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120 再び 海へ! その2
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「きゃぁ~冷たい! あっ波が来たら体が『フワッ』ってなる」
「ハハッ本当だな。それによく見ると足元を魚が泳いでるぞ」
「うん。海ってこんなに楽しいのね! ねぇねぇノアもう少し潜ってみたいから、手を離さないでよ。さっきみたいな意地悪はナシよ」
「分かった分かったあと一回な。そうしたら砂浜でブスくれているナツミ達と荷物番交替だからな」
「うん」
マリンとノアが腰まで浸かる辺りで手を繋いで潜ったり少しだけ泳いだりしている。
初めて海に来たカップルの光景だ。本当に二人共泳げなかったとか水嫌いだったとは思えない。
白い肌の二人は海の中でも輝いて見える。ザックと同じ様にノアにもタトゥーがあった。左腕の肩から上腕の辺りに植物の模様が描かれている。ザックは右肩でノアは左肩に入っていた。何でも軍から支給される剣と連動しているそうで、そのタトゥーを彫っているものしか鞘から抜く事が出来ないのだとか。
しかし、盗まれては困るので私とザックは荷物番をしている。剣にひっかけたノアとザックのシャツがはためいている横で、マリンと私のショートパンツも同じ様にはためいていた。
「早く海で泳ぎたいのに……」
私は体育座りで両膝を抱える。その後ろから私を囲い込む様に抱きしめるザックが肩を揺らして笑った。
「仕方ないだろ『じゃんけん』とか言うのでナツミがマリンに負けるからだろ」
「だって、マリンって恐ろしく運がいいから。速攻で負けたから三回勝負にしたのに」
二回目であえなく勝敗がついてしまった。
私は白くてサラサラの砂を片手に取り、少しずつ落として山を作ってみる。
砂自体が日本のものとは違う。もう少し白かったら私は塩と間違うかもしれない。
今日ぐらいの日差しならまだ砂浜にもパラソルなしで座っていられる。日差しの強い日だったらこの砂はもっとサラサラするのかな。
私は小山を作り続けるという砂遊びをしながら、顎を膝の上に載せる。そして先程までの裏町の様子を思い出していた。
エッバだけではない。裏町の女性達は活き活きとしていた。別に貧民街だから暗くてジメジメしている事はなかった。エッバは踊り子が上から目線で馬鹿にするとか、男性に媚びていると言うけれども、それはそれで違うと思うし。
だってそれは、個人の問題だよねぇ。
冷静に見れば踊り子だって町の女性だって何の変わりもない。
それなのに『ジルの店』の集客で男性との出会いを想定した『相席』とか考えていた自分が恥ずかしくなってきた。これではエッバが嫌がる上から目線の踊り子と同じではないだろうか。頑張って裏町で生きていく彼女達には余計なお世話だろう。
普通に仲良くなる方法を考えて店に来てもらえる事を考え直さなくては。
裏町やエッバを見てヒントがあった様に思うのだけれどもなぁ。私が無言で海を見つめていると、ザックが頭をポンポンと叩いた。
「ほらブスくれるな。例の五分ほど潜っていられる薬も持ってきたからさ。機嫌直せよ」
そう言ってザックは私の顎を掴んで後ろに振り向く様に促す。ザックは私が海には入れなくて機嫌をそこねていると思っている様だ。まぁ少しはそのせいでもあるのだけれども。
前髪をかき上げておでこを晒すザック。眉間の辺りは太くて先が細くなっているつり上がり気味の眉と、濃いグリーンの少し垂れた瞳。金色の睫毛が目の前にある。
と言う事は──
ザックの薄い唇が私の唇の真横に当てる。わざと唇をずらしてキスをする。会話を遮らない為だろう。ひとまず考えるのを止めて私は機嫌を直して笑って見せた。
「うん……じゃぁねザックも手を繋いで一緒に潜ってね」
「もちろんさ」
ザックは私を抱きしめてくれた。
「悪かったな先に海に入って。何だ心配して損した。結局ザックとナツミは海でもイチャイチャするんだな」
海に満足したのかノアとマリンが戻って来た。美男美女の二人は笑顔で肩を寄せ合い目の前で髪の毛を拭った。見事なプラチナブロンドが日に透けて輝いている。しかし飛び出る言葉は本当に意地悪だ。
「ノアこそマリンと散々海の中でイチャイチャしていただろ。店の噴水で溺れると大騒ぎしていたくせになぁ。どの口が言うんだか」
ザックが私を立たせながら笑った。私の肩を抱きよせるから、上半身裸の日焼けした胸板に頬をつける事になって照れくさい。
「う、うるさいなっ! いい加減噴水の事は忘れろよ。ほらあと三十分位だろ? さっさと行けよ」
溺れた話を取り上げられて頬を染めるノアだった。シッシッと手を払って私達を海に追いやる。
「ふふふ。凄く楽しかった。今度は私達が荷物番をしているわね」
そう言ってマリンがノアの手を引っ張って私が座っていた場所にちょこんと体育座りをする。
「うん、じゃぁね」
私は手を振りながらザックと一緒に海に向かったが、ザックがいきなり振り向いて一言ノアに伝える。
「ノア、後ろにある岩の裏ならいいと思うぜ」
「!」
ノアが目を丸めて口をへの字にする。それからバツが悪そうに視線をそらせた。その顔を見てザックは満足そうに笑った。
「ザック。岩の裏って何の事?」
足が地面に届かなくなった辺りで私はザックに尋ねる。
数メートル離れた砂浜を見ると、マリンとノアがおでこをくっつけて楽しそうに会話をしているのが見えた。もう、見ているこちらが恥ずかしくなりそうなほど仲良しだ。
「荷物を置いている辺りに背の高い岩があるだろ?」
ザックは私に直径一センチ程の薄い水色をした丸い粒を差し出した。そして口を開く様に促す。
初めてザックと海に潜った時に使用したもので、この粒を奥歯で噛み砕き出てきた液を飲み込むと五分ほど潜水する事が出来る。魔法部隊の人達が開発してくれ代物だ。ダイビングしている様になる。
「うん。黒っぽい岩だよね」
私は返事をしながらひな鳥が餌を求める様に口を開ける。
ザックが説明をしながら口に粒を放り込んだ。そしてザック自身も同じ粒を口に含んでガリッと音を立てて奥歯で噛み砕いていた。
「あの裏なら盛大にイチャイチャしていても見えないぜって意味」
「そっかイチャイチャかぁ。え」
驚いて目を丸めるとザックが笑いながら私を海の中抱きよせる。
「この辺りの海に来るのは子供ぐらいだが、今は誰も来ないだろうからさ。二人で存分に抱き合うんじゃないのか? 朝っぱらかやりたそうにしていたしなノアは」
「え」
「じゃぁナツミ準備は出来たか? 俺達は海の中で抱き合おうぜ。潜るぞ。せーの!」
「えっ、う、海の中って。ゴブ」
ザックが私の肩を押さえると勢いよく海に潜った。
おかげで話をしようと口を開いたのに遮られ海水を少し飲んでしまった。
海の中で抱き合うって! まさかね
キラキラ光る水面を見つめながら海の中にザックと二人潜る。
肌触りのいい海。少し潜ると海水の気温が下がった様に感じた。震える程ではないが冷たい。海水は目にしみるし、視界はボンヤリするけれども抜群の透明度を誇る海は比較的はっきりしていた。
ゴーグルがあればもっといいのに! 今度ザックにそういうものが作れないか相談してみよう。
水面からの光が差し込んで小さな魚が泳いでいるのが分かる。赤と黄色のグラデーションの魚だ。私の水着と同じ色だ。
お揃いだね~なんて話しかけてみるが当然ゴボゴボと泡が立ち昇るだけだ。
魚の群れは、人見知り(?)しないのか、ザックと二人入っていっても逃げる事はなかった。
魚の群れの中、私と手を繋いで泳ぐザック。白いズボンを膝までまくり上げてバタ足で泳いでいく。深くまでは潜らず魚の群れと一緒に移動する。
あっ、あんなところに小さいけれどもクラゲを発見! 刺されない様に気をつけなくては。
息は薬のおかげで苦しくないけが会話が出来るわけではない。だから私はクラゲを指して口をへの字にする。
ザックが私を見て頷く。それから私を引き上げる様にして自分の胸の中に抱きしめる。大きく動いた事で魚の群れがパッと散ったが、直ぐに戻って私達二人の周りをグルグル回り始めた。
魚に注目されるのは初めてだが、歓迎してくれるみたいで嬉しい。
冷たい海水だがザックに抱きしめられると温かくなってきた。たくましい胸板に盛り上がった腹筋。美しい体に抱きしめられてうっとりとしてしまう。
ザックが私の背中をきつく抱きしめて腰の横をくすぐる。私は驚いて顔を上げるとザックが真剣な顔をして私の顔を覗き込んでいた。宝石みたいなグリーンの瞳。
日焼けした頬はいつもなら乾いているけれども海水の中しっとりしている。
漂う金髪はこんな海の中でも輝いている。私は吸いよせられる様にザックの唇に自分の唇を重ねた。
薄くて柔らかいザックの唇。そして高い鼻。触れるだけのキスのつもりだったのだが、ザックが急に唇を割って舌を滑り込ませてきた。逃げる私の舌を追いかけてくる。食べられそうな強いキス。海水のしょっぱさを感じながら私はザックの首に両腕を回して、彼の頭を抱えこむ。
凄く気持ち良い。
海の中でキスを繰り返しながらグルグルとザックと二人回転する。そして魚に見守られながら五分間の潜水時間が過ぎて、私とザックは抱き合ったまま浮上した。
「はぁ……」
私は深く深呼吸をして息を整える。苦しかったわけではないが、何だか冷たかった海の中でザックに触れている部分だけが熱くて触れていたい。
ザックは海の中私を抱き起こして、私に自分の腰に両足を絡める様に巻きつける。
「泳げるのに」
「いいから俺の腰に足を巻きつけとけ。そうそれでいい」
穏やかな波を受けながらザックは、私を抱えたまま自分だけが足がつく場所まで移動した。
「ここじゃ私は立てないよ」
「立たなくていい。このまま俺にしがみついておけよ。折角抱きしめる事が出来たのに。ナツミは放っておくとどんどん海の底に行こうとするからな」
そう言ってコツンとおでこを合わせた。
「だって……海には入れたのが嬉しくて夢中になってしまって」
ザックの覗き込む瞳を見つめて小さく呟いた。
ザックは困った様に笑うと私の頬を手の甲で撫でる。それから長い指で耳の横の髪の毛をすいてくれた。
「泳いでいるナツミは綺麗でずっと見ていたい。魚に囲まれている時は海で生まれたみたいだな。海で育った幻の女みたいだ」
「ふふふ。そうかなぁ」
何だか人魚みたいな感じではないか。人魚と言われたわけではないが、ザックの言葉がくすぐったくて、少し嬉しくなってしまった。
だけれどザックは困った顔のまま唇を寄せる。頬に、瞼に、小さくキスを繰り返す。
「でも……何だか怖くなる」
「怖い?」
「ナツミが海から現れた様にこのままずっと海にいたらナツミがいなくなってしまいそうで怖い」
「……」
「もしかして帰りたいとナツミが少しでも思えば、この海から繋がっている元の世界へ戻れるかもれない、とか考えてしまう」
「そんな帰りたいなんて」
色々な事が起きすぎて帰りたいと考える暇がなかった。
しかし、ザックが言う様に、突然この世界に来てしまったのだから、その逆も起こるかもしれない。
「……日本の生活はきっとファルの町より便利だろうし、お父さん、お母さん、そして問題のあったお姉ちゃんという家族もいるけれども」
「家族か。そうだよな……」
ザックが少し苦しそうに顔を歪めたのが分かった。
ザックには珍しく自信がなさそうだ。この顔は確かネックレスをプレゼントしてくれた時と同じだ。
ザックは、こういうところが優しいから。そしてとても愛おしい。
私はザックからもらったネックレスの宝石部分を握り絞めた。
「私が元の世界に帰りたいって思う事がないのは皆のおかげだよ。優しくて面白くて毎日がジェットコースターみたい」
「じぇっと?」
「うん。ジェットコースターね。だけどもう帰れないよ」
「何故?」
「だってここにはザックがいるから。ずっと一緒にいたい。ザックがいないなんて嫌」
するとザックが瞳をスッと細めて一つ溜め息をついた。それから、掠れた艶っぽい声で呟く。
「ナツミがさ、俺の前からいなくなるのは──」
「うん」
いなくなったりしない。何処にも行かないよ。
「俺とナツミの命が尽きる時だけだ」
そう言うとザックは噛みつく様にキスをしてきた。
ザックが背中を何度も上下に撫で上げる。ゴツゴツした指が背中を滑る。その間もキスは続く。角度を変えて舌を吸い上げられて絡める。
「んっ……あっ」
気がつくとザックが水着のショーツの前から片手を入れてゆっくりと足の付け根を撫で上げる。
「うわっ。ここだけヌルヌル……」
「言わなくていいから。あっ、んん。ザック海の中は駄目だよ」
「何で。俺のがこんなになってるのに」
ザックが私の太股にズボンの股間を押しつける。はっきりと隆起した形が分かる。
「もう……海水がアソコに入っちゃうから駄目。んんっあっ」
駄目だと言葉にすると、ザックが意地悪くショーツの中の指を動かし私の膨らんだ芽を捕らえる。
「こんなに膨らんでいるのに? 駄目なんて言うなよ」
そう言いながら再び私の唇を塞ぐ。わざと大きな音を立てて舌を吸い上げて下唇を優しく噛んだ。
もう狡い。そんな風に気持ちがよくなるキスばかりされると体が熱くなってくる。私だってこのままザックと一つになりたいと思ってしまう。
だけれど──
「綺麗な海だけどやっぱり海水は雑菌があるし。それにザックのが……」
ごにょごにょと言い淀んだ私にザックは残念そうに溜め息をついた。
「雑菌かぁ……まぁそうだよな。ナツミの体の中に入るんだもんなぁ。ん? それで、俺のがどうした?」
私が言い淀んだ部分をザックに尋ね返され、思わず息を詰めて頬を染める。
「何だよ? 赤くなって。あ、分かった。やっぱり入れて欲しいなぁ~って事か。だってなぁ……こんなに俺のが熱くなってるの分かるもんなぁ」
ザックがニヤリと笑う。その誘う様な笑い方に私は思わず応えてしまった。
「違うからっ! ザックのが凄く大きいから、絶対水の中じゃ入らないと思うの!」
「大きい……?」
ザックがオウム返しすると首を傾げる。
駄目だザックったら、全然分かっていない。
「ザックは分かってないよ。あんなに大きいのを迎えいれるのって、最初の挿入って凄い衝撃なんだから。そりゃぁさ、私は馬鹿みたいに濡れやすいけれども。それは水の中じゃ流れちゃうから。そんなヌルヌルしてない状態でこんなに大きいの入らない──はっ」
そこまで言ってしまって私は息を飲んだ。
何か、酷く凄い事を口走ってしまった様な。私は自分の顔がキューッと首からおでこにかけて赤くなるのが分かった。
うわっ! はっ、恥ずかしい!
今更なのは分かるけれども。それでも言葉にしたら余計恥ずかしい。
恐る恐るザックを見ると、同じ様に顔を赤くしていた。
そして視線が合った瞬間、ザックは突然顔を歪ませて「痛い!」と小さく叫んだ。突然パッと私の背中を離してしまう。
その勢いで私は海の中に背中から落ちてしまい、慌ててザックの腰から足を離す。
それから水面に浮上する。
「な、何で突然離すの?!」
「ナツミが可愛い事を言うから! 余計俺のが……イテテ! ズボンの前を突っ張りすぎて痛ぇ! クソッ。水の中じゃなかなか下がらないからっ、って、イッ!!!!」
ザックが慌ててズボンのファスナーを下げた様だが、最後に悲鳴にならない悲鳴を上げていた。
何故悲鳴を上げたのかは、男性にしか分からない──らしい。
「ハハッ本当だな。それによく見ると足元を魚が泳いでるぞ」
「うん。海ってこんなに楽しいのね! ねぇねぇノアもう少し潜ってみたいから、手を離さないでよ。さっきみたいな意地悪はナシよ」
「分かった分かったあと一回な。そうしたら砂浜でブスくれているナツミ達と荷物番交替だからな」
「うん」
マリンとノアが腰まで浸かる辺りで手を繋いで潜ったり少しだけ泳いだりしている。
初めて海に来たカップルの光景だ。本当に二人共泳げなかったとか水嫌いだったとは思えない。
白い肌の二人は海の中でも輝いて見える。ザックと同じ様にノアにもタトゥーがあった。左腕の肩から上腕の辺りに植物の模様が描かれている。ザックは右肩でノアは左肩に入っていた。何でも軍から支給される剣と連動しているそうで、そのタトゥーを彫っているものしか鞘から抜く事が出来ないのだとか。
しかし、盗まれては困るので私とザックは荷物番をしている。剣にひっかけたノアとザックのシャツがはためいている横で、マリンと私のショートパンツも同じ様にはためいていた。
「早く海で泳ぎたいのに……」
私は体育座りで両膝を抱える。その後ろから私を囲い込む様に抱きしめるザックが肩を揺らして笑った。
「仕方ないだろ『じゃんけん』とか言うのでナツミがマリンに負けるからだろ」
「だって、マリンって恐ろしく運がいいから。速攻で負けたから三回勝負にしたのに」
二回目であえなく勝敗がついてしまった。
私は白くてサラサラの砂を片手に取り、少しずつ落として山を作ってみる。
砂自体が日本のものとは違う。もう少し白かったら私は塩と間違うかもしれない。
今日ぐらいの日差しならまだ砂浜にもパラソルなしで座っていられる。日差しの強い日だったらこの砂はもっとサラサラするのかな。
私は小山を作り続けるという砂遊びをしながら、顎を膝の上に載せる。そして先程までの裏町の様子を思い出していた。
エッバだけではない。裏町の女性達は活き活きとしていた。別に貧民街だから暗くてジメジメしている事はなかった。エッバは踊り子が上から目線で馬鹿にするとか、男性に媚びていると言うけれども、それはそれで違うと思うし。
だってそれは、個人の問題だよねぇ。
冷静に見れば踊り子だって町の女性だって何の変わりもない。
それなのに『ジルの店』の集客で男性との出会いを想定した『相席』とか考えていた自分が恥ずかしくなってきた。これではエッバが嫌がる上から目線の踊り子と同じではないだろうか。頑張って裏町で生きていく彼女達には余計なお世話だろう。
普通に仲良くなる方法を考えて店に来てもらえる事を考え直さなくては。
裏町やエッバを見てヒントがあった様に思うのだけれどもなぁ。私が無言で海を見つめていると、ザックが頭をポンポンと叩いた。
「ほらブスくれるな。例の五分ほど潜っていられる薬も持ってきたからさ。機嫌直せよ」
そう言ってザックは私の顎を掴んで後ろに振り向く様に促す。ザックは私が海には入れなくて機嫌をそこねていると思っている様だ。まぁ少しはそのせいでもあるのだけれども。
前髪をかき上げておでこを晒すザック。眉間の辺りは太くて先が細くなっているつり上がり気味の眉と、濃いグリーンの少し垂れた瞳。金色の睫毛が目の前にある。
と言う事は──
ザックの薄い唇が私の唇の真横に当てる。わざと唇をずらしてキスをする。会話を遮らない為だろう。ひとまず考えるのを止めて私は機嫌を直して笑って見せた。
「うん……じゃぁねザックも手を繋いで一緒に潜ってね」
「もちろんさ」
ザックは私を抱きしめてくれた。
「悪かったな先に海に入って。何だ心配して損した。結局ザックとナツミは海でもイチャイチャするんだな」
海に満足したのかノアとマリンが戻って来た。美男美女の二人は笑顔で肩を寄せ合い目の前で髪の毛を拭った。見事なプラチナブロンドが日に透けて輝いている。しかし飛び出る言葉は本当に意地悪だ。
「ノアこそマリンと散々海の中でイチャイチャしていただろ。店の噴水で溺れると大騒ぎしていたくせになぁ。どの口が言うんだか」
ザックが私を立たせながら笑った。私の肩を抱きよせるから、上半身裸の日焼けした胸板に頬をつける事になって照れくさい。
「う、うるさいなっ! いい加減噴水の事は忘れろよ。ほらあと三十分位だろ? さっさと行けよ」
溺れた話を取り上げられて頬を染めるノアだった。シッシッと手を払って私達を海に追いやる。
「ふふふ。凄く楽しかった。今度は私達が荷物番をしているわね」
そう言ってマリンがノアの手を引っ張って私が座っていた場所にちょこんと体育座りをする。
「うん、じゃぁね」
私は手を振りながらザックと一緒に海に向かったが、ザックがいきなり振り向いて一言ノアに伝える。
「ノア、後ろにある岩の裏ならいいと思うぜ」
「!」
ノアが目を丸めて口をへの字にする。それからバツが悪そうに視線をそらせた。その顔を見てザックは満足そうに笑った。
「ザック。岩の裏って何の事?」
足が地面に届かなくなった辺りで私はザックに尋ねる。
数メートル離れた砂浜を見ると、マリンとノアがおでこをくっつけて楽しそうに会話をしているのが見えた。もう、見ているこちらが恥ずかしくなりそうなほど仲良しだ。
「荷物を置いている辺りに背の高い岩があるだろ?」
ザックは私に直径一センチ程の薄い水色をした丸い粒を差し出した。そして口を開く様に促す。
初めてザックと海に潜った時に使用したもので、この粒を奥歯で噛み砕き出てきた液を飲み込むと五分ほど潜水する事が出来る。魔法部隊の人達が開発してくれ代物だ。ダイビングしている様になる。
「うん。黒っぽい岩だよね」
私は返事をしながらひな鳥が餌を求める様に口を開ける。
ザックが説明をしながら口に粒を放り込んだ。そしてザック自身も同じ粒を口に含んでガリッと音を立てて奥歯で噛み砕いていた。
「あの裏なら盛大にイチャイチャしていても見えないぜって意味」
「そっかイチャイチャかぁ。え」
驚いて目を丸めるとザックが笑いながら私を海の中抱きよせる。
「この辺りの海に来るのは子供ぐらいだが、今は誰も来ないだろうからさ。二人で存分に抱き合うんじゃないのか? 朝っぱらかやりたそうにしていたしなノアは」
「え」
「じゃぁナツミ準備は出来たか? 俺達は海の中で抱き合おうぜ。潜るぞ。せーの!」
「えっ、う、海の中って。ゴブ」
ザックが私の肩を押さえると勢いよく海に潜った。
おかげで話をしようと口を開いたのに遮られ海水を少し飲んでしまった。
海の中で抱き合うって! まさかね
キラキラ光る水面を見つめながら海の中にザックと二人潜る。
肌触りのいい海。少し潜ると海水の気温が下がった様に感じた。震える程ではないが冷たい。海水は目にしみるし、視界はボンヤリするけれども抜群の透明度を誇る海は比較的はっきりしていた。
ゴーグルがあればもっといいのに! 今度ザックにそういうものが作れないか相談してみよう。
水面からの光が差し込んで小さな魚が泳いでいるのが分かる。赤と黄色のグラデーションの魚だ。私の水着と同じ色だ。
お揃いだね~なんて話しかけてみるが当然ゴボゴボと泡が立ち昇るだけだ。
魚の群れは、人見知り(?)しないのか、ザックと二人入っていっても逃げる事はなかった。
魚の群れの中、私と手を繋いで泳ぐザック。白いズボンを膝までまくり上げてバタ足で泳いでいく。深くまでは潜らず魚の群れと一緒に移動する。
あっ、あんなところに小さいけれどもクラゲを発見! 刺されない様に気をつけなくては。
息は薬のおかげで苦しくないけが会話が出来るわけではない。だから私はクラゲを指して口をへの字にする。
ザックが私を見て頷く。それから私を引き上げる様にして自分の胸の中に抱きしめる。大きく動いた事で魚の群れがパッと散ったが、直ぐに戻って私達二人の周りをグルグル回り始めた。
魚に注目されるのは初めてだが、歓迎してくれるみたいで嬉しい。
冷たい海水だがザックに抱きしめられると温かくなってきた。たくましい胸板に盛り上がった腹筋。美しい体に抱きしめられてうっとりとしてしまう。
ザックが私の背中をきつく抱きしめて腰の横をくすぐる。私は驚いて顔を上げるとザックが真剣な顔をして私の顔を覗き込んでいた。宝石みたいなグリーンの瞳。
日焼けした頬はいつもなら乾いているけれども海水の中しっとりしている。
漂う金髪はこんな海の中でも輝いている。私は吸いよせられる様にザックの唇に自分の唇を重ねた。
薄くて柔らかいザックの唇。そして高い鼻。触れるだけのキスのつもりだったのだが、ザックが急に唇を割って舌を滑り込ませてきた。逃げる私の舌を追いかけてくる。食べられそうな強いキス。海水のしょっぱさを感じながら私はザックの首に両腕を回して、彼の頭を抱えこむ。
凄く気持ち良い。
海の中でキスを繰り返しながらグルグルとザックと二人回転する。そして魚に見守られながら五分間の潜水時間が過ぎて、私とザックは抱き合ったまま浮上した。
「はぁ……」
私は深く深呼吸をして息を整える。苦しかったわけではないが、何だか冷たかった海の中でザックに触れている部分だけが熱くて触れていたい。
ザックは海の中私を抱き起こして、私に自分の腰に両足を絡める様に巻きつける。
「泳げるのに」
「いいから俺の腰に足を巻きつけとけ。そうそれでいい」
穏やかな波を受けながらザックは、私を抱えたまま自分だけが足がつく場所まで移動した。
「ここじゃ私は立てないよ」
「立たなくていい。このまま俺にしがみついておけよ。折角抱きしめる事が出来たのに。ナツミは放っておくとどんどん海の底に行こうとするからな」
そう言ってコツンとおでこを合わせた。
「だって……海には入れたのが嬉しくて夢中になってしまって」
ザックの覗き込む瞳を見つめて小さく呟いた。
ザックは困った様に笑うと私の頬を手の甲で撫でる。それから長い指で耳の横の髪の毛をすいてくれた。
「泳いでいるナツミは綺麗でずっと見ていたい。魚に囲まれている時は海で生まれたみたいだな。海で育った幻の女みたいだ」
「ふふふ。そうかなぁ」
何だか人魚みたいな感じではないか。人魚と言われたわけではないが、ザックの言葉がくすぐったくて、少し嬉しくなってしまった。
だけれどザックは困った顔のまま唇を寄せる。頬に、瞼に、小さくキスを繰り返す。
「でも……何だか怖くなる」
「怖い?」
「ナツミが海から現れた様にこのままずっと海にいたらナツミがいなくなってしまいそうで怖い」
「……」
「もしかして帰りたいとナツミが少しでも思えば、この海から繋がっている元の世界へ戻れるかもれない、とか考えてしまう」
「そんな帰りたいなんて」
色々な事が起きすぎて帰りたいと考える暇がなかった。
しかし、ザックが言う様に、突然この世界に来てしまったのだから、その逆も起こるかもしれない。
「……日本の生活はきっとファルの町より便利だろうし、お父さん、お母さん、そして問題のあったお姉ちゃんという家族もいるけれども」
「家族か。そうだよな……」
ザックが少し苦しそうに顔を歪めたのが分かった。
ザックには珍しく自信がなさそうだ。この顔は確かネックレスをプレゼントしてくれた時と同じだ。
ザックは、こういうところが優しいから。そしてとても愛おしい。
私はザックからもらったネックレスの宝石部分を握り絞めた。
「私が元の世界に帰りたいって思う事がないのは皆のおかげだよ。優しくて面白くて毎日がジェットコースターみたい」
「じぇっと?」
「うん。ジェットコースターね。だけどもう帰れないよ」
「何故?」
「だってここにはザックがいるから。ずっと一緒にいたい。ザックがいないなんて嫌」
するとザックが瞳をスッと細めて一つ溜め息をついた。それから、掠れた艶っぽい声で呟く。
「ナツミがさ、俺の前からいなくなるのは──」
「うん」
いなくなったりしない。何処にも行かないよ。
「俺とナツミの命が尽きる時だけだ」
そう言うとザックは噛みつく様にキスをしてきた。
ザックが背中を何度も上下に撫で上げる。ゴツゴツした指が背中を滑る。その間もキスは続く。角度を変えて舌を吸い上げられて絡める。
「んっ……あっ」
気がつくとザックが水着のショーツの前から片手を入れてゆっくりと足の付け根を撫で上げる。
「うわっ。ここだけヌルヌル……」
「言わなくていいから。あっ、んん。ザック海の中は駄目だよ」
「何で。俺のがこんなになってるのに」
ザックが私の太股にズボンの股間を押しつける。はっきりと隆起した形が分かる。
「もう……海水がアソコに入っちゃうから駄目。んんっあっ」
駄目だと言葉にすると、ザックが意地悪くショーツの中の指を動かし私の膨らんだ芽を捕らえる。
「こんなに膨らんでいるのに? 駄目なんて言うなよ」
そう言いながら再び私の唇を塞ぐ。わざと大きな音を立てて舌を吸い上げて下唇を優しく噛んだ。
もう狡い。そんな風に気持ちがよくなるキスばかりされると体が熱くなってくる。私だってこのままザックと一つになりたいと思ってしまう。
だけれど──
「綺麗な海だけどやっぱり海水は雑菌があるし。それにザックのが……」
ごにょごにょと言い淀んだ私にザックは残念そうに溜め息をついた。
「雑菌かぁ……まぁそうだよな。ナツミの体の中に入るんだもんなぁ。ん? それで、俺のがどうした?」
私が言い淀んだ部分をザックに尋ね返され、思わず息を詰めて頬を染める。
「何だよ? 赤くなって。あ、分かった。やっぱり入れて欲しいなぁ~って事か。だってなぁ……こんなに俺のが熱くなってるの分かるもんなぁ」
ザックがニヤリと笑う。その誘う様な笑い方に私は思わず応えてしまった。
「違うからっ! ザックのが凄く大きいから、絶対水の中じゃ入らないと思うの!」
「大きい……?」
ザックがオウム返しすると首を傾げる。
駄目だザックったら、全然分かっていない。
「ザックは分かってないよ。あんなに大きいのを迎えいれるのって、最初の挿入って凄い衝撃なんだから。そりゃぁさ、私は馬鹿みたいに濡れやすいけれども。それは水の中じゃ流れちゃうから。そんなヌルヌルしてない状態でこんなに大きいの入らない──はっ」
そこまで言ってしまって私は息を飲んだ。
何か、酷く凄い事を口走ってしまった様な。私は自分の顔がキューッと首からおでこにかけて赤くなるのが分かった。
うわっ! はっ、恥ずかしい!
今更なのは分かるけれども。それでも言葉にしたら余計恥ずかしい。
恐る恐るザックを見ると、同じ様に顔を赤くしていた。
そして視線が合った瞬間、ザックは突然顔を歪ませて「痛い!」と小さく叫んだ。突然パッと私の背中を離してしまう。
その勢いで私は海の中に背中から落ちてしまい、慌ててザックの腰から足を離す。
それから水面に浮上する。
「な、何で突然離すの?!」
「ナツミが可愛い事を言うから! 余計俺のが……イテテ! ズボンの前を突っ張りすぎて痛ぇ! クソッ。水の中じゃなかなか下がらないからっ、って、イッ!!!!」
ザックが慌ててズボンのファスナーを下げた様だが、最後に悲鳴にならない悲鳴を上げていた。
何故悲鳴を上げたのかは、男性にしか分からない──らしい。
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