【R18】さよならシルバー

成子

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042 8月1日 午後 自分勝手な私

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 私と七緖くんは喫茶店「銀河」の二階にある休憩室にいた。

 横長のテーブルをはさみ向かい合って座っていた。テーブルにはノートに参考書や問題集。そして博さんに指導された赤ペンで書かれた解答の用紙が積まれていた。
 
 毛足の長い絨毯の上、私はぺたんと座り足を崩していた。七緖くんは胡座をかいてテーブルの上で片手で頬杖をつき、もう片方の手でくるくるとシャーペンを回していた。

 十六時過ぎ。お昼のバイトを終え、遅い食事を取った私と七緖くんは午後から黙々と勉強をしていた。集中するとあっという間に時間は過ぎる。休憩時間になり私は七緖くんに今朝の出来事を話した。

「さすがに才川くんも気がついたんちゃう? 幼なじみと関係しとった事、巽さんが知っとるって」
「……そうだよね」
 七緖くんは静かに話を聞いていた。その間ずっとシャーペンを一定のリズムで回していたが、私の話が終わるとシャーペンをテーブルの上に置いて両手を後頭部に添えて背中を反り伸びをした。七緖くんの前髪は私がプレゼントした猫のバンスクリップで留まっている。

「僕との事も言うたんなら、何かありそうやなぁ」
「そんな事ないと思うよ。七緖くんの事説明したら『ふーん』って言っただけだし」
 興味は特になさそうだから七緖くんに何か害はないと思うと私は続けた。
「……だったらええけど。週明けの補習が楽しみやわ」
 七緖くんが何か小さく呟いていたけれども聞き取れなかった。

 それから、琥珀色の瞳がテーブルの上のノートを見つめる。後頭部に回した手をほどくと再びテーブルの上のシャーペンを手に取った。それからペンをくるくる回しながら再び頬杖をつくと私の顔をじっと見つめる。
「巽さんはどうしたいん?」
「どうしたいって?」
「才川くんが巽さんに例の幼なじみの事とか正直に話してくれたら」
「うん」
「ごめんって謝ってきたらどうするん?」
「謝っても……元には戻れないよ」
「何で?」
「私は壊したいの」
 七緖くんがカシャンと音を立ててペンをテーブルの上に落とした。私はそのシャーペンが転がるのを見つめる。シャーペンは向かい側に座る私の隣に落ちた。

 私はシャーペンを拾う。

「……全部を壊したいの」
 バスに乗りなが思った事を私は口にする。問題は壊した後だと考えていた。

「壊してどないするん?」
 七緖くんの琥珀色の瞳がじっと私の顔を見つめている。黄色と金色が混ざった瞳の色。いつもは優しく温かく見えるのに今は何故か獰猛な動物の様に見える。それでもその瞳からは視線がそらせず私はじっと見つめて呟いた。

「……壊したら、また違う形になるかなって」
 私は小さく答える。自信がないから小さな声になる。

 何となく胸の中で思っている事を言葉にしようとするけれども、上手くまとまらない。その私の思いをくみ取ったのか七緖くんは頬杖をついていた手を顎に当てて言葉を探している。

「才川くんと新しくやり直したいって事なん?」
 やり直したい? 意外な事を聞かれて私は慌てて首を振る。それだけは違う様な気がする。
「ううん違うよ。やり直したいとは思ってないよ。でも……」

 私は言葉を切って今までの怜央との事を考える。

「幼い頃から好きだったの怜央の事。長い時間大切にしてい想いはね凄く重たいの。自分でもどう消化して良いか分からないぐらい」
「うん……ほうやろうね」
 私の言葉に七緖くんは瞳を細めて眉間に皺を寄せた。私はそんな七緖くんに拾ったシャーペンを差し出した。

「叶ったと思った恋だけど、数ヶ月であっという間に枯渇したって言うか。それなのに、胸の奥に怜央がいて、離れていってくれないのが辛い」
「……」
 七緖くんは無言のまま、私が差し出したシャーペンをチラリと見て、手のひらを上に向ける。

「だから壊したいのかな……いっその事、怜央がこっぴどく振ってくれたら楽になるのにって思う」
 ぽつりと呟いた言葉がやたら辺りに響いた。

 自分勝手な言い分だった。

(別れたいと言ったのは私なのに。怜央から振ってくれたらなんて。どうして自分で決着がつけられないの。情けない。私の心の中は私だけのものなのに。怜央にどうこうしてもらえるなんて思うなんて馬鹿だ)

 私の呟いた声だけが響いた。七緖くんは無言で、部屋には時計の音がカチカチと続いた。
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