【R18】ライフセーバー異世界へ

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071 夢の中で ~秋と春見~

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「あれ?」
 私は気が付くと中庭で立っていた。手には洗いたてのシーツ。しっかりと水を絞り後は干すだけの状態だ。空は青空なのに雲はねずみ色をしている。雨が降り出しそうな雲なのに私はひたすらシーツを干していた。沢山のシーツが中庭の空をはためいている。

 おかしい。ようやくザックの隣で眠りはじめたはずだったのに。

 優しいキスと抱きしめられて、とても幸せだった。
 そういえば、やたら首まわりにキスが落とされていた様な気がする。後ろから股の間でザックの熱い杭を挟んでいた時なんて首の後ろを囓られたし。

 って、何を思い出しているの私。

 途端に恥ずかしくなって、私は両手で顔を押さえる。首元のザックにもらったネックレスが揺れた。

 瞬間、風が勢いよく吹いてシーツが音を立ててはためいた。
 目の中に砂埃が入って痛くなり思わず顔をしかめる。

「イタタ」
 ようやく目を開けると今度は廊下の端に立っていた。
「え?」
 訳が分からず私はキョロキョロと辺りを見回す。左側には白壁が真っすぐ続く。そして、右側には等間隔で部屋のドアが続いている。
 足元の床板を軋ませながら私は歩く。右側の部屋からは悩ましそうな男女の呻き声がたまに聞こえる。ウツさんのところで聞いた様な悩ましい声と同じだった。

 ああ、これは夢なのだな。

 この、訳の分からない展開はいつもの事だ。
 いつもの事だけれど、このシチュエーションは嫌な予感がする。
 私は早歩きで歩く。
 何故ならば、いつもどんな場所を歩いていても突き当たりには姉である春見の部屋があるのだ。

「行くのか? それ以上、進む事はないだろう」
「え」
 突然白壁に背を預けているノアが立っていた。
 黒い外套と腰には細い剣。白く透き通る肌に射貫く様な視線。アイスブルーの瞳は私を捕らえて離さない。ゆっくりと白い壁から背を離すと私を見下ろしながら目の前に立った。

「ドアを開けなければこれ以上傷つく事もないんだ」

 繰り返し見る夢。

 ドアを開けたらしゆうとお姉ちゃんのはるが快楽に溺れた後なのに。
 しかし私は首を振った。それでも行かなくてはいけない。

「でも私は行かなきゃ」
「そうか。傷つく事が待っていてもか? そこにある真実が残酷でも、か?」
「大丈夫。だって私にはザックがついているから」
 私はノアを避けると突き当たりにあるドアを、ためらう事なく開けた。

 私にはザックがいる。
 だから、この部屋を開けて元カレ秋とお姉ちゃんの春見の裸で抱き合う姿を見たって平気だ。

 繰り返し見る、二人の夢。
 ドアを開けると二人は息を呑んで私を見つめて、泣きながら許しを請うのだ。

 私が悪い、俺が悪い、と。

 フン。何が悪い──だ、どちらも悪いよ!

 秋に言ってやるのだ。
 あんたなんてこちらから願い下げよ。よくも私を踏み台にしてくれたね、って。

 もちろんお姉ちゃん、春見にも言うのだ。
 大好きだったのに。こんな事をする人だなんてがっかりだよ、って。

 二人に、最初から本当の事を言って欲しかった、って。

 開けたドアの向こう。
 秋と春見は部屋の中で情事の跡が色濃く残る、はずだが──二人は服を着ていた。

「あれ?」

 カーテンはあの時の様に閉められている。
 二人はドアを開けた私に気が付く様子はない。

 お姉ちゃんはベッドの縁に腰掛けていた。俯いているが、フワフワの栗毛が乱れていた。
 秋はベッドから少し離れた椅子に座り頭を抱えている。

 私は一歩踏み出して部屋の中に入ろうとするが、開けたドアの先は透明な壁があり入る事が出来ない。ドンと突き当たり跳ね返る。

「何故?! 今日こそは文句が言えそうだったのに」
 何で部屋には入れないの。
 私は透明の壁をドンドンと叩いて大声を上げる。
 悔しい。今度こそはっきりと言えそうなのに、こんな時に限って言えないなんて。
 自分の夢の中なのに不便なのはどういう事なの。

「どうなっているのよ」
 喚いても私の声は部屋の中にいる二人には届かない。


 秋が顔を上げ整った顔を苦痛で歪めた。
なつがいなくなって2日か。皆、探してくれたけど全く見つからないなんて』
 よく通る声が震えていた。秋が再び頭を抱え俯いた。


 2日? 随分時間は経っているはずだけれども。
 私は夢の中とは言え、初めて見る二人の光景に目を丸くした。


『昨日潜水士に潜ってもらったけど駄目だったわ。夏見が遭難した場所は魔のエリアと呼ばれている場所みたいで、海に引きずり込まれたのなら、もう見つからないだろうって』
 そこまで言うと、お姉ちゃんはボタボタと涙を流し両手で顔を押さえた。揺れた髪の毛の隙間から見えた顔は疲れ切っていて青白かった。いつもの天使の様は顔ではない。

『どうしよう。私のせいだわ。私が秋君と関係してしまったから』
 嗚咽を漏らしながら、泣き続けるお姉ちゃんだ。
『そんな事はない。こうなったのは俺の責任でもあるのに』
 秋は立ち上がってベッドの縁に座り泣き続けるお姉ちゃんを抱きしめる為に駆け寄った。膝を曲げて跪くとお姉ちゃんの顔を覗き込む。
『もしかして夏見は自殺したのかも』
 近づいた秋の気配に、覆っていた両手をはずし呆然としながらお姉ちゃんは呟く。
『そ、そんなはずはないだろう』
『だって、私は秋君を夏見から奪ったのよっ。夏見が傷つかないはずはない。秋君がまだ夏見に別れ話を切り出してない事を知っていたのに、無理矢理秋君に関係を迫ってしまったのが』
 そこまで言ってうわーんと、再び泣きはじめる。

 何だってー?! 誘ったのは秋ではなくてお姉ちゃんからだったのかっ。

 夢の中だから定かではないが、今までとは違う夢の展開に呆然としていた。

 完全にお姉ちゃんを信じていたので、秋がお姉ちゃんに言いより誘ったものだと思っていたのに。

『いいや。俺も春見の誘いを断っていたが、結局好きになってしまったし。それに、夏見の事も。やっぱり顔を見ると愛しいと思ってしまって……その、会う度についつい抱いてしまったし。俺も同罪だ』
 秋はそう言って、細いお姉ちゃんの肩を力一杯引き寄せる。二人がお互いの名前を呼び合っていた。

 秋も秋で聞き捨てならない事を言う。
 私の顔を見ると愛しくて、会う度ついつい抱いてしまったし、とはどういう事だよ。

『それに、夏見の友達の遙さんが私達の事を知っていて』
『ああ、確か同じライフセーバーとして働いているポニーテールの彼女か』
 二人は抱き合いながら呟いていた。それから体を引き離して秋はお姉ちゃんのおでこにかかった髪の毛をかき上げる。そして、親指で涙を拭う。
 お姉ちゃんは青白くなった顔で、儚げに秋を見上げると、再び涙をスーッと流した。
 秋はそんなお姉ちゃんを愛おしそうに見つめる。

『遙さんが、ヒック、私の事を睨みつけて私達二人の関係を周囲にバラすって』
『何て事を、脅しか?!』
 お姉ちゃんの言葉に秋が息を呑む。
 
 それを脅しと捉える方がどうかと思う。
 と言うか、脅しと捉えるなら本当に後ろめたいという事ではないのか。

『夏見が行方不明になった今、付き合っている事が分かれば、きっと酷い奴らだって。皆はそういう目で私達を見るわ』
『春見』
 秋はさめざめと泣く春見を抱きしめてキスをしていた。
 そして、お約束通り盛り上がった二人はベッドに沈んでいく。


 私は冷めた気持ちになって、入る事の出来ない部屋のドアを閉める。
 勝手に盛り上がり、自分達は可哀相だと訴えて、二人勝手に仲良くなっていく。

 何だか二人が滑稽に思えてきた。馬鹿馬鹿しい。
 こんな二人だったかもしれないのに私は泣いたり喚いたりしたのだろうか。

 所詮私が見る夢だから、本当なのか、嘘なのか、分からないけれども。
 今思えば考えるとつじつまが合う様な事が沢山あったかも。例えば──
 私はそう思い扉の前で様々な記憶を呼び起こしていた。
 あれは、確か──

 そこで、後ろから日焼けした逞しい腕が伸びてきた。私を後ろから抱きしめる。
 ベルガモットの香りがする。
「ナツミ。どうした? こんなところで。俺達の部屋は隣だろ」
 ザックだった。
 後ろから抱きしめて、顎を私の頭のてっぺんに乗せていた。
「ザック」
 愛しいザック。私が私でいられる大事な相手。
 強くて逞しくて、かなりエッチだけれど、優しくて守ってくれる人。

「ザックに会わなかったら、私はとんでもない男の人に必死になるところだったかも」
「俺以外の誰かに? 酷いな、こんなに俺はナツミの事が好きなのに」
 そう言ってザックは後ろから更に力を入れて抱きしめる。
「ありがとう、ザック。って、ザック。少しだけ、その締めすぎな様な」
 嬉しくてザックを見上げると、ザックが私の体に巻きつけた腕にグイグイ力を入れる。胸の辺りが何故か苦しくなってきて、私は息をする事も出来なくなってきた。
「くっ、苦しい。ザック、止めてよ。息が出来ないっ」
「ナツミ。逃げるな、駄目だもっと側に」
 ザックはそう呟くと息が出来ないぐらい締め上げる。胸の上に何か重りがある様で苦しい。なのに何故か乳房の頂きが尖って、敏感になっていく。
 気が付くと服の下にザックの手が這っている。
「ああ。何? どうなっているの」
 私が慌てて藻掻きザックの腕から逃れようとしたところで──

 目が覚めた。

 気が付くと、時間泊のベッドの上でザックが私を横抱きにして、ささやかな胸に顔を埋めて抱きついている。無意識にザックは力一杯抱きしめていて、ほっぺたを擦りつけている。

「あっ!」

 その時、ザックの少し伸びたひげが胸の頂きに当たって刺激をもたらす。

「う、う~ん。ナツミぃ。もっとだ……」

 ザックはそう寝言を言い、更に足を私の体に巻きつけて抱き枕を抱きしめる様にする。

「もう、苦しいからー」
「痛っ! な、何だぁ?」
 私はザックのほっぺたを抓り上げ、何とか腕の中から抜け出す事が出来た。

 考えが纏まりそうなところでザックったら。
 それでも、夢の中でも抱きしめてくれたザックに感謝してしまうのだった。
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