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014 7月23日 喫茶店にて 私は私
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すると、低い声で七緖くんが博さんをいさめてくれた。
「何やのん。その呼び名。巽さんは巽さんやろ?」
ズズッと音を立てて冷えたコーヒーを一口、七緖くんは飲んだ。
ぽつりと言ってくれた言葉に私は顔を上げて再び七緖くんを見つめた。
七緖くんはあだ名の由来なんて知らないだろう。だって陸上競技に興味がなければそんなものだ。
──巽さんは巽さんやろ──
その言葉がとても私の心に響いて落ち着かせてくれる。急に上がった心拍数もゆっくりと落ち着いてくる。
「そうだよな。失礼だったね巽さん。俺、実は陸上が好きで。結構大会とか良く足を運んでいたものだから。巽選手のファンなんだよ。だから、本物が目の前にいるって感激だし驚いてさ。ごめんね」
博さんは後頭部をかきながら頭を下げてくれた。
「ファンだなんてそんな……」
万年二位の私にはもったいない。それでも博さんは「ごめんね」と手をすりあわせてくれる。とても優しい人だ。
「気にしないでください。仕方ないですよそのあだ名は雑誌とかに書かれていた事が多かったので」
私は改めて首を左右に振った。それから七緖くんの方に顔を向ける。
「七緖くんありがとう」
「ん~?」
七緖くんは分かっていない様で首をかしげながら二口目のコーヒーをズズッっと啜った。
◇◆◇
「それで塾に通おうと?」
「そうなんです。とにかくこの夏でなんとかもう少しましな成績にならないと困ると思って」
私は話の流れで、七緖くんと博さんに私自身の勉強成績の現状を説明する事になってしまった。
(うっ。ひどい状態のまさかオール2の成績表を二人の目の前で披露する羽目になるなんて)
恥ずかしいがどうしようもない。
「そうか……普通科に転科とは。陸上ファン、巽選手のファンとして残念だけれども。それは困ったよなぁ」
今まで陸上競技に時間を全てなげうってきたが故障、怪我を機に陸上を辞め、来年から普通科に転科する事などを話すと、博さんは驚きつつも話を聞き全てを聞いたら深い溜め息をついた。
「巽さん大変やったんやね」
一緒に話を聞いていた七緖くんのコーヒーもすっかり冷めてしまっていた。
おかしいな。最初は七緖くんが博さんに勉強を教えてもらう為に私を巻き込んだはずなのに、気がついたら私の方が話を聞いてもらっている側になっている。
七緖くんの表情はうかがい知れないがぽつりと呟いた言葉には真剣に私の話を聞いてくれた様子がにじみ出ていた。
「故障はね確かにショックだったし、皆に迷惑かけて大変だけど。かえって早い内に手術出来て良かったって思えるの」
博さんと七緖くんの雰囲気が柔らかくって静かだからだろうか。過度の心配も、悲しみもなくありのままを聞いてくれるので私は珍しく自分の気持ちを正直に話していた。
大抵哀れな目か、最前線を離脱していく私をうれしそうに見ているライバル達が多かった中、この雰囲気はとても気持ちが楽だった。
(怜央も、そういえば「すぐに戻ってくるんだろ? 仲間が待っているから。俺ももちろん待っているぜ」と、言っていた)
怜央も怪我や故障で離脱しても自分なりに調子を整えてすぐに戻ってくる。故障との付き合い方も上手い一流の選手だったら出来る行為だった。
(でも私にはそのやり方が出来なかった。息が詰まって苦しくて──)
今までを振り返っていると不意に七緖くんが呟いた。
「巽さんの身体が「自分ほんなに頑張らんでもええやん、ちょっと一休みしたらいいやんか」って、言うてるんやね」
「……あ」
私は思わず口を開けたまま固まってしまった。
全てを失ってしまった私は惨めで駄目だと思っていたけれども。七緖くんの言葉は目から鱗が落ちる──ものだった。
「ん? どしたん」
七緖くんが長い首をぐにゃっと曲げる。
走らなければいけないと思っていたのは、人に言われたからじゃない。
続けられない事が駄目だと思っていたのは、人に言われたからじゃない。
『トラックに戻ったって二位しか取れないのに。そんな結果しか残せないのに。あの場所に戻ることすらためらうなんて。何処までも駄目な私なのだろう』
そんな風に思っていたのは、誰でもない。私なのだ。
──自分ほんなに頑張らんでもええやん、ちょっと一休みしたらいいやんか──
私は口角を上げて小さく笑った。
「ううん。何でもない。そうなの私「ちょっと休もう」と思って」
「うんうん。ええと思うよ」
七緖くんが何度も頷いてくれた。
瞬間、前髪の向こうに優しい瞳が見えた。琥珀色って宝石みたい。
凄く気持ちが楽になった。色々な人に話を聞いてもらう事とか、意見を聞く事って重要なんだ。
私が住んでいる、生きている世界がとても小さい枠にとらわれている事を知った瞬間だった。
「何やのん。その呼び名。巽さんは巽さんやろ?」
ズズッと音を立てて冷えたコーヒーを一口、七緖くんは飲んだ。
ぽつりと言ってくれた言葉に私は顔を上げて再び七緖くんを見つめた。
七緖くんはあだ名の由来なんて知らないだろう。だって陸上競技に興味がなければそんなものだ。
──巽さんは巽さんやろ──
その言葉がとても私の心に響いて落ち着かせてくれる。急に上がった心拍数もゆっくりと落ち着いてくる。
「そうだよな。失礼だったね巽さん。俺、実は陸上が好きで。結構大会とか良く足を運んでいたものだから。巽選手のファンなんだよ。だから、本物が目の前にいるって感激だし驚いてさ。ごめんね」
博さんは後頭部をかきながら頭を下げてくれた。
「ファンだなんてそんな……」
万年二位の私にはもったいない。それでも博さんは「ごめんね」と手をすりあわせてくれる。とても優しい人だ。
「気にしないでください。仕方ないですよそのあだ名は雑誌とかに書かれていた事が多かったので」
私は改めて首を左右に振った。それから七緖くんの方に顔を向ける。
「七緖くんありがとう」
「ん~?」
七緖くんは分かっていない様で首をかしげながら二口目のコーヒーをズズッっと啜った。
◇◆◇
「それで塾に通おうと?」
「そうなんです。とにかくこの夏でなんとかもう少しましな成績にならないと困ると思って」
私は話の流れで、七緖くんと博さんに私自身の勉強成績の現状を説明する事になってしまった。
(うっ。ひどい状態のまさかオール2の成績表を二人の目の前で披露する羽目になるなんて)
恥ずかしいがどうしようもない。
「そうか……普通科に転科とは。陸上ファン、巽選手のファンとして残念だけれども。それは困ったよなぁ」
今まで陸上競技に時間を全てなげうってきたが故障、怪我を機に陸上を辞め、来年から普通科に転科する事などを話すと、博さんは驚きつつも話を聞き全てを聞いたら深い溜め息をついた。
「巽さん大変やったんやね」
一緒に話を聞いていた七緖くんのコーヒーもすっかり冷めてしまっていた。
おかしいな。最初は七緖くんが博さんに勉強を教えてもらう為に私を巻き込んだはずなのに、気がついたら私の方が話を聞いてもらっている側になっている。
七緖くんの表情はうかがい知れないがぽつりと呟いた言葉には真剣に私の話を聞いてくれた様子がにじみ出ていた。
「故障はね確かにショックだったし、皆に迷惑かけて大変だけど。かえって早い内に手術出来て良かったって思えるの」
博さんと七緖くんの雰囲気が柔らかくって静かだからだろうか。過度の心配も、悲しみもなくありのままを聞いてくれるので私は珍しく自分の気持ちを正直に話していた。
大抵哀れな目か、最前線を離脱していく私をうれしそうに見ているライバル達が多かった中、この雰囲気はとても気持ちが楽だった。
(怜央も、そういえば「すぐに戻ってくるんだろ? 仲間が待っているから。俺ももちろん待っているぜ」と、言っていた)
怜央も怪我や故障で離脱しても自分なりに調子を整えてすぐに戻ってくる。故障との付き合い方も上手い一流の選手だったら出来る行為だった。
(でも私にはそのやり方が出来なかった。息が詰まって苦しくて──)
今までを振り返っていると不意に七緖くんが呟いた。
「巽さんの身体が「自分ほんなに頑張らんでもええやん、ちょっと一休みしたらいいやんか」って、言うてるんやね」
「……あ」
私は思わず口を開けたまま固まってしまった。
全てを失ってしまった私は惨めで駄目だと思っていたけれども。七緖くんの言葉は目から鱗が落ちる──ものだった。
「ん? どしたん」
七緖くんが長い首をぐにゃっと曲げる。
走らなければいけないと思っていたのは、人に言われたからじゃない。
続けられない事が駄目だと思っていたのは、人に言われたからじゃない。
『トラックに戻ったって二位しか取れないのに。そんな結果しか残せないのに。あの場所に戻ることすらためらうなんて。何処までも駄目な私なのだろう』
そんな風に思っていたのは、誰でもない。私なのだ。
──自分ほんなに頑張らんでもええやん、ちょっと一休みしたらいいやんか──
私は口角を上げて小さく笑った。
「ううん。何でもない。そうなの私「ちょっと休もう」と思って」
「うんうん。ええと思うよ」
七緖くんが何度も頷いてくれた。
瞬間、前髪の向こうに優しい瞳が見えた。琥珀色って宝石みたい。
凄く気持ちが楽になった。色々な人に話を聞いてもらう事とか、意見を聞く事って重要なんだ。
私が住んでいる、生きている世界がとても小さい枠にとらわれている事を知った瞬間だった。
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