【R18】さよならシルバー

成子

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043 8月1日 誰かを上書きしてしまえ

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 私の言葉を聞いた七緖くんが手のひらに置いたシャーペンと私の手を突然握った。

 私は驚いて握られた手を見つめる。

 大きな七緖くんの手がすっぽりと私の片手を包み込んだ。かさついた手のひらに包まれて私はドキリとする。

「壊したって振られたって才川くん達と幼なじみなんは消せんよ?」
 ぽつりと呟いた七緖くんの声は低くて掠れている。でもとても聞き心地の良い声だ。

「そうだね。分かってるよ」
 私が言った勝手な言い分に七緖くんは「違う」と言っているのだ。
 
(分かってるよ。どんなに喧嘩してどんなに無視をしたって幼なじみは消せやしない。明日もあさってもずっと両親同士の付き合いは続いていくしね)

「ほうやって才川くんがずっと心の中におるんやったら、また同じ事を繰りかえすだけちゃう?」
「繰りかえすって?」
「多分、巽さん才川くんが謝ったら許してしまうやろ。ほいで元サヤや」
「それは嫌」

 そんなの怜央や萌々香ちゃんの思うつぼの様な気がする。怜央が好きだから何でも許してしまう私と思われてしまう。

 何をやってもどうやっても二番手の私なんてもうやめたい。

 しかし七緖くんは手をぎゅっと握ったまま続ける。
「嫌って。才川くんが謝って縋ったら、多分今の巽さんは簡単や。絆されてまうよ」
「それだけは嫌なの」
 七緖くんの言う通りだと思う。
「嫌言うても」
「だから、そうならない様になるにはどうしたら良いの」

 答えが見つからなくて私は握られた手をじっと見つめる。

 少しだけ時間が流れて七緖くんの握った手が離される。

「あ……」
 温かかった手が離れていって私は寂しいと感じた。

 シャーペンを取り離れていく七緖くんの手を見つめていると、七緖くんがぽつりと呟いた。

「巽さんの才川くんが住んでいる胸の中を。巽さん自身が違う誰かに上書き出来たらええのにね」
 低いけれどやたらとはっきりした声だった。気がつくと思った以上に近い距離に七緖くんの顔があった。

 昨日、気をつけろと博さんに叱られたばかりなのに、私と七緖くんは息がかかるほど顔を寄せていた。

「違う誰かを上書きって私が自分で?」
 七緖くんの言葉にドキリとしてしまう。誰かに上書きしてもらうのではなく、自分で上書き出来たら良いのにと言うのは七緖くんらしい。

「気がついたら知らんうちに上書きされとるぐらいのやつや」
 そう言いながら七緖くんが少し首を傾けた。

 そして私の瞳をじっと見つめて琥珀色の瞳を細めた。その表情が苦しそうでもあり悲しそうでもあり、何故か私はそんな七緖くんに無性に触れたくなった。

「……」
 私は無言で手を伸ばして七緖くんの白い頬に触れる。七緖くんはピクリと動くけれど私の手を振り払わずに更に自分の手で握りしめた。数秒間だと思うけれども見つめ合う。

(気がついたら上書きってどんな感じなの。知らないうちに誰かを好きになるって事? 知らないうちに居座っている誰かとか。それは──誰?)

 七緖くんがゆっくりと首を傾けたのに合わせて、私も反対側に首を傾ける。

 七緖くんの綺麗なラインのおでこに自然にウエーブした前髪がぱらりと一房垂れた。金色と黄色混ざった琥珀色の瞳が今までは優しくて温かかったのに、今は獰猛な動物に見える。

 たまらずゴクンと唾を飲み込み、白い肌を見つめる。

(白い頬綺麗な顔。日焼けした私の肌とは違う。もっと七緖くんに触れてみたい)

 瞳を伏せると七緖くんの薄い唇が見えた。少しだけ口を開いている。

 私と七緖くんはお互い吸い寄せられる様にゆっくりと唇を近づけた。

 その時──

「おぉーい! 巽さん~駿~コーヒーが入ったぞー。いい加減疲れただろ一休みしろよ。チョコレートつきだぞ」
 博さんが一階から呼ぶ声が聞こえた。

 その声に私と七緖くんは瞳をパチリと開いて我に返る。驚いて二人一緒に勢いよく後ろに仰け反り、それからお互いの顔をじっと見つめる。

「あ……」
「う……」
 
(今、私達……何をしようとしていたの?!)
 どう考えてもキスをしようとした私達だ。私は慌てて自分の頬をパチパチと叩く。そして七緖くんは後頭部をガリガリかきながら慌てて立ち上がる。

「僕、コーヒー取ってくるわ」
「う、うん。ありがとう」
 私の声を聞くか聞かないかぐらいで、七緖くんはさっさとドアを開けて階段を下りていく。

 私は赤くなった頬を押さえる。

「もっと触れてみたいって……」

(知らないうちに上書きするなら、私は──)

 私はそっと触れる事がなかった自分の唇を指でなぞった。





 ゆっくりと階段を下りながら七緖は大きく深呼吸をした。
「アカン。昨日博に怒られたばっかりやのに。気いつけんとほんまにアカンやつやん……」
 七緖は自分の口を片手で覆った。
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