【R18】ライフセーバー異世界へ

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047 ノアと私の覚悟

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 あれからザックに何処へ行っていたのか尋ねても、はぐらかされ答えてくれなかった。最後に必ず『後でな。楽しみにしておけよ』そう言って話してくれない。
 どのぐらい後の事なのか……気になる。しかも、休日は今日で終わってしまうのだ。今日の夜には『ジルの店』に戻らなければならない。明日からは仕事三昧の日々が待っている。
 それに、この水泳教室も良い形で終わらせておきたい。しかし、その心配はなかった。

 まず、水泳を習う事に乗り気ではなかったノアが一番の躍進を見せた。
 バタ足で、手のかきを加え息継ぎが出来る様になった。長時間泳ぐ事ももう目の前だ。
 元々備わっている身体能力の高さに驚かされる。何れにしても、ノアの飲み込みが早い事には目を見張るばかりだ。
 更に、マリンとミラもバタ足で少し泳ぎ進める様になった。この2人も普段からハードな踊りをしている為なのか、基礎体力や筋力が備わっており飲み込みが早い。

「凄いよ! もうすっかり水に馴染んで。完璧に泳げる様になるのはもう目の前って感じだね」
 私は午前の水泳教室の最後に皆に話しかけた。その声に反応して、ミラとシンが池の岸で振り返った。

「何を言っているの。泳げる様になったのはナツミの指導のお陰だよ。だって、あたしは全く泳ぐつもりなかったのに。つられてしまって。でも出来ない事が出来る様になるっていうのは結構楽しいのね」
 ミラは赤い髪の毛をかき上げ、反射する水面の光を受けて笑っていた。

「こちらこそ。ミラには感謝しかないよ。この水着がなければ泳げなかったんだから」
 そもそも、この大胆ではあるけれども水着がなければ水泳教室は開催出来なかったのだ。

「えへへ。嬉しいの一言だね。でも改善がまだ必要だと思うの。今度は違う形の水着を作ってみたいわ。その時はもちろんナツミもマリンも一緒だからね」
 ミラの服飾への創作意欲は留まる事を知らない。

 どんな水着になるのかは分からないけれど、ミラの感性は素晴らしいから今後も素敵な作品を作り出してくれるに違いない。

「ねぇ、私まだ泳げる様になっていないわ」
 そこへ不満そうに声を上げたのは私の側にいたマリンだった。

「何を言ってるのマリン。バタ足で手を離して泳げる様になっただけでも驚きだよ!」
 私は不満そうなマリンの両手を取って元気づける。
 まだ一日半しか経っていないのに、こんなに泳げる様になった人は珍しいのに。

「だって……ノアは息継ぎまで出来る様になっているのに」
 少し遠くの方でノアとザックが泳いでいるのを見つめてマリンは怨めしそうに声を上げた。
「ノアは、特別って言うか。流石軍人と言うか。身体能力の差かな。やっぱり飲み込みは確かに早いから、ノアと同じに考えちゃダメだよ」
 遠くの方で泳ぎ方や手の振り方について詳しくザックに聞いているノアがいた。声までは聞こえないが、ザックが珍しく擬音以外で説明をしている様だった。

 水の怖さや恐ろしさも合わせて、注意しなくてはいけない内容を織り交ぜながら詳しく説明しているザックの先生っぷりも大きく進歩したと言えると思う。

 ザックはやれば出来るのに……どうしてあんなに最初は説明が下手くそなのだろう。

「でも、ノアに先を越されちゃうなんて悔しい……」
 マリンはぷくっと頬をふくらませて不満そうに声を上げる。お団子に結った髪がいつもより幼く見せていてとても可愛かった。長い睫はプラチナブロンドと同じ色だ。色白の頬がピンク色に染まっていた。
「マリンも負けず嫌いだね」
「だって何をやってもノアには先を越されちゃうの。今回は泳ぎぐらい自慢したかったのに」
 そう言ってマリンは、遠くにいるノアに視線を移して取り残された子供の様に呟いた。
「じゃぁ、コッソリ秘密の練習しちゃう? お店の大浴場でさ。そして、今度泳ぐ時にはノアを驚かせちゃおう」
「それはいいかも! ノアの驚く顔が見たいし、先に泳げる様になるわよね」
 私の提案にマリンが振り向いて声を上げた。

「だってさ~シン。この事は秘密だからね」
 マリンと私のやり取りを聞いていたミラがシンに釘を刺した。
「分かってる。言わないよ。でも、ノア隊長あんなに水を嫌っていたのに。嘘みたいだな」
 シンも感慨深そうに声を上げた。
「今回のナツミの方法を、軍学校の授業に取り込めば、泳げない奴もちゃんと泳げる様になるかもしれないなぁ」
「ええ? そんな大事な。軍の授業ならもっときちんとしているでしょう」
 私は驚いて声を上げる。それぐらいシンが真剣に頷いていたからだ。

「いや、それがそんな事はないんだ。理論的に教えてもらえるっていうのは、あまりなかった様な気がする。ほら、ザック隊長の説明が良い例だろ?」
「もしかして、あのザックの擬音ばかりの教え方って……」
「そうそう。あれに近い感じと言えば分かるかな? 確かに教え方が上手い教官もいるんだけど」
「そんな馬鹿な! 軍学校ってもっと厳しい指導があるでしょ?」
「厳しいと言えば厳しいけど……座学なら教科書もあるし問題ないんだよ。でも、剣術・体術っていうのは教えるのも中々難しいって感じだよ。もっと確立した方法があれば良いんだけど。体力の差とか、元々持っていた能力の差が出過ぎていると思うんだよな」
「そうか。確かに教え方一つで質は変わるよね」

 軍ではないが水泳競技に関してもそうだ。理論的に選手の指導をするのは中々難しい。しかし、考える事が出来る選手が増えるのは良い事だ。その中で互いに切磋琢磨し、向上すれば泳ぐタイムなども速くなり向上していく。底上げにだってなる。

「質ね。確かにそうだよな。やっぱり指導は重要だよな底上げにも繋がるし」
 珍しくシンが黙り込んでしまった。きっと軍の品質を上げる事を考えているのだろう。 それは、ザックの部下として役に立つ為に底上げをしていける方法がないか──そう考えているのかもしれない。

 私は嬉しくなってニコニコしてしまう。

「何でニヤニヤしているんだ」
 私の顔を見て戸惑ったシンだった。

「ニヤニヤじゃないよ、ニコニコと言って。だって、シンはザックの為に部下の品質が上がる方法について考えているんでしょ? ザックは良い部下がいるよね。きっと嬉しいと思うよ」

 私のその一言にシンは顔を赤くして、そっぽを向いてしまった。それから溜め息をついて呟く。
「何でザック隊長がナツミを気に入っているのか分かった気がする……」
「何?」
「コホン。何でもないさ。とにかく! ザック隊長にはもっと上に行って欲しいんだ。部下として当然背面を固めておきたいって事だよ」
「うんうん。分かってるよ」
「何なんだよ。もう……」
 ナツミに考えを読まれた事が気恥ずかしくてシンは動揺した。

 昨日の夕食時の酔っぱらっていた時の発言もそうだが、基本的にナツミは『人たらし』なのではないかと思う。気がつかないうちに、スルリと人の懐に入り込んで思わぬ言葉をかけてくる。
 ザック隊長は一目惚れと言っていたけれど、あのザック隊長だ。
 どんな人間であるかを嗅ぎ分けるのは、まるで魔力が備わっているかの様だ。無意識にナツミという人間性を嗅ぎ分けたのかもしれない。シンはそう思った。

「何ぼんやりしているの? シンお昼だってさ~」
「! ああ。分かったよ」
 気がつくと池に一人取り残されていたシンだった。ミラに呼ばれ昨日と同じ食事が用意されているウッドデッキへ向かった。



 ウッドデッキに上がる、昨日と同じ様にアルマさん特製のパンに色々な具を挟みながら食べる。

 相変わらず美味しい。

 モグモグ無言で食べていると、私のお腹の辺りを斜め後ろに横になっているザックが指の腹で撫でる様に触ってくる。

 口いっぱい頬張っているので文句も言えず、睨みつける。

 無言で文句を言っているのが分かったのかザックは、笑って撫でるのをやめるが腕は私のお腹に絡みついたままだった。

 ザックは大きな体をフカフカの体が埋まるクッションに投げ出して、横になっている。座っている私の真後ろに位置していて私を片手で抱きしめ、更に片手でワインを飲んでいた。金髪の男前が何と優雅な事だろう……

「パンには何を挟んだんだ?」
 ワインを飲み干したグラスを横に置き、私の後ろから肩に顎を置いて身を乗り出した。私は口に頬張った中身を全て飲み込むと、ザックに自分の歯形がついたサンドを見せた。
「このレタスみたいな野菜と、白身魚のフライと、白いソースを挟んでみたよ」
「ふーん、結構変わった組み合わせだな。どれどれ?」
 そうして口を開け一口せがんできた。

 私はザックにサンドを差し出すと、ザックは一口かじり、味を確かめてニッコリ笑っていた。

「美味いな。この組み合わせもアリだな。あーあ、軍の仕事している時も、昼にこんな飯を喰いたいなぁ」
 私を片手で抱きしめながら遠い目をしたザックだった。

「普段仕事をしていると、お昼ご飯を食べられないの?」
 ザックの発言に私は驚いてしまった。お昼も食べられないぐらい忙しいの?

「交代制で喰える時間はあるんだが……」
 何とも歯切れの悪い返事が背中で聞こえる。そこに向かい側に座るシンが口を挟んできた。
「俺達が勤務しているのは海側だろ? 海沿いの店って速く料理を出してくれる店が少ないんだよ。かといっていちいち『ファルの宿屋通り』まで行っている時間はないし」

「そうなの? 最近お洒落な店が増えてきたと思うけど」
 ミラがシンの意見に首を傾げた。

「お洒落な店ね。確かに観光目的なら立ち寄りたくなる店は多くなったさ。でも、軍の野郎ばかりが肩を並べて喰える店ってあんまりないんだよな。結局、裏町の方の店に行くしかないって言うか」
「裏町?」
 私は首を傾げて尋ねる。そういえばザックが朝に言っていたのも裏町という言葉だった。

「町の裏側に位置しているから単純に裏町って呼ぶのさ。貧民街の別名さ。裏町で基本お昼に開けている店は数軒しかないけど、座って飯が喰えるのはそこぐらいかな。速くて安いけどさ飽きるんだよなぁ」

「そうなんだ裏町って貧民街の事なんだ。じゃぁさ──」
 意外な事を知って私は目を丸くした。それからシンにどんな店があるのか尋ねようとしたのだが、私の後ろからザックが食べかけの私のサンドを取り上げ一口で残りを食べてしまった。
「あっ! 私のサンドがっ」
「うん。美味い、美味い」
「横取りするなんて酷い。食べ物の怨みは怖いんだから」
「悪い、悪い」
 ちっとも悪びれる素振りもないザックは、親指をペロッとなめて私の頭を撫でた。
 話を逸らされた様で私はムッとしてしまう。ザックに向かって無言で睨み返す。
「……そんな顔をするなよ。裏町は後から連れていってやるからさ」
 まるで私の心を読んだ様だ。私は嬉しくなって後ろのザックの胸に背中を預けて笑う。
「本当だね? 裏町ってザックが育ったところだよね。楽しみだなぁ。じゃぁそのご飯食べるお店にも連れていってくれるの?」
 ザックは内心『まだ喰うのか……』と思いつつ、ナツミの体を後ろからギュッと抱きしめた。
「ザック、少し苦しい……」
 体を起こしたザックが私を締めつける様に両手で抱きしめる。まるでザックの座椅子に背を預けている様な気持ちになる。しかも皆が見ている前で恥ずかしいったら。

「そんなに昼飯を食べる場所がないのか? 困りものだな」
 ノアが改めてシンに向き直っていた。
「そうなんですよ。陸上部隊は良いですよね。寮が違い山側に位置していますから。お昼は寮に戻って喰ったり、それこそ『ファルの宿屋通り』に近いですよね?」
「そうだが毎回宿屋通りまで喰いに行けるわけでもない。忙しい時は喰えないっていうのは、海上部隊の状況と同じだな。寮の食事も悪くはないが『ファルの宿屋通り』で腕を振るう料理人と比べると味は落ちるな。贅沢を言っているのかもな俺達は」
「ですねぇ」
 お昼の食事事情について、ノアとシンが唸る様に情報を交換していた。

「それならお弁当を用意するとか……軍人さんが朝からお弁当用意は出来ないか。じゃぁ、お弁当屋さんは側にないの?」
 私はザックに抱きしめられながら、シンに尋ねた。
「は? オ、ベントウ? 何だそれ?」
 聞いた事がないのかシンに質問されてしまった。うーん、『オ・ベントウ』で言葉を切るのはどうなのだろう……

「お弁当っていうのはね……」
 私はお弁当について説明を簡単にした。

 自分で用意する場合や家族が用意する食事で、携帯し持ち出すものであると説明する。
 後、飲食物を購入しお店から持ち出せる場合もあると説明した。

「へぇ~いいなぁそれ。好きなところで喰えるし。時間の融通が利きそうだ。でも、腐ったりしないかな?」
 シンが目をキラキラさせて私の意見に耳を傾けていたが、最後に一つの懸念を口にした。

「うーん、確かに。腐らせない様に気をつける必要があるね。特にファルの町は暑いから難しいかも……」
 だから、お弁当的な文化が根付かないのかも。

「いいなぁ、それ。今度ナツミが作って持ってきてくれよ」
「あっ、ザック! 何処を触ってるの」
 静かに話を聞いていたザックが私を益々抱き込んで、首筋に顔を埋めてキスをしてきた。

 更にザックの両手が体を滑る様に這い回り胸の周りを持ち上げる様に触りはじめる。
「いいな、オ、ベントウ。想像しただけで仕事が頑張れそう……それに、ナツミに毎日お昼に会えるのって、良いよなぁ」
 最後は頬にキスをくれる始末だ。
「も、もう。何を言ってるんだよ」
 私は照れくさくて顔を下に向けてしまった。何だかんだでザックは嬉しい言葉をくれる。

 毎日お昼に会えるって……私だって会いたいに決まっている。

 そんなザックとのやり取りに周りはすっかり毒されてしまったのか、慣れてしまったのか分からないが、皆スルーして話を続ける。

 ミラが目を輝かせて手を叩いた。
「でもナツミの考えは良いかも。ほら『ファルの宿屋通り』でも、お昼時って人が少なくて稼げない時があるし。いっそのこと『ジルの店』で検討するって言うのはありなんじゃない? 軍人さんに限らず仕事をしている人は同じ様にそういった食事を持ち帰るっていうのは利用したいと思うだろうし。ナツミ、今度ダンさんとジルさんにその事相談してみたら?」
「え、ええ?」
 私は、思わず話が凄いところに飛び火してしまい目を点にしてしまう。

 お店でも出来るといった事を聞いたとたん眼の色を変えるミラは、生まれつきの商売気質かもしれない。

「いいわねぇ。ダンさんに相談したら腐らせない様に持って行って食事を提供する事が出来るかも。そうしたら私達踊り子が売り子になって販売するというのはどうかしら?」
「マリン! それ良いわね。その時ついでにお店の宣伝もして、今日は誰が踊るとか、こんな食事が出来るとか夜の集客にもいいかも!」
「ホント?!」
「ホント、ホント!」
 すっかりミラとマリンが盛りあがっていた。食事はどうだとか、飲み物はどうだとか。持って行く方法はどうだとか、話は尽きない。

「面白い提案をするな。海上部隊の方面だけじゃなくてもちろん陸上部隊にも来てくれるんだよな?」
 ノアがマリンの腰を抱いて自分に引き寄せマリンの顎を持ち上げる。
 マリンが目をまん丸にしてから、ふわっと笑う。
「もちろんよ! 私はノアのところに食事を届けたいわ」
「ありがとう」
 そう言うとノアがチュッとマリンの頬にキスをしていた。それから何を思ったか勝ち誇った様にザックに笑いかける。

「……何だよその顔」
「いや? 羨ましいかと思ってな」
 ふふんと鼻で笑うノアにザックが鼻で笑い返した。
「全然~? だって俺にはナツミがいるし?」
 私を抱きしめてふんぞり返ったザックがノアを笑い飛ばす。

 しかし、ノアは意に介さず益々意地悪そうに笑うと、マリンを抱きしめたまま身を乗り出して、私の手を取った。
「え?」
 ノアの白くて細長い指が私の手を掴む。ドキッとして顔を上げると悪戯っぽく笑ったノアがいた。
「マリンが俺のところに来る時は、ナツミも一緒に来るといい。そうだ、ネロにも会わせてやる。ネロの部屋はなかなり面白いぞ」
 そう言って軽くウインクを寄越した。

「ネロさんの部屋……」
 それは興味があるかも! 確か魔法部隊に属しているって言っていたから見た事もない不思議な部屋に違いない。私は興味を引かれてしまった。

 が、ノアの手をたたき落としたのがザックだった。

「こらっ、ナツミを自分の兄貴……いや、変態でつるんじゃない」
 ネロさんを変態呼びしたザックだった。

 いや、ネロさん変態ではないのだけれど……多分。

「ハハッ、昨日酔っぱらって暴言を吐いた仕返しさ。ついでにその時調子に乗ったザックもな」
「だからあれは本当にごめんって」
 私は軽口を叩いたノアに真っ赤になって謝った。

「結構根に持つんだな……油断も隙もねぇ」
 そう言いながら私の掴まれた手に沢山のキスの雨を降らせるのはザックだった。

 それは消毒のつもり? そんなに触られていないと思うけれど……

「冗談だ悪かった。だが、昨日ナツミに言われてムッとしたのは事実でな。そして、そんなムッとしていた自分に驚いて、言葉を失った」
 ノアは胡坐をかいて座り直すと、少し俯いて自嘲気味に笑う。

「ノア……」
 座り直したノアに腰を抱かれながらマリンが心配そうに声をかけた。
 そんなマリンに微笑みながらノアは姿勢を正した。
「俺は自分の置かれている立場や、面倒臭い事から目を逸らしていた。だが、結局お前は『やらなくていい』と言われるとそれがショックだとはな」

 確かに私が言い放ったのはやる気のない奴はいらないって言っている事と同じだ。

 ノアは顔を上げて目の前に広がる広い溜め池を見つめた。そうして、大きく息を吸うと静かな低い声で話しはじめた。

「俺は逃げるのはやめる。馬鹿な俺が何処までやれるかは分からないが、領主やその他の事ももっと真っすぐ立ち向かってみようと思う」
 アイスブルーの瞳は鋭い色を湛えているけれど、真っすぐで晴れ晴れとしたその横顔は決意がみなぎっているのが分かった。
「ああ」
 ノアの突然の決意表明にザックは口の端を上げて短く答えた。

 言葉は短いが背中に感じるザックの心拍数が少し速くなっているのが分かる。
 ザックなりにノアの言葉に心が打たれた様だ。

「ザック、シン、間抜けな俺を助けてくれよ?」
 そして決して無理をしていない満面の笑顔でザックとシンを振り返ったノアだった。

 ああ、これがノアの仮面を被らない優しい笑顔だ。

 その笑顔が本当の王子様みたいに見えて私は息を飲んだ。
 マリンもミラも同じ様な面持ちでノアを見つめている。

 シンはノアの笑顔に、胸いっぱいになったのか目をゴシゴシと擦る。
 それからどもりながら声を上げる。
「まっ、間抜けだなんてそんな事ありませんよっ。もちろんですよ。ううっ」
「な、何泣いてるのよ。シン~」
「なっ、泣いてない。泣いてない……ううっ。だっ、だって。俺嬉しくて」
 泣いていないと言う割には、結局グスグスと泣きはじめたシンだった。
 シンの背中をポンポンと叩いてあやすのはもちろんミラだ。

「わっ、私も一緒だからっ」
 そして、マリンがノアの首に飛びついて何度も『一緒だから』と連呼していた。
「ありがとう……マリン」
 そんなマリンを抱きしめながらノアは私に小さくウインクを寄越した。

 良かった……

 ノアのウインクを受け取った私は、後ろで抱きしめているザックを見上げた。
 ザックは私の頭をくしゃっと撫でると頬ずりをする様に私の頬に自分の顔を寄せた。

「ナツミは凄いな。昨日は酔っぱらいで今日は女神か。俺の女は最高だな」
「女神って言い過ぎ」
「そんな事ないさ」
 ザックはそう言って私の頬にキスをくれてニッコリ笑った。

「ノアが自分で決めたんだよ……」

 ノアは自分で信じる覚悟をしたのだ。

 私も覚悟を決めてザックに好きになったという気持ちを伝えようと思った。
 ザックだけに約束を守らせない。私もザックに気持ちを伝えたい。



 皆が話す姿を建物の影からコッソリのぞき見ていたのは、長年ノアの世話係をしていたメイド頭のアルマだった。目頭を押さえて肩を震わせていた。



「じゃぁ、折角だから乾杯するか!」
 ザックがワインを並々グラスについで白い歯を光らせて笑った。
「何だか乾杯ばかりしている様な気もするが。まぁ良いか。皆グラスを持ったか?」
 ノアも嬉しそうに笑ってグラスを上げる。

「もちろんよ!」
 皆が顔を合わせて微笑んだ。

「じゃぁ、乾杯!」
「乾杯!」

 そうして、私達はノアの新たな覚悟と皆の結束を固めたのだ。
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