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011 誤解を呼ぶ女
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取り分けられたアクアパッツァの小皿を前に、我慢できずに食べはじめる。
フォークで白い身を取り分けてソースと絡めて一口食べる。小骨はあまり多くないが大きな骨がある魚の様だ。尻尾の部分に七色の綺麗なヒレがついている派手な魚だが味は淡泊な白身魚だ。香辛料が程よくオリーブオイルの様な油とマッチしておりとても美味しい。
あんなに顔が怖いのに、美味しい食事を出す左目に傷のあるダンさんというシェフは、実は凄く繊細で優しい人のではないだろうか。
隣に座った金髪の男、ザックが頬杖をつきながらずっと私の食べる姿を見つめている。
片手にはワイングラスを持って観察をしている様だ。
「あの、食べないんですか?」
「喰うよ」
「でもさっきからずっと私を睨んで……じゃなかった、見てますよね?」
「……よく喰うなと思って」
そう言うとワインを一口飲んだ。
垂れ目がちの瞳は濃い色をしたグリーン。つり上がり気味の眉は綺麗に整えられている。精悍な顔は日に焼けている。唯一いかがなものかと思うのは、椅子に座っているが大股開きで、横の私の太股辺りに膝が伸びている事だろうか。
顔が整っているのに無駄に脚が長いなんて。神様は不公平だ。
しかし、私食べ過ぎだよね? そう思うと急に恥ずかしくなって顔が赤くなる。
「で、ですよね。美味しい魚ですね。味付けも凄く繊細だし……」
「……まぁ、ダンの料理は確かに旨いな。ファルの酒場じゃ一番じゃねぇかと思う」
ザックも一息ついてワイングラスを置いたら同じ小皿に取り分けられた魚を口にした。
長い指、大きな手のせいでフォークが小さく見える。所作がとても綺麗で、器用に骨を取り除きながら魚を口にしていた。
「やぁね酒場一番じゃないわよ、ファルの町一番でしょ?」
先程からワインばかり飲んでいるのは、私の向かい側に座っているジルさんだ。
ここはファルという町なのか。聞いた事がない町だ。
ジルさんはカラカラと笑いながら、隣に座っている王子様の肩をバシバシ叩く。
「痛いな。俺を叩くな。ザックを叩いてくれ」
ジルさんをアイスブルーの瞳が冷たく射貫く。
かなり強く肩を叩かれていた様だがノアはびくともしなかった。手に持っているグラス内のワインも大きく揺れたりしない。体幹がしっかりしているのかな?
ノアはザックと違って色白で長い睫までがプラチナブロンドだ。引き締まった口元はとても男らしい。黒い外套を纏っている時は細身に見えたが、脱ぐと肩や脇周りがガッチリしている。かなり鍛えているのだろう。ノアは仏頂面で小さく切り分けた肉を咀嚼した。
「もう冷たいわねぇ、ザックの代わりにノアが叩かれてもいいじゃない~」
「ジルさん飲みすぎじゃないですか? まだ絡むには時間が早いですよ」
ノアの隣に座っていたマリンが、壁になっているノアの隣からジルさんへ意見する。
「何言ってるの。このぐらいどうって事ないわよ。マリンこそちゃんと食べてる?」
「はい溺れた翌日なのに、何故か体調が良くて」
マリンの微笑みは表現するならバラ色だ。
凄い。バラの花が後ろに見えそう……
「本当か? 無理しているんじゃないのか?」
心配そうに声をかけたのは肉を飲み込み終えたノアだった。
「そうですよ。無理しないでくださいね」
思わず私も声をかける。意識もなかったので大丈夫なのか心配だ。
すると隣のザックが不満そうに声を上げた。
「どさくさ紛れに何が「無理しないでくださいね」だ。そもそもお前は一体どこから現れたんだ! つーか、何なんだよ!」
眉間に皺を寄せ眉をハの字にして口を尖らせる。
折角の整った顔が台無しで、田舎のヤンキーの様だ。更に失礼な事に、持っていたフォークで私の顔を指す。それも丁寧に声色まで真似てくれている。
「確かに、モグ。気が付いたら海の底から、マリンさんと共に現れていたって感じでしたね」
テーブルのお誕生日席の様な所に座っている黒バンダナのシンが、口いっぱいにトマトのパスタを頬張りながら思い出した様に話し出す。
「お前なぁ。食べてから話せ。マナー違反だぞ」
「モグ、ふぁい」
ノアが心底嫌そうな顔で指摘をするが、懲りないのかやはりモグモグしながら返事をするシンだった。
私は整理するために、思い出しながら話をした。
「私は浜辺で溺れているマリンさんに気が付いて、助けようと海に飛び込んだんですけれども……」
「あのな、”浜辺で”と言うが、周囲にいた人の話では、お前は浜辺になんていなかったそうだぞ?」
訝しげにノアが私を見た。
「そんなはずは……」
そもそも、ここは私の知っている大無海岸ではない。知らない場所だ。
この宿屋、酒場だって近所にはない。
目の前にいる人達もどこの国の人なのか分からない。
夢を見ているのでなければ、今の私は全然知らない世界に来た様な感じだ。
(知らない世界に来た?)
そういえば海の中に一度潜ってから水面に上がって来たら違う世界だった。
大無海岸で起こる行方不明者が出るという話を思い出した。
大無海岸は所々突然海が深くなり、流れが変わる場所がある。何年かに一度は行方不明になる人もいて油断のならない海水浴場。だからライフセーバーを常駐させていた。
私はその行方不明者が出るポイントで溺れているのを見かけて……
『あっ。ホントだ。あそこはボートでも危ないからダメだって教えたばっかりなのに。私、夏見と行って来ますね』
遙ちゃんと一緒に向かったはずなのに。気が付いたら遙ちゃんは追いかけてこないし、手に持っていた緊急用の浮き輪もなくなっていた。
まさか私──海の底から別の世界に来たなんて事は。そして、私の世界では行方不明になっているとか。
とんでもない発想だとは思うけれども、実際体験した事を照らし合わせても可能性がないとは言い切れない。
私本当に違う世界に来てしまったの? それとも、死んでしまっておかしな夢を見続けているの?
私は頭から血の気がサッと引く様な感じに陥ってしまい、フォークを持ったまま固まってしまった。
突然黙り込んだ私を、隣に座るザックが覗き込んだ。
「お前……相当顔が青いぞ? もしかして言えない様な何か酷い事があったのか?」
「え?」
急に声をかけられ驚き、フォークを机の上に落とした。お皿の端に当たりガチャンと大きな音を出してしまった。
その姿が動揺と見てとれたのか、私以外の皆が深い溜め息をついた。
ノアは小さく首を振って長い睫を伏せた。
「やはりな。お前は奴隷として東の国から連れてこられたんだろ? 船で売買するのが最近の流行らしいしな。そこから逃げ出してきたと」
「そうだったのね。それなのに、海で溺れていた私を助けてくれて。奴隷は連れてこられるまでに色んな暴力なんかがあるって聞いた事があるわ」
やるせなさそうに呟いたのはマリンだった。
「え? そ、そうじゃなくて……私は……」
話が思っても見ない方向に転がっていくので慌てる。
だけれど、何から説明すればいいの?
訂正しようとするもどう切り込んで良いか分からず口籠もる。
だって「海の底から違う世界から来ました」なんてどうやって信じてもらえるの?
困惑して口籠もる私の様子に皆は、誤解の上に更に生じた悲劇を想像させてしまった様だ。一気に重苦しい空気になってしまった。
「確かこの間発見された奴隷達は、何人も小屋に押し込められていた上、売られる前に売人からあらゆる暴行を受けていたとか」
ゾッとする様な話を、端っこでトマトパスタを頬張っていたシンが口を拭いながら話した。
ザックが暗い影を顔に落としながら溜め息をついた。
「そうだったな。あれは酷かった。確か立ち会ったんだろ? ノア」
「ああ下は十歳、上は十五歳位までの子供が十人もだぞ。男も女もまだこれからだって言うのに……助けたのが遅くてな。体が受けた傷ももちろんだが精神的に立ち直るには時間がかかりそうだ」
ノアもうつむきグラスの中のワインを眺めながら呟く。
そんな怖い世界なの? 男女関係なく奴隷として売られるって……
「奴隷売買が増えている原因は何だろうな。近いうち必ず突き止めないとな」
溜め息をつきながらザックが呟いた。
そして、ザックの呟きに皆が無言で頷く。
(どうしよう、奴隷じゃないんだけど!!!)
「そういえば、悪かったな間諜の疑いまでかけてしまって」
今まで不機嫌な顔しか見せなかったノアが、優しく笑いかけてくれた。
「あっいえ! そんな……気にしないでください!」
突然謝られて私は慌てて首を振った。
「そうだな。こんな小さな子供相手にムキになるなんて、俺もどうかしていた。悪かったな」
隣のザックも身を少し私の方に乗り出して優しく笑いかけてくれた。
改めて見ると二人共顔の造形が整いすぎていて驚きだ。照れてしまい私は頬を赤くしてしまった。
「大丈夫ですよ。子供って言うか、二十歳過ぎてますけど子供ぽすぎて……まぁ男の子に間違われるのも含めて今にはじまった事ではないですし。それからさっきから話に出ているカンチョウって何ですか?」
「「「「ハァ?」」」」
ノア、ザック、マリン、シンの皆が固まった。顔が笑ったと思ったら青ざめた。
「は、二十歳過ぎって?!」
最初に声を発したのは、隣のザックだった。所々声がひっくり返っている。
「はい。私今年で二十三になるんですけど」
「二十三って! 俺と同じ歳?! ウッ!」
黒バンダナのシンが驚きすぎて喉を詰まらせた様だ。慌てて胸を叩き、マリンさんに差し出されたワインを飲み干している。
「お前本当に大丈夫か? 自分を二十三歳と言い出すなんて。奴隷としての扱いが酷すぎて、逃げてきたのは分かるが……やはり頭もおかしくなったのか?」
ノアも目を丸くして哀れむ様に声をかけるが、どう考えても酷い言われようとしか思えない。
「し、失礼な! これでも成人しています! 大人です!」
「……でも、大人なのに、間諜が分からないなんて……」
妙な突っ込みを入れるのはマリンだったが、顔が真面目すぎて本当に哀れまれているのが分かる。
「カンチョウってそんなにポピュラーな言葉なんですか? ええ~」
カンチョウって子供が悪戯するアレではないよね。それすらも今更聞けない雰囲気だ。
困惑気味の私に、男性陣は視線をずっと私の頭の上からつま先までただよわせている。信じられないといった感じだ。ここでもアジア系は幼く見えるというものなのかな。
その時、ダンと音を立てて勢いよくジルさんが立ち上がった。私の前で両腕を出して、テーブルを乗り越えて再び私の頭を抱きしめる。
「ああっ! なんって可愛そうな、ナツミ! 奴隷として連れてこられた上に、こんなに混乱してしまうなんて! もう心配しなくていいわよ。私があなたを助けてあげるわ!」
多少芝居がかっているのは先程から水の様に飲んでいたワインのせいだろうか。ギューッと柔らかくて弾力のあるおっぱいに顔を挟まれて息が出来なくなる。
「ジルさん、くっ、苦しい……」
藻掻けば藻掻くほど埋まっていく。
「ジ、ジル! 窒息しちまうんじゃないか?」
ザックが心配そうに声をかけた途端、パッとジルさんが体を離した。
左手を天に挙げ、右手を私の頬に置くポーズを取った。やはり芝居がかっている、酔っ払いだ。
「大丈夫! 心配しないでナツミ。そうだわ! 私が行き場のないあなたを引き取るわ!」
最後は人差し指を立てて私の鼻の辺りを指差した。
突然の提案に皆が目を丸くするしかなかった。
フォークで白い身を取り分けてソースと絡めて一口食べる。小骨はあまり多くないが大きな骨がある魚の様だ。尻尾の部分に七色の綺麗なヒレがついている派手な魚だが味は淡泊な白身魚だ。香辛料が程よくオリーブオイルの様な油とマッチしておりとても美味しい。
あんなに顔が怖いのに、美味しい食事を出す左目に傷のあるダンさんというシェフは、実は凄く繊細で優しい人のではないだろうか。
隣に座った金髪の男、ザックが頬杖をつきながらずっと私の食べる姿を見つめている。
片手にはワイングラスを持って観察をしている様だ。
「あの、食べないんですか?」
「喰うよ」
「でもさっきからずっと私を睨んで……じゃなかった、見てますよね?」
「……よく喰うなと思って」
そう言うとワインを一口飲んだ。
垂れ目がちの瞳は濃い色をしたグリーン。つり上がり気味の眉は綺麗に整えられている。精悍な顔は日に焼けている。唯一いかがなものかと思うのは、椅子に座っているが大股開きで、横の私の太股辺りに膝が伸びている事だろうか。
顔が整っているのに無駄に脚が長いなんて。神様は不公平だ。
しかし、私食べ過ぎだよね? そう思うと急に恥ずかしくなって顔が赤くなる。
「で、ですよね。美味しい魚ですね。味付けも凄く繊細だし……」
「……まぁ、ダンの料理は確かに旨いな。ファルの酒場じゃ一番じゃねぇかと思う」
ザックも一息ついてワイングラスを置いたら同じ小皿に取り分けられた魚を口にした。
長い指、大きな手のせいでフォークが小さく見える。所作がとても綺麗で、器用に骨を取り除きながら魚を口にしていた。
「やぁね酒場一番じゃないわよ、ファルの町一番でしょ?」
先程からワインばかり飲んでいるのは、私の向かい側に座っているジルさんだ。
ここはファルという町なのか。聞いた事がない町だ。
ジルさんはカラカラと笑いながら、隣に座っている王子様の肩をバシバシ叩く。
「痛いな。俺を叩くな。ザックを叩いてくれ」
ジルさんをアイスブルーの瞳が冷たく射貫く。
かなり強く肩を叩かれていた様だがノアはびくともしなかった。手に持っているグラス内のワインも大きく揺れたりしない。体幹がしっかりしているのかな?
ノアはザックと違って色白で長い睫までがプラチナブロンドだ。引き締まった口元はとても男らしい。黒い外套を纏っている時は細身に見えたが、脱ぐと肩や脇周りがガッチリしている。かなり鍛えているのだろう。ノアは仏頂面で小さく切り分けた肉を咀嚼した。
「もう冷たいわねぇ、ザックの代わりにノアが叩かれてもいいじゃない~」
「ジルさん飲みすぎじゃないですか? まだ絡むには時間が早いですよ」
ノアの隣に座っていたマリンが、壁になっているノアの隣からジルさんへ意見する。
「何言ってるの。このぐらいどうって事ないわよ。マリンこそちゃんと食べてる?」
「はい溺れた翌日なのに、何故か体調が良くて」
マリンの微笑みは表現するならバラ色だ。
凄い。バラの花が後ろに見えそう……
「本当か? 無理しているんじゃないのか?」
心配そうに声をかけたのは肉を飲み込み終えたノアだった。
「そうですよ。無理しないでくださいね」
思わず私も声をかける。意識もなかったので大丈夫なのか心配だ。
すると隣のザックが不満そうに声を上げた。
「どさくさ紛れに何が「無理しないでくださいね」だ。そもそもお前は一体どこから現れたんだ! つーか、何なんだよ!」
眉間に皺を寄せ眉をハの字にして口を尖らせる。
折角の整った顔が台無しで、田舎のヤンキーの様だ。更に失礼な事に、持っていたフォークで私の顔を指す。それも丁寧に声色まで真似てくれている。
「確かに、モグ。気が付いたら海の底から、マリンさんと共に現れていたって感じでしたね」
テーブルのお誕生日席の様な所に座っている黒バンダナのシンが、口いっぱいにトマトのパスタを頬張りながら思い出した様に話し出す。
「お前なぁ。食べてから話せ。マナー違反だぞ」
「モグ、ふぁい」
ノアが心底嫌そうな顔で指摘をするが、懲りないのかやはりモグモグしながら返事をするシンだった。
私は整理するために、思い出しながら話をした。
「私は浜辺で溺れているマリンさんに気が付いて、助けようと海に飛び込んだんですけれども……」
「あのな、”浜辺で”と言うが、周囲にいた人の話では、お前は浜辺になんていなかったそうだぞ?」
訝しげにノアが私を見た。
「そんなはずは……」
そもそも、ここは私の知っている大無海岸ではない。知らない場所だ。
この宿屋、酒場だって近所にはない。
目の前にいる人達もどこの国の人なのか分からない。
夢を見ているのでなければ、今の私は全然知らない世界に来た様な感じだ。
(知らない世界に来た?)
そういえば海の中に一度潜ってから水面に上がって来たら違う世界だった。
大無海岸で起こる行方不明者が出るという話を思い出した。
大無海岸は所々突然海が深くなり、流れが変わる場所がある。何年かに一度は行方不明になる人もいて油断のならない海水浴場。だからライフセーバーを常駐させていた。
私はその行方不明者が出るポイントで溺れているのを見かけて……
『あっ。ホントだ。あそこはボートでも危ないからダメだって教えたばっかりなのに。私、夏見と行って来ますね』
遙ちゃんと一緒に向かったはずなのに。気が付いたら遙ちゃんは追いかけてこないし、手に持っていた緊急用の浮き輪もなくなっていた。
まさか私──海の底から別の世界に来たなんて事は。そして、私の世界では行方不明になっているとか。
とんでもない発想だとは思うけれども、実際体験した事を照らし合わせても可能性がないとは言い切れない。
私本当に違う世界に来てしまったの? それとも、死んでしまっておかしな夢を見続けているの?
私は頭から血の気がサッと引く様な感じに陥ってしまい、フォークを持ったまま固まってしまった。
突然黙り込んだ私を、隣に座るザックが覗き込んだ。
「お前……相当顔が青いぞ? もしかして言えない様な何か酷い事があったのか?」
「え?」
急に声をかけられ驚き、フォークを机の上に落とした。お皿の端に当たりガチャンと大きな音を出してしまった。
その姿が動揺と見てとれたのか、私以外の皆が深い溜め息をついた。
ノアは小さく首を振って長い睫を伏せた。
「やはりな。お前は奴隷として東の国から連れてこられたんだろ? 船で売買するのが最近の流行らしいしな。そこから逃げ出してきたと」
「そうだったのね。それなのに、海で溺れていた私を助けてくれて。奴隷は連れてこられるまでに色んな暴力なんかがあるって聞いた事があるわ」
やるせなさそうに呟いたのはマリンだった。
「え? そ、そうじゃなくて……私は……」
話が思っても見ない方向に転がっていくので慌てる。
だけれど、何から説明すればいいの?
訂正しようとするもどう切り込んで良いか分からず口籠もる。
だって「海の底から違う世界から来ました」なんてどうやって信じてもらえるの?
困惑して口籠もる私の様子に皆は、誤解の上に更に生じた悲劇を想像させてしまった様だ。一気に重苦しい空気になってしまった。
「確かこの間発見された奴隷達は、何人も小屋に押し込められていた上、売られる前に売人からあらゆる暴行を受けていたとか」
ゾッとする様な話を、端っこでトマトパスタを頬張っていたシンが口を拭いながら話した。
ザックが暗い影を顔に落としながら溜め息をついた。
「そうだったな。あれは酷かった。確か立ち会ったんだろ? ノア」
「ああ下は十歳、上は十五歳位までの子供が十人もだぞ。男も女もまだこれからだって言うのに……助けたのが遅くてな。体が受けた傷ももちろんだが精神的に立ち直るには時間がかかりそうだ」
ノアもうつむきグラスの中のワインを眺めながら呟く。
そんな怖い世界なの? 男女関係なく奴隷として売られるって……
「奴隷売買が増えている原因は何だろうな。近いうち必ず突き止めないとな」
溜め息をつきながらザックが呟いた。
そして、ザックの呟きに皆が無言で頷く。
(どうしよう、奴隷じゃないんだけど!!!)
「そういえば、悪かったな間諜の疑いまでかけてしまって」
今まで不機嫌な顔しか見せなかったノアが、優しく笑いかけてくれた。
「あっいえ! そんな……気にしないでください!」
突然謝られて私は慌てて首を振った。
「そうだな。こんな小さな子供相手にムキになるなんて、俺もどうかしていた。悪かったな」
隣のザックも身を少し私の方に乗り出して優しく笑いかけてくれた。
改めて見ると二人共顔の造形が整いすぎていて驚きだ。照れてしまい私は頬を赤くしてしまった。
「大丈夫ですよ。子供って言うか、二十歳過ぎてますけど子供ぽすぎて……まぁ男の子に間違われるのも含めて今にはじまった事ではないですし。それからさっきから話に出ているカンチョウって何ですか?」
「「「「ハァ?」」」」
ノア、ザック、マリン、シンの皆が固まった。顔が笑ったと思ったら青ざめた。
「は、二十歳過ぎって?!」
最初に声を発したのは、隣のザックだった。所々声がひっくり返っている。
「はい。私今年で二十三になるんですけど」
「二十三って! 俺と同じ歳?! ウッ!」
黒バンダナのシンが驚きすぎて喉を詰まらせた様だ。慌てて胸を叩き、マリンさんに差し出されたワインを飲み干している。
「お前本当に大丈夫か? 自分を二十三歳と言い出すなんて。奴隷としての扱いが酷すぎて、逃げてきたのは分かるが……やはり頭もおかしくなったのか?」
ノアも目を丸くして哀れむ様に声をかけるが、どう考えても酷い言われようとしか思えない。
「し、失礼な! これでも成人しています! 大人です!」
「……でも、大人なのに、間諜が分からないなんて……」
妙な突っ込みを入れるのはマリンだったが、顔が真面目すぎて本当に哀れまれているのが分かる。
「カンチョウってそんなにポピュラーな言葉なんですか? ええ~」
カンチョウって子供が悪戯するアレではないよね。それすらも今更聞けない雰囲気だ。
困惑気味の私に、男性陣は視線をずっと私の頭の上からつま先までただよわせている。信じられないといった感じだ。ここでもアジア系は幼く見えるというものなのかな。
その時、ダンと音を立てて勢いよくジルさんが立ち上がった。私の前で両腕を出して、テーブルを乗り越えて再び私の頭を抱きしめる。
「ああっ! なんって可愛そうな、ナツミ! 奴隷として連れてこられた上に、こんなに混乱してしまうなんて! もう心配しなくていいわよ。私があなたを助けてあげるわ!」
多少芝居がかっているのは先程から水の様に飲んでいたワインのせいだろうか。ギューッと柔らかくて弾力のあるおっぱいに顔を挟まれて息が出来なくなる。
「ジルさん、くっ、苦しい……」
藻掻けば藻掻くほど埋まっていく。
「ジ、ジル! 窒息しちまうんじゃないか?」
ザックが心配そうに声をかけた途端、パッとジルさんが体を離した。
左手を天に挙げ、右手を私の頬に置くポーズを取った。やはり芝居がかっている、酔っ払いだ。
「大丈夫! 心配しないでナツミ。そうだわ! 私が行き場のないあなたを引き取るわ!」
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