【R18】ライフセーバー異世界へ

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024 一目惚れと3分間の砂時計

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「ナツミ今日はもうあがってもいいぞ」
 ダンさんがカウンターから顔を出して私を呼び止める。

 お客さんはまだフロアにいるがパラパラといった感じだ。あと少しで日が変わるといった時間だった。

「お疲れさまでした、先にあがりますね」
 私がお客様からお皿を戻してきた時だった。入り口のドアベルが軽快になってお客さんが来た。

「いらっしゃい。ザック今日は一人か?」
 ドアにいたウエイターが気さくに声をかけていた。私はザックの名前を聞いてドキッとして振り向く。

「ちょっと用があってな。お、ナツミ。まだ仕事か?」
 膝下まであるブーツを鳴らして、大きなスライドで歩く。足が長いので一歩が人より大きい。前髪の奥に見える少し垂れた二重が優しく笑っている。白いシャツの下に見えるのは日焼けした逞しい肌だ。腰には剣をぶら下げている。昼間の上半身裸の姿ではなく、軍人の服装だ。

「うん。今終わったところだよ」
 私もつられて笑ってしまう。
 あっという間に私の目の前に来たザックは、頭の上に拳骨をポコンと落として髪の毛を撫でた。くすぐったくて目を細めると、私の右側の頬まで手を滑らせた。
「今日はノアやシンは一緒じゃないの?」
「……ああ。今日は俺一人だ。もちろん返事を聞きに来たぜ。奥で話せるか?」
 ザックは顎で一番奥の個室タイプの場所を促した。

 低くて優しい声が頭の上で響き、親指でくすぐる様に頬を撫でた。

「うん」
 私は力強く頷いた。



 コホンと咳払いをしてから、私は改めて話をはじめる。
「付き合うには条件があるんだけど」
 ザックと向かい合って座る。相変わらずザックの足は無駄に長く、向かい側に座る私の足を挟み込む様に伸ばされている。
「へぇ何だ?」
 頬杖をついてクスクス笑うザック。

 馬鹿にした笑い方ではない、目の前の私を優しく見守る様子だ。

 調子が狂うな。
 お昼はしっかりしたお兄さんから、説明が下手くそな上司。
 そして、急にキスを奪う強引な感じなのに、何だか夜は甘やかしてくれそうだ。
 色々な顔を一日で見せてくれるザックだがどれが本物なのだろう?

 私は息を一つ吸ってから、ザックを真っすぐにに見つめて話し出す。

「条件はね。私と付き合う間は他の誰とも寝ない、関係を持たないで欲しいの。もちろん二股なんてもってのほか。そして私がザックの事を嫌になったら関係は解消する、というものなんだけど」
 ジルさんが提案してくれた内容と一緒だ。ひねりもないがこれが一番分かりやすい。

 だけれど──

 ──ええ? 面倒くさいなぁ。ナシって事で──とザックが言い出す様な気がした。

 本人を目の前にすると余計に思う。どう考えても私だけで満足出来ると思えない。思わず目をつぶる。

(あーあ。絶対に呆れられるよね。何様だって)

 しかし、意に反して──

「いいぜ。それだけか? 他に条件はないのか」
 サラッとひと言。

 驚いて目をあけると、目の前には嫌そうな素振りもせずニッコリ笑うザックがいた。

「え?! いいの?」
 私が何故か面食らう事態になってしまった。

 ザックは不思議そうに首を傾げた。
「ナツミが言い出したのに何で驚くんだ」
「だって、ザックは女性に関しては、あっちへフラフラ、こっちへフラフラするって……」
 イマイチ信用出来ずに口を尖らせてみる。
「普段はそうだけど……」
「えぇ~じゃぁ、本気だった事は今まであるの?」
「ないな」
 何故か偉そうに胸を張っていた。最低なのでは。

 思わず軽蔑気味に目を細めてしまう。

 本当にこの条件を守ってもらえるのだろうか?

 ザックの態度をどの様に捉えていいのか困っている時だった。
「へぇ~じゃぁ、ナツミには条件を守るぐらい、本気だって事なのね?」
 横からジルさんがひょっこり顔を出す。しかも私の声真似までしながら。
 最初は冗談めかしているが語尾は強い。

「本気?」
 本気という言葉にザックが引っかかる。
「……長い付き合いだから、あんたが色んな女と付き合っているのは知っているし。それに、誰にも本気じゃないと思っていたけど──」
 キセルをふかしながら、向かい合っている私とザックの間に立つ。上からザックを見下ろす。その顔は笑っているが、真面目に答えなければ容赦がないといった様子だ。

 本当に海に沈める様な気がしてきた。

 ジルさんはキセルを持っていない手で、ザックの胸ぐらを掴みあげると座っている椅子から引きずり上げ顔を近づけた。

「適当に遊んで捨てる様な男にはナツミは預けられないわよ。もしそんな事をしたらどうなるか分かっているんでしょうね」
 ジルさんの低く唸る様な声がゾクッとする。

 ザックは無言でジルを見上げる。

 怯む事なくジルさんの言いたい事をしっかりと受け止めていた。それから観念した様に溜め息をついた。

「……この間、ナツミが働きはじめたあの日──俺は目を奪われて」
「そうねぇ、酷く間抜けな顔で見つめていたわね」
「え。見つめてたんですか?」
「そうよ、こいつったらマリンの久しぶりの踊りもそっちのけで、ナツミばっかり見ていてね。と言うより見とれてたのよ」
「え」
 何だか急に恥ずかしくなって顔が赤くなった。

「酷く間抜けな顔って……まぁいいか。だからその時に。何だろう。こう心臓をギュッと掴まれた様な、息が苦しくて」
 胸ぐらを掴まれたままザックが視線を逸らして、ほんのり頬を染めた。

 大きな体の男が、胸ぐらを掴まれたまま恥ずかしそうにモジモジしはじめる。

「は?」
 ジルさんにも予想外な反応だったのか、わけが分からないといった様な声を上げる。

 途端にザックが慌てた様に話しはじめた。
「だからっ! 少年とか、子供とか思っていたのに、突然こうグッとくる様な顔をするから、思わずキスしてしまって。今日だって……あんなに綺麗に海の中を泳いで、それでナツミが笑うから……」
 つり眉が少し困った様に垂れてきた。整った顔が情けなく崩れる。

「まさか、あんた……一目惚れ?」
 ジルさんが胸ぐらを掴んだままザックに問いかける。
「一目惚れ……」
 ザックはジルさんの顔をマジマジと見つめて目が点になる。生まれてはじめてその言葉を聞いた様な感じだ。

 それから、ゆっくりと向かい側に座る私に視線を合わせる。

「ザックが私に一目惚れ?」
 私が呟いた言葉に、ザックが反応して形のいい口を開いた。

「俺がナツミに一目惚れ……って!」
 ザックはあっという間に顔を真っ赤にして、自分の顔を大きな両手で覆った。

 顔が赤いのは隙間から見えるが、耳まで赤い。目には見えないが、頭から湯気が出ている様に思えるぐらいだ。

「え? 真っ赤?」
 ザックの意味が分からない反応に私は首を傾げた。

「バッ、馬鹿っ! 見るなっ」
 昼間の私とザックが逆になった様だ。今度はザックがパニックになっている。

「まぁ何その反応。自分の事が自分で分かってなかったみたいに、あんた自覚なかったの?」
 ジルさんは胸ぐらを掴んでいた手を放して、あきれかえった様な声を上げる。

「今、気がついたんだよ!」
 ザックが叫ぶ。

「プッ、何よそれ」
 ジルさんが盛大に吹き出して笑いはじめる。

 ザックは顔を両手で隠したまま、大きな体を隠れる様に丸めるのだった。



 『ジルの店』の酒場の営業時間も終わり、ダンさん、ジルさん、ザック、私がビールを飲みながら酒場の片隅でテーブルを囲んでいた。

 ザックが真っ赤な顔を元に戻したのは、あれから十分程経過してからだった。

 ようやく自分のペースを取り戻したザックは、向かい側に座っていた席から立ち上がると、そそくさと私の隣に座る。恐る恐る肩を組んできた。
 フワリとベルガモットの香りがする。

「な、何?!」
 何か憑きものが取れた様な態度に、ファイティングポーズで隣のザックを見上げる。
「俺は条件を飲む。守るから」
「う、うん」
「だから、よろしくな」
 金髪の前髪が揺れた奥には、濃いグリーンの瞳が嬉しそうに弧を描いた。

 頬が少しピンク色になって照れているザックの顔が新鮮だ。
 酒場で女の子がしなだれかかっている時の顔とは違っていて、優しい顔だった。

「……うん」
 私も微笑んで返事をする。
 うん。いい一歩かも。

 好きです! 付き合ってください! 的な感じからは少し外れている様な気もするが、ジルさんの言った事も分かるので、ひとまずいい方向に進んでいると思う。

 私の返事を聞いてザックはパッと子供の様な笑顔を見せた。
「よし! やった!」
 短くいうとガッツポーズをして震えていた。嬉しいのか大きな体を丸めてプルプルしている。

「ザックの事、彼氏って言ってもいいのかなぁ」
「当たり前だろ!」
 間髪入れずにザックが答える。そして、私の頭にポコンと拳を落として髪の毛をぐしゃぐしゃにして撫でた。
「エヘヘ」
 私としても嬉しく、雰囲気もほのぼのしたと思っていた。

 そんなほのぼのした様子を、ジルさんが微笑みながら見つめてくれていた。
 そして、ビールを一口飲んでからしみじみと話し出す。
「それにしても……女とは散々遊んでおきながら、二十八歳になって一目惚れって……プッ」
 ジルさんが震えながら笑いをこらえる。結局我慢出来ずに隣のダンさんの肩を叩く。

「しかも「気になるから」が誘い文句だろ? 次に言葉で伝えられなければ、口を塞ぐというのは……本当に数々の浮き名を流してきたのかお前」
 ダンさんがいつもの様に強面の真顔でビールを飲む。ジルさんに肩をバシバシ叩かれているのは気にもなっていない様だ。

「そう何度も言ってくれるなよ……締まりがなかったのは認めるさ」
 ザックが私を抱いた肩を優しく撫でながら、口を尖らせた。下から見上げると悪戯のバレた子供の様だ。

「ふふ」
 少し可愛いザックに笑うと、私はビールを口に含んだ。
「はぁ。笑わせてもらったわ。じゃぁ、付き合いをはじめる二人の前途を祝して、これをプレゼントするわ」
 ジルさんがザックと私の目の前に、金色の鍵を出した。
 持ち手部分にはバラの模様が透かし彫りで入っている。

 ん? 何の鍵?

 ザックは嬉しそうに目の前に垂らされた鍵を受け取る。
「これはどの部屋の鍵だ?」
「一番奥の部屋よ、今晩は時間泊を無料にしてあげるから。二人で楽しみなさい」
「ブホーッ!」
 私は盛大にビールを吹き出して大きくむせる。

「大丈夫か? ナツミ」
 ザックが驚いて背中をさすってくれる。
 ビールは気管に入って酷く咳き込む事になった。

「ゲホッ、ゴホッ。な、何で! 時間泊って!!」
「え? 何でって、ナツミの条件も飲んでもらえた事だし、一安心だけど……もしかすると、ザックは告白だけじゃなくてアレも下手くそかもしれないでしょ」
 あっけらかんとジルさんが言い放つ。何かおかしな事でも言った? とも付け足される。

「おかしいでしょ、だって!」
 何もかもすっ飛ばしすぎですよっ! と、私が慌てて否定をしようとした時だった。

「アレって……「も」ってどういう事だよ!」
 ザックが思わず食いついた。

「いえ、私はそんな事別に気にしてないから……」
 二人でゆっくり過ごしていければ……と、続けようとしたのに。

 矢継ぎ早にジルさんが続ける。
「だって、セックスの相性はとても重要よ。大体、こんな間抜けで下手くそな告白や誘い方しか出来ない男が、到底セックスも上手いとは言えないでしょ」
 ジルさんは鼻で笑いザックを斜めに見る。明らかに挑発している。

 やめて! ジルさん。それ以上言わなくていいです。ダラダラと冷や汗が出て来た。

「そうだなぁ。浮き名を流していたが、実は大したことないんじゃないか?」
 ダンさんまでが話に乗ってくる。

「た、大した事ないだって?!」
 声をひっくり返したザックが、拳を握りしめて勢いよく立ち上がる。向かい側に座るジルさんとダンさんの前に身を乗り出す。

「あ、あの。ザック? お、落ち着こうよ。ジルさんも、あの、ほら、そういう事は段階を踏んで……」
 ザックの白いシャツの裾を引っ張る。

 ジルさんは前のめりのザックをヒョイとよけ、人差し指を立て私に真剣に語りかける。
「ナツミ。これは重要な事よ。段階を踏んでる場合ではないわよ。それに大したことなかったら満足度だって上がらないでしょう? 私のカンではね、ザックはナツミの中では三分もたないと思うわ」

「「三分!?」」
 私とザックが一緒に声を上げる。

「うーん、三分? も長いかもね。いいところ二分だと思うわ。二分ですって……アハハハ~大した事ないわねぇ。ダン?」
 ジルさんは流し目でザックをあざ笑い、ダンさんの肩を叩いた。

「ハハッ、ジルのカンは海賊時代から折り紙付きだからな。当たっているんじゃないか? あれだけ浮き名を流しておいて、三分、いや二分ももたないとはなぁ」
 ダンさんも珍しく吹き出す。

 ダンさん、あなたも人が悪い。絶対わざとですよね。

 プチン

 私が青くなる前で、ザックの頭の血管が音を立てたのを聞いた様な気がした。

 ザックはジルさんを掴みかかる勢いだったが、無言で椅子から立ち上がる。
「よし分かった。今晩必ず証明してみせる」
「えっ?」
 突然腕を掴まれ引っ張り上げられる。気がつくと俵の様にザックに担がれていた。

「え? ええぇ!?」
 ザックの長身と同じ高さにあっという間に体を引きあげられ、ザックの広い背中が眼前に広がった。

「ふーん。証明ねぇ……じゃぁ、明日ナツミから報告してもらうわ。ナツミ頼んだわよ」
 ジルさんがにやりと笑い、キセルを口に含んで煙を吐いた。私のお尻の方でジルさんが暢気な声を上げる。

「私が報告するんですかっ?! 無理ですよ、だってどう考えたって経験豊富なのはザックなのに。ラーメン作るスピードと同じなわけない!」
「らめーん? 何それ。大丈夫よナツミ。私のカンは当たるから」
 ジルさんは親指を立ててウインクする。キラリと歯が光った様な気がする。

「らめーん、じゃなくてラーメンですって。何が大丈夫なんですかっ!」
「じゃぁありがたく部屋を借りるからな」
 ザックは怒りも露わにずんずんと私を担いだまま歩き出す。酒場の奥にある時間泊に通じるドアに向かっている。
「ええ? ザック待ってよ。あんなの冗談に決まってる」
 喚く私にジルさんとダンさんが遠ざかる。

「ナツミ。料理用だが三分の砂時計だ」
 ダンさんが用意周到に砂時計をポンと俵の様に担がれた私に放り投げる。

 ガラスで出来た美しい砂時計だった、慌てて落とさない様にキャッチする。

「クソッ。ナツミいいか、しっかり報告するんだぞ。三分なんて俺はないからなっ」
 鬼気迫るザックに俵の様に担がれたままお尻をポコンと叩かれる。

「嫌だってば。お尻を叩かないでって。ザック違うって! こういうのは何分とかじゃないでしょぉ~」
 空しく叫ぶ私は、ジルさんとダンさんに見送られながら、奥の時間泊の部屋へと連れていかれた。



「ジル、いいのか? 一応乗ってやったけど……」
 嵐の様な二人が去ってダンはビールを改めて飲み干す。少しナツミが心配だと付け足した。

「ナツミは平気よ。私のカンではね、ザックがさらにナツミにイチコロになると思うわ」
「イチコロって……煽る為にああ言ったが、アレでもザックは場数は踏んでるんだぞ。ホントかぁ?」
「ふーん。じゃぁ、賭ける?」
「そうだな……」
 ダンはツルッとした頭を撫でながら悩んだ。
 海賊時代から魔法の力でも備わっているのではないかという程、ジルのカンは当たるのだ。第六感というのだろうか。それを頼って今までやってきた。
 それは、それは、恐ろしく当たるのだ。

「いや、いい。やめておこう。負けるのが目に見えている」
「残念! ぼろ儲け出来ると思ったのに」
 ジルは笑ってダンにビールのおかわりを要求した。
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