【R18】ライフセーバー異世界へ

成子

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003 海の底から新たな空へ

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「すいません! 緊急なんです。どいてください!」

 私は、金魚の様な水着を身にまとった女性や黒く日焼けした男性、人で芋漕ぎ状態になっている海の浅瀬を瞬く間に抜け、溺れている人のところにたどり着こうと力一杯泳いだ。

 全てがスローモーションの様に感じる。

 ──あれ? 私こんなに速く走れてこんなに速く泳げる?

 そう感じた途端海の様相が変わり、いつもより深い青になった様に感じた。

 ──大無海岸の海ってこんなに青かった? こんなに冷たかった?

 突然、生温かった水が冷たく氷の様に感じる。あまりの冷たさに驚いたが、次の瞬間はっきりと女性の声が聞こえた。

「たっ、助けてっ!」
 溺れている女性の声。ゴボゴボと水が口に入るのか苦しそうだが、はっきりと助けを求めている。白い腕がバタバタと藻掻いて、黒い色にも感じる海の表面を必死にたたいている。

 髪の色はプラチナブロンドで、整った白い頬が辛そうにゆがんでいる。後五十センチ程だろうか、溺れている彼女に近づく事が出来た時だった。

「掴まって!」
 私はそう言って、持ってきたはずの緊急用の浮き輪を投げたつもりだったが、持っていたはずの浮き輪がない。その事実に唖然とした時、彼女が私の腕を掴んだ。

 そんなに近くの距離まで来たっけ? と重ねて驚くが、どうもそうではない様子。

 周りの海が渦を巻く様にグルグルと回りだし、彼女と私の距離を縮めて飲み込んだ。

「え? な、何?! ゴフッ」
 グルグルと回りながらドプンと音を立てて、深く海の中に沈む。

 息が出来ない。苦しい!

 そんな中、目にしたのは溺れていた女性が白いシンプルなワンピースを身にまとい、長いプラチナブロンドを渦の中で巻き込まれる様に漂わせ、苦しそうな顔からフッと力が抜けた姿だった。

 まずい! 意識がなくなったのかも!
 必死に彼女の細腕を掴んで体をたぐり寄せる。女性の私でもすっぽり抱きしめられるぐらい細い体だった。何が何でも助けなければと思うのに、渦は容赦なくグルグルと私達2人を海の底に引き込んでいく。

 ああこれは駄目だ。息が段々苦しくなってきた。海の底に引き込まれる。

 このスポットは本当に人を飲み込んでしまう場所だったんだ! 行方不明者が出るのも当然だ。

 今まで生きてきた二十二年の思い出が急激に浮かんでは消えていく。

 これって、ヤバイんじゃない? 走馬灯というやつではないのか。私もしかしてここで死んでしまうの?

 私は美しくて更に性格も優しい姉、はるの妹として生まれた。いつも比べられて生きてきたけれども、私らしくやって来た。しかし、成人してから水泳選手としても全国では鳴かず飛ばずで、就職も上手く波に乗れなかった。仕方がなくバイト三昧。

 格好いい彼氏が出来たと思ったら裏切られるし。格好いい彼氏で浮かれていましたよ。あまりの嬉しさのあまり、家族を紹介して。ああ、そうか──姉を紹介したりしたから失敗したのか。

 どんなに比べられて育ったって、大切な姉だし。大好きな人を紹介して一緒に祝って欲しかっただけなのに。

 ──その瞬間。一週間前の出来事がフラッシュバックした。

『ごめんなさい。夏見。私が全部悪いの……』
 大きな栗色の瞳からポロポロと涙がこぼれて嗚咽が聞こえる。掠れた声が印象的だった。

『夏見、違うんだ。俺が悪いんだ。春見は拒絶したのに俺が無理言って困らせて……!』
 秋はシーツ毎春見を抱きしめた。

 ああ、死ぬ前もこの光景を見るんだ。

 あれから、毎晩この悪夢を何度も見て飛び起きる朝。その度に愛想笑いしか出来ない自分を後悔して──

 後悔? 私後悔していたの? じゃぁ、本当はどんな事をあの時言いたかったの?

 あの時私は──

 遠くなっていた意識がフッと元に戻った。戻ったのはいいが苦しくて苦しくて仕方ない。

 そうだよここは海の中だ。光が上に見える。あれは水面! 私は溺れていた女性を抱きしめたまま必死に水面へ浮上した。

 水面から腰まで飛び出る様に慌てて浮上して、胸の辺りまで浮いてジャンプする。そして、ようやく青い空を見る事が出来た。

 空だ! 地上だ! 空気がある! 私は肺にいっぱい大きく息を吸い込み──

「ふざけんなー!! きっちり私と別れてから、仁義を通してから乳繰り合えよ! クソヤロー!」

 人生で最大級の大絶叫だったと思う。

 ああそうだ。こうやってはっきり文句を言えば良かったんだ。

 そうしたら、私は──

 恥ずかしく叫んだ後、口に入った塩水をむせる様にして吐き出し辺りを確認した。

 案の定辺りには人がいたが……レスキューらしき人が乗っているのは、ライフセーバー達がいつも使っているゴムボートではなかった。

 見た事もないゴムボートサイズの木の船が二そう、私達を囲んでいた。
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