛をよぉ? いらねってのかぁ?」
「いえそんな。いらなくなんてありません」
「だろ? だろぉぉ? 愛してやってんだからよぅ? 愛せよぉ?」
「はい、分かりました。ローラさんを愛します」
「愛します…だとぅ? 愛させて下さいの間違いだろぉ?」
「はい。愛させて下さい」
「よぉぉし。愛してくれてもいいぞぉ? んちゅぅ……」

 怒り上戸となったローラは、カーソンに愛を脅迫しながら左頬へとキスをする。


 その隣では、飲み過ぎたソニアがカーソンの右手を握りしめ、泣きながら訴える。

「ぐすっ……私ね、男に無縁のままね、300年近くになるの」
「は、はぁ……そんなになるんですね?」
「ねぇ……私を好きに、なってくれる?」
「はい、好きです。好きになります」
「私の処女……貰ってくれる?」
「処女? 何ですかそれ?」
「貰って……くれる?」
「いや、あの……何をくれるのか分かんなくて……」
「貰って…くれないの? ぐすっ……うぇぇぇん」
「いえ貰います。ソニアさんの処女ってやつ、俺に下さい」
「ぐすっ……ホント? 貰ってくれる?」
「処女ってのが何か分かんないけど……はい、貰います」
「ぐすっ……約束、してくれ…る?」
「はい、約束します」
「んふっ。ありがとぅ……んちゅぅ……」

 泣き上戸となったソニアは、カーソンに自らの処女を捧げる事を約束させながら、右頬にキスをした。


 酩酊し、本性をさらけ出した2人の酒豪に脅迫されるカーソンを気の毒に思いながら、イザベラ達は話す。

「ローラって……酔っ払うとああなっちゃうのね?」
「この前イザベラさんは、酔ったらゲラゲラ笑ってましたよ?」
「ふむふむ。イザベラ様は笑い上戸だったのですね」
「ソニアはソニアで……色々と溜まってるのねぇ……」
「あの隊長が……あんなに女々しくなるなんて」
「ソニア様は泣き上戸……意外でした」
「はぁ……あんな脅迫まがいの事して。姉として情けないわ」

 イザベラは右手で頭を抱え、色々と切羽詰まってきているソニアは別として、妹の傍若無人な態度に呆れている。

 クリスはイザベラへ顔を近付け、ヒソヒソと話す。

「イザベラさん……そろそろあれ、何とかして頂けませんか?」
「あれって? 何の事?」
「あのままだと、今晩あの2人に寝取られちゃいますよ?」
「……やだちょっと! 今晩は私よ!」
「あたしもですよ」
「ちょっとローラっ! そろそろいい加減に――」
「うっせぇ! お姉様は! すっこんでろ!」
「…………はぃ」

 注意しようとしたら妹に一喝され、しゅんとする姉。

 すぐに引き下がったイザベラへ、クリスは両手でテーブルをバンと叩きながら叱る。

「ちょっとっ! お姉さんが妹にビビってどうするんですかっ!?」
「勘弁してよぉ。ローラあの子怒らせたら、本当におっかないんだから」
「折角くじ当たったのに、寝取られちゃうんですよっ!?」
「……明日にするから、今日はいいわ」
「何でそんな弱気なんですかっ!?」
「だって下手すると……この宿跡形も無く消し飛ぶわよ?」
「…………あたしも明日に先送りします」

 怒りで我を忘れたローラが、何をしでかすか知れたものではないと訴えるイザベラ。

 恐怖したクリスは引き下がり、ティコは自分だけ損をすると訴えた。

「ええっ!? わたしだけ明後日までおあずけなんですかっ!?」
ティコあなたは暫くいいでしょ? 今までずっとだったのだから」
「そうよ。トラストこっち来るまでずっとだったでしょ?」
「そんなの嫌ですぅ……わたしにも平等な権利をぉ……」
「明後日まで我慢してちょうだいね?」
「ま、明後日のくじで当たるといいね?」
「あっ、そっか。くじに当たんないと……」
「あの2人を限界まで飲ますのは、もう絶対にやめときましょ」
「ええ、そうですね。この世界が平和であり続ける為に」
「あのっ……今日、ホントにあのまま寝ちゃうみたいですよ?」

 イザベラ達が揉めている間にローラとソニアは、カーソンをベッドの中央へと引きずり込む。

 枕を並べ、左右からカーソンの腕と足を自分達の手足で絡めとり、ガッシリと拘束ホールドする。

 逃れようともがき続けたカーソンが諦め、全身の力を抜いた辺りでローラとソニア酔っ払い共は深い眠りに就いた。


 爆睡を始めた2人から、寝息を顔に吹きかけられ続けるカーソン。

「ううっ……酒くっせぇ……」
「ごめんね? 今日は我慢してちょうだいね?」
「この宿の存亡が、あんたにかかってるからね」
「何だそりゃ? ううっ……俺も酔っ払いそう……」
「カーソン様ぁ……」

 イザベラ達は今夜の出来事を反省し、同じ轍を踏まないよう誓い合いながらそれぞれ、カーソンのぬくもりのない冷たいベッドへと横になった。



 翌朝、朝食会場へ姿を現したイザベラとクリスとティコの3人。

 出迎えて席へと案内するソシエ。

「おはようございます。お席はこちらです」
「おはよう。ありがとう」
「カーソンさん達は、後からいらっしゃるのですか?」
「うーん……たぶん起きてこれないです」
「二日酔いで、寝込んでますっ」

 ローラとソニアは勿論の事、吐息を吹きかけられ続けたカーソンも酒気にやられ、二日酔いとなった。

 イザベラはソシエへ野菜ジュースの手配を頼み込む。

「ライラに野菜ジュース3人分、お願いして貰ってもいいかしら?」
「はい、かしこまりました。お部屋に持って行きますね」
「すみません、お手数おかけします」
「いえいえ。でも、3人共だなんて珍しいですね?」
「カーソン様は飲んでないのに、巻き添えに遭っちゃった感じですっ」
「えっ? お酒飲んでらっしゃらないのに、二日酔いに?」
「一晩中、左右から酒気の帯びた寝息を吹きかけられ続けたのよ」
「一滴も飲んでないのに二日酔いとか、あいつにしか出来ませんよ」
「カーソン様ってホントにお酒、全くダメでした」

 一滴も口にせず二日酔いになるという離れ業をやってのけたカーソン。

 厨房に戻ったソシエから事情を聞いたライラも、空いた口が塞がらなかった。



 部屋ではベッドに横たわったまま、3人雁首を並べて唸り続けていた。

「うぅ……頭が……これが、二日酔いなのですね……」
「何で……俺まで……」
「くそっ、もう一度……ふんぬっ!」

 ソニアは気合いを入れ、上半身をベッドから起こす。

 頭に金槌で殴られたような激痛が走り、再びベッドへと倒れ込んだ。

「ぐわぁ……頭がぁ……」
「ソニア……ベッドを揺らさないで……頭に響きますわ……」
「頭いってぇ……酒ってこうなるから嫌だぁ……」
「嫌なのに、何故飲んだのだお前は……あたたっ」
「俺、一滴も飲んでませんよ?」
「では何故……この痛みを共有なされているのですか? いたたっ」
「お2人の寝息にやられたんですよ……うー」

 2人から息を吹きかけられ続け、巻き添えにあったと言うカーソン。

 昨夜の記憶が途中から消失している2人は反論する。

「何を言う? 昨夜はイザベ……クリ……ぐぉぉ、頭が割れそうだ」
「お姉様とクリスを差し置いて、わたくしが……?
 そんな事をするハズ……あぁぁ痛いぃ……頭がぁ……」
「じゃあ何で今……お2人が俺の隣りで寝てるんですか?」
「やめろ、いま考えさせるな……」
「記憶が……全く……いたぁぃ……」

 言われてみれば、そうでもしていなければ自分達が今ここで横になっている事への辻褄が合わない。

 昨夜の記憶を再生してみようにも、頭が爆発してしまうのではないかという激痛に襲われる2人。

 蒸留酒は恐ろしい酒だという結論を出し、ローラとソニアは考える事をやめた。



 3人が時々漏らす呻き声しか聞こえない、無音の部屋。

 足音が近付いてきたと感じている内に、朝食を終えたイザベラ達が扉を開けて部屋の中へと戻った。

「ただいま。調子はどう? 少しは戻った?」
「ライラさんに野菜ジュース、お願いしてきたよ?」
「もう少ししたら、届けにきて下さると思いますっ」

 返事すら出来ない3人が横たわるベッドにイザベラ達は腰かけ、ゆさゆさと揺らす。

「お姉様……揺らさないで……」
「よくも私の順番、無視してくれたわねぇ?」
「ごめんなさいぃ……全く記憶にありませんのぉ……」
「ソニアさぁん? 生きてますかぁ?」
「生きてる……がぁ、死んでしまうから揺らさんでくれぇ」
「カーソン様ぁ? 大丈夫ですかぁ?」
「大丈夫じゃないぃ……助けてくれぇ……」

 イザベラとクリスは、順番を無視して抜け駆けしたローラとソニアへささやかな仕返しとばかりに、ベッドをユサユサと揺らし続ける。

 やめてくれと訴える2人に巻き込まれたカーソンは、次は絶対に逃げようと振動に耐え続けた。



 ソシエが部屋にライラが作った二日酔いの特効薬、野菜ジュースを運んでくる。

 神の救いと感謝しながら3人は野菜ジュースを受け取り、一気に飲み干した。

 効き目が出てくるまでベッドへ横になり続けるうちに、いつしか夢の世界へと旅立った3人。



 比較的軽微で済んだカーソンが目を覚まし、両隣りでまだ眠り続けるローラとソニアを起こさぬように気を付けながら、ベッドから起き上がってきた。

「おはようございます」
「おはよう。野菜ジュース、効くでしょ?」
「ええ、もう。飲んで寝て起きてスッキリです」
「まだお世話になってないのって、あたしだけだね」
「あ、ホントだ。お前以外全員お世話になってるな」
「ライラさんの野菜ジュース、凄いですよねっ」

 唯一、まだ二日酔いになっていないクリス。

 なるつもりなど全くなかったカーソンは、自分の酒の弱さに愕然としながら話す。

「いやぁ参った。吐いた息吸っただけで二日酔いになるなんて」
「こんな時に使っていいのか分からないけど、災難だったわね?」
「昨日一緒に寝るハズだったのに、すみません」
「いいよ。今日はくじ無しで、イザベラさんとあたしだから」
「あ、そうなったのか?」
「おかげでわたし、明日のくじで絶対に当たんなきゃなりませんっ。
 誘拐やらお傍に居られないやらでもぅ、踏んだり蹴ったりですよぅ」
「ははは。生きてりゃたまーに、そういう時もあるさ。
 それこそお前、魔物を踏んずけたり蹴ったりしてたしな」
「あははっ! そうね、きっと殺した魔物達からの仕返しかもね?」
「あんた今までに首跳ねた魔物達からの仕返しで、いつか寝違えるかもね」
「んもうっ。皆さん上手く返してこないで下さいっ。あはははっ」

 不平不満をカーソン達から上手く切り返され、ティコは笑うしかなかった。



 部屋の中に、昼食の仕込みの匂いが漏れ漂ってくる時間。

 ティコに茶を淹れて貰い、くつろぐイザベラ達。

 ローラとソニアが眠りから目覚め、モソモソとベッドから這い出してきた。

「おはよう、ございます。ご迷惑をおかけ致しました」
「酒は水みたいなもんだと言っていたのだが……不覚っ」
「おはよう。宿が破壊されずに済んで、良かったわ」
「大丈夫ですか? まだ顔色悪そうですけど?」
「頭痛は治まりましたわ。喉はカラカラですけれども」
「すまんカーソン。その茶、貰っていいか?」

 ローラはイザベラから、ソニアはカーソンからカップを渡され、飲みかけの茶を一気に飲み干す。

 クリスとティコは追加分の茶を準備しながら、2人へ聞く。

オーガキラーあの蒸留酒、どうでした?」
「お2人とも酔わせるなんて、凄いお酒ですねっ」
「油断したつもりなど、全くなかったのですが……不覚ですわ」
「5回蒸留した酒だったか? つまり2…4…8…16……」
「32倍でしょうかね? 蒸留5回なら」

 カーソンの32倍という発言に、ソニアは右手で頭を掻きながら話す。

「グラス1杯で、32杯分飲むのと一緒なのか……」
「あたしお酌してた時点で、2人とも5杯空けてましたからね?」
「そこからお2人で、勝負って言いながら戦ってましたものねっ」
「えっ? 勝負って……わたくしとソニアが?」
「そんな事をした記憶……ないのだが?」

 ティコから勝負を始めていたと聞き、ローラとソニアは身に覚えがないと答えた。

 イザベラはコクコクとうなずきながら、そこから2人は限界を超えたのかと話す。

「そこから記憶を飛ばして、2人ともあんな事したのねぇ」
「? お姉様? あんな事……とは?」
「何か……やってしまったのですか私は?」
「ローラはカーソンに、私を愛しなさいと言って脅すし……」
「…………は?」
「ソニアはカーソンに、処女を貰ってくれと泣きつくし……」
「…………冗談で……ございますよね?」

 きっと冗談を言ってからかってるのだろうと、笑いながらカーソン達へ同意を求めるローラとソニア。

 カーソン達は本当の事だと訴えるように、真顔で2人を見つめ返した。

 しんと静まり返った部屋には、クリスとティコがカップに茶を淹れるカチャカチャとコポコポという音だけが鳴る。


 イザベラから自分達がした事を聞き、ただでさえ青白い顔色を更に悪くするローラとソニア。

 両手で顔を覆い、しゃがみ込みながら話す。

「お願い。嘘だとおっしゃって、お姉様……」
「何という事を……言ってしまっ……うあぁぁ」
「お酒の力を借りて、溜まっていた鬱憤うっぷんを吐き出したみたいね?」
わたくしは何という恥知らずな事をぉぉ……」
「あぁぁ……何という女々しい真似をぉぉ……」
「大丈夫ですよ? きっとカーソンこいつも覚えてませんから ねっ?」
「カーソン様も、二日酔いになっちゃいましたものねっ?」

 クリスとティコは、失態に悶絶する2人を宥めながらカーソンに視線で合図を送る。

 2人から片目を瞑られ、合図を受け取ったカーソンは話す。

「すみません。俺もお2人から何言われたか覚えてないんです」
「…………」
「…………」
「ホントですよ? 今イザベラさんから聞いて、へぇそうなのかって」
「本当……ですの?」
「お前も……覚えていないのか?」
「はい全く。何が何やらさっぱりです」

 ローラとソニアは顔を上げ、覚えていないというカーソンを見つめる。

 嘘ならば視線を逸らすハズ、と真顔でカーソンの瞳を凝視する2人。

 本当に覚えていないカーソンは、2人から視線を逸らさずにニコッと微笑んだ。


 恋心を抱いている男から微笑まれたローラとソニアは、直視に耐えられず視線を逸らす。

 青白かった顔色にも赤みが戻り、正気も取り戻すと茶会に参加する為立ち上がり、椅子へと座った。



 淹れて貰った茶を飲み、乾いた喉を潤しながら2人は思う。

 これからは酒に強いなどと自惚うぬぼれず、節操ある飲み方をしよう……と。

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