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044 8月3日 お昼 補習授業終了後
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補習授業が終了すると、私のいた教室で七緖くんとマンツーマンの勉強が始まる。真摯に勉強をしている私と七緖くんに感心した先生が、授業が終わった後も教室を使用しても良いと言ってくれた。
補習授業の不明点を七緖くんに教えて貰い、更に補習をしてくれる先生もたまに混ざってアドバイスをくれるという至れり尽くせりの対応。
七緖くんは私が問題を解いている間、博さんから出された大量の宿題、課題を黙々とこなしている。チラリと見たけれども全然分からない問題に解答だった。学校の先生も感心するほどの内容だとか。
私は昨日今日でなんとかなる成績ではないけれども、頑張って食らいついたらきっと良い方向になると信じて続けるしかなかった。
やがて時間が過ぎ、学校から移動する時間になった。私が通っていた総合病院の側に図書館がある。その隣に学習室を借りる事が出来る施設があった。午後はその学習室を予約し、グループ席で七緖くんに勉強を教わる。
七緖くんは軽く伸びをしてから椅子から立ち上がる。
教室の窓際に近い席は私達のお気に入りの席だった。青空を見てたまに窓を開けると涼しい風が入ってくる。その風を浴びながら七緖くんは髪の毛を留めていたバンスクリップを外した。
「僕、一度教室に戻って荷物取ってくるわ」
七緖くんは軽く首を振って前髪を整える。猫のクリップをシャツのポケット上部に挟む。七緖くんの胸のポケットから金色の可愛いキャラクターの猫が顔を出している様に見えた。
七緖くんは私の前とアルバイトの時だけ前髪を上げるけれど、それ以外の場所では相変わらず前髪で瞳を隠している。
(ずっと前髪を上げている方が素敵だけど。前髪を上げるという行為が特別な様な気がして嬉しい気もする。複雑な気分)
私はそんな事を考えながら、七緖くんのポケットに止まった猫のバンスクリップを見つめる。
「ん? どしたん」
七緖くんがズボンのポケットに片手を突っ込み、自分のノートやペンケースを持って首を傾げた。
先日。七緖くんと私は喫茶店「銀河」の二階で唇が触れそうになるほど接近した。その時は二人驚いたけれども、その後は今まで通りの雰囲気と距離だ。顔をつきあわせて一つのテーブルを囲んでも、あんなに近づく事はないしお互いの手に触れる事もない。
でもあれ以来何だか無性に七緖くんに触れたくなる瞬間がある。
考え事をする時にペンを回す癖。そのペンを回している指。説明をしてくれる時に首を傾げる様な仕草。そして聞き心地の良い低い声と薄い唇。
『巽さんの才川くんが住んでいる胸の中を。巽さん自身が違う誰かに上書き出来たらええのにね』
あのと時の七緖くんの言葉がストンと私に落ちてくる。
(触れたらどうなるのかな。あのまま触れていたら私と七緖くんはキスしていたのかな。なんて──)
自分で考えている事に、恥ずかしさが増す。
「何でもないの。じゃぁ一階の下駄箱でね」
私は七緖くんの前髪に隠れた瞳から逃れる様に視線を外し、慌てて机の上の荷物を鞄に詰め込んでいく。
「? 変な巽さんやなぁ。ほな、また後で」
七緖くんも軽く手を上げて教室を出て行った。
「うん。ほなね」
七緖くんの猫背を見送りながら私は一人頬を染め、イントネーションも真似て返事をした。
◇◆◇
(七緖くんが前髪を上げるのは私だけで特別とか……何を考えているのよ。意識し過ぎなのは私だけだし)
私は下駄箱に行く前に一階のトイレに寄った。一人悶々と考えながら、個室から出ようとした時だった。
何人かの女子が勢いよくトイレに駆け込んで来た。
「えー?! それなら、巽さんが別の男に乗り換えたって事?」
入ってくるなり、手洗い場で囁きながらも強く大きな声を発する女子。
(えっ。私?)
開口一番、自分の名前が呼ばれたので個室の鍵に手をかけたまま固まってしまう。
「もうっ。声が大きいから」
聞き覚えのある声だ。
誰だろう? 私は思わずドアの隙間から外の様子を覗こうとしたが、ここはトイレの個室だ。見えるはずもなかった。声と会話の様子から人数は二人いる事が分かった。
「緑の話が本当なら、巽さんひどいじゃん。才川くんを裏切ってさ、金髪のバーテン男と仲よさそうにいるなんて。しかもバーテンって年上? 巽さんも涼しい顔して凄い事やってのけるよね」
全く小声にならない女子が「緑」と名を呼んだ。
「まだ裏切っているかどうかは分からないよ? そんな感じの男の人と凄く仲よさそうで。巽さん、頭を撫でられていたし」
緑と呼ばれた女子がぽつりと呟いた。
(緑って。安原さんだよね。もしかして安原さんが私がバス停にいた事を見て、怜央に話したって事?)
聞き覚えのある声は同じクラスで女子バレーボール部の安原さんだと言う事が分かった。それと同時に怜央から聞いたワードが次々と飛び出す。
金髪、バーテン男、仲よさそう、怜央が私に話した内容と一致する。私は即座に怜央が誰から話を聞いたのか理解した。
補習授業の不明点を七緖くんに教えて貰い、更に補習をしてくれる先生もたまに混ざってアドバイスをくれるという至れり尽くせりの対応。
七緖くんは私が問題を解いている間、博さんから出された大量の宿題、課題を黙々とこなしている。チラリと見たけれども全然分からない問題に解答だった。学校の先生も感心するほどの内容だとか。
私は昨日今日でなんとかなる成績ではないけれども、頑張って食らいついたらきっと良い方向になると信じて続けるしかなかった。
やがて時間が過ぎ、学校から移動する時間になった。私が通っていた総合病院の側に図書館がある。その隣に学習室を借りる事が出来る施設があった。午後はその学習室を予約し、グループ席で七緖くんに勉強を教わる。
七緖くんは軽く伸びをしてから椅子から立ち上がる。
教室の窓際に近い席は私達のお気に入りの席だった。青空を見てたまに窓を開けると涼しい風が入ってくる。その風を浴びながら七緖くんは髪の毛を留めていたバンスクリップを外した。
「僕、一度教室に戻って荷物取ってくるわ」
七緖くんは軽く首を振って前髪を整える。猫のクリップをシャツのポケット上部に挟む。七緖くんの胸のポケットから金色の可愛いキャラクターの猫が顔を出している様に見えた。
七緖くんは私の前とアルバイトの時だけ前髪を上げるけれど、それ以外の場所では相変わらず前髪で瞳を隠している。
(ずっと前髪を上げている方が素敵だけど。前髪を上げるという行為が特別な様な気がして嬉しい気もする。複雑な気分)
私はそんな事を考えながら、七緖くんのポケットに止まった猫のバンスクリップを見つめる。
「ん? どしたん」
七緖くんがズボンのポケットに片手を突っ込み、自分のノートやペンケースを持って首を傾げた。
先日。七緖くんと私は喫茶店「銀河」の二階で唇が触れそうになるほど接近した。その時は二人驚いたけれども、その後は今まで通りの雰囲気と距離だ。顔をつきあわせて一つのテーブルを囲んでも、あんなに近づく事はないしお互いの手に触れる事もない。
でもあれ以来何だか無性に七緖くんに触れたくなる瞬間がある。
考え事をする時にペンを回す癖。そのペンを回している指。説明をしてくれる時に首を傾げる様な仕草。そして聞き心地の良い低い声と薄い唇。
『巽さんの才川くんが住んでいる胸の中を。巽さん自身が違う誰かに上書き出来たらええのにね』
あのと時の七緖くんの言葉がストンと私に落ちてくる。
(触れたらどうなるのかな。あのまま触れていたら私と七緖くんはキスしていたのかな。なんて──)
自分で考えている事に、恥ずかしさが増す。
「何でもないの。じゃぁ一階の下駄箱でね」
私は七緖くんの前髪に隠れた瞳から逃れる様に視線を外し、慌てて机の上の荷物を鞄に詰め込んでいく。
「? 変な巽さんやなぁ。ほな、また後で」
七緖くんも軽く手を上げて教室を出て行った。
「うん。ほなね」
七緖くんの猫背を見送りながら私は一人頬を染め、イントネーションも真似て返事をした。
◇◆◇
(七緖くんが前髪を上げるのは私だけで特別とか……何を考えているのよ。意識し過ぎなのは私だけだし)
私は下駄箱に行く前に一階のトイレに寄った。一人悶々と考えながら、個室から出ようとした時だった。
何人かの女子が勢いよくトイレに駆け込んで来た。
「えー?! それなら、巽さんが別の男に乗り換えたって事?」
入ってくるなり、手洗い場で囁きながらも強く大きな声を発する女子。
(えっ。私?)
開口一番、自分の名前が呼ばれたので個室の鍵に手をかけたまま固まってしまう。
「もうっ。声が大きいから」
聞き覚えのある声だ。
誰だろう? 私は思わずドアの隙間から外の様子を覗こうとしたが、ここはトイレの個室だ。見えるはずもなかった。声と会話の様子から人数は二人いる事が分かった。
「緑の話が本当なら、巽さんひどいじゃん。才川くんを裏切ってさ、金髪のバーテン男と仲よさそうにいるなんて。しかもバーテンって年上? 巽さんも涼しい顔して凄い事やってのけるよね」
全く小声にならない女子が「緑」と名を呼んだ。
「まだ裏切っているかどうかは分からないよ? そんな感じの男の人と凄く仲よさそうで。巽さん、頭を撫でられていたし」
緑と呼ばれた女子がぽつりと呟いた。
(緑って。安原さんだよね。もしかして安原さんが私がバス停にいた事を見て、怜央に話したって事?)
聞き覚えのある声は同じクラスで女子バレーボール部の安原さんだと言う事が分かった。それと同時に怜央から聞いたワードが次々と飛び出す。
金髪、バーテン男、仲よさそう、怜央が私に話した内容と一致する。私は即座に怜央が誰から話を聞いたのか理解した。
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