【R18】さよならシルバー

成子

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016 7月24日 学校にて 気になる怜央

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 昨日の夜、あれからひろしさんの喫茶店で今後について相談していたら、自宅に帰ったのは夜の二十二時になった。もちろん私の家には事前に連絡を入れていた。

 博さんと七緖くんは、遅くなった事と今後の事を考えて、博さんが自ら車を運転して私を家まで送り届けてくれた。

 そしてその場で私の父と母に講師をしてくれる事、七緖くんという英数科であり成績トップの同級生が勉強を教えてくれる事。更にアルバイトをする話を真摯に話してくれた。その場には七緖くんもいてくれて挨拶をしてくれた。

 私の両親は何と博さんの事を知っていた。博さんは本を出してベストセラーになる程、有名な塾講師だったのだ。博さんと七緖くんの様子を見て、両親はむしろ「壊滅的な成績をなんとかして欲しい」とお願いをしてくれた。講師の料金なども塾に通うより安くしてくれて至れり尽くせりだった。

 しかし私の両親が頷いた理由は別にもあった。

「お母さん、お父さん。私、博さんの入れたコーヒーの味が分かったの」
「味が? 明日香本当に?」
「本当なのか、明日香!」
 両親共に私が味覚を失っている事も足の故障以上に気にしていたので、目を潤ませて喜んでくれた。

 その話を七緖くんと博さんは無言で聞いてくれていた。

 多くを聞かない二人の優しさは私にとって心地が良く、その日は遅かったにも関わらずぐっすりと眠れる夜となった。



 ◇◆◇

「では今日の補習授業はここまで」
 チャイムが鳴って補習授業を先生が切り上げる。

 一緒に補習授業を受けているスポーツ科の生徒が大きく伸びをして「やっと終わったぁ~」「部活かよ~」「暑いから室内よね?」など口々にしていた。来年普通科に転科する生徒はそれぞれ無言で帰路についたり、自分が所属していた部活に寄ったりする話をしていた。

 私は、昨日と同じ様に窓の外を見つめた。
「良い風」
 暑いけれども乾いた風が私の頬を撫でた。肩まで伸びた髪の毛を揺らしていった。

 昨日ぐっすり眠る事が出来て挑んだ授業はとても頭の中が冴え渡っていた事もあり良く分かった。とは言っても「分からないところが分かった」だけだけれども。

 更に朝食に食べたコーンスープの味が少し分かる様になって来た。はっきりとした味が分かった訳ではない。でも、味覚が少しずつ戻ってきている事がとても嬉しい。

 私は昨日の補習から一転して心が軽くなっていた。

 昨日と同じ様に一緒に補習を受けた皆が教室からいなくなって私は帰り支度を始める。この後、違う教室で補習を受けている七緖くんと合流する予定だ。

 七緖くんと昨日教え合ったスマホのメッセージアプリに、補習が終わったら連絡をくれる事になっているがまだ通知はない。

 スマホを見つめながら私は目を細めた。

(少しずつ私も前に進めるかな。あれ? 前に進むって……私は何処に向かって前に進むの?)

 自分で感じた事なのに疑問を投げかける。
 昨日の七緖くんの言葉を借りるなら、陸上を少し休むというのはそれでいいと思う。
 
 全てを壊して失って、なくなってしまえばいいって思っていた私は何処に向かって前に進むというのか。

怜央れおの事もあるし。私は何処へ向かおうとしているのかな。それは──)

 一つの考えにたどり着きそうだった時、昨日と同じ様に教室の入り口から声をかけられる。

「明日香」
 そこには、午前中練習に励んでいるはずの怜央が立っていた。

「怜央……」
 突然現れた怜央に私は驚く。数週間前に話した別れ話以来すれ違っていたからだ。

 むしろすれ違う様に仕向けていたのは私だけれども。だって別れたいと言われても「却下」と言われたのではどうしたら良いのか分からない。

 私は怜央がわざわざ私に会いに来た事を理解して、肩にかけた鞄を一度机の上に置く。

「お疲れ様。練習は?」
 出来るだけいつもと同じ様に振る舞う。まだ怜央に同意を得る事は出来ていなくても、私が望んでいるのは「これからも幼なじみ同士」なのだから。

「午前の部の練習は終わった。これから食堂で食事する」
 肩にかけたタオルで顔の汗を拭う。涼しい風が教室の窓から廊下へ吹き抜け、その風を受け怜央が一重の鋭い瞳を細めた。怜央は薄いブルーのTシャツを着ていた。ズボンは紺色のハーフパンツ。

 大きな身体には汗が伝っていた。これだけ暑いし運動量を考えると拭っても拭っても汗が噴き出すだろう。怜央は教室の入り口に頭をぶつけない様に入る。それから私の側まで歩いてきた。

 身長が高いだけあって足も長い今数歩しか歩いていないよね? といった勢いで近づかれた。

「どうしたの?」
 私は首をかしげて怜央を見上げる。別れ話の続きだろうか。それでも私の気持ちは変わらない。何を話されるのか身構えて、机上に置いた鞄の手提げ部分を両手で握りしめる。

 怜央は私の目の前に立つと、その身体に似合わず小さい声で話し始めた。
「お前、昨日夜遅く車に乗って帰ってきたよな? 男が運転していたし。それに一緒に乗っていたの、あれって誰?」
 私を見下ろす瞳は黒々としている。目玉の白い部分がうっすらとブルーグレーに見えた。
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