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017 7月24日 学校にて 傷ついた怜央
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(その事か。珍しく気になるんだ)
確かに怜央とはお隣さんだから、玄関口で夜も更けているのに「よろしくお願いします」と両親が博さんや七緖くんと挨拶をしていたのが聞こえたのかもしれない。
「実は昨日塾に体験入学したんだけどね」
「塾って……え? お前リハビリは?」
怜央が少し困惑した様な声を上げる。
「リハビリもしているけれどもほらサポーターも外れたし」
そう言って私は右足を少し上げて怜央の前に見せた。膝の黒いサポーターは今日もしなくても問題ない。
「いや、そうじゃなくて。陸上部に退部届を出したって聞いたけれども」
「うん。そうだけれど」
「俺は陸上から少し離れるだけで、しっかりと医療機関でリハビリをしてから戻って来ると思っていたのに」
怜央はそこまで言ってようやく私が本気で陸上から離れた事を理解した様で、大きな片手で口を覆った。
怜央が私の立場なら、そうやって故障した膝をリハビリし直して戻ってくる。そうしているだろう。だから怜央も当然私が戻ってくると思っていたのだ。
「……そっか」
「そっか、じゃねぇよ。どうしてそんな大切な判断を話してくれなかったんだ」
怜央が珍しく声を強くした。いつも冷静な怜央だが、この時ばかりは苦しそうに瞳を細めた。
「怜央……」
「俺はそんなにお前の支えにならないか?」
ぽつりと呟いた言葉がとても寂しそうで怜央が傷ついている事が分かった。
この時私は初めて、私の「黙っている」という行為が、怜央を傷つけている事を知った。
(恋人になってもならなくても幼なじみとして怜央は頼って欲しかったのよね。私が相談してくれると信じていた。でも、私は頼る事が出来なかった)
とても悪い事をした。だって人は会話で、言葉で伝えないと何を考えているかは分からないのだ。
(でも、私が怜央に言えなかったのは──)
そこで不意に怜央と付き合う事にしてから起こった出来事を思い出し、渦が巻く様な黒い感情が吹き出てくるのが分かった。
『ほら、今なら言えるんじゃない? 怜央に思っていた事をさ。ぶつけてしまえば良いのよ。汚い考え方の自分を』
例の、黒い私が心の中で囁きかける。
私は胸のあたりを押さえて、歯を食いしばる。心拍数が早くなる手が震える。
「明日香?」
急に黙り込んで浅い息を繰り返し始めた私の様子に怜央は目を丸めた。
私は怜央に呼びかけられた声ではっと我に返り大きく深呼吸を繰り返し、囁きかける私を心の奥にねじ込んだ。
「ごめんなさい怜央の事を傷つけて。私の駄目なところだよね」
「明日香、いや……俺も怒鳴って悪かった」
怜央は私の肩を掴んだ。そして自分に引き寄せようとしたけれども、自分が汗でずぶ濡れになっている事を思い出したのか肩を掴んだだけで固まっていた。
私はゆっくりと掴まれた怜央の手を外すと、机の上に置いた鞄を肩にかける。それからゆっくりと怜央の横に並ぶ。
「右膝の事を相談出来なかったのはね、惨めだったから」
私は震える声を抑え、それでも怜央の瞳を見つめながら話す。
怜央は首をかしげてから小さく左右に振った。
「惨め? 何でだよ。怪我や故障は選手としては仕方のない事だ。なのに、惨めだなんて。誰だよお前をそんな風に言うのは。それが原因で俺から離れたいのか?」
分からないと言った様子で、珍しく追求してくる。いつもだったら、別れ話をした時の様に「却下だ」と言ってぴしゃりと切ってくるのに。
第三者の可能性がある事を怜央も考え始めたのだろう。いつも注目されているので第三者に言われても気にしていないと思っていたのだろう。
だけれど私を一番惨めにしたのは怜央なのに。
もしかして昨日の夜の車で、いつも家にいる時間に違う行動をしていた事が引っかかって怜央を焦らせているのかもしれない。怜央は私が自分の手の届く範囲からいなくなるのが嫌なのだろう。
『ほら言ってしまいなよ』
押し込めたはずの黒い私が囁いているのが聞こえてくる。
駄目。言えない。言ったら私は──もっと惨めになる。
「どうしてなのかは、怜央に心当たりない?」
こんなずるい疑問を逆に怜央に投げかける。まだ、怜央に「察して欲しい」私がいるのか。何とも情けない。
「心当たり?」
怜央は全く分からないといった様子で眉頭に皺を寄せた。それから口に手を当てて考え始める
味覚障害が出るまで追い詰められ、右膝を故障して走る事も諦めた惨めな私。惨めで情けない姿を怜央の前に見せたくなかったの。こんな話をしても、怜央は真っ直ぐ進む事だけを提案してくるのが分かっていたから。それに怜央は──
私はそこまで考えて嫌なシーンを思い出し首を左右に振った。怜央は私の言葉と様子にそれ以上追求する事をやめると自分の髪の毛をかきむしった。
「心当たりって何だよ、クソッ」
怜央は心底分からないといった様子で呟いた。
怜央には先に行って欲しい。だって怜央は、私以外でも良かったんだから。
怜央はまだ話したりないといった様子だったが、これ以上怜央を引き留めるとまた怜央の仲間達がやってきそう。なんせ皆怜央中心に回っているから。
このままではいけない。だから私は怜央に提案をした。
「この夏休みの間に、ちゃんと理由を怜央に話すから。お願いそれまで待って欲しい」
そうだいつまでもこんなぐちゃぐちゃの気持ちのままでいられない。
私だって分かっている。
その言葉に怜央は一つ溜め息をついてから頷いた。
「分かった。でも今度は一人で悩んで勝手に答えを出すんじゃないぞ」
怜央はなんとか頷いて去って行った。
私は嵐が去った様な気持ちになって、再び教室の椅子に座り込んだ。
「はぁ……」
そしてスマホを取り出して七緖くんの連絡を待つ。まだ連絡は来ない。
何となくスマホの中に入っている写真のフォルダーを開く。怜央の写真が意外と少ない。何となくそんな事を考える。
それから一枚の写真が現れた。それは春休み幼なじみが集まり撮った写真だった。
確かに怜央とはお隣さんだから、玄関口で夜も更けているのに「よろしくお願いします」と両親が博さんや七緖くんと挨拶をしていたのが聞こえたのかもしれない。
「実は昨日塾に体験入学したんだけどね」
「塾って……え? お前リハビリは?」
怜央が少し困惑した様な声を上げる。
「リハビリもしているけれどもほらサポーターも外れたし」
そう言って私は右足を少し上げて怜央の前に見せた。膝の黒いサポーターは今日もしなくても問題ない。
「いや、そうじゃなくて。陸上部に退部届を出したって聞いたけれども」
「うん。そうだけれど」
「俺は陸上から少し離れるだけで、しっかりと医療機関でリハビリをしてから戻って来ると思っていたのに」
怜央はそこまで言ってようやく私が本気で陸上から離れた事を理解した様で、大きな片手で口を覆った。
怜央が私の立場なら、そうやって故障した膝をリハビリし直して戻ってくる。そうしているだろう。だから怜央も当然私が戻ってくると思っていたのだ。
「……そっか」
「そっか、じゃねぇよ。どうしてそんな大切な判断を話してくれなかったんだ」
怜央が珍しく声を強くした。いつも冷静な怜央だが、この時ばかりは苦しそうに瞳を細めた。
「怜央……」
「俺はそんなにお前の支えにならないか?」
ぽつりと呟いた言葉がとても寂しそうで怜央が傷ついている事が分かった。
この時私は初めて、私の「黙っている」という行為が、怜央を傷つけている事を知った。
(恋人になってもならなくても幼なじみとして怜央は頼って欲しかったのよね。私が相談してくれると信じていた。でも、私は頼る事が出来なかった)
とても悪い事をした。だって人は会話で、言葉で伝えないと何を考えているかは分からないのだ。
(でも、私が怜央に言えなかったのは──)
そこで不意に怜央と付き合う事にしてから起こった出来事を思い出し、渦が巻く様な黒い感情が吹き出てくるのが分かった。
『ほら、今なら言えるんじゃない? 怜央に思っていた事をさ。ぶつけてしまえば良いのよ。汚い考え方の自分を』
例の、黒い私が心の中で囁きかける。
私は胸のあたりを押さえて、歯を食いしばる。心拍数が早くなる手が震える。
「明日香?」
急に黙り込んで浅い息を繰り返し始めた私の様子に怜央は目を丸めた。
私は怜央に呼びかけられた声ではっと我に返り大きく深呼吸を繰り返し、囁きかける私を心の奥にねじ込んだ。
「ごめんなさい怜央の事を傷つけて。私の駄目なところだよね」
「明日香、いや……俺も怒鳴って悪かった」
怜央は私の肩を掴んだ。そして自分に引き寄せようとしたけれども、自分が汗でずぶ濡れになっている事を思い出したのか肩を掴んだだけで固まっていた。
私はゆっくりと掴まれた怜央の手を外すと、机の上に置いた鞄を肩にかける。それからゆっくりと怜央の横に並ぶ。
「右膝の事を相談出来なかったのはね、惨めだったから」
私は震える声を抑え、それでも怜央の瞳を見つめながら話す。
怜央は首をかしげてから小さく左右に振った。
「惨め? 何でだよ。怪我や故障は選手としては仕方のない事だ。なのに、惨めだなんて。誰だよお前をそんな風に言うのは。それが原因で俺から離れたいのか?」
分からないと言った様子で、珍しく追求してくる。いつもだったら、別れ話をした時の様に「却下だ」と言ってぴしゃりと切ってくるのに。
第三者の可能性がある事を怜央も考え始めたのだろう。いつも注目されているので第三者に言われても気にしていないと思っていたのだろう。
だけれど私を一番惨めにしたのは怜央なのに。
もしかして昨日の夜の車で、いつも家にいる時間に違う行動をしていた事が引っかかって怜央を焦らせているのかもしれない。怜央は私が自分の手の届く範囲からいなくなるのが嫌なのだろう。
『ほら言ってしまいなよ』
押し込めたはずの黒い私が囁いているのが聞こえてくる。
駄目。言えない。言ったら私は──もっと惨めになる。
「どうしてなのかは、怜央に心当たりない?」
こんなずるい疑問を逆に怜央に投げかける。まだ、怜央に「察して欲しい」私がいるのか。何とも情けない。
「心当たり?」
怜央は全く分からないといった様子で眉頭に皺を寄せた。それから口に手を当てて考え始める
味覚障害が出るまで追い詰められ、右膝を故障して走る事も諦めた惨めな私。惨めで情けない姿を怜央の前に見せたくなかったの。こんな話をしても、怜央は真っ直ぐ進む事だけを提案してくるのが分かっていたから。それに怜央は──
私はそこまで考えて嫌なシーンを思い出し首を左右に振った。怜央は私の言葉と様子にそれ以上追求する事をやめると自分の髪の毛をかきむしった。
「心当たりって何だよ、クソッ」
怜央は心底分からないといった様子で呟いた。
怜央には先に行って欲しい。だって怜央は、私以外でも良かったんだから。
怜央はまだ話したりないといった様子だったが、これ以上怜央を引き留めるとまた怜央の仲間達がやってきそう。なんせ皆怜央中心に回っているから。
このままではいけない。だから私は怜央に提案をした。
「この夏休みの間に、ちゃんと理由を怜央に話すから。お願いそれまで待って欲しい」
そうだいつまでもこんなぐちゃぐちゃの気持ちのままでいられない。
私だって分かっている。
その言葉に怜央は一つ溜め息をついてから頷いた。
「分かった。でも今度は一人で悩んで勝手に答えを出すんじゃないぞ」
怜央はなんとか頷いて去って行った。
私は嵐が去った様な気持ちになって、再び教室の椅子に座り込んだ。
「はぁ……」
そしてスマホを取り出して七緖くんの連絡を待つ。まだ連絡は来ない。
何となくスマホの中に入っている写真のフォルダーを開く。怜央の写真が意外と少ない。何となくそんな事を考える。
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